Make or break - 054

6. ドレスローブ



 ウィンキーは、クィディッチ・ワールドカップの決勝戦で会った時と同じく、キッチンタオルを身に纏っていた。彼女は顔を両手で覆い、泣きじゃくっていたが、私が声をかけると両手をそっと下げて指の隙間からこちらを見た。あの日の夜からずっと泣いているのか、大きな茶色の目は真っ赤に腫れてしまっている。シリウスとリーマスは私が彼女を「ウィンキー」と呼んだことに驚いたようだったが、何も言わずに私が話をするのを見守ってくれていた。

「ウィンキー、貴方、ウィンキーよね?」

 ウィンキーに向き直ると私は言った。

「話を聞いて心配していたのよ――私のこと分かるかしら? 貴賓席でハリーと一緒だったの」
「あたしはお嬢様をご存知です」

 しゃっくり上げながらもウィンキーはなんとか答えた。返事を返す拍子にウィンキーの目から大粒の涙がポロポロ零れ落ち、石畳みの上に落ちていった。

「お嬢様はハリー・ポッター様のお近くにお座りになられていました――あたしはそれをご覧になられました」
「あの日はお話し出来なかったのに覚えていてくれたのね。嬉しいわ。私はハナ・ミズマチというの。貴方が1人じゃなくて安心したわ。ドビーに会いに行ったの?」

 出来る限り優しい口調で訊ねると、ウィンキーは解雇された日のことを思い出したのか唇を震わせてまた泣き始めた。大きな目から涙がとめどなく流れている。

「ああ、ウィンキー、泣かないで――」

 私はハンカチを差し出そうと自分のポシェットに手を伸ばしたが、あんなことがあったあとなのに人間からはハンカチを貰いたくないだろうと既でのところで思い留まった。なぜなら、屋敷しもべ妖精ハウス・エルフにとって、衣類は解雇を示すものだからだ。ハンカチもその範疇に含まれるのかは分からないが、今は差し出すべきではないだろう。

「ねえ、ドビー、ウィンキーとはいつ会ったの?」
「数日前でございます、お嬢様!」

 キーキー声でドビーが答えた。

「ドビーは時々ウィンキーや他の屋敷しもべ妖精ハウス・エルフをお訪ねになります。そして、数日前もドビーはウィンキーをお訪ねになり、ウィンキーも自由になったことが分かったのです!」

 ウィンキーの泣き声に負けじとドビーが声を張り上げると、ウィンキーは更に大声を上げて泣いてしまった。ドビーはマルフォイ家から解雇されたがっていたけれど、ウィンキーはそうではないのだ。クラウチ家に仕えていたかったのにクラウチさんに解雇されてしまったので、それが本当に悲しいのだ。

「それで、貴方達はここで何をしているの?」

 一体どうしたらウィンキーを慰められるのだろうかと考えたがいい案が浮かばず、私はドビーに質問を続けた。ウィンキーは激しく泣いていたが、ドビーは先程よりも大きな声で答えた。

「次の勤め先を探していたのでございます、お嬢様!」
「次の勤め先?」
「ドビーは自由になって以降、仕事を探して国中を旅し、様々な家を訪れては雇ってくれないかとお願いして回りましたが、なかなか仕事が見つからなかったのでございます。なぜなら、ドビーはお給料が欲しかったからです!」
「お給料がほしい屋敷しもべ妖精ハウス・エルフはいらないと言われたのね?」
「そのとおりございます、お嬢様。大多数の魔法使いは、給料を要求する屋敷しもべ妖精ハウス・エルフを欲しがりません。“それじゃ屋敷しもべ妖精ハウス・エルフにならない”と仰るのです。ドビーは働くのが好きですが、服を着たいし、給料を貰いたい……お嬢様、ドビーはいただいた給料でいつかハリー・ポッターにプレゼントをしたいのです!」
「素敵だわ、ドビー」

 私が微笑んでそう言うと、ドビーはニカーッと歯を見せて笑い、ウィンキーはそんなの許されるわけないとばかりに大きな声を出して泣いた。周りの魔法使い達が更に遠巻きに私達を避け、足早にグリンゴッツの中へと入っていった。

