The symbol of courage - 041

8. 勇気の象徴



 ホグワーツは遂に学年末の試験期間に突入した。
 あれからダンブルドアにはすぐに手紙の返事貰った。返事には、試験期間が終わったら話す時間を作ってくれることの他に、「大丈夫だから安心するように」と書かれてあった。

 私はあの日以来、あまり寝付けない日々を送っていたけれど、夢を見ることはなくなっていた。もしかしたら、ダンブルドアの言葉に安心したのかもしれないし、あの日ふくろう小屋で会って以来、ジョージがフレッド共に頻繁に私の元へ現れては悪戯を仕掛けてくるせいかもしれない。

 フレッドも私の様子がおかしかったことをジョージから聞いたのだろう。彼らは事あるごとに私を笑わせようとしてくれたし、時には私を悪戯に誘おうとしてマクゴナガル先生に見つかって減点されそうになったこともあった。試験が近い上に私と彼らは寮が違うので城を抜け出すことこそ出来なかったけれど、「試験が終わったらホグズミードに連れて行ってやるよ」「あそこは最高だぞ、ハナ」と約束してくれた。

 筆記試験は、うだるような暑さの中、大教室で行われた。試験用のカンニング防止の魔法がかけられた特別な羽根ペンが配られ、私はむしろカンニング出来る羽根ペンというのが気になって仕方なかった。答えを勝手に書いてくれるのかしら?

 実技試験もあった。呪文学はパイナップルを机の端から端までタップダンスさせられる試験で、変身術はネズミを「嗅ぎたばこ入れ」に変える試験だった。ネズミでとんでもなく嫌なことを思い出してしまった私は、罪のないネズミをこれでもかと睨みつけてしまった。

 そのあと無事に「嗅ぎたばこ入れ」に変えることが出来たのだけれど、狼と犬、それから牡鹿があしらわれたデザインになったのは仕方のないことだと思う。マクゴナガル先生はニッコリ笑って頷いてくれたので、よしとしよう。

 1番最後の魔法史の試験が終わると、誰もが解放感でいっぱいになった。私もその中の1人だったけれど、みんなほど手放しで喜べはしなかった。1年生も残り少なくなってきたということは、ハリーがヴォルデモートと対峙するときが刻一刻と迫ってきているということだからだ。

 私はその日がいつか全く分からなかったので、出来るだけハリー達と一緒にいてその時を待ちたかったけれど、ずっと避けられていて情報が全く入って来ていなかった。こんなことになるのだったら、目くらまし術を何としてでも先に練習しておくべきだったかもしれない。そうしたら、毎晩4階の廊下でハリー達を待ち伏せ出来たのに。図書室で何かヒントが得られないかしら。

「やあ、ハナ」

 どうやって毎晩寮を抜け出して、4階の廊下へ行こうかと考えながら図書室へと向かっているとセドリックに会った。相変わらずいつ見ても芸術品かと思うほどのイケメンである。「こんにちは、セドリック」と返事をすると、彼は「今日は悪戯されてないみたいだね」と笑った。

「初めての試験はどうだった?」
「思ったよりずっとやさしかったわ。折角1637年の狼人間の行動綱領とか、熱血漢エルフリックの反乱とか覚えたのに。セドリックはどうだった?」
「僕はまあまあかな。手応えはあったよ」

 私が図書室へ行こうと思っていることを話すと、どうやらセドリックもそうだったらしく、私達は2人で図書室へ向かった。「試験が終わってすぐに図書室へ行こうとする物好きは私とセドリックくらいね」と言うと、セドリックはおかしそうに笑っていた。

 城の中にいる生徒は私とセドリック以外1人もいないんじゃないかと思うほど、試験後の城内は閑散としていた。試験が終わってそれほど時間が経っていないからか、今は先生達の姿もない。

「そうだ、ガラスペン使ってるよ。羽根ペンみたいにすぐインクを浸さなくていいから、レポートを書くときに使ってるんだ」
「嬉しいわ。実はあれ、私も違うデザインのものを買ったの。とっても綺麗よね。綺麗と言えば、セドリックがくれたバレッタがとても綺麗で私――」
「危ない……!」

 何が起こったのか分からなかった。
 突然、セドリックに突き飛ばされたかと思うと、次の瞬間、赤い閃光が彼を貫いたのだ。私の身体は廊下の端に転がり、攻撃魔法を受けたセドリックは、遠くまで吹き飛び、廊下に置いてある鎧に身体が打ち付けられ崩れ落ちた。

「セドリック!」

 慌てて駆け寄ろうとしたが、再び赤い閃光が私の足元目掛けて飛んできて、それを避けるだけ精一杯だった。何とか杖を手に取り顔を上げると、そこには杖をこちらに向けたクィレルが立っている。

「何てことを……」

 そう呟いた私の声は震えていた。今までずっと授業の度に視線を感じてはいたが、まさか白昼堂々、しかも誰かと一緒にいる時に襲ってくるだなんて思いもしなかった。完全に油断していた瞬間だった。

「彼は関係ないでしょう!」

 いつものおどおどとしたクィレルはそこにはいなかった。冷たい目でこちらを見ている彼は、私の抗議の声にただ鼻で笑うばかりだ。

「セドリックは、巻き込んではいけなかったのに……」

 彼は私とさえ関わらなければ、巻き込まれることのなかった人だった。巻き込んではいけないとずっと思っていたのに、彼は私を――

「君を庇ったりしなければこうはならなかったものを。さしずめ、君はダンブルドアにでも聞いてセブルスと共に私を疑っていたんだろうが、所詮は子どもだ。まだまだ甘い」

 まるで嘲笑うかのようにクィレルが言った。

「ミスター・ディゴリーの命が惜しいかね?」
「何が望みなの……」
「あの方が君をご所望だ。大人しく従えば、ミスター・ディゴリーの命は助けてやろう」

 私は廊下に倒れたまま起き上がらないセドリックを振り返り、そして、クィレルを見た。本当に大人しく従えば、セドリックの命を助けてくれるのかなんて、保証はどこにもない。けれど、可能性が少しでも高いのなら、私は――

「いいわ」

 そう返事を返した次の瞬間、私の意識はみるみるうちに遠退いていった。