Make or break - 041
5. クィディッチ・ワールドカップの悪夢
アイルランドの代表選手達が2度目のウィニング飛行を終えると、クィディッチ・ワールドカップは遂に閉幕となった。5日間続いた試合もあったことに比べたら、数時間とあまりにもあっという間に終わってしまったので、観客達は競技場から自分のテントへと戻りながら劇的な結末を興奮気味に語る一方、これがもっと続いたらなぁと名残惜しんだ。
賭けに勝ったフレッドとジョージは、バグマンさんから金貨を山ほど受け取り、それはもう上機嫌だった。ポケットをパンパンに膨らませ、ウキウキとした様子で紫色の絨毯が敷かれた階段を下りていく。そんな2人のことを心配そうに見つめながらウィーズリーおじさんが言った。
「賭けをしたなんて母さんには絶対言うんじゃないよ」
「親父、心配ご無用」
弾んだ声でフレッドが答えた。
「このお金にはビッグな計画がかかってる。取り上げられたくはないさ」
ウィーズリーおじさんは、息子が語るビッグな計画とは一体なんなのか聞きたそう口を開きかけて、すぐに閉じた。十中八九、ウィーズリー・ウィザード・ウィーズに関する計画なのは明らかだったが、おじさんはこの息子達の計画を知らないままいた方がいいと思ったらしかった。知っていて黙っていたとなれば、必ずウィーズリーおばさんの怒りを買うからだろう。
まもなく、私達は階段を下りきり競技場を出た。外はキャンプ場を目指す10万人もの観客で埋め尽くされていて、私はハーマイオニーとジニーが人波に飲み込まれないよう急いで手を繋いだ。両脇には、ビルとチャーリーが壁役となって立ってくれて、私達が人混みに押し潰されないようにしてくれた。
「はぐれないように気をつけて」
チャーリーが左右に大きく揺れながら大声で歌い歩く魔法使いを押し戻しながら言った。
「ジニー、僕とも手を繋いでおこう。ハリー、ロン、ついてきてるか? フレッド、ジョージ、ウキウキしてるところ悪いが、後ろを歩いてくれ。女の子達が潰される」
キャンプ場への道のりは遅々として進まなかった。あまりにもたくさん人がいるのでゆっくりとしか前に進めないのだ。けれども、みんなイライラすることなく楽しそうに歌い、大声で話している。そんな群衆の頭上を役目を終えたレプラコーン達がケタケタ高笑いしながら豆電球を振り、飛び交った。
やっとの思いでテントに辿り着いたのは、競技場を出てしばらく経ってからだった。ウィーズリーおじさんがもう遅いから寝る準備をするように言い、男性陣は男子用のテント、私、ハーマイオニー、ジニーは女子用テントに分かれて入ると、私達は順番にシャワーを浴びてネグリジェに着替え寝る準備を整えた。
「寝る前に何か温かいものを飲みましょうか?」
寝る準備が終わったといえども、周りはまだ大騒ぎで騒々しかったのでとても眠れないだろうと私は言った。ハーマイオニーとジニーもそうだったのか、途端にパッと顔を輝かせて「賛成!」と答えた。
「パパか兄の誰かがきっと魔法で湯を沸かしてくれるわ。今から火を熾し直すなんて大変だもの」
ジニーが言った。
「あたし、パパに頼んでみるわ!」
「みんなで行きましょう。隣のテントとはいえ、女の子1人じゃ危ないわ。それから、髪を少し整えていきましょう。ハリーに会うんだもの――ちょっと待ってて」
私は肩から提げたままのポシェットからヘアアクセサリーのポーチを取り出すと、そこからジニーに合いそうなものを見繕った。就寝前なのであまり華美になりすぎない細身でシンプルなデザインのヘアピンだ。ジニーに手鏡を持たせると、前髪のサイドに当てがう。
「片側だけこうやってピンで留めるのはどうかしら? 緩めのシニヨンにしてもいいけど、貴方の歳なら、これくらいの方が
「あたし、いつも適当にしちゃうの」
