Make or break - 049

6. ドレスローブ



 楽しかったクィディッチ・ワールドカップの決勝戦から一転、夜空に闇の印が打ち上がり、キャンプ場が大混乱に陥ったほんの数時間後――私達はウィーズリーおじさんに叩き起こされた。あんな騒ぎがあったあとだし、なるべく早く隠れ穴に帰るためだ。そのことはみんな重々承知していたので、どんなに寝不足で眠くて目が開かなくても誰一人として愚痴を溢さず出来るだけ急いで支度を済ませ、テントの外に出た。今回ばかりはマグル式で片付けをするとは一切言わず、おじさんは杖を一振りしてあっという間にテントを畳んだ。

 まだ暗く、濃い霧がかかっている夜明け前のキャンプ場を私達は黙って横切り、昨日移動ポートキーで到着した場所を目指した。途中、キャンプ場の管理小屋の前を通り過ぎると、あんなことがあったあとだというのにロバーツさんはもう働いていた。大規模な記憶修正を受けたあとだからかどこかぼんやりとして「メリークリスマス」と私達に手を振って挨拶した。

「大丈夫だよ」

 誰もが心配そうにロバーツさんを見ているとウィーズリーおじさんがそっと言った。

「記憶修正されると、しばらくの間はちょっとボケることがある……それに、今度は随分大変なことを忘れてもらわなきゃならなかったしね」
「ワールドカップの期間中、たくさん記憶修正を受けて……ロバーツさんやそのご家族に後遺症が現れたりしませんか?」

 私は忘却呪文を受けてすっかり記憶を失くしてしまったギルデロイ・ロックハートのことを思い出して訊ねた。

「誤った使い方をすると脳に障害が残る場合があるが、正しく術を行使している限り心配いらない。時間が経てば元のロバーツさんに戻るよ」
「よかったです……」

 ウィーズリーおじさんの言葉に胸を撫で下ろすと、私はまた黙々と歩き、20分後、移動ポートキーの発着地へと辿り着いた。移動ポートキーの発着地には、既に魔法使いや魔女がたくさんいて、バージルさんを取り囲み大騒ぎしている。どうやらバージルさんが移動ポートキーの順番を決めているようで、少しでも早くこの場を離れたい人達が我先に訴えているらしかった。その集団から少し離れたところでは、順番が決まった人達が並んでいて、1組ずつ移動しているところだった。

 これは帰るまで時間がかかりそうだ――私はそう思ったものの、ウィーズリーおじさんがバージルさんと手早く話をつけてくれたお陰で思っていたよりも早くに順番が決まり、列に並べることになった。違うキャンプ場のためか、行きとは違いセドリックとディゴリーおじさんとは一緒ではなかったが、ビル、チャーリー、パーシーも一緒だったので、行きよりも人数が多かった。

「あれから返事は届いたかい?」

 順番を待っているとチャーリーが小声で訊ねてきて、私は顔を上げた。実は、夜中にあんなことが起こったので、予言者新聞に記事が出る前に連絡しておいた方がいいだろうと仮眠を取る前にチャーリーに頼んでブレスレットからシリウスとリーマスに連絡を入れて貰ったのだ。あの騒ぎの直後なので自分で杖を使って連絡してもよかったけれど、未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令のC項に違反したと言われるのも困るので、事情を知っているチャーリーにお願いしたのだ。

「ええ、返事が来たわ。明日、家に帰ったら詳しく話すことになってるの。セドにも連絡出来たらいいんだけど……」
「帰ったら手紙を出すかい? 流石にディゴリー家からだとエロールももう戻ってるだろうし、そうじゃなくても、ヘドウィグかピッグを借りられる」
「ありがとう、そうするわ」
「セドリックも君から手紙を貰ったら安心するだろう。心配しているだろうからね」

 まもなく、順番がやってきて、私達はみんなで古タイヤに乗り、太陽が完全に昇り始める前にストーツヘッド・ヒルに戻った。日の出前の薄明かりの中、丘を下り、オッタリー・セント・キャッチポール村を横切り、その先にある隠れ穴を目指す。みんな寝不足な上、歩き疲れてほとんど口も利かなかったが、フレッドが「腹減った」とぼやいた時には全員が「自分も」と頷いた。みんな、ウィーズリーおばさんの作る朝ごはんが食べたくて仕方なかった。

「ああ! よかった。本当によかった!」

 歩いて歩いて歩いて、路地を曲がって果樹の間から隠れ穴が見えた時、遠くからウィーズリーおばさんの声がして私達は顔を上げた。今朝の予言者新聞で騒動のことを知ってから、家の前でずっと待っていたに違いない。おばさんは私達の姿を見つけるなり、真っ青な顔を引き攣らせ、新聞を握り締め、スリッパのまま走ってきた。

「アーサー――心配したわ――本当に心配したわ――」

 走ってきた勢いのままにウィーズリーおばさんは夫に抱きついた。その弾みで皺くちゃの予言者新聞がポトリと地面に落ち、大きく書かれた一面記事が私達の目にも見えるようになった。森の木々の上空に闇の印がチカチカ輝くモノクロ写真の上に「クィディッチ・ワールドカップでの恐怖」と見出しが出ている。

 私はその記事を見て、騒動後すぐにシリウスとリーマスに連絡したのは正しかったのだと思った。もし私から何の連絡もないままこの記事を見てしまっていたのなら、今夜が満月だということも忘れ、シリウスとリーマスは幽霊屋敷を飛び出していたただろうからだ。そうなればシリウスが魔法省からどんな扱いを受けるか、私は考えたくもなかった。

