Make or break - 040
5. クィディッチ・ワールドカップの悪夢
けれども、試合はすぐに再開とはならなかった。モスタファーが周囲を魅了して進行を妨げているとしてヴィーラを怒鳴りつけ、揉め始めたのだ。怒鳴られたヴィーラは踊るのをやめたものの反抗的な態度で、モスタファーは益々怒り、ヴィーラに退場を言い渡すような仕草をし始めた。
「さあ、私の目に狂いがなければ、モスタファーはブルガリア・チームのマスコットを本気で退場させようとしているようであります!」
バグマンさんの声が響いた。
「さーて、こんなことは前代未聞……。ああ、これは面倒なことになりそうです……」
まもなく、ブルガリアのビーターであるボルコフとボルチャノフが、モスタファーの両脇に着地した。彼らは身振り手振りでレプラコーンの方を指差し、自分達のマスコットだけが退場になるのはおかしいと激しく抗議し始めた。レプラコーンは今や上機嫌になって、今度は「ヒー、ヒー、ヒー」の文字を作り、挑発していた。
このブルガリア側の抗議にモスタファーは一切取り合わず、ボルコフとボルチャノフに対してプレイに戻るよう何度も人差し指を上に突き上げ警告した。けれども、2人がプレイに戻ることを拒否すると、モスタファーはとうとうホイッスルを短く2度吹いた。
「アイルランドにペナルティ・スロー2つ!」
バグマンさんが叫んだ。ブルガリアの応援団が怒って喚いたが、判定は覆らなかった。ボルコフとボルチャノフは渋々箒に乗り、再び空へと戻っていった。
「よーし……乗りました……そして、トロイがクアッフルを手にしました……」
ようやく再開された試合は、前学年の時に行われたグリフィンドールとスリザリンの試合以上に凶暴なものになってきていた。ボルコフ、ボルチャノフは、ブラッジャーに当たろうが選手に当たろうがお構いなしに、容赦なく棍棒を振り回し、アイルランドのビーターも情け容赦なくブルガリアのチェイサーにブラッジャーを叩き込んだ。凶暴になったのはビーターだけではない――ブルガリアのチェイサー、ディミトロフもクアッフルを持ったモラン目掛けて体当たりし、彼女は危うく箒から突き落とされそうになった。
「反則だ!」
アイルランド・サポーターが次々に立ち上がり、叫んだ。ウィーズリー兄妹はもちろんのこと、ウィーズリーおじさんやハリーも立ち上がって怒っている。アイルランド側のスタンド席から巻き起こるブーイングを掻き消すようにバグマンさんの声が響いた。
「反則! ディミトロフがモランを吹っ飛ばしました――わざとぶつかるように飛びました――これはまたペナルティを取らないといけません――よーし、ホイッスルです!」
レプラコーンがまた空中に舞い上がって今度は巨大な手の形になり、ヴィーラに向かって、下品なサインをしてみせた。すると、ヴィーラはとうとう自制心を失い、ピッチの向こう側からレプラコーンに向かって火の玉のようなものを投げつけ始めた。今やヴィーラのあの美しさは鳴りを潜め、頭は、鋭く獰猛な嘴を持った鳥になっていた。肩からは鱗に覆われた長い翼が肩から飛び出している。それを見たウィーズリーおじさんが、下の観客席からのブーイングにも負けない声で叫んだ。
「ほら、お前達、あれをよく見なさい。だから、外見だけにつられてはダメなんだ!」
ヴィーラとレプラコーンの乱闘騒ぎに、魔法省の職員がピッチに出ていったが、まったく手に負えなかった。しかも、信じられないことにその上空ではなおも試合が続けられていた。私はしばらくヴィーラとレプラコーンの様子を見ていたが、やがてそれどころではないと気付き、
「レブスキー――ディミトロフ――モラン――トロイ――マレット――イワノバ――またモラン――モラン――モラン決めたぁ!」
モランがシュートを決めると、私とハーマイオニーは大喜びでハイタッチしたが、ヴィーラの叫びや魔法省職員の杖から出る爆発音、ブルガリア・サポーターの怒り狂う声でお互いの声はほとんど聞こえなかった。
「やったわ!」
「170対10! 160点差よ!」
私達はほとんど叫ぶようにして話し、また
「ああ、痛い!」
私は自分が怪我をしたわけでもないのに思わず叫んだ。アイルランドのビーターであるクィグリーが、目の前を通るブラッジャーを大きく打ち込み、クラムの顔に力の限り叩きつけたのだ。クラムは鼻が折れたかのように見え、そこら中に血が飛び散っている。しかし、モスタファー審判はホイッスルを鳴らさなかった。ヴィーラの1人が投げた火の玉で審判の箒に火がつき、それどころではなかったのだ。
「ブルガリア側はタイムアイトを取らないの?」
「本当よ、敵だけど可哀想だわ。治療しなくちゃ」
「タイムにしろ! ああ、早くしてくれ。あんなんじゃ、プレイ出来ないよ」
これには、私もハーマイオニーもロンもクラムに同情した。けれども、ブルガリア側はタイムアイトを取れる状況ではなかった。アイルランドのシーカー、リンチが急降下していたのだ。
「リンチを見て!」
ハリーが叫んだ。
「スニッチを見つけたんだよ! 見つけたんだ! 行くよ!」
私達はリンチに
「もう地面よ!」
地面が間近に迫り、私は声を上げた。
「2人ともぶつかるわ!」
ハーマイオニーも金切り声を上げた。
「そんなことない!」
ロンが大声を上げた。
「リンチがぶつかる!」
