Make or break - 038
5. クィディッチ・ワールドカップの悪夢
大歓声と共に決勝戦は幕を開けた。
ブルガリア 0 アイルランド 0
「今は楽しみましょ、ほら」
先程の怒りと決勝戦を楽しみにする気持ちが綯い交ぜになったような奇妙な表情をしていたハリー、ロン、ハーマイオニーに私は呼びかけ、手にしていた国旗を振って笑いかけた。もちろん合法であれば、ファッジ大臣の顔は一発ぶん殴りたかったし、ルシウス・マルフォイのその澄ました顔にも一発お見舞いしたかったが、そんなことこの場で出来るはずもないので、それなら決勝戦を楽しむ方がずっと有意義だった。それに、シリウスは自分のことでハリーが決勝戦を満喫出来なかったと分かればひどく気にするだろう。3人は私の様子に小さく頷くとお揃いのアイルランドの国旗を振り、気分を入れ替えた。
「さて、前置きはこれくらいにして、早速ご紹介しましょう……ブルガリア・ナショナルチームのマスコット!」
また、バグマンさんの声が響き渡り、深紅に染まったブルガリア側のスタンド席から一段と大きな歓声が上がった。どうやらマスゲームが始まったらしい。ウィーズリーおじさんが、一体何を連れてきたのかと興味深そうに身を乗り出して、突然、叫んだ。
「あーっ! ヴィーラだ!」
それは、月光のように輝く肌とシルクのように滑らかなシルバー・ブロンドの髪のこの世のものとは思えないほど若く美しい女性だった。そんな絶世の美女が100人、ブルガリア側のスタンドの方からピッチの中央へと進み出てくる。まるで人間のようだったが、ウィーズリーおじさんが両国がマスゲームに連れてくるのは「生き物」だと話していたので、ヴィーラは人の姿をした魔法生物なのだろうと察した。
まもなく、音楽が始まりヴィーラが踊り始めると、サッとヴィーラから視線を逸らす魔法使い達がいる一方、ほとんどの男性陣が心を奪われ、ヴィーラに釘付けになった。誰も彼もが催眠術にでもかかったかのようなぼんやりとした表情になり、ハリー、ロン、フレッド、ジョージの4人はもれなく同じ表情になった。私はこの広い観客席のどこかでセドリックも同じようになっていたら、と想像して心臓が騒めいた。
「魅惑の効果があるんだわ」
ハーマイオニーがロンを見て、むしゃくしゃしながら言った。
「どうせ、私は前歯も大きいし美人じゃないわよ!」
「踊りが終われば効果も切れるはずよ、ハーマイオニー」
「そう。ヴィーラの踊りには女性愛者を催眠にかけ、魅了する効果があるんだ。それを知ってる人はヴィーラを見ないし、声を発していれば耳も塞ぐ」
ビルが決してヴィーラの方を見ないように気をつけながらそう教えくれて、私は辺りを見渡した。ウィーズリーおじさん、チャーリー、パーシーはヴィーラを見ないようにしていたし、後列では、ルシウス・マルフォイも視線を逸らしヴィーラから視線を背けている。思わず私はセドリックもそうでありますように、と祈った。
やがて、ヴィーラの踊りが次第に速くなっていくと、魅了の効果が高まり始めたのか、少しでもヴィーラの気を引こうとあちこちで奇怪な行動に走る魔法使いが続出した。当然、ヴィーラに魅了されていたハリー達も例外ではなく、ハリーは座席から立ち上がり、ボックス席の前の手摺壁に片足をかけ今にも飛び降りんばかりだったし、ロンも飛び込み競技の選手のようなポーズを取っていた。
「ハリー、貴方一体何してるの?」
音楽がやみ、パフォーマンスを終えたヴィーラがピッチの端へと移動を始めると、ハーマイオニーがイライラしながらピッチに飛び込む寸前のハリーを現実に引き戻した。ヴィーラが踊りをやめたことで多くの女性愛者達は催眠状態から解けたものの、まだ魅了の効果が持続しているのか、スタンドのあちこちから怒号が飛び交っている。みんな、ヴィーラを退場させるなと怒り狂っているのだ。
アイルランドを応援するはずなのに、ヴィーラのパフォーマンスを見てすっかり気が変わったのか、ハリーはアイルランドの国旗を放り投げようとしてハーマイオニーに引ったくられ、ロンは踊るクローバー帽子についているクローバーをむしり始め、ウィーズリーおじさんに帽子を引ったくられていた。
「きっとこの帽子が必要になるよ」
苦笑いしてウィーズリーおじさんが言った。
「アイルランド側のショーが終わったらね」
「はぁー?」
