Make or break - 050
6. ドレスローブ
ウィーズリーおじさんとパーシーが支度のためにキッチンを出ていくと、おばさんは心配そうにしつつも朝食の準備に取りかかった。夜明け前に起きてからみんな何も食べていなかったし、おばさんも心配で朝食どころではなく、何も食べていなかったからだ。それに、いくら疲労に効果的な呪文や魔法薬があるとはいえ、魔法省に行くのなら、せめて何か食べてほしいと思うのが家族というものだろう。
「ウィーズリーおばさん、手伝います」
ウィーズリーおばさんが竃の前に向かうと、私はサッと立ち上がって言った。とはいえ、食事は大抵魔法でどうにか出来てしまうので私に出来ることは少ない。
「テーブルを拭いて、食器とカトラリーを準備しますね」
「まあまあ、ありがとう。お願いしようかしら――みんな、パンと卵とソーセージでいいかしら。アーサーとパーシーに早く食べさせたいから……」
「うん、もちろんいいよ」
ジョージが言った。
「あ、でも、卵は目玉焼き以外がいいな。昨日の昼、目玉焼きだったんだ」
「ママ、俺達自分で目玉焼き作ったんだぜ」
ジョージに続いてフレッドが言った。
「卵も自分で割ったんだ。マグル式!」
「ハナが教えてくれたのよ、ママ。あたし、ビルとチャーリーとパーシーの分も用意したの」
ウィーズリーおばさんは、子ども達が怖い思いだけでなく、ちゃんと楽しい思い出も作ってきたのだと分かったのか、安心したように微笑むとボウルを取り出し、杖を卵に向けてひと振りした。すると、籠にたくさん入った卵が順番に飛び出しボウルの縁にひとりでにぶつかり、殻を割って黄身と卵白をボウルの中に落とした。殻はゴミ箱の中にダイブしている。すべての卵がボウルに割り入れられると、今度は杖が泡立て器に向けて振られ、泡立て器が卵をかき混ぜ始めた。
「それだけじゃないよ、ママ!」
今度はロンが言った。
「僕達、自分達でテントを張ったんだ!」
「親父が杭を打つ時テンション上がって大変だったよな」
フレッドが木槌で杭を打つ時のウィーズリーおじさんの真似をして、子ども達だけでなくウィーズリーおばさんも大笑いした。おばさんはその拍子に杖を振りすぎてしまい、ウィンナーが勢いよく飛び出し壁にぶつかった。おばさんは笑いながら「おやめ!」とフレッドに言い、杖を振って飛び出していったウィンナーを集めた。
「それに僕達、ビクトール・クラムを近くで見たんだよ、ママ。貴賓席で表彰式があって、そこに選手がみんな来たんだ」
ビルが楽しげに話した。ウィーズリーおばさんはフライパンを2つ取り出して竃に置くと、また杖を振り、片方でスクランブルエッグを、もう片方でウィンナーを焼き始めた。私も布巾を手にテーブルを拭き始めると、チャーリーが思い出し笑いをして、クツクツ肩を揺らした。
「ファッジがブルガリアの大臣に遊ばれてたのは笑えたよな。ブルガリアの大臣が英語を喋れないフリをして、1日中ファッジにパントマイムさせて遊んでたやつ」
「それを知った時のファッジの顔ったら!」
ハーマイオニーも笑いながら話に加わった。
「ずーっと不機嫌だったわ」
このファッジの話にウィーズリーおばさんは声を上げて笑った。ウィーズリー兄妹は、そんな母親の姿に嬉しそうにしながらクィディッチ・ワールドカップでの出来事を面白おかしく話して聞かせ、隠れ穴のキッチンはいつもの賑やかな調子を取り戻した。けれども、ハリーだけは話にも加わらずになんだか落ち着かなげなで、私は心配になった。傷痕が痛んだ数日後に
テーブルを拭き、食器とカトラリーを並べ終え、朝食も出来上がるころ、支度を済ませたウィーズリーおじさんとパーシーがタイミングよくキッチンに戻ってきた。私達はぎゅうぎゅうになってテーブルを囲み、一斉に朝食を食べ始めたが、おじさんもパーシーも用意された朝食を大急ぎで食べ、姿くらましして慌ただしく魔法省へと向かった。
「ハリー、セドに手紙を出したいのだけれど、少しだけヘドウィグを借りてもいいかしら?」
朝食後、私はハリーに声をかけた。セドリックに手紙を出したかったので、それならヘドウィグを借りるという名目でハリーをキッチンから連れ出して話を聞こうと考えたのだ。ハリーは朝食の間も話に加わらず、ずっと静かなままだったが、私に話しかけられると何か察したのかすぐに「いいよ」と頷いた。それから何か思いついたようにロンとハーマイオニーを見ると続けた。
「それじゃ、ロン、ついでに君の部屋に荷物を置きにいってもいいかな?」
もしかすると3日前の土曜日の朝、傷痕が痛んだことをロンとハーマイオニーにも話しておこうと考えたのかもしれない。一昨日の夕方に隠れ穴に来てからこっそり話す時間もなかったので、今がチャンスだと思ったのだろう。ハリーが意味ありげに目配せすると、ロンとハーマイオニーも何かあるのだと分かったのか、素早く応じた。