「無事だったのね。みんな、生きててくれた……」

 記事を見ているとおばさんがおじさんから離れながら震える声で呟いた。真っ赤な目をして、ビル、チャーリー、パーシー、ロン、ジニー、私、ハリー、ハーマイオニーと見つめ、最後にフレッドとジョージを見ると感極まって2人をきつく抱き締めた。

「ああ、お前達……」

 その勢いがあまりに強くて、抱き締められた直後にフレッドとジョージは互いの頭がぶつかり「イテッ!」と声を上げたが、おばさんは聞こえていないのかぎゅうぎゅう抱き締めてとうとう啜り泣き始めた。

「家を出る時にお前達にガミガミ言って! 例のあの人がお前達をどうにかしてしまっていたら……母さんがお前達に言った最後の言葉が “O.W.L試験の点が低かった”だったなんて、一体どうしたらいいんだろうって、ずっとそればっかり考えてたわ! ああ、フレッド……ジョージ……」

 ウィーズリーおばさんは、フレッドとジョージをなかなか離そうとはしなかったが、やがておじさんが優しく宥めると息子達からそっと引き離して家の中へと連れ帰った。予言者新聞はずっと地面に落ちたままだったが、何が書いてあるか読みたいと言って、おじさんがビルにそれを拾うよう頼んだ。

 12人全員が揃った隠れ穴のキッチンは、あっという間に超満員になった。みんなテーブルの周りに肩と肩をぶつからせながら隙間なく座り、取り乱してしまったウィーズリーおばさんのために私とハーマイオニーで濃いめの紅茶を用意した。まだ日が昇ったばかりだというのに、ウィーズリーおじさんはその中にオグデンのオールド・ファイア・ウィスキーをたっぷり入れると言ってきかなかった。ファイア・ウィスキーは魔法界のお酒で、飲むと喉が焼けるようになり、酔うと灼熱感を覚えるが、体に元気がわいてくるらしいので、おじさんは元気になりたかったのだろう。最終的にはおじさんだけでなく、おばさんやビル、チャーリー、パーシーもウィスキー入りの紅茶を希望した。

「思ったとおりだ」

 全員に紅茶が行き渡りしばらくすると、ウィーズリーおじさんが新聞の一面に目を通しながら言った。おじさんの肩越しにパーシーも記事を覗き込んでいる。

「魔法省のヘマ……犯人を取り逃がす……警備の甘さ……闇の魔法使い、やりたい放題……国家的恥辱……一体誰が書いてるんだ? ああ……やっぱり……リータ・スキーターだ」
「あの女、魔法省に恨みでもあるのか!」

 パーシーが腹立たしそうに言った。

「6月には、どこから仕入れたのかホグワーツに配備された吸魂鬼ディメンターが子ども達を襲ったことを書き立てたし、先週なんか、鍋底の厚さの粗探しなんかで時間を無駄にせず、吸血鬼バンパイア撲滅に力を入れるべきだなんて言ったんだ。そのことは非魔法使い半ヒト族の取り扱いに関するガイドラインの第12項にはっきり規定してあるのに、まるで無視して――」
「パース、頼むから、黙れよ」

 次第に熱が入りパーシーの声が大きくなってくると、ビルが眠そうに欠伸をしながらそう言って弟を制した。疲れもあるだろうが、ビルはハナハッカ・エキスで治ったとはいえ、怪我をしてたくさん血が出たので、大きな声は余計頭に響くのだろうと思った。

「私のことが書いてある」

 記事の一番下の方を読んでいたウィーズリーおじさんが目を見開いて言った。

「どこに?」

 ウィーズリーおばさんが驚いて訊ねた。慌てて口を開いたので、ウィスキー入りの紅茶が変なところに入ってしまったのか、おばさんはゴホゴホ咽せながらも続けた。

「それを見ていたら、貴方がご無事だと分かったでしょうに!」
「名前は出ていない」

 ウィーズリーおじさんが言った。

「こう書いてある。“森の外れで、怯えながら、情報を今や遅しと待ち構えていた魔法使い達が、魔法省からの安全確認の知らせを期待していたとすれば、みんな、見事に失望させられた。闇の印の出現からしばらくして魔法省の役人が姿を現し、誰も怪我人はなかったと主張し、それ以上の情報提供を拒んだ。それから1時間後に数人の遺体が森から運び出されたという噂を、この発表だけで十分に打ち消すことが出来るかどうか、大いに疑問である”」

 ウィーズリーおじさんは記事を読み上げると、やれやれと溜息をつき、新聞をパーシーに渡した。

「事実、誰も怪我人はなかった。他に何と言えばいいのかね? “数人の遺体が森から運び出されたという噂……”そりゃ、こんな風に書かれてしまったら、確実に噂が立つだろうよ――モリー、これから役所に行かないと。善後策を講じなければなるまい」
「父さん、僕も一緒に行きます。クラウチさんはきっと手が必要です。それに、僕の鍋底報告書を直接に手渡せるし」

 魔法省に行くというウィーズリーおじさんの言葉を聞くなり、パーシーは新聞をテーブルの上に置き、慌ただしくキッチンを出ていった。帰ってきたばかりだというのにもう魔法省に向かうというウィーズリーおじさんとパーシーを見て、おばさんは心配そうに言った。

「アーサー、貴方は休暇中じゃありませんか! これは貴方の部署には何の関係もないことですし、貴方がいなくともみなさんがちゃんと処理なさるでしょう?」
「行かなきゃならないんだ、モリー。私が事態を悪くしたようだ。ローブに着替えて出掛けよう……」

 ウィーズリーおじさんはそう言うと、ウィスキー入り紅茶をぐっと飲み干して重い腰を上げて立ち上がり、キッチンから出ていった。おばさんはその背中を気遣わしげに見つめていた。