The symbol of courage - 037

7. クィレルとスネイプ

――Harry――



 ハリーは今まで生きていてこんなに幸せだったことはないというくらい、幸せな時間を過ごしていた。スネイプが審判をやると聞いてあんなに不安だった試合を、なんと5分で終わらせることが出来たのだ。その上、グリフィンドールの寮生がハリーを肩車してくれたし、ロンとハーマイオニーは遠くの方でピョンピョン跳ねて全身で喜びを表現してくれていた。

 喜びを噛み締めながらハリーはやっと更衣室を出て、1人、箒置き場にやってきた。すぐには箒を戻さずに余韻に浸るように木の扉に寄りかかってホグワーツを見上げると、窓という窓が夕日に照らされて赤くキラキラ輝いている。スネイプに目にもの見せてやったという達成感と試合の高揚感がまだ続いていた。

 そんなハリーの高揚感を一気に吹き飛ばしたのは、城の正面の階段を急ぎ足で降りてくるフードを被った人物だった。明らかに人目を避けながら、禁じられた森に足早に歩いていく。しかも特徴のあるヒョコヒョコ歩きだ。あの歩き方はハリーには見覚えがあった。

 あれは間違いなくスネイプだった。ハロウィーンの日に4階の奥の廊下に行ったらしい彼は、三頭犬のフラッフィーに足をやられてしまい、それ以来あんな歩き方をしているのだ。足の手当を職員室でフィルチにして貰っているところをハリーは偶然見たことがあった。だから、ハリーは賢者の石を狙っているのがスネイプだと確信していたのだ。

 ハリーは戻すはずだったニンバス2000に跳び乗り、再び空へと飛び上がった。そーっと上の方へと向かうと、気付かれないように気を付けながら、森の中へと入っていくスネイプの跡をつける。

 しかし、スネイプが森の中へと入ると、生い茂った木々が邪魔をしてスネイプの姿が見えなくなった。スネイプの姿を確認しようと、ハリーが円を描きながらゆっくりと高度を下げると、木の梢の枝に触れるほどの高さになった時、ようやく誰かの声が聞こえて来た。

「……な、なんで……よりによって、こ、こんな場所で……セブルス、君にあ、会わなくちゃいけないんだ」

 スネイプは1人ではなかった。ハリーは一際高いぶなの木に音を立てずに降り立つと、そっと枝を登り葉っぱの影から下を覗き込んだ。

 スネイプともう1人は木の下の薄暗い平地にいた。相手がどんな顔をしているのかは分からなかったが、声とその独特のどもり方で、もう1人がクィレルであることは明白だった。

「このことは二人だけの問題にしようと思いましてね」

 氷のように冷たい口調でスネイプが言った。

「生徒諸君に賢者の石・・・・のことを知られてはまずいのでね」

 スネイプの言葉にクィレルはもごもごと何かを言っていたが、スネイプはそれを遮って続けた。

「あのハグリッドの野獣をどう出し抜くか、もうわかったのかね。それに、ミズマチの秘密も――」

 ハリーは危うく木から落ちそうになってしまった。信じられないことをスネイプが口にしたからだ。ミズマチなんて、ハリーが知っている限りではホグワーツには1人しかいない。どうしてハナの名前がここで出てくるのかハリーにはさっぱり分からなかった。ハナの秘密って? それに、ハナはスネイプに狙われている?

「で、でもセブルス……私は……」
「クィレル、貴方がミズマチに異様に関心があることは明らかだ。それは、校長が何故彼女を被後見人に迎えたのかという理由と深く関わりがあると思うがね。我輩を敵に回したくなかったら」

 もっと良く話を聞こうとハリーがグイッと前に身を乗り出すのと、スネイプがクィレルに一歩踏み出すのはほぼ同時だった。ダンブルドアがハナの後見人になったことにどんな理由があるのか、ハリーはどんなことでもいいから知りたかった。

「ど、どういうことなのか、私には……」
「我輩が何が言いたいか、よくわかってるはずだ」

 その時、ふくろうが大きな声でホーッと鳴いたので、ハリーは今度こそ木から落ちそうになった。なんとかバランスを取り、スネイプの次の言葉を聞きとった。

「……貴方の怪しげなまやかしについて聞かせていただきましょうか」
「で、でも私は、な、何も……」
「いいでしょう」

 とスネイプが遮った。

「それでは、近々、またお話をすることになりますな。もう一度よく考えて、どちらに忠誠を尽すのか決めておいていただきましょう」

 スネイプがマントを頭からすっぽり被り大股に立ち去るのを、ハリーは呆然と見送るしかなかった。スネイプは賢者の石を狙っていて、それをクィレルに手伝わせようとしている? その上スネイプはハナまで狙っている? きっとクィレルがハナを気にしていると話していたのは、スネイプが狙っていることに気付いていたからだろう。

 けれど、賢者の石とハナの後見人がダンブルドアであることとなんの関係があるのだろう。そもそも、ハナはとびきり可愛いことを除けばただの生徒だ。それなのに何故、スネイプはまるでハナが何か関係しているかのように考えているのだろう?


 *


 ハリーが急いでロンとハーマイオニーの元へ行き、今しがた見た出来事を話して聞かせると、ハーマイオニーは両手で口を覆って「そんな!」と声を上げた。

「それじゃあ、私達、ハナを守ってあげなくちゃ。だってハナは何も知らないんだもの」
「このこと、ハナに言うべきだと思う?」
「そりゃあ、ハナは愉快だろうね。やあ、ハナ。君のことをスネイプが狙っているよ、なんて言われたら最高な気分だろうさ」

 ロンの言葉にハリーもハーマイオニーも黙りこくった。翌日から3人はクィレルを陰ながら応援したし、4階の奥の廊下の扉に耳をピッタリくっつけてフラッフィーの無事を確認もしたし、ハナが無事か頻繁に会いにも行った。ハーマイオニーに至ってはハナがよく一緒にいるハッフルパフの男子生徒に「ハナのことを守ってあげて」とお願いまでしたらしい。そして、

「彼ってとっても素敵なの。変なお願いをしたのに理由を深く追求してこなかったし、それに、必ず守るよって約束してくれたのよ」

 何故かハーマイオニーがその男子生徒に夢中になっているように見えて、ハリーとロンはお互い顔を見合わせたのだった。