Make or break - 052

6. ドレスローブ



 話し込んでいると11時が近付いてきて、私達は紅茶とビスケットを用意して、少し早めのイレブンジスティーを楽しむことにした。私は普通の濃さのものを。シリウスとリーマスはもう少し時間を置いて濃くしたものにバーボン・ウィスキーをたっぷりと入れたものを。バーボン・ウィスキーはマグルのスーパーマーケットで買ったもので、飲むと元気になる効果なんてもちろんついていない。私は今度ダイアゴン横丁へ行った時にファイア・ウィスキーを買ってもいいかもしれないと頭の片隅で考えた。どうせ酔うなら元気になる方がいい。

「月曜の騒ぎは、君を狙ってのものではなかったことが不幸中の幸いといったところだな。標的にされたマグルの一家は気の毒だが……」

 リビングで紅茶を飲みながら話すのは、やっぱりワールドカップでの騒ぎのことだった。シリウスは紅茶を口に運びながら、本当に気の毒そうにしている。テーブルの上にはウィスキーの瓶が置かれ、バーボンの甘い香りが辺りに広がっていた。

「ハリーが見たという夢のことも気になるのよね。傷痕も痛んだというし……ダンブルドア先生はなんて仰ってた? 新学期が始まれば、すぐにでも閉心術の訓練が出来るのかしら?」
「ダンブルドアには君達が隠れ穴に向かったあとすぐに連絡を取ったんだが、やはり君と同じようにハリーがヴォルデモートの心の中を覗き見たのだと考えていた」

 リーマスが答えた。

「ただ、すぐに閉心術の訓練とはいかないようだ。ホグワーツでのイベントのこともあって、ダンブルドアも他の先生達も準備でとにかく忙しい……訓練に入れるようになるまでは様子を見るようにと仰っていた。心を覗き見たからといって、ヴォルデモートがすぐそれに気付くわけではないから、しばらく猶予はあるしね」
「それに、ダンブルドアは閉心術の訓練に入れるようになるまで、ハリーには真実を話さない方がよいという考えだ。このことでハリー自身分からない状況に混乱し、悩むだろうが、ヴォルデモートの心の中を覗き見ていると教えるのは時期尚早だと私もリーマスも考えている」
「向こうの状況を知るのにこれは便利だと進んでヴォルデモートの心を読むようになったら危険だからね。そのことでもし向こうに勘付かれ、逆に覗かれでもしたら……こちらの情報が筒抜けだ」

 確かに、閉心術の訓練に入る前に真実を明かしてしまうのは危険な行為だと言えた。ヴォルデモートの状況が分かるのだと教えてしまったばかりに、この奇妙な繋がりにヴォルデモートが気付く時間を早めたとあっては元も子もない。しかも、相手はヴォルデモートだ。当然、開心術に長けているし、逆にハリーの心を覗き、操ることだって可能かもしれない――。

「確かにこちらの情報が筒抜けになるのは困るわね……」

 考え込みながら私は言った。

「昨日、ハリーが話してくれたんだけど、ヴォルデモートとペティグリューは誰かを殺す計画を練っていたらしいの。ハリーは誰なのか具体的な名前は言わなかったけれど、私はそれがハリー自身か私のことなんじゃないかって考えてるわ。だから、傷痕が痛んだことを余計に気に病んでるんじゃないかって……」
「ヤツが君を復活に利用して殺し、力を失う原因となったハリーも殺してしまおうと考えるのは十分に有り得ることだ――」

 シリウスが眉間に皺を寄せて苦々しげに言った。

「その他にヤツが計画を練ってまで殺したいと願うのはダンブルドアくらいなものだろう」
「それに、土曜の朝、ハリーが話したことを覚えてる? ヴォルデモートとペティグリューがもう既に誰かを殺しているって話していたのを」
「ああ、もちろんだ」

 リーマスが頷いた。

「その件もダンブルドアには報告済みだ」
「実は、それに関して1つ気になる情報があるの。これはまだ報道されていないことなんだけど……ルード・バグマンの部下で魔法ゲーム・スポーツ部に所属しているバーサ・ジョーキンズという魔女が1ヶ月前に休暇でアルバニアに行って以来帰ってきていないらしいの」
「バーサ・ジョーキンズだって?」

