The symbol of courage - 046

9. 本当の友達



 痛みがジクジク、キリキリと襲いかかってきて、私の意識は再び浮上した。痛みに呻きながら、一瞬ぐちゃぐちゃになってしまった記憶をなんとか整理する。そうだ、私、ハリーと一緒にクィレルとヴォルデモートから逃げていて、そして――

「ハリー!!」

 大声を上げて私は勢いよく起き上がった。けれど、そこはみぞの鏡が置いてある、あの部屋ではなかった。私が今いるのは真っ白なシーツ敷いてあるベッドの上だった。四方は品のいい青いドレープカーテンの衝立ついたてに囲まれている。天井を見上げれば石造りの高いアーチ状をしていて、そこからシンプルなシャンデリアがぶら下がっていた。

「ハナ、こんにちは」

 衝立の隙間から、にこやかな表情のダンブルドアが顔を覗かせた。まるでセドリックと共に襲われてからの出来事が、全て夢だったのではないかと思わせるようなにこやかさだった。

「まだ混乱しておるようじゃな」
「はい……あの、一体どうなったんでしょうか? ハリーは無事ですか? それに、セドリックは……一緒に襲われたんです。私、彼を巻き込んでしまって……!」
「落ち着いて、ハナ。あの夜からもう2日は経っておる。ハリーもミスター・ディゴリーも無事じゃ。それに、ハリーは君が意識を失ってからも戦い、最後まで君と石を守り通した。しかし、残念ながらクィレルは命を落としてしもうた」

 私はダンブルドアの言葉がすぐには理解出来なかった。数十秒か数分か――時間をかけて頭で考えて、それからようやく私が最後に気を失ってから色々なことが解決したのだろうことを理解した。

 『賢者の石』の原作がどうなっているのかもう確認出来ないけれど、唯一見た映画では確かクィレルはハリーに触れられずに命を落とすことになっていた。きっと私が気を失っている間も、私と石を守ろうとするハリーに触れられずに命を落とす結果になってしまったに違いない。

 もう1度辺りをじっくり見渡すと、ここが医務室なのだということが分かった。先程は分からなかったが、脇のテーブルにお菓子が山のように積み重なっているのが見える。

「君の友達や崇拝者からの贈り物じゃよ」

 私の視線に気付いたダンブルドアが言った。

「でも、私、何もしていません……私はセドリックを巻き込みました。非難されるべきなのに……」
「ハナ、君はよくやった。君の行動がミスター・ディゴリーを守り、そして、ハリーを助けたのじゃ」

 まるで私を励ますように、ダンブルドアは深く頷きながらそう言って、「ミスター・ディゴリーは君が気が付いたと知ったらホッとするじゃろう」と続けた。

「地下で君達とクィレル先生との間に起きたことは秘密でな。秘密ということはつまり、学校中が知っているというわけじゃ。しかし、君に関することのいくつかは伏せておる」
「私とヴォルデモートの関係性、とかですか?」
「如何にも。しかし、君が狙われているという事実は隠すことが出来ぬじゃろう。今や学校中が理由までは分からずとも、君がヴォルデモートに狙われていると知っておる」
「先生、ハリーには全てを話しますか?」
「いいや、まだ時期ではないじゃろう。ハリーは君についてどれだけのことを聞いたかね?」

 ダンブルドアにそう問われ、私は覚えている限りのことを彼に話した。クィレルはハリーに私がヴォルデモートの力を強力にするために用意された存在だと話したこと。しかし、私が魔法がまだ完全ではなかったころ、向こうの世界とこちらの世界を行き来していたことは知らないこと。なので、ダンブルドアが何故私のことを知っていたのか分かっていないことなど、記憶がある範囲は全て話した。

「その話を聞くに、ヴォルデモートは君を呼び出すに当たっていくつかのミスを犯しているようじゃ」
「ミス……?」
「1つ目は呼び出す相手を選べなかったことじゃ。これはもしかすると特に重要ではないと考えておったのかもしれぬ。別の世界の相手のことなど分かるはずがないからじゃ」

 ダンブルドアは続けた。

「2つ目は魔法を1度で成功出来なかったことじゃ。それにより君に世界を何度も行き来させてしまい、わしやミスター・ジェームズ・ポッター達と深い絆が出来た。そして、そのことによりわしはヴォルデモートが召喚魔法を使うずっと前にそのことを知ることが出来、君にも多大な影響を与えた」

 ダンブルドアの目を見返して、私は頷いた。

「3つ目は君が誰より勤勉で努力家で、魔法の才能があったということじゃ。君はこの1年、あらゆる努力を惜しまなかった。これは後見人としての贔屓目ではなく、君以上に魔法を使いこなせる1年生はいないじゃろうとわしは思うておる」

 呼び出す場所が選べなかったのもミスの1つだとダンブルドアは述べた。もしも私がジェームズ達と出会うことなく、ある日突然ヴォルデモートの前に呼び出されたら――未来は違うものになっていたのかもしれない。そう思うと私はゾッとした。

「先生、私、みぞの鏡を見たんです」

 ぽつりと呟くように私は言った。

「おお、あれは実に興味深い鏡でな。例の鏡を使うのはわしのアイデアの中でも素晴らしいものじゃった。君には何が見えたのかね?」
「ジェームズです」
「なんと」
「彼はヴォルデモートを吹き飛ばせ! 頑張れ! って言ってくれていました。私……先生、私、ヴォルデモートが怖かったんです。彼はそんな私に戦う勇気をくれました」

 私の言葉にダンブルドアは優しく笑って頷いた。

「君はこの1年、彼を思って前に進んできた。そして、そんな君の強い友情に鏡は応えたのじゃ」

 ダンブルドアは満足気だった。

「ハナ、ホグワーツでは助けを求める者には、必ずそれが与えられる。不思議なものじゃ」