Make or break - 059

6. ドレスローブ

――Harry――



 7時になると、マグルのタクシーが隠れ穴にやってきた。以前はウィーズリーおじさんが中古のフォード・アングリア――空が飛べるよう魔法がかけられていた――を所有していたが、2年前にハリーとロンがホグワーツ特急に乗り遅れた際に飛ばして以降、ホグワーツの禁じられた森で野生化してしまっている。暴れ柳に突っ込んで着地してしまったことで車が怒って森の中に行ってしまったのだ。ハリーは2年生の時に蜘蛛を追って森に入った時に野生化した車を見たし、つい数ヶ月前にもハナを助けるために森から車が現れたのを見ていた。

 そんなこんなで車がなくなってしまったので、去年は魔法省から車を2台借りたのだが、今年は借りられなかったのだとウィーズリーおばさんがハリーにこっそり教えてくれた。おばさんからしたら魔法省から車を借りられた方が安心だったろうが、ウィーズリーおじさんは魔法省の車よりマグルのタクシーに乗りたがっただろうな、とハリーは思った。

 隠れ穴にやってきた3人のタクシーの運転手は、あまりの大荷物に一苦労だった。ホグワーツ校用の重いトランクが6個もあり、それを荷室に詰めるだけでフーフー息切れしていたのに、加えて興奮状態のふくろうがいたからだ。ヘドウィグはまだましだが、ピッグウィジョンなんて耳をつんざくような声で騒ぐのでかなりのうるささだ。

「あらまあ、あの人達なんだか嬉しそうじゃないわねぇ」

 大雨の中、運転手達が荷物を詰め込むのを眺めながら、ウィーズリーおばさんがそう言って、ハリーは内心そりゃそうだ、と思った。マグルの運転手は旅行者の大きなトランクを運ぶことはあっても興奮状態のふくろうを運ぶことなんて滅多にないのだ。しかも、運ぶだけでは済まなかった。運転手の1人がフレッドのトランクを詰め込もうとした途端、トランクの蓋が開き、「ドクター・フィリバスターの長々花火――火なしで火がつくヒヤヒヤ花火」が炸裂し、驚いたクルックシャンクスが爪を立てて運転手の足に齧りついたのだ。クルックシャンクスを運んでいた運転手は驚くやら痛いやらで悲鳴を上げ、出だしは最悪だった。

 タクシーでの長時間の移動も快適とはいえなかった。みんな荷室に入りきらなかったトランクと一緒にタクシーの座席にぎゅうぎゅう詰めだったし、クルックシャンクスは花火のショックから立ち直れず、ハリーもロンもハーマイオニーも嫌というほど引っ掻かれたからだ。3時間半の長旅を終え、キングズ・クロス駅でタクシーを降りた時には、雨足が一層強くなり、駅の構内に入るまでのほんのちょっとの間にびっしょ濡れになったにもかかわらず、みんなホッとしたほどだった。

「ハナはルーピン先生達と一緒なのよね?」

 9番線と10番線のプラットホームを目指し、マグルだらけの構内を歩きながらハーマイオニーが訊ねて、ハリーは頷いた。

「うん、そう聞いてるよ。でも、いつもハナは1人で電車に乗ってここまで来てたんだって。家から歩いてすぐのところに駅があるんだよ」
「今日も電車かしら?」
「うーん、どうだろう」

 ハリーは魔法使いのローブを着込んだリーマスと別人になりすましたシリウスがマグルだらけの電車に乗っている姿を想像して――その違和感に内心笑った。あの2人を連れて電車に乗るのは目立つこと間違いなしだ。でも、ハナが一緒なので、もし電車に乗るなら、ハナは間違いなく2人を完璧なマグルに仕上げて乗るだろうな、とも思った。

「電車で来てもタクシーで来ても、ハナは上手くやるよ」
「確かにそうね」

 話しているうちにハリー達は9と4分の3番線の入口に辿り着いた。9と4分の3番線への行き方はもう慣れっこで、9番線と10番線の間にある一見堅そうに見える柵を真っ直ぐ突き抜けて歩くのだって怖くはなかったし、マグルに気付かれないようにさりげなく通り抜けることだってお手のものだ。今日は何組かに分かれて行くことになり、ハリー、ロン、ハーマイオニー組は何気なくお喋りするフリをして柵に寄りかかり、するりと横向きで入り込んだ。

 9と4分の3番線のプラットホームには、紅に輝く蒸気機関車のホグワーツ特急がもう入線していた。吐き出す白い煙がホームに棚引いていて、その向こう側に大勢のホグワーツ生とその家族の影が見えている。ピッグウィジョンは、煙の向こうから聞こえてくるホーホーというたくさんのふくろうの鳴き声にまた興奮状態になり、また一段とうるさく鳴いた。