ハリーが叫んだ瞬間、またもやリンチが地面に激突した。すると、怒れるヴィーラの群れがたちまちそこに押し寄せ、クラムがどうなったのかも、スニッチがどうなったのかも一瞬、見えなくなった。チャーリーがもどかしそうに身を乗り出し、叫んだ。
「スニッチ、スニッチはどこだ?」
その時、ヴィーラの陰からクラムがゆっくりと姿を現し、舞い上がった。赤いユニフォームを血に染めながらも高々と拳を突き上げている。その拳には金色に輝くスニッチが見えた。大観衆の頭上にスコアボードが点滅した。
ブルガリア 160 アイルランド 170
何が起こったのか、観客がそれを理解するのにしばらく時間がかかった。一瞬、ざわめきが小さくなり、そして、じわじわと波が押し寄せるかのように再びざわめきが大きくなっていき、やがて、アイルランド・サポーター達が大歓声を上げた。
「アイルランドの勝ち!」
バグマンさんが叫んだ。
「クラムがスニッチを捕りました――しかし勝者はアイルランドです――何たること。誰がこれを予想したでしょう!」
バグマンさんの実況に私は離れた場所に座っているフレッドとジョージを見た。彼らは自分達が賭けに勝ったことに大喜びでハグをしている。私は彼らが全財産を失わずに済んだことにホッとする一方、思いがけず大金を手にすることに一抹の不安を感じた。これで味を占めて賭け事にのめり込むなんてことにならなければいいけれど。
そうして、私がちょっと様子を気にかけておこうと頭の片隅で考えているそばでは、ロンとハリーとハーマイオニーが拍手喝采しながら大声で話していた。そうしないと歓声で声が掻き消されてお互いの声が届かないのだ。
「クラムは一体何のためにスニッチを捕ったんだ? アイルランドが160点もリードしてるときに試合を終わらせるなんて、ヌケサク!」
「絶対に点差を縮められないって分かってたんだよ。アイルランドのチェイサーが上手すぎたんだ……クラムは自分のやり方で終わらせたかったんだ。きっと……」
「あの人、とっても勇敢だと思わない?」
「怪我してたのに素晴らしかったわよね」
私も会話に加わりながら、ハーマイオニーと共に身を乗り出してピッチを見下ろした。クラムが地上に降り立ち、そこに向かって魔法医の大集団が、戦いもたけなわのレプラコーンとヴィーラを吹き飛ばして道を作り近付こうとしている。
「あれでよくスニッチを取れたわね」
「めちゃくちゃ重傷みたいだわ……」
まもなく、クラムは魔法医に取り囲まれたが、治療を受けるのを頑なに拒んでいた。周りでは、チームメートがガッカリした様子で首を振っている。その少し向こうでは、アイルランドの選手達が、レプラコーンの降らせる金貨のシャワーを浴びながら、狂喜して踊っていた。観客席ではアイルランドの国旗が打ち振られ、四方八方からアイルランド国歌が流れていた。
背後では、ブルガリアの魔法大臣とファッジ大臣が話をしていた。試合前、ブルガリアの大臣は英語がまったく分からない雰囲気だったが、どうやらあれは分からないフリをしてファッジ大臣を
「ちゃんと話せるんじゃないですか! それなのに、一日中私にパントマイムをやらせて!」
「いやぁ、ヴぉんとにおもしろかったです」
ブルガリア魔法大臣が肩を竦めて、私は2人から視線を逸らした。せっかく決勝戦を楽しんだというのに、これ以上ファッジ大臣を見ていたら、シリウスに対するひどい仕打ちを思い出して暴れ回りそうだったからだ。私は頭を振って怒りを追いやった。
「さて、アイルランド・チームがマスコットを両脇に、グラウンド1周のウイニング飛行をしている間に、クィディッチ・ワールドカップ優勝杯が貴賓席へと運び込まれます!」
やがて、表彰式の時間になると目も眩むほど眩しい魔法の照明が貴賓席を明るく照らし出した。そこに、魔法使いが2人、息を切らしながら巨大な金の優勝杯を運び入れている。優勝杯はファッジ大臣に手渡されたが、ファッジ大臣は1日中パントマイムをさせられて
「勇猛果敢な敗者に絶大な拍手を――ブルガリア!」
表彰式はまず、準優勝のブルガリアから行われた。バグマンさんの声を合図にブルガリアの選手7人が、階段を上がって貴賓席へ入ってきて、スタンドの観衆が、その戦いぶりに賞讃の拍手を贈った。何千、何万という
ブルガリアの選手は貴賓席の座席の間に1列に並び、バグマンさんが選手の名前を呼び上げると、1人ずつイギリスとブルガリアの両大臣と握手を交わした。列の最後尾にはボロボロの血まみれになったクラムが立っていて、両眼の周りに黒い痣が広がっていたが、手にはまだしっかりとスニッチを握っていた。クラムには、ブルガリアとアイルランド、どちらのサポーターも盛大な拍手を送り、競技場内が大歓声に包まれた。
次はアイルランド・チームだった。シーカーのリンチは魔法薬を飲まされただろうが、地面に激突するのが2度目だったので目を回したままチームメイトに支えられていた。それでも、トロイとクィグリーが優勝杯を高々と掲げ、下の観客席から祝福の声が轟き渡ると、リンチは嬉しそうに笑い、コノリーの箒の後ろに乗ってもう一度ウイニング飛行をした。
「この試合は、これから何年も語り草になるだろうな」
すべてを終え、自分の喉に「クワイエタス!」と唱え元の声の大きさに戻したバグマンさんが掠れ声で言った。
「実に予想外の展開だった。実に……いや、もっと長い試合にならなかったのは残念だ……ああ、そうか……そう、君達に借りが……いくらかな?」
フレッドとジョージが自分達の座席の背を跨いで、バグマンの前に立っていた。満面の笑みを浮かべ、手を突き出して。