手鏡を覗き込んでジニーが恥ずかしそうに言った。
「ヘアアクセサリーなんて持ってないもの……でも、本当はね、ずーっと他の女の子達が羨ましかったの」
「なら、貴方へのクリスマス・プレゼントは決まったわね」
私はハーマイオニーと顔を見合わせるとニッコリ頷きあった。
「私とハーマイオニーで、貴方に似合うヘアアクセサリーを贈るわ」
「ありがとう、ハナ、ハーマイオニー。あたし、本当に嬉しい……」
「好きなデザインを今度教えてね、ジニー。さあ、次は貴方の番よ、ハーマイオニー。こっちに来て」
ジニーの髪をヘアピンで留めると私はハーマイオニーを見て言った。ハーマイオニーはまさか自分もしてもらえるとは思っていなかったのか、ビックリしたようにこちらを見て、それから気恥ずかしそうにしながらジニーと交代し、手鏡を手に持って私の前にやってきた。
「私、癖っ毛な上に毛量が多いでしょう? 全然髪がまとまらないの……」
ハーマイオニーが片手で髪を引っ張りながら言った。
「シニヨンにしたりするの憧れるんだけど、手先も器用な方じゃないし……」
「スリーク・イージーの直毛薬を使えば、シニヨンもやりやすいかもしれないわ」
「スリーク・イージーの直毛薬?」
「癖っ毛を真っ直ぐにしてくれるの。去年、リーマスから教えてもらったんだけど、ハリーのおじいさんが開発した魔法薬だそうよ」
「ホグズミードに売ってるかしら? 気になるわ」
「J・ピピン魔法薬店か魔法美容室にならあるかもしれないわ。とはいえ、今は就寝前だから、シンプルな方がいいわね。毛量が気になるなら、ハーフアップはどう? ヘアクリップで挟むだけなら簡単だし、就寝前でも変じゃないと思うのだけど」
私はシンプルなバンスクリップをポーチから取り出すと、ハーマイオニーの耳の上の髪を取ってひとつにまとめクリップで挟んだ。
「クリップで挟むだけでいいなら、私も出来そう」
鏡をあちこち動かして自分の髪を確かめながらハーマイオニーが言った。
「それに顔に髪がかからなくなるのはとってもいいわ」
「私もそんなにアレンジが得意なわけではないからあまり凝ったことは教えられないけど、でも、こうするだけでも少し印象が変わると思うわ」
「とっても似合うわ、ハーマイオニー」
「ありがとう、ハナ、ジニー。私ね、実は前歯をもう少し短くしたいの」
ハーマイオニーが呟いた。
「私、前歯が大きいのがコンプレックスで、魔法で短くするってパパとママを説得してるんだけど、ダメだっていうの」
「どうしてダメなの?」
ジニーが不思議そうに訊ねた。
「だって、恋をして、綺麗になりたいって思ったんでしょう? あたし、それでハーマイオニーのコンプレックスがなくなるなら、すごくいいと思うわ」
「私の両親はほら、マグルの歯医者だから魔法で歯をどうにかするっていうのが分からないから怖いみたい。私に歯列矯正を続けさせたがってるの」
準備を終えると、私達はネグリジェの上に上着を羽織って男子用テントに向かった。男子用テントでは、まだ着替えも終えないまま男の子達とウィーズリーおじさんがクィディッチについて話をしていた。ジニーが温かいものを飲みたいのだと頼むとおじさんがみんなにココアを作ってくれ、私達は小さなテーブルを囲んでココアを飲んだ。
たちまち、試合の話に花が咲いた。ウィーズリーおじさんとチャーリーは、反則技の「コビング」について熱く議論を交わし始め、私達も最後のクラムの飛びっぷりについて話した。話は長い間続いたが、やがてジニーが小さなテーブルに突っ伏して眠り込み、そのはずみでココアを床にこぼしてしまうと、おじさんがチャーリーとの舌戦を中止し、全員もう寝なさいと促した。
