Make or break - 060

7. ホグワーツのイベント



 9月1日は、朝から生憎の雨だった。
 目覚めた時には既に激しい雨風がバチバチ音を立てて窓ガラスに打ちつけていて、私はこの天気だと電車に乗ってキングズ・クロス駅まで行くのはちょっと嫌だな、と思った。家を出て最寄り駅に行くまでの間にびしょ濡れになってしまうし、それならタクシーを呼んだ方が賢明かもしれない。電話は長らく使っていないが、おそらくまだ繋がるだろうし、家の場所だって「26番地と28番地の間」と指定すれば問題はないはずだ。

「おはよう、リーマス。早いのね」

 小さな大草原も雨なので、今朝は自室で軽めの運動し、5時半過ぎにリビングに下りると、リーマスがもう既に起きていた。リーマスはミルクティーを飲みながら、ソファーに座りしかめっ面で日刊予言者新聞の記事に目を通していたが、私がやってきたことに気付くと表情を柔らげて新聞から顔を上げた。ミルクティーからは、蜂蜜の濃い香りが漂っている。

「おはよう、ハナ。雨の音で起きてしまってね――それより、今朝の新聞を見てくれ。リータ・スキーターが遂にバーサ・ジョーキンズの件を嗅ぎつけたようだ……」

 リーマスはそう言って、目の前のローテーブルに予言者新聞を広げて見せた。リーマスの言うとおり、一面にはバーサ・ジョーキンズの行方不明事件について、リータ・スキーターがあることないこと書き連ねている。ただ、現在のリータの上司であるルード・バグマンが一切捜索を行なっていないという文言に関しては、嘘偽りのない事実であった。

「6月のシリウスの件もそうだけど、リータ・スキーターって人、どうやって情報を仕入れてるのかしら?」

 記事を読みながらふと疑問に思って私は呟いた。

「シリウスの時は有り難かったからあまり気にしなかったけど、リータの書く記事ってデタラメの中に魔法省の職員しか知り得ないような情報がちりばめられてると思わない?」
「普通に考えれば職員の中に情報提供者がいるということだが――」

 考え込みながらリーマスが言った。

「しかし、シリウスの件に限って言うとあまりにも情報が漏れるのが早かった。ファッジが正式に発表した以外の情報をスキーターはどうやって知り得たのか……吸魂鬼ディメンターが子ども達を襲っただなんてスキャンダルを掴むのは、一晩では困難だ。ファッジに四六時中張りついているなら話は分かるがね」
「見つからずに四六時中張りつくなんて出来るのかしら?」
「ポリジュース薬を使って他人になりすまし、情報を聞いたりする方法もあるにはあるが、それだけでは情報漏洩の速さを説明出来ない」
「うーん、なら、独自の方法で魔法省に出入りしてるってことよね……」

 しばらく考えてみたものの、これだ、という決定的なものが思い浮かばず、仕方なく私達は早めに朝食の準備に取りかかることにした。リーマスやシリウス曰く、今年のクリスマス休暇はホグワーツに残ることになるらしいので、これが今年最後の3人での食事だった。この1年が無事に終われば、1年後にまた3人と言わず4人で食卓を囲む日が来るだろうが、果たしてどうなるだろうか――考えながらキッチンに入ると、来訪者探知機が高らかに来訪者を告げ、直後、勝手口がノックされた。

「ウィリアム・ウィーズリー! 本物! 安全!」

 やってきたのは、ビルだった。時刻はまだ6時にもなっていない早朝である。私とリーマスは一体何事だとばかりに目を合わせると勝手口の扉を開け、ビルを招き入れた。勝手口の前に立っていたほんの少しの間にビルは濡れてしまっていた。

「マッド-アイ・ムーディの家に昨夜、何者かが侵入した」

 入ってくるなり早口でビルが言った。

「話を聞く限り、マッド-アイは無事だったようだけど、騒ぎが起こったのをマグルのなんだっけ……魔法警察部隊みたいなところ……」
「警察?」
「そう、それだ。そこに通報がいって、魔法不適正使用取締局が出動していたらしいんだ。マグルに気付かれる危険性がある魔法行為は禁止されているからね。調べて逮捕しようとしているようだったから、彼らが捕まえてしまう前に父さんが放免に出来るようマッド-アイのところに向かった。ゴミ箱が暴れ回ってただけみたいだから、マグル製品不正使用の取締りの範疇ってことにして警告だけ出して放免にしようってね。なにせマッド-アイは今日から新たな職に就かなければならない」
「マッド-アイって?」