そんなことあるはずがないとばかりにロンは口を開けてピッチの片側に整列したヴィーラを見つめ、ハリーも未だに手摺壁に片足をかけたままヴィーラを熱心に見つめたままだった。ハーマイオニーは大きく舌打ちをし、「まったく、もう!」と言いながら、ハリーに手を伸ばして席に引き戻した。
「さて、次は」
バグマンさんの声がまた響き渡った。
「どうぞ、杖を高く掲げてください……アイルランド・ナショナルチームのマスコットに向かって!」
次の瞬間、大きな緑と金色の彗星のようなものが、ブルガリア側のスタンドからピッチに音を立てて飛び込んできた。大きな光の塊のようだが、よくよく見てみると小さな生き物達の集合体だ。それらがまるでたくさんのドローンを使った上空パフォーマンスのように、1つの大きな塊となって上空を1周すると、2手に分かれ、それぞれ両側のゴールポストに飛んでいった。
すると、2つの集団を結ぶかのように虹の橋がかかり、観客から歓声が上がった。虹は次第に薄れ、二手に分かれた集団がまた1つとなると、今度は輝く巨大な三つ葉のクローバーを夜空に作り上げ、そこから金貨の大雨を降らせ始めた。金貨の雨粒がスタンド席に雨あられと降り注いでいる。
「レプラコーンだ!」
群衆の割れるような大喝采を縫って、ウィーズリーおじさんが叫んだ。三つ葉のクローバーをじっと観察してみると、20センチほどの顎髭を生やした小さな男性の姿をした妖精が、赤いベストを着て、手に金色か緑色の豆電球を持っている。なるほど、あれがレプラコーンなのか。私は『幻の動物とその生息地』に書かれている内容を思い出しながらそう思った。
レプラコーンは、M.O.M分類XXX――有能な魔法使いは対処可能――の魔法生物だ。アイルランドに生息していて、話をすることが出来、木の葉で簡単な洋服を作ったりするらしい。マグルの注意を引くことが好きで、本物そっくりな金貨を作り出すけれど、それは数時間もすれば消えてしまうのだとか。
「私、本物のレプラコーンは初めて見たわ!」
ハーマイオニーが興奮したように言った。
「ねえ、見て。本当にガリオン金貨そっくり!」
「わあ、本当だわ。ねえ、ビル、
「もちろん」
ビルがこちらを見て頷いた。
「お金や財宝のことで
話しているうちに巨大なクローバーが消え、レプラコーン達はヴィーラとは反対側のピッチに下りたったけれど、貴賓席からは豆粒のライトが並んでいるようにしか見えなかった。なんだかそれがクリスマスツリーを飾る電飾が置き去りにされているような感じだ。けれども、
「さて、レディーズ・アンド・ジェントルメン。どうぞ拍手を――ブルガリア・ナショナルチームです!」
マスゲームの次は選手入場だった。
まず登場したのはブルガリアの代表選手達で、彼らは真っ赤なユニフォームに身を包み、下の方にある入場口から箒に乗って矢のようにピッチに飛び出してきた。ブルガリアの代表選手はキーパーのゾクラフ、チェイサーのイワノバ、ディミトロフ、レブスキー、ビーターのボルチャノフ、ボルコフ、そしてシーカーのクラムの7人だ。ブルガリア・サポーター達はクラムの名が呼ばれた瞬間、特に大きく拍手した。
「クラムだ、クラムだ!」
ロンが
「では、みなさん、どうぞ拍手を――アイルランド・ナショナルチーム!」
ブルガリアの次はアイルランドの代表選手の入場だった。緑のユニフォームに身を包み、箒に乗ってピッチに飛び込んでくる。アイルランドの代表選手は、キーパーのライアン、チェイサーのトロイ、マレット、モラン、ビーターのコノリー、クィグリー、そして、シーカーのリンチの7人だ。
「そしてみなさん、はるばるエジプトからおいでの我らが審判、国際クィディッチ連盟の名チェア魔ン、ハッサン・モスタファー!」
最後に登場したのは、決勝戦の審判だった。ハッサン・モスタファーは痩せこけた小柄なスキンヘッドの魔法使いで、競技場にマッチした純金のローブを着ていた。口髭の下から銀のホイッスルを突き出し、大きな木箱を片方の腕に抱え、もう片方で箒を抱えている。審判のモスタファーは、ピッチの中央まで歩いていくと、木箱を地面に置き、箒に跨り、足で蹴って木箱を開けた。真っ赤なクアッフル、黒いブラッジャーが2個、羽のある小さな金のスニッチが勢いよく飛び出していき、そして、
「試あぁぁぁぁぁぁぁい、開始!」
ホイッスルが鳴り響き、決勝戦の火蓋が切られた。