Make or break - 035

4. マグルのキャンプ場



 マグルのキャンプ場は、時間を追う毎に興奮を増しているようだった。多くのキャンパーはマグル安全対策などうっかり忘れはじめ、魔法省の職員達はげっそりしながらキャンプ場内を駆けずり回ったが、アフタヌーンティーの時間を過ぎると、それらが更にひどくなり、とうとう夜の帳が下りるころには魔法省も戦うのをやめた。あからさまな魔法の印があちこちで上がるので、対応しきれなくなったのだ。おそらく、キャンパーを大人しくさせるより、マグルの管理人達に早寝をしてもらった方が早いとでも思ったに違いない。

 いよいよ決勝戦間近になると、行商人セールスマンが数メートル置きに姿を現しはじめた。キャンプ場全体が夜風を震わせるほどの熱気に包まれ、ほとんどのキャンパー達が応援グッズやお土産を買おうと各々のテントから出てくると、ウィーズリーおじさんは自分自身もウキウキした様子で、私達にしばしの自由時間をくれた。

 もうすっかり暗くなっていたが、こんなに人がたくさんいるので危ないことはないだろうとウィーズリーおじさんやビル、チャーリーも頷いてくれ、私は水汲みの時と同様、ハリー、ロン、ハーマイオニーと見て回ることになった。私とハーマイオニーは、ジニーも一緒にどうかと誘ってみたのだが、ジニーは真っ赤になって「とてもじゃいけど、無理だわ」と首を横に振った。折角ハリーと買い物出来る絶好の機会だと思ったけれど、ジニーが緊張で楽しめなかったら可哀想だと思って、私もハーマイオニーも無理には誘わなかった。

 ウィーズリー家のテントを離れ、行商人セールスマン達が現れた方へと足を運んでみると、日中はテントしかなかった場所にたくさんの大きな移動販売用のカートが並び、キャンプ場はまるで夜店が軒を連ねる縁日のように賑やかになっていた。ホグズミードでも見たことがないような珍しいお土産や応援グッズが山のように積まれていたので、見て回るだけでも十分楽しめそうだ。

 応援グッズは様々あった。チーム・カラーは、アイルランドが緑でブルガリアが赤だ。黄色い声で選手の名前を叫ぶ、リボンとクルミボタンで作られた光るロゼット。踊る三つ葉のクローバーがビッシリ飾られた緑のとんがり帽子。本当に吠えるライオン柄のブルガリアのスカーフ。打ち振ると国歌を演奏する両国の国旗。ひとりでに歩き回るコレクター用の有名選手の人形もある。

「留守番組にお土産を買う約束をしているの」

 露店を見て回りながら私は言った。

「どれがいいかしら? 応援グッズ以外がいいわよね」
「ハナ、あっちにファイアボルトのミニチュア模型があるよ」
「わあ、見てみましょう!」

 ファイアボルトのミニチュア模型は、去年のクリスマスに私とシリウスが作ったミニチュア・ニンバスと同じような作りだった。とはいえ、こちらは継ぎ接ぎだらけじゃなく見た目も美しかったし、性能だって私とシリウスが作ったものよりずっとよさそうだ――ミニチュア箒を作った身としては、他のミニチュアがどうなのか気になるところだろう。私は、シリウスとリーマスに1個ずつこの模型を買うことにした。

「僕も何か欲しいんだ」

 お土産を買い終えると再び露店を見て回りながらロンがウキウキした様子で言った。クィディッチ・ワールドカップのために、ロンはこの夏ずっとお小遣いを貯めていたらしい。金額を見比べ、手持ちのお金で何が買えるかとあれこれ悩みながら、ロンは最終的に踊るクローバー帽子と大きな緑のロゼット、それからブルガリアのシーカー、ビクトール・クラムのミニチュア人形を買った。ミニチュア・クラムはロンの手の上を往ったり来たりしながら、ロンが早速つけている緑のロゼットを見上げてしかめっ面をした。

