Make or break - 057

6. ドレスローブ

――Harry――



「まったく、火に油を注ぐとはこのことだ」

 ウィーズリーおばさんが、おじさんを出迎えにリビングを出てから数分後、夕食をお盆の上に載せて、おじさんがリビングに入ってきた。どうやら夕食をリビングで食べることにしたらしい。おじさんは疲れきった様子で暖炉のそばの肘掛椅子に腰掛けると、少し萎びたカリフラワーを食べるともなく突き回しながら話した。

「リータ・スキーターが他にも魔法省のゴタゴタがないかと、この1週間ずっと嗅ぎ回って記事のネタ探しをしていたんだが、とうとう嗅ぎつけた。あの憐れなバーサの行方不明事件を。明日の日刊予言者新聞のトップ記事になるだろう。とっくに誰かを派遣してバーサの捜索をやっていなければならんと、バグマンにちゃんと言っといたのに、言わんこっちゃない」
「クラウチさんなんか、もう何週間も前からそう言い続けていましたよ」

 パーシーが危険性を察知していたのは自分の上司の方が先だと言わんばかりに素早く割って入ると、疲れとストレスのせいか、ウィーズリーおじさんがイライラしながら言った。

「クラウチは運がいい。リータがウィンキーのことを嗅ぎつけなかったからね。“クラウチ家の妖精エルフ、闇の印を創り出した杖を持って逮捕さる”なんて、まる1週間大見出しになるところだったよ」
「あの妖精エルフは、確かに無責任だったけれど、あの印を創り出しはしなかったって、みんな了解済みじゃなかったのですか?」

 パーシーが少しムキになったように訊ねると、今度はハーマイオニーが憤慨して言った。

「私に言わせれば、屋敷しもべ妖精ハウス・エルフ達にどんなにひどい仕打ちをしているのかを、日刊予言者新聞の誰にも知られなくて、クラウチさんは大変運が強いわ!」
「分かってないね、ハーマイオニー!」

 パーシーも同じくらい憤慨して言い返した。クラウチ氏至上主義のパーシーと屋敷しもべ妖精ハウス・エルフに同情しているハーマイオニーの意見は、あの騒ぎの夜から平行線を辿ったままだった。

「クラウチさんくらいの政府高官になると、自分の召使いに揺るぎない恭順を要求して当然なんだ」
「あの人の奴隷って言うべきだわ! だって、あの人はウィンキーにお給料払ってないもの。ウィンキーはあれからずっと泣いているのよ。あのひどい仕打ちのせいで!」

 ヒートアップしすぎてハーマイオニーの声が上擦った。すると、これ以上の口論は許さないとばかりにウィーズリーおばさんが2人の屋敷しもべ妖精ハウス・エルフ論争に割って入った。

「みんな、もう部屋に上がって、ちゃんと荷造りしたかどうか確かめなさい! ほらほら、早く、みんな……」

 とばっちりを食うまいとハリーは急いで箒磨きセットを片付け、ファイアボルトを担ぎ、ロンと一緒に階段を上がった。最上階のロンの部屋は、未だにフレッドとジョージも一緒に使っていたが、2人はまだコソコソしているのかすぐにハリー達について来なかった。廊下に出て階段を上がっていくにつれ、雨音は次第に激しくなっていき、最上階のロンの部屋でくると、ヒューヒュー鳴る風の唸りと屋根裏に棲むグールお化けの喚き声、そして、ピッグウィジョンが騒ぐ声が加わった。

 ピッグウィジョンはピーピー鳴き、鳥籠の中をピュンピュン飛び回っていた。荷造り途中のトランクを見て、興奮したらしい。ロンが煩わしそうにしながら、ピッグウィジョンに近い場所にいたハリーにふくろうフードを1袋投げて寄越した。

「ふくろうフードを投げてやって。それで黙るかもしれない」

 言われたとおり、ハリーはふくろうフードの袋を破るとその中から2、3個取り出して鳥籠の格子の隙間から差し入れると、フードの残りをロンに返した。それから、自分のふくろうフードを取り出すと、一部始終を羨ましそうに見ていたヘドウィグにも同じように2、3個食べさせた。このふくろうフードもハナが昨日買ってきてくれたものだった。

 ピッグウィジョンとヘドウィグにふくろうフードを食べさせたあと、ハリーはベッドの上に腰掛け、荷造りを始めた。ハリーのトランクのそばには、昨日ハナから受け取った買い物袋の大きな包みと、ウィーズリーおばさんが洗濯してくれたハリーの靴下が山となって置かれている。