「ウン……僕も行くよ。ハーマイオニー、君は? レターセットを持ってるんじゃない?」
「ええ。前にホグズミードとかマグルのお店で買ったものがあるから、ハナ、それで手紙を書いたらどう?」
「ありがとう、ハーマイオニー。それじゃ、みんなで行きましょう」
私達は4人でキッチンを出て階段を上がった。ジグザグ、凸凹した階段を上がり、最上階にあるロンの部屋に向かう。ロンの部屋では、一昨日の昼ごろにバルカム通りから送り出したヘドウィグが騒がしいピッグウィジョンを疎ましそうに見ながら、ライティング・デスクの上に置かれた鳥籠の中で大人しく眠っていた。
「それで、2人して一体どうしたんだ?」
部屋に入り、扉を閉めるなりロンが訊ねた。チャドリー・キャノンズが描かれたベッドカバーがかけられたベッドに腰掛けると続けた。
「まさかハナが手紙を書くのに付き合わせるために僕達を呼んだんじゃないだろう?」
「私は、ハリーと話がしたいと思ったのよ」
私はライティング・デスクの椅子に座りながら言った。ハリーとハーマイオニーもロンの隣のベッドに腰掛けるとこちらを見た。
「僕と?」
「そうよ。元気がなかったから、心配事があるんじゃないかって思って――ハリーもその話がしたくて、ロンとハーマイオニーを誘ったんでしょう」
「ウン……あのことをずっと考えてたんだ」
ぽつりと呟くようにハリーが言った。
「それで、タイミングよくハナが誘ってくれたから、ロンとハーマイオニーにもその話をしておきたいと思って」
「あのことって?」
ハーマイオニーが優しく訊ねた。
「実は――土曜日の朝のことだけど、僕、また傷が痛んで目が覚めたんだ」
「原因はまだよく分からないの。もちろん、バルカム通りにあの人が現れた形跡もないわ。そもそも私の家はスリザリン出身の人達が近付けないようになっているし……でも、傷痕が痛んだ2日後にあんなことが起こるなんて何か関連性があるんじゃないかって思っても無理はないわ」
ハリーと私がそう話すとハーマイオニーは恐怖に息を呑みつつも、すぐさま意見を述べた。いくつもの参考書やダンブルドア先生、マダム・ポンフリーの名前を挙げ、傷痕が痛む原因について何か分からないかと思案を巡らせた。
「傷痕が痛むだなんてって大変なことよ……『よくある魔法病と障害』とか他にも呪いに関する本に、呪いによる傷痕に関して何か書いてあるかもしれないわ。それにダンブルドア先生やマダム・ポンフリーが何かご存知かもしれない……。ダンブルドア先生に手紙は書いたの?」
「ううん。でも、ハナとシリウスとリーマスには話したよ。何かあればハナ達かダンブルドアに話すようにって――」
「ハナ、君は何か知ってるんだろう?」
期待の籠った目でこちらを見てロンが訊ねた。
「だって、君は予言書――だっけ? その内容を知ってるわけだし……」
「ハリーにももう話したけど、私は予言書の内容をすべて知っているわけではないの。私が知っていたのは3年生の学年末までで、あとのことは何も分からないわ」
「うーん、なら、たまたま傷痕が痛んだって可能性もあるんじゃないかな?」
ロンが続けた。
「だって――そこにはいなかったんだろ? 例のあの人は? ほら――前に傷が痛んだ時、あの人はホグワーツにいたんだ。そうだろ?」
「確かに、バルカム通りにはいなかった。シリウスもリーマスも来訪者探知機は反応していないって。だけど、僕はあいつの夢を見たんだ……あいつとピーターの――ほら、あのワームテールだよ。もう全部は思い出せないけど、あいつら、企んでたんだ。殺すって……誰かを」
夢の中でヴォルデモートとペティグリューが誰を殺そうと企んでいたのかについて、ハリーは何も言わなかった。話を聞いたハーマイオニーとロンの反応は対照的で、ハーマイオニーは怯えた表情を見せ、ロンは楽観的だった。
「たかが夢だろ。ただの悪い夢さ」
「ウン、だけど、シリウスもリーマスもただの夢だなんて一言も言わなかったし、ハナだってそう考えてはいない。そうだよね?」
「ええ、そうね」
私はすぐさま頷いた。
「ただの夢だと片付けるのはよくないわ――2年前だってそうだったでしょ。ドビーが忠告に来た時、初めは誰かの悪い冗談だって話してたけど実際はそうじゃなかった」
「それに、何だか変だと思わないか……僕の傷が痛んだ。その3日後に
「あいつの――名前を――言っちゃ――ダメ!」
ヴォルデモートの名前を聞くなり、楽観的な様子から一転、ロンが抗議の声を上げた。イギリスに住む他の多くの魔法族達と同じように、ロンはヴォルデモートの名前を聞くことが好きではなかった。けれども、ハリーはそれを聞き流して続けた。