「ドビーは旅の途中で、ホグワーツで働く仲間にも会いました。その時、ドビーはお嬢様がホグワーツの屋敷しもべ妖精ハウス・エルフ全員に贈り物をされたとお聞きしたのでございます! お嬢様にプレゼントをされた屋敷しもハウス・べ妖精エルフ達はみな嬉しそうでした。ドビーは、ドビーもハリー・ポッターを喜ばせたいと思ったのでございます!」
「貴方はハリーが本当に好きなのね」

 私がそう言うとドビーはニッコリしながら頷いた。

「はい。ドビーはハリー・ポッターが好きでございます! しかし、ドビーは次の仕事が見つかりません。そんな時、ウィンキーも自由になったことが分かり、ダイアゴン横丁で魔法使い達に声をかけては? と思いついたのでございます!」

 ウィンキーは遂に地面に突っ伏し小さな拳で地面を叩きながら泣き叫んだ。私は慌ててウィンキーの背中を撫でたがウィンキーは泣き叫び続けたし、ドビーは構わず話し続けた。

「ドビー達はグリンゴッツのそばで雇ってくれそうな魔法使いが現れるのをお待ちになりました。ですが、どの魔法使い達もドビー達とは関わり合いになろうとはしません。ドビーに声をかけてくださったのは、お嬢様が初めてです。お嬢様はやっぱり悪い魔女ではありませんでした!」
「ありがとう、ドビー。貴方達に何か出来ることがあればよかったんだけど……」

 ウィンキーの背中を撫で続けながら私は言った。一瞬、2人まとめてうちで雇うのはどうかとも思ったが、私の身に危険が迫っている中、彼らをその渦中に巻き込むようなことをしたくはなかった。そもそも雇ったとて屋敷しもべ妖精ハウス・エルフが満足するだけの仕事が我が家にはない。

「私の家で雇ってあげられたらよかったんだけど、私の家はあんまり……うーん、よくないの。そんなに大きくはなくて、仕事だってないし……働くのが好きなら私の家は退屈だわ」
「はい、ドビーは働くのが好きでございます」

 迷うことなく、ドビーは答えた。

「ドビーは自由が好きですが、たくさんはいらないのでございます。ドビーは抱えきれないほどたくさん仕事が欲しいのでございます。手に余るのほどの仕事をいただくことこそ、我らの名誉であり生き甲斐であり存在意義なのでございます、お嬢様」
「君のような屋敷しもべ妖精ハウス・エルフが我が家にいたら、楽しかったんだろうが」

 これまで黙って様子を見ていたシリウスが少し残念そうにしながら言った。どうやらこの短時間でドビーのことが気に入ったらしい。

「いやしかし、仕事がない以上無理に仕えさせるのはよくないな。仕事を与えられない魔法使いは君達にとってはいい主人とは言えない」
「そのとおりでございます、旦那様」

 ドビーが頷いた。

屋敷しもべ妖精ハウス・エルフにとっていい主人とは、理不尽に殴ったり怒鳴ったりせず、その上でやりきれないほどたくさん仕事をくれる魔法使いなのです」
「そういう家を紹介出来たらよかったんだけれど――」

 私はドビーとウィンキーを交互に見遣りながら言った。ウィンキーは未だに地面に突っ伏し、泣きじゃくったままだった。

「生憎、紹介出来るような家を知らないの――仕事がたくさんあるような家なら自然と魔法族の旧家とか大きな家に限られるだろうけど、知り合いの中にはほとんどいないし……でも、何か困ったことがあったらホグワーツまで私を訪ねに来て。出来る限り力になるわ」
「ありがとうございます、お嬢様。ドビーとウィンキーはまた別の方法をお考えになられます! ハリー・ポッターによろしくお伝えください!」
「ええ、伝えておくわね。頑張ってね」

 私がそう声をかけた途端、ドビーは恭しくお辞儀をすると泣きじゃくるウィンキーを連れてその場から姿をくらました。ダイアゴン横丁では仕事が見つかりそうになかったので別の場所に向かったのかもしれないし、これ以上私達に迷惑をかけまいと移動したのかもしれない。しかし、どちらにせよ、2人は次の勤め先を見つけるのにかなり苦労するだろう――。

「彼らは彼らで上手くやるよ」

 その場に屈み込んだまま2人が立っていた場所を見つめていると、リーマスが宥めるように私の肩を叩いた。私は振り返ってリーマスの顔を見上げると、小さく頷いてから立ち上がり、シリウスとリーマスと共にグリンゴッツの中に入っていった。