 ハリーはまず、買い物袋の包みを解き始めた。1番上に大きな包みがあり、その下にミランダ・ゴズホーク著『基本呪文集・四学年用』の他、新しい羽根ペンとインクを一揃い、羊皮紙の巻紙を1ダース、魔法薬調合材料セットの補充品が入っている。ハリーは大きな包みだけを残してそれら以外をトランクに詰め、大きな包みを入れられるよう、少しでもスペースを確保しようと下着を空の大鍋の中に詰めた。すると、同じく荷造りをしていたロンが背後でいかにも嫌そうな声を上げた。

「これって、一体何のつもりだ?」

 振り返ると、ロンは何かを摘み上げていた。栗色のビロードの長いドレスのようだ。襟のところに黴が生えたようなレースのフリルがついていて、袖口にも似たようなレースがあしらわれていた。一体なんだろう――ハリーが考えていると、扉をノックする音がして、ウィーズリーおばさんが洗い立てのホグワーツの制服を腕いっぱいに抱えて入ってきた。

「さあ。皺にならないよう、丁寧に詰めるんですよ」

 おばさんが制服をそれぞれに分ながらそう言うと、ロンが先程のドレスをおばさんに差し出した。

「ママ、間違えてジニーの新しい洋服を僕に寄越したよ」
「間違えてなんかいませんよ。それ、貴方のですよ。パーティー用のドレスローブ」
「エーッ!」

 思わぬ事実にロンが打ちひしがれた顔をした。

「ドレスローブです!」

 おばさんがピシャリと繰り返した。

「学校からのリストに、今年はドレスローブを準備することって書いてあったわ――正装用のローブをね」
「悪い冗談だよ。こんなもの、ぜぇったい着ないから」
「ロン、みんな着るんですよ! パーティー用のローブなんて、みんなそんなものです! お父様もちょっと正式なパーティー用に何枚か持ってらっしゃいます!」
「こんなもの着るぐらいなら、僕、裸で行くよ」
「聞き分けのないことを言うんじゃありません」

 意地を張る息子をおばさんが叱った。

「ドレスローブを持っていかなくちゃならないんです。リストにあるんですから! ハリーの分だってハナが買ってくれたはずよ……ハリー、ロンに見せてやって……」

 ハリーは恐る恐るまだ開けていなかった1番大きな包みを開けた。中には深緑色のビロードのドレスローブが入っている――が、広げてみると思ったほどひどくはなかった。なんたって、ハリーのドレスローブにはレースのフリルなんてまったくついていない。生地の違いはあるものの、見た目は制服とさほど変わりはなく、むしろセンスがいい方だと言えた。ハナとシリウスとリーマスがハリーのために選んでくれたのだろう。ハリーはこんな状況でなければ素直に喜べたのに、と思った。

「まあ、貴方の目の色によく映える色だわ」

 ウィーズリーおばさんが優しく言った。

「そんなのだったらいいよ!」

 ロンがハリーのドレスローブを見て怒ったように声を上げた。

「どうして僕にも同じようなのを買ってくれないの?」
「それは……その、貴方のは古着屋で買わなきゃならなかったの。あんまりいろいろ選べなかったんです!」

 ウィーズリーおばさんの顔がサッと赤くなり、ハリーは気まずさに目を逸らせた。出来ることなら、喜んでグリンゴッツの金庫の中にある自分のお金をウィーズリー家の人達と半分こにするのに――ハリーはそう思ったが、同時にウィーズリー夫妻は受け取らないだろうとも思った。

「僕、絶対着ないからね」

 ロンが頑固に言い張った。

「ぜーったい」
「勝手におし。裸で行きなさい。ハリー、忘れずにロンの写真を撮って送ってちょうだいね。母さんだって、偶には笑うようなことがなきゃ、やりきれないわ」

 ウィーズリーおばさんは怒ったようにそう言うと、扉を閉めて出ていった。ロンが自分のドレスローブとハリーのドレスローブを見比べては羨ましそうにするのでなんと声をかけていいのか分からないでいると、2人の背後で咳き込むような変な音がして飛び上がった。振り返ってみると、ピッグウィジョンが大きすぎるふくろうフードに咽込んでいた。

「僕の持ってる物って、どうしてどれもこれもボロいんだろう?」

 いいよな、ハリーはいいものが買えて――なんだかロンがそう言っているように聞こえて、ハリーは、ロンが足取りも荒くピッグウィジョンのところへ行って嘴に詰まったふくろうフードを取ってやるのを、やっぱり何も言えずに見ていた。