The symbol of courage - 040

8. 勇気の象徴



 ホグワーツ城を囲む山々の稜線がほんのり白み始めたころに私は起きた。まだ同室の子達はぐっすりと眠っているようで、起こさないようにそっと制服に着替えると私は羊皮紙やインク瓶、それからクリスマスの時に買ったガラスペンを持って談話室に向かった。

 レイブンクローの談話室は私以外は誰もいなかった。なので遠慮なく普段は上級生が陣取っている暖炉の近くの席に腰を下ろすと、ダンブルドアに手紙をしたため始めた。

 とは言え、ダンブルドア宛の手紙には詳細を事細かに綴るようなことはしない。これは初めて手紙を書いた時からの私なりのルールなのだけれど、いつ誰に見られてもいい内容を心がけるようにしているのだ。なので、今回も手紙には「不思議な夢を見ました。近いうちにお会いしてお話がしたいです」と書くに留めた。

 手紙を書き終えるとインク瓶とガラスペンを部屋に仕舞いに行ってから、ふくろう小屋へと向かった。ふくろう小屋はレイブンクロー寮と同じ西塔にある。8階にある寮監であるフリットウィック先生の事務所の更に上にあって、塔のてっぺんに位置している。ロキは毎朝私に会いに来てくれるけれど、普段は他のふくろう達と一緒にずっとここにいて、ハグリッドのお世話を受けているのだ。

 談話室を出て、目の回るような螺旋階段を降りると私はふくろう小屋を目指した。早朝のホグワーツ城には見回りの先生も、管理人のフィルチや彼の愛猫のミセス・ノリスもおらず、しんと静まり返っている。

 ふくろう小屋へと足を踏み入れると、ふくろう達がこんな早朝に何の用だと言わんばかりに一斉にこちらを見た。そんな彼らに「朝早くにごめんなさい」と思わず謝りながら、ロキの姿を探す。

「ロキ! ああ、すんなり見つかって良かった。ここではいつもヘドウィグと一緒にいるの? 仲良しね」

 ロキは割と近い場所にいた。真っ黒なロキの隣には真っ白な羽毛に包まれたハリーのふくろうであるヘドウィグがいて、きっとふくろう小屋では知り合い同士仲良くしているのだろうと思った。

「ダンブルドア先生に手紙を届けて欲しいの――そう、良い子ね」

 手紙を届けて欲しいことを伝えると、ロキはすんなりと足を差し出してくれた。そのロキの足に手紙を巻きつけ「お願いね」と頼むと、ロキは「任せろ」と言わんばかりに私の指を甘噛みしてからふくろう小屋の窓から飛び上がった。

 西塔のてっぺんにあるということで、ふくろう小屋の窓から見える景色は、レイブンクローの談話室から見えるそれと同じくらい見応えがあった。窓辺に近付き外を見ると、太陽が昇り段々と明るくなってくる空にロキの姿がはっきりと見て取れた。

 これで、ダンブルドアが手紙を受け取ってくれれば安心だ。きっと近いうちに会う時間を作ってくれるだろうし、ダンブルドアならあの不思議な夢について何か知っているだろう。あんな夢はもう2度と見たくはない。あんな、恐ろしい夢は――

「こんな朝早くに、ここで何してるんだい?」

 背後から声を掛けられて、私は飛び上がった。私以外にこんな朝早くにふくろう小屋に来るなんて一体誰なのだろうと振り返ると、そこにはフレッドかジョージのどちらかが立っていた。えーっと、これはきっとジョージだと思う。自信がないけれど。

「ええ、そうよ。えーっと、貴方はジョージ?」

 私が名前を呼ぶと、恐らくジョージであろう彼はニヤリと笑って「フレッドかもしれないぞ」と言った。

「そう言うってことはジョージね。貴方こそ、こんなに朝早くにどうしたの?」
「僕はうーん、そうだな。朝の散歩さ」
「貴方が1人ってとっても珍しいわね。フレッドは?」
「フレッドはまだ夢の中さ」

 ジョージはそう言って私の隣に来ると「寝言でアンジェリーナの名前を呼んでたから、起こしたら怒られそうだろ?」と笑った。私はそれにクスクス笑いながら「それはきっと良い夢ね」と答えた。

「私もそんな素敵な夢を見たいわ」

 私は夜中に見た夢を思い出しながら言った。それと同時に、こちらの世界が自分の夢の中だと思っていたころを懐かしく思った。ジェームズと初めて出会った湖、シリウスと話した図書室、リーマスと初めて会った漏れ鍋に、4人で語り合ったメアリルボーンの家――全てをただの夢だと思っていた、恐怖なんて何もなかったころのことを。

「なあ、ハナ。今度僕達と一緒に、ホグワーツを抜け出してみないか?」

 突然ジョージがそう言って、私は彼を見た。

「どうしたの、急に」

 一体どうして急にそんなことを言い出したのか分からず首を傾げながら訊ねると、ジョージは優しい目をこちらに向けながら続けた。

「僕達と楽しいことをしよう。そうしたら、きっと君がそんな顔をしなくて済むようになるはずさ」

 私は今どんな顔をしていたのだろうか。言葉がすぐに出て来なくて、ジョージを見返したまま黙っていると、彼は私の頭にポンと手を置いた。私はきっとひどい顔をしていたのだろう。

「ありがとう、ジョージ」

 ようやくお礼の言葉を述べるとジョージはいつものように笑って「お安い御用さ」とウインクをした。