 シリウスとリーマスが目を見開いて驚き、顔を見合わせた。なんだかバーサ・ジョーキンズを知っているような、そんな雰囲気だ。私は2人の顔を交互に見て、訊ねた。

「2人はバーサ・ジョーキンズを知っているの?」
「バーサは私達と同じ時期にホグワーツにいたんだ」

 リーマスが答えた。

「私達より2、3年上だよ」
「彼女はなんていうか……まあ、とにかく愚かな女だった。噂好きの知りたがり屋で、頭が空っぽ。ヴォルデモートはもちろん、ピーターでさえ、彼女を簡単に罠に嵌めることが出来ただろう」
「私は、ヴォルデモートが殺したというのがそのバーサなのではないかと思ってるの。しかもホグワーツでのイベントのことを洗いざらい吐かせたあとでね――魔法省で働いているのなら、ホグワーツで何が起こっているのか知っていて当然でしょう?」
「それで、復活の予言のことは知らないとはいえ、当然魔法省はバーサを捜しているんだろうな?」
「いいえ」

 シリウスの言葉に私は首を横に振った。

「バグマンさんは、バーサを捜す気がないの。漏れ鍋みたいな記憶力で方向音痴だし、どうせ迷子にでもなってるんだろうって言うのよ」
「私の記憶では、バーサはちょっとぼんやりしたところはあったが、忘れっぽくはなかったがね。リーマスはどうだ?」
「私もそう記憶している……噂話となると、素晴らしい記憶力を発揮して、そのためによくトラブルに巻き込まれていた。口を閉じるべき時にでも話すのをやめなかった」
「そんな人が漏れ鍋みたいな記憶力だって言われるなんて、何があったのかしら」

 シリウスやリーマスより2、3年上なら、まだ30代後半だろうし、痴呆症が始まるには随分と早すぎように思う。もちろん、若い時に発症してしまう人もいるけど、果たして本当にそうなのだろうか。

「日曜に、クラウチさんの部下のパーシーが話しているのを聞いたんだけど、バーサは厄介者扱いされて部から部へとたらい回しにされていたんですって。以前はクラウチさんの部署にいたこともあって、パーシーはクラウチさんがバーサのことをなかなか気に入っていたんじゃないかって話していたわ。バグマンさんにもバーサを捜すよう言っていたようだし……余裕があれば自ら捜索に入るんでしょうけど、今はどうしても手が回らないって――」
「なるほど。バグマンは、バーサが厄介者だから捜したくないわけだ」

 突然納得がいったようにリーマスが言った。

「今は忙しいし、しばらく戻ってこない方がいいとでも考えているんだろうね。だからバーサの捜索に乗り気じゃないんだ」
「そんな! もう殺されているかもしれないのに……」
「この件はダンブルドアに報告しよう。必要とあらば、バーサの捜索は、私かシリウスが動ける」
「なら、私はウィーズリーおじさんにバーサの記憶力が悪くなったのはいつごろなのか、調べてもらえないか聞いてみるわ。記憶力が悪くなったのがどうも引っかかるの……」

 それから、話は変わり、私は買ってきたお土産を渡し、ダイアゴン横丁にいつ行くかと相談し合った。ダイアゴン横丁では魔法薬の材料を買い足しておきたいし、ハリーと私の分の学用品を揃えなければならない。本当なら、ハリーも含めて4人で行きたかったのだけれど、学用品のリストが届くのが遅かったことやヴォルデモートが活動を再開していることもあり、ハリーを連れていくのは諦めることとなった。シリウスとリーマスは私がダイアゴン横丁へ行くのもあまり気乗りしないようなんだけれど、今回はどうしても私がダイアゴン横丁へ行かなければならなかった。なぜなら、ドレスを用意しなければならないからだ。それにはどうしても採寸が必要だった。

 どうして揃える学用品の中にドレスローブが含まれているのかは聞かずともなんとなく分かった。以前からホグワーツでイベントが行われることは知っていたし、クリスマスはホグワーツに残ることになるだろうとも聞いていたからだ。おそらくはその時に着るのだろう。「ドレスは結婚式以来だわ」と言うと、シリウスもリーマスもギョッとしてこちらを見たが、私は「職場の同僚の結婚式よ」と笑いながら付け足した。

 話し合った結果、ダイアゴン横丁へは8月30日に行くことになった。かなりギリギリの日程だが、ハリーが荷物をまとめるのは31日だろうし、30日中に隠れ穴に届けに行けば問題ないだろう。それよりギリギリなのは、魔法薬学の課題の方だ。あともう少しといったところまで来ているが、生ける屍の水薬はまだ完成していないのである。私はその日の午後からダイアゴン横丁へ行くまで、すべてのことをそっちのけで大鍋の前に居座り続けたのだった。