 プラットホームを歩き、ハリー、ロン、ハーマイオニーの3人は空いているコンパートメントを探し始めた。先頭の方の車両はもう埋まっていたが、今日は割と早めに来ることが出来たからか、中ほどの車両に空いているところを見つけ、3人はそこに自分達の荷物を入れた。コンパートメントを探しながら、ハリーは、ハナやリーマス、シリウスの姿を探してみたが、残念ながらどこにも姿は見えなかった。シリウスはいつも平気な様子で出掛けるのでつい忘れがちになるが、本当は外に出てはいけない決まりになっているので、もしかするとここにも来ていないのかもしれない、とハリーはガッカリした。

「ハリー、いつでも会えるわ」
「そうだよ。君達、もう家族なんだから」

 ハーマイオニーとロンに励まされ、ハリーは気を取り直してホームに戻るとウィーズリーおばさん、ビル、チャーリーのところにお別れを言いに戻った。ハリー達が戻るころにはフレッド、ジョージ、ジニーもみんな荷物を詰め終わって集まっていて、なんとジニーの隣にはハナの姿もあった。ジニーはチャーリーと話していて、ハナはビルと話をしている。それだけならまだ普通だが、なぜかハナとビルの距離が妙に近過ぎて、ハリーは余計なお世話だと思いながらもセドリックのことが心配になった。

 ハナとビルは内緒話をしているだけかもしれないが、それでもセドリックはやっぱりグズグズするべきではない――ハリーがそう考えていると、ジニーと話していたチャーリーがハナに何かを話したかと思うと、ハナがこちらを振り返って微笑んだ。

「こんにちは、ハリー、ロン、ハーマイオニー!」
「やあ、ハナ。よくここが分かったね」
「コンパートメントを探していたジニーと偶然会ったのよ。貴方達に会えてよかったわ――ただ、この人混みでしょう? 何かあったら大変だから、彼らは家に帰してしまったの」

 最後の方の言葉を声を低くして述べると、ハナは「ごめんなさい、ハリー」と申し訳なさそうに謝った。ハリーは会えなくてガッカリしていたなんて知られるのが恥ずかしくて、ちょっぴり強がって首を横に振った。

「ううん、仕方ないよ。ハナはどの辺りのコンパートメントを取ったの?」
「前の方の車両よ。セドと一緒なんだけど、彼は監督生でコンパートメントにいないことが多いから、一緒にどうかってジニーも誘ったの。ハリー達は?」
「僕達は真ん中辺りなんだ」
「それじゃあ、あとでそっちにお邪魔するわね」
「うん」

 全員が揃うと、みんな順番にウィーズリーおばさん、ビル、チャーリーにお別れを言った。チャーリーはジニーとお別れをする時、ジニーを抱き締めてさよならを言いながら思いがけないことを言った。

「僕、みんなが考えてるより早く、また会えるかもしれないよ」
「どうして?」

 フレッドが訳が分からないという顔で訊ねた。チャーリーがルーマニアで働いていてそう簡単に会えるわけではないということは誰もが知るところだったので、ハリーもどうしてチャーリーがそう言うのか理由が気になったが、チャーリーは「今に分かるよ」と答えるに留めた。

「僕がそう言ったってこと、パーシーには内緒だぜ……」

 チャーリーが続けた。

「なにしろ“魔法省が解禁するまでは機密情報”なんだから」
「ああ、僕も何だか、今年はホグワーツに戻りたい気分だ」

 ビルは羨ましそうな目で汽車を見ながら、ポケットに両手を突っ込んだ。何か知っている様子の成人組にジョージが焦ったそうに訊ねた。

「どうしてさ?」
「今年は面白くなるぞ」

 答えにならない答えを言って、ビルが目をキラキラさせた。

「いっそ、休暇でも取って、僕もちょっと見物に行くか……」
「だから何をなんだよ?」

 今度はロンが訊ねた。しかし答えを聞く間もなく汽笛が鳴り、ハリー達はウィーズリーおばさんに追い立てられるように汽車に乗り込んだ。

「ウィーズリーおばさん、泊めてくださってありがとうございました」

 扉を閉め、窓から身を乗り出しながら、ハーマイオニーが言った。

「本当に、おばさん、いろいろありがとうございました」

 ハリーも同じように身を乗り出してお礼を言うと、おばさんは「こちらこそ、楽しかったわ」と微笑んだ。

「クリスマスにもお招きしたいけど、でも……ま、きっとみんな、ホグワーツに残りたいと思うでしょう。なにしろ……いろいろあるから」
「ママ!」

 ロンがイライラした様子で母親に呼びかけた。

「3人とも知ってて、僕達が知らないことって、何なの?」
「今晩、分かるわ。多分。とっても面白くなるわ――ダンブルドア先生の下なら安全でしょう。それに、規則が変わって、本当によかったわ――」
「何の規則?」

 ハリー、ロン、フレッド、ジョージが一斉に訊いた。

「ダンブルドア先生がきっと話してくださいます……さあ、お行儀よくするのよ。ね? 分かったの? フレッド? ジョージ、貴方もよ」

 とうとう何のことか聞き出す前に、ピストンが大きくシューッという音を立て、汽車が動き始めた。フレッドが窓から身を乗り出して、ホグワーツで何が起こるのか教えてくれと叫んだが、汽車はどんどんホームから遠ざかり、やがて、おばさんもビルもチャーリーも姿くらましした。