半分寝ているジニーを連れ、私とハーマイオニーは女子用テントに戻った。ヘアピンを外してやり、ジニーを2段ベッドの下に寝かせると、私とハーマイオニーもそれぞれベッドに入った。ハーマイオニーがジニーの寝ている2段ベッドの上で、私がその隣の2段ベッドの上だ。キャンプ場の外れからはまだまだ歌声が聞こえ、バーンという音が時折響いた。
「ハナ、私、どうしてロンを好きになったのかしら」
明かりが消えたテントの中でハーマイオニーが小さな声で言った。ジニーの寝息がスースー聞こえている。
「他に素敵な人はたくさんいるのに。さっきだって私の髪型がいつもと違うっていうことにもなーんにも気付かなかった――でも、どうしてだか私、ロンがとっても素敵に見えるの。ハリーともずーっと一緒にいるのに、ハリーにはこんな気持ちになったことがないわ」
「いつ、気持ちに気付いたの?」
「去年、汽車の中で――」
ハーマイオニーが囁いた。
「私がセドリックと2人きりにしようと貴方を強引にコンパートメントから追い出したことがあったでしょう? あの時、
「私、貴方の恋が叶えばいいって本当に思うわ」
「それは私のセリフよ。貴方は幸せになっていいんだから。絶対忘れないで、素直に――」
それから不自然に会話が途切れ、ハーマイオニーの寝息が聞こえ始めた。私はテントの天井を見つめた。テントの中はまるで家のようなのに、天井はどうしてだかちゃんとテントのままで、時々流れ星のようにレプラコーンの豆電球の灯りがヒューッと通り過ぎるのが見える。
セドリックも今同じようにレプラコーンの豆電球の灯りを見ているだろか。私はぼんやりと思った。朝は同じだったけど、帰りの
どれだけ時間が経ったのか、叫び声のようなものが聞こえて私は飛び起きた。眠っていたような気もするし、眠っていなかったような気もする。兎にも角にも、なんだか異様な雰囲気に胸がざわついて、私は枕元に置いていた杖を取ると、ポシェットをしっかり提げているのを確かめながらそっと上体を起こし、耳を澄ました。確かに、大勢の叫び声と走る足音が聞こえている。何かに逃げ惑っているようだ――私は2段ベッドの上から素早く飛び降りると、杖を持っていない方の手で上着を引っ掴んで大声で叫んだ。
「ハーマイオニー、ジニー! 起きて! 早く!」
次の瞬間、2人がビックリしたように飛び起きた。
「も――もう朝? 私、寝坊したの――?」
「何があったの――?」
「誰かが騒ぎを起こしてるわ。2人共、杖を持って、上着だけ着てこっちへ。私から絶対離れないで」
まだ寝ぼけていた2人も私の鋭い声に事態を察したようだった。杖を手に急いでベッドから降りてくると、上着を羽織り、2人は私の両脇にピッタリ張りついた。すると、
「ジニー! ハナ! ハーマイオニー!」
血相を変えて、ビルとチャーリーがテントに飛び込んできた。2人共、パジャマにジーンズを履いただけの姿だ。彼らは私達がピッタリ一塊になっているのを見つけると、少しだけ緊迫した表情を和らげた。
「よかった、もう起きてたか」
ビルがジニーとハーマイオニー、最後に私を見ると言った。
「フレッドとジョージにあとのことはすべて頼んでる。あの2人はまだ子どもだが、それでもやる時はやる奴らだ。いいか、2人から絶対離れちゃいけない」
「いざという時は魔法を使っていい。緊急事態ならお咎めはないからね」
今度はチャーリーが言った。ただならぬ雰囲気にジニーが不安そうに2人の兄を交互に見つめている。
「僕達は魔法省に加勢に行く。みんなバラバラにならないよう気をつけるんだ」
2人は決して直接的なことは言わなかったが、ビルとチャーリーが私を心配しているのは明らかだった。彼らは復活の予言のことを知っているので、復活を目論むヴォルデモートが私を狙って襲撃に来たのではないかと心配しているのだ。だから、私は2人に大丈夫だとばかりに頷いた。
「分かったわ。ビル、チャーリー、気をつけて」