「それに、トレローニー先生が言ったこと、覚えてるだろ? 先学期末だったね?」
復活の予言のことを言っているのだろう。ハリーが、ロンとハーマイオニーにそのことを思い出させるように話すと、今度は途端にハーマイオニーが不機嫌になり、フンと嘲るように鼻を鳴らした。ハーマイオニーが占い学の教授であるトレローニー先生との相性が最悪なことは、みんな知っていることだった。それこそ前学年の時、怒り狂って途中で授業を受けるのを辞めてしまったくらいなのだ。ハーマイオニーは、トレローニー先生が普段から正しいのか正しくないのか分からない予言――しかも悪いことばかり――を繰り返し、生徒の不安を煽っているので、復活の予言もそうに違いないと考えているらしかった。
「まあ、ハリー、あんなインチキさんの言うことを真に受けてるんじゃないでしょうね?」
「君はあの場にいなかったから」
ハリーが宥めるように言った。
「先生の声を聞いちゃいないんだ。あの時だけはいつもと違ってた。言ったよね、トランス状態だったって――本物の。闇の帝王は再び立ち上がるであろうって、そう言ったんだ……以前より更に偉大に、より恐ろしく……召使いがあいつの下に戻るから、その手を借りて立ち上がるって……その夜にワームテールが逃げ去ったんだ」
「それに、ハリーの話を聞いたダンブルドア先生も本物の予言だって考えてらしたわ……」
ダンブルドア先生の名前を出されると反論出来ないのか、ハーマイオニーが黙り込み、部屋の中には重苦しい沈黙が流れた。ハリーは不安そうに下を向いていて、ロンとハーマイオニーはそんなハリーのことを心配そうに見ていたが、しばらくするとロンがハリーを元気付けようと口を開いた。
「さあ、ハリー、果樹園でクィディッチして遊ぼうよ。やろうよ――3対3で、ビルとチャーリー、フレッドとジョージの組だ……君はウロンスキー・フェイントを試せるよ……」
「ロン、ハリーは今クィディッチをする気分じゃないわ……心配だし、疲れてるし……みんなも眠らなくちゃ……」
ハーマイオニーはなんて鈍感なのという声でそう言ったが、ハリーは少し考えたのち、「クィディッチがしたい」と立ち上がった。じっとしていても嫌なことばかり考えてしまうので、気分転換したいのだろうと私は思った。
「待ってて。ファイアボルトを取ってくる。ハナ、ヘドウィグを使ってもいいよ。君が無事だって早くセドリックに知らせなきゃ」
「ありがとう、ハリー。貴方も何かあったらいつでも声をかけてね。あ、チャーリーにヘドウィグを借りることにしたって伝えてくれる? セドに手紙を書く話をチャーリーとしていたの」
「ウン、オーケー」
私の言葉に頷くとハリーは自分の荷物の方へと楽しげに向かった。ハーマイオニーはそんなハリーのことを「信じられない」と言いたそうに見ている。ハーマイオニーはハーマイオニーなりに寝不足で疲れていることを心配しているのだろう。私が「きっと男の子達は気分転換したいのよ」というと不満そうにしながらもある程度納得したようだった。
ハリーがファイアボルトを手にすると、みんなでロンの部屋を出て今度は階段を下りた。ハリーとロンは庭に出てクィディッチに、私とハーマイオニーはジニーの部屋に行き、セドリック宛の手紙を認める予定だ。ヘドウィグは、ピッグウィジョンと離れられるのが嬉しいのか、私が手紙を頼みたいのだというと大喜びで籠から出てきて私についてきてくれた。
「無事だって知らせる手紙だからあまり凝ったレターセットはダメよね。落ち着いた色合いの――濃いブルーの封筒のものはどうかしら? こっちはマグルのお店で買ったの」
「素敵だわ。貰ってもいいの?」
「もちろん。セドリックに早く無事を伝えなくちゃ。他のキャンプ場がどうだったのか分からないけど、きっと心配してるわ」
「ええ、ありがとう、ハーマイオニー」
濃いブルーの封筒とシンプルな便箋を1枚ずつ貰うと私はジニーの机を借りてセドリックに手紙を書き始めた。内容はそれほど長くはない。昨夜の騒ぎで、私もみんなも無事だったということや、セドリックの方は何事もなかったかと要点だけを素早く認めた。ヘドウィグは窓際で私が書き終わるのを待ってくれていて、私は書き終わった手紙を封筒に入れ、ヘドウィグに持たせた。
「ヘドウィグ、セドのところまでお願いね。無事かどうかだけでも返事を貰ってきてくれると嬉しいけど……出来ればでいいわ。セドに無理はさせないでね」
私がそう言うと、ヘドウィグは任せてくれとばかりに私の指を甘噛みして開け放った窓から飛び立った。セドリックから無事だという手紙を持ってヘドウィグが帰ってきたのは、それから1時間後のことだった。