 一先ずダイニングにビルを通しながら、私は訊ねた。

「狂った目って、人の名前なの?」
「通り名みたいなものさ。目に特徴がある魔法使いでね――やあ、シリウス。朝から騒がせてごめんよ」
「いや、大丈夫だ。何があった?」

 ビルと一緒に3人でダイニングに入ると、ちょうど来訪者探知機の声を聞いてシリウスが起きてきたところだった。慌てて起きてきたのか、シリウスは寝巻き姿のままだ。ビルは先ほどの話を聞いていなかったシリウスに再度マッド-アイ・ムーディの家に何者かが侵入したことを伝えた。

 マッド-アイ・ムーディ――本名、アラスター・ムーディ――は、嘗ては腕利きの闇祓いオーラーで、ダンブルドア先生とは旧知の仲だという。以前、ダンブルドア先生は「古い知り合いの元闇祓いオーラーにホグワーツに来てもらえるよう対策を打った」と話していたが、それがマッド-アイ・ムーディのことだったのだ。確かにそんな人が新学期初日から逮捕なんてことになったら大変なことになるのは容易に想像出来るだろう。そこでウィーズリーおじさんが軽い罪で放免しようと動いたというわけだ。

 しかし、家に何者かが侵入したから騒ぎが起こったというのに、どうして侵入された人物に逮捕の話が出るかと言うと、歳をとってからというもの、マッド-アイがひどい被害妄想に取り憑かれるようになったからだ。彼のおかげでアズカバンの独房の半分は埋まったが、代わりに逮捕された家族から恨まれ、敵も多く、そのせいでありとあらゆるところに闇の魔法使いの姿が見えるようになったという。闇の魔法使いが侵入したと騒ぐのはこれが初めてではないのだろう。しかも、毎回侵入者は見つからないとなれば、逮捕の話が出ても無理はないのかもしれない。けれど――。

「じゃあ、今回も、うーん、闇の魔法使いの幻覚みたいなのが見えて騒いだのかしら?」

 3人でダイニングテーブルを囲み話を聞いていた私は唸った。

「侵入者は捕まってないのよね?」
「そうなんだ。だからみんないつものやつだろうって考えてると思うけど、このタイミングで侵入者がいたと騒ぐというのはどうもきな臭い……それで、ホグワーツに行く前に君達に知らせておかなくちゃならないと思ってね」
「ありがとう、ビル。マッド-アイは大丈夫かしら?」
「多分、父さんが上手くやると思うよ」

 ビルが言った。

「ただ、父さんが駆り出されたから母さんが1人で子ども達をキングズ・クロス駅に連れて行かなくちゃならなくなったんだ。本当はエジプトに戻る予定だったけど、心配だから僕も付き添うよ」
「キングズ・クロス駅までは車で行くの?」
「その予定だったけど、魔法省から車が借りられなかったみたいなんだ――何かいい方法はないかな」
「それじゃ、タクシーを呼ぶのがいいと思うわ。村にマグルの郵便局があるなら、必ず近くに公衆電話があるからそこからタクシー会社に電話がかけられるわ。待ってて、今、電話の手順を書き出すから……」

 私はそう言うと、羊皮紙と羽根ペン、インクを急いで準備すると電話の手順を細かに書き出した。途中、ロンがダーズリー家に電話をかけた時、大声で話してバーノン・ダーズリーを怒らせたということを思い出して、私は「普通に喋る時のトーンで話せば、相手にはしっかり聞こえる」と付け足した。

「それから、電話をするのに硬貨が必要なの。私、手持ちがあるから……」
「じゃあ、その硬貨と金貨を交換でいいかな?」
「銀貨で大丈夫よ。先日ダイアゴン横丁へ行ったばかりだから、レートは分かってるわ」
「ありがとう、助かるよ」

 リーマスにマグル用の財布を呼び寄せてもらい、そこから10ペンス硬貨を何枚か取り出すと、私はメモと一緒にビルに手渡した。現在のレートは30ペンスで1シックルだ。

「それから、出来ればでいいんだけど……ウィーズリーおじさんにバーサ・ジョーキンズの記憶力が悪くなったのはいつごろからか調べてほしいって伝えてくれないかしら。学生時代は記憶力がよかったって聞いて、気になってるの――」
「分かった。隙を見て伝えておくよ」
「ありがとう、ビル。それじゃ、またキングズ・クロスで」
「ああ、またあとで」

 ビルは朝の忙しい時間を縫って来てくれたのだろう。話を終えると慌ただしい様子で席を立ち、勝手口で靴を履くと、その場で姿くらましした。