「わあ、これ見てよ!」

 ロンの買い物が終わり、再び歩いていると、双眼鏡のようなものがうずたかく積んである露店を見つけてハリーが声を上げた。近付いてみるとこの双眼鏡のようなものには見たこともないようなつまみやダイヤルがびっしりとついている。どうやら、魔法の双眼鏡のようだ。マジマジと見ていると行商人セールスマンが言った。

万眼鏡オムニオキュラーだよ。アクション再生が出来る……スローモーションで……必要なら、プレイを1コマずつ静止させることも出来る。大安売り――1個10ガリオンだ」
「こんなのさっき買わなきゃよかった」

 話を聞いた途端、ロンがガックリと肩を落とし、万眼鏡オムニオキュラーをいかにも物欲しそうに見つめた。万眼鏡は、見るからに性能が抜群なものだったが、ロンは持ってきていた自分のお小遣いを先程使い切ったあとだった。すると、

「4個ください」

 ハリーが前に進み出て、行商人セールスマンに言った。4個も売れたことに行商人セールスマンはニッコリして商品を袋に詰め始めたが、ロンは気を遣われたのだと分かって、恥じ入った様子で断りを入れた。普段から自分の所持品が兄のお下がりや中古のものばかりなのを気にしていたので、所持金の差を見せつけられたような気分にもなったのかもしれない。

「クリスマスプレゼントは、なしだよ」

 ハリー自身も、ロンが多少なりともコンプレックスを抱えていることに気付いていたのだろう。少しでも気にさせまいとして、万眼鏡オムニオキュラーをロン、ハーマイオニー、私の手に押しつけながらきっぱりと言った。

「しかも、これから10年ぐらいはね」

 冗談っぽく言ったハリーに、ようやくロンが嬉しそうに微笑みながら「いいとも」と頷いた。思いがけず万眼鏡オムニオキュラーをプレゼントされたハーマイオニーも感激した様子だ。

「うわぁぁ、ハリー、ありがとう」
「ハリー、こんなにいいものをありがとう! お返しに、私が4人分の応援グッズを買うわ! もちろん、しばらくクリスマスプレゼントはなしよ」

 ウインクしてそう言うと、ハリーもロンも「もちろんいいよ」と頷いた。

「じゃ、私が4人分のプログラムを買うわ。ほら、あれ――」

 今度はハーマイオニーがどこかを指差しながら言った。見れば、すぐ近くに決勝戦のプログラムが山ほど積まれた露店がある。私達はそこでハーマイオニーに人数分のプログラムをプレゼントして貰うと、今度は別の露店に行き、そこでは私がアイルランドの国旗を4つ購入し、みんなにプレゼントした。

 買い物を満喫してテントに戻ると、みんな既に戻ってきていた。ビル、チャーリー、ジニーの3人は、ロンと同じ緑のロゼットを着けていたし、ウィーズリーおじさんもアイルランド国旗を持っていた。フレッドとジョージは、全財産をバグマンさんに渡したあとだったので何も買えず仕舞いだったが、本人達はまったく気にしていなかった。

 まもなく、どこか森の向こうからゴーンと深く響く鐘の音が聞こえ、入場開始時刻を知らせた。ウィーズリー家のテントのすぐそばにあった競技場へと続く通りの両側に設置された赤と緑のランタンが一斉に光を灯し、みんなが興奮した様子で応援グッズを手に明かりの方へと歩き出した。

「いよいよだ! さあ、行こう!」

 応援グッズをしっかり握り締め、ウィーズリーおじさんを先頭に、私達はランタンに照らされた通りを進み、森へと入っていった。周囲には、何千、何万もの魔法使いや魔女達の声が聞こえ、みんな興奮して大声を出したり、笑い合ったり、歌ったりしている。まるで興奮が1つのうねりとなって競技場へ押し寄せているかのようだった。私の目の前では、ハリーが、ロンやフレッドとジョージと一緒に大声で話したり、ふざけたりしながら歩いている。

 私はその姿を見ながら、ああ、彼ら・・とも一緒に過ごしたかったと密かにそう思った。