The symbol of courage - 039

8. 勇気の象徴



 一角獣ユニコーンが目の前でのたうち回っていた。私はそれを追い掛けて、まるで地面を這い回るかのようにズルズルと暗い森の中を進んでいる。

 一角獣ユニコーンは、何千年もの樹齢がありそうな樫の古木の枝が絡み合うその向こう――開けた平地に辿り着くと、息絶えた。倒れたその場でバラリと足が投げ出され、その真珠色に輝くたてがみは暗い落葉の上に広がっている。

 私は木の影から進み出ると、そんな一角獣ユニコーンに近付いた。傍らに身を屈め、傷口に口を近付け――


 *


「いやああああああああ!!!!」

 耳のつんざくような悲鳴で目が覚めた。
 それは紛うことなき自分の声だった。心臓が全身にあるかのようにバクバクとうるさくて、まだ冷え込む春の夜だというのに、身体はたった今シャワーを浴びたかのように汗でびっしょりと濡れていた。

「ハナ!」
「どうしたの、ハナ!」
「何があったの!?」

 辺りは真っ暗で、まだ夜中だったけれど、私の叫び声で同室の子達が一斉に起き出した。ベッドの天蓋の周りのカーテンが開いて、マンディとリサ、そしてパドマが顔を覗かせた。慌てて起きたせいでみんな髪はボサボサだし、寝間着も着崩れている。

「私――私――……」

 一角獣ユニコーンの血を啜っていた、なんて言えるはずがなかった。あれは確実に夢だったはずなのに、妙にリアルで、まるで私が一角獣ユニコーンを殺して、実際に血を啜っているかのようだった。私は夢の中で、私ではない誰かだった。

「夢……そう、夢を見て……」

 混乱する頭の中でなんとかそう絞り出した。そんな私を落ち着かせるようにリサが手を握ってくれて、マンディは頭を撫でてくれた。そして、パドマは杖を取り出して、私のベッドの天蓋にぶら下がっている星屑製造機スターダスト・メーカーに向けると「ステラ・ルクス」と唱えてくれた。

「さあ、ハナ。怖いものなんて何もないわ」

 まるで私の方が彼女達よりもずっと子どものようだった。ベッドに広がる夜空と森の景色に包まれると、次第に落ち着いてくるのが分かった。けれども、あの夢がなんだったのかはさっぱり分からなかった。

「ありがとう、3人共。もう大丈夫よ」
「寝付くまで、一緒にいましょうか?」
「大丈夫よ。本当にありがとう」

 3人は心配そうにしつつも「おやすみ、ハナ」と言って自分達のベッドへと戻っていった。再びベッドの周りのカーテンが閉められ、私は魔法で作り出された夜の森の中で、ゴロリと寝返りを打つ。

 あんなに綺麗で美しい魔法生物を殺して血を啜るなんて、狂気の沙汰だ。実は私は召喚魔法のせいで『賢者の石』はドラゴンの辺りまでしか読めなかったので、それ以降の出来事が曖昧なのだけれど、落ち着いて考えてみれば、映画で見た記憶があるような気もする。ヴォルデモートが血を啜るのだ。

 けれど、何故自分自身があたかもヴォルデモートになったかのように血を啜っている夢を見たのかは分からなかった。私はこの世界に召喚されただけでなく、いずれヴォルデモートに取り込まれるという前兆だろうか。そうしたら、私はどうなるのだろう? ハリーを殺すの――?

 怖くなって私は頭からすっぽり布団を被った。朝になったらダンブルドアに手紙を書いて、相談しなければ。そうすれば何か解決策があるかもしれない。

 再び布団の中から顔を出した時、すっかり魔法は切れ、辺りは深い闇に戻っていた。