Make or break - 051
6. ドレスローブ
翌日の水曜日、私はメアリルボーンに戻った。
火曜の夜は満月でシリウスとリーマスが家におらず、私は隠れ穴に泊まったのだけれど、夜遅くになって「明日はなるべく早く戻る」とシリウスから連絡があったためだ。まあそもそも「処分保留の立場でも拘束しない代わりに聴取の時以外は家から出てはいけない」と魔法省に交換条件を持ち出されているし、「次に問題を起こせばペティグリューが捕まるまで、アズカバンに戻ってもらう必要がある」とも言われているので、シリウスがメアリルボーンの自宅を離れること自体よくないことなのだが――それはもう今更だろう。それに、シリウスはじっとしているのが嫌いな性分なので、適度にストレスを発散させるのは必要なことだと言えた。
シリウスから連絡を受けたのが夜遅くだったこともあり、私がウィーズリー一家やハリー、ハーマイオニーに「早々にメアリルボーンに戻る」と伝えたのは、水曜の朝になってからだった。朝食が終わったらすぐに帰ると言い出した私に、ウィーズリーおばさんは心配そうにしていたけれど、反対はしなかった。シリウスとリーマスが心配しているのだと察してくれたのだろう。ハリーも同じなのか、私がもう帰ると分かると残念そうにしていたものの「僕も無事だって伝えてね」と見送ってくれた。
「おかえり、ハナ」
煙突飛行でメアリルボーンの自宅のリビングに躍り出ると、そこにはもうシリウスとリーマスがいた。テーブルを挟んで置かれている2台のソファに、それぞれ向かい合って座っている。満月の直後ということもあってリーマスの顔色は悪かったが、今回はシリウスが一緒ということもあってか、いつもよりかはマシなようだった。
「ただいま。リーマス、体調はどう?」
「まあまあと言ったところだ」
リーマスは疲れきった表情で答えた。
「それより、一昨日の夜は連絡を貰って肝が冷えたよ。本当に大丈夫なんだろうね?」
「ビルが怪我をしてしまったけど、ハナハッカ・エキスを持たせてくれていたから本当に助かったわ。あとはパーシーが鼻血を出していた以外は私を含め、怪我はなかったの。もちろん、騒ぎのあとは子ども達もショックを受けた様子だったし、ハリーは例の夢に関連があるんじゃないかって気にしていたけど……」
それから私はリーマスの隣に腰掛けると、あの日起こった出来事の一部始終をシリウスとリーマスの2人に話して聞かせた。
「バーテミウス・クラウチの
「ええ、そう聞いたわ。ウィンキーという女の子よ」
私は頷いた。
「ハリーの杖で闇の印が打ち上げられたの。ハリーは杖ホルダーをこの家に忘れてきてしまって、上着のポケットに杖を入れていたのよ。それで、逃げるために森に入った時に杖灯りをつけようとしたら失くなっていることに気付いたって話していたわ。辺りを探してみたけど、そばには落ちてはいなかったって――それから、私達を探して更に森の奥に進んだところで辺りに誰もいなくなって立ち止まったら、誰かが近付いてくる気配がして闇の印が上がったって」
「その場所でウィンキーという
今度はリーマスが言って、私はまた頷いた。
「そうみたい……闇の印が上がった直後に魔法省の人達が現れて一斉に失神呪文を放ったらしいんだけど、それが当たったのね。気を失っていたそうよ。でも、ハリー達の話では闇の印が上がった時に聞いた声は
「ハリーの杖を君が最後に見たのはいつだ?」
シリウスが訊ねた。
「私が見たのは、キャンプ場の近くに
「クラウチの
「いいえ。ウィンキーとは私も会ったことがあるの。貴賓席で私達の後ろの列に座っていたのよ。クラウチさんの席を取ってたけど、結局クラウチさんは現れなくて、ウィンキーはずっと顔を覆っていたわ。高所恐怖症なの……」
「ハリーに聞いてみないことには分からないが、杖が貴賓席で盗まれた可能性も考えなければならないだろうね」
難しい顔をしてリーマスが言った。
「ウィンキーが盗んだ可能性もあるが闇の印を創り出した犯人が別にいるとなると……他には誰が座っていた?」
「マルフォイ一家――ルシウス・マルフォイとその妻と息子のドラコの3人。息子のドラコは森の中にいるのを私もハリー達も見たわ。私は見かけただけだけど、ハリー達は話をしたみたいね。マルフォイ夫妻が仮面の一団の中にいるようなことをドラコが仄めかしていたって話してた――」
「マルフォイ一家以外に座っていたのは?」
「ルード・バグマンとコーネリウス・ファッジ、それから、ブルガリアの大臣」
「バグマンのことはよく知らないな。ウイムボーン・ワスプスのビーターだったこと以外は」
シリウスはバグマンさんのことを思い出そうとしているのか思案顔だ。
「ルード・バグマンとは、どんな人だ?」
「うーん、明るくて陽気だけどお金が大好きでかなり大雑把な人って印象だったわ。魔法ゲーム・スポーツ部の部長なのにマグル安全対策は守っていなかったり、賭けを持ちかけて未成年の子どもから躊躇いなく全財産を受け取ったり……クラウチさんとは正反対な人だった。まあ、クラウチさんはクラウチさんで極端に厳しい印象だったけど……とにかく間違いを許せないような……ウィンキーのことも杖を持って発見された直後に命令を守れなかったと激怒してクビにしたそうよ」
「実にクラウチらしいやり方だ」
シリウスが鼻で笑い、吐き捨てるように言った。
「バーティ・クラウチは、強力な魔法力を持ち、素晴らしい魔法使いだが、同時に権力欲に強く、疑わしき者には容赦がない――私が捕まった時も裁判もせずにアズカバンに送れと命令を出した」
「貴方が裁判を受けられなかったことは知ってたけど……まさかクラウチさんがそれを命令したなんて知らなかったわ。クラウチさんって国際魔法協力部の部長じゃなかったの?」
「バーティは以前、魔法法執行部の部長だった。ファッジよりも魔法大臣の座に近いと噂されていた」
「そんな人がどうして国際魔法協力部の部長に移動になったの?」
「息子がアズカバン送りになった。19になるかならないかだったろう。私の房に近い独房に入れられたよ」
「クラウチの息子は、
リーマスによると、クラウチさんの息子と一緒に捕まったという
「あまりに残虐な犯行だ……」
沈んだ声でリーマスが言った。
「まさに悪夢だ。命はあったが、二度と正気には戻らない……この一連の出来事は、当然イギリス魔法界に大きな波紋を呼び、魔法省は世間の声に押されて犯人を逮捕した」
「あのバーティにとっては、相当きついショックだったろうね。仕事ばかりであまり家庭を顧みなかったことを恨んだことだろう。もう少し家にいて、家族と一緒に過ごすべきだった。たまには早く仕事を切り上げて帰るべきだった。自分の息子をよく知るべきだった……とね」
「じゃあ、本当にクラウチさんの息子は
「分からない」
シリウスが短く答えた。
「バーティの息子と捕まったのは確かに
「クラウチさんは自分の息子をアズカバン送りにしたの?」
「そうだ」
リーマスがすぐさま頷いた。
「クラウチは少しでも自分の評判を傷つけるものは消してしまうような人だ。魔法大臣になることに一生を賭けてきたというのに、それを台無しにした息子を許すはずがない……当時シリウスを含めほとんどが裁判なしにアズカバン送りにされたが、クラウチは自分がどんなに息子を憎んでいるかを公に示すために息子を裁判にかけた。今回、
「アズカバンに入れられた最初の数日は、母親を呼んで泣き叫んでいたよ。それからすぐに静かになって、1年後には死んだ」
「亡くなった? どうして?」
「アズカバンじゃ珍しいことではない」
シリウスが顔を青ざめさせ、苦々しげに答えた。
「大概気が狂う。最後には何も食べなくなる者が多い。生きる意味を失うんだ。でも、あの男は収監された時から病気のようだった……それで、死が近付いてきたころ、クラウチ夫妻は息子との面会を許された。死が近付くと
「クラウチ夫人は亡くなったよ。息子を亡くして嘆き悲しんで、憔悴してしまったらしい。夫が息子の遺体を引き取りに行こうともしなかったことも要因かもしれないね」
「確かに……バーティは遺体を引き取りには来なかった。
息子と妻が亡くなると、当時魔法法執行部の部長として多くの
このことが評判に大きく影響し、クラウチさんは魔法大臣の座から大きく遠ざかり、国際魔法協力部におしやられた。魔法大臣の座には、ダンブルドア先生が辞退したこともあり、コーネリウス・ファッジが選ばれ、現在に至るというわけだ。
「ただバーティ・クラウチは
シリウスがきっぱりとした口調で言った。
「真面目で厳格で予定に穴を空けるようなことをしない彼が、どうしてワールドカップで貴賓席に姿を見せなかったのかは気になるが……自分が開催に携わったイベントの決勝戦に現れないというのは、私の知っている彼の性格からは考えられない……。とはいえ、彼は常に闇の陣営にはっきり対抗していた……ではなぜ、彼の
シリウスもリーマスも、
そもそも、ヴォルデモートがあの場にいたのなら、闇の印を打ち上げて脅すだけなんて生ぬるいことはやらず、バカな元手下共を磔の呪いにかけるだろうというのがシリウスとリーマスの意見だった。しかし、ヴォルデモートの他に闇の印を打ち上げる度胸のある
ただ、あの場にはウィンキーの他に誰かがいたのは確かだ。闇の印の創り出し方を知り、その度胸がある忠誠心の高い真の