Make or break - 034

4. マグルのキャンプ場



 結局、フレッドとジョージは全財産をバグマンさんに渡してしまい、代わりに金額や倍率が書かれたメモを受け取った。私はやっぱり今からでも止めた方がいいんじゃないかと考えずにはいられなかったが、私が図々しく出しゃばる場面ではないだろうと最終的にはこのモヤモヤとする気持ちに蓋をすることにした。だって、私なんかより、厳しい言葉を口にしたビルの方が遥かに弟達のこれからのことを考えているのは明白だからだ。それに、バグマンさんには聞きたいことがある。この場はなるべく穏便に済ませなければならない。

「バグマンさん、お茶でもいかがですか?」

 ビルがヤカンを火にかけながらやんわりと切り出した。

「1杯だけでも」
「おお、ありがとう」

 バグマンさんが上機嫌に頷くのを見て、私はビルとチャーリー、ウィーズリーおじさんとサッと視線を交わし合った。私達の誰もがバーサ・ジョーキンズのその後の消息について聞き出そうと考えているのが、手に取るように分かった。

「それじゃ、いただいていこう。実は、バーティ・クラウチをずっと探しているんだが。ブルガリア側の責任者がゴネていて、俺には一言も分からん。バーティなら何とかしてくれるだろう。かれこれ150ヶ国語が話せるし」
「クラウチさんですか?」

 上司の名前を聞いた途端、パーシーがそれまでの生真面目な様子とは打って変わって興奮したように言った。まるで最愛の恋人の名を聞いたかのような感じだった。

「あの方は200ヶ国語以上話します! 水中人マーピープルのマーミッシュ語、小鬼ゴブリンのゴブルディグック語、トロールの……」
「トロール語なんて誰だって話せるよ。指差してブーブー言えばいいんだから」

 フレッドがバカバカしいという調子でそう言うと、パーシーは思いっきり嫌な顔をフレッドに向けた。けれども、バグマンさんはフレッドの言葉が面白かったのか、楽しげに笑いながら私達と焚き火を囲み、その場に座り込んだ。パーシーは何も文句は言わなかったが、怒りに任せて杖で焚き火を掻き回してヤカンをグラグラと沸騰させた。

「バーサ・ジョーキンズのことは、何か消息があったかね、ルード?」

 ウィーズリーおじさんがこちらをチラリと見遣ると、バグマンさんに訊ねた。

「音沙汰なしだ」

 バグマンさんは特段気にした様子もなく気楽に答えた。

「だが、そのうち現れるさ。あのしょうのないバーサのことだ……漏れ鍋みたいな記憶力。方向音痴。迷子になったのさ。絶対間違いない。10月ごろになったら、ひょっこり役所に戻ってきて、まだ7月だと思ってるだろうよ」
「そろそろ捜索人を出した方がいいんじゃないのか?」

 パーシーがバグマンにお茶を差し出すのを見ながら、ウィーズリーおじさんが遠慮がちに提案した。けれども、バグマンさんにバーサ・ジョーキンズを探す意思がないことは明白だった。

「バーティ・クラウチもそればっかり言ってるなあ。しかし、今はただの一人も無駄には出来ん」

 ぼやくように言うバグマンさんの姿が、なんだか早く宿題をしなさいと親にせっつかれる子どものようだと私は思った。すると、何かを見つけてバグマンさんが声を上げた。

「おっ――噂をすればだ! バーティ!」

 焚き火のそばに魔法使いが1人、姿現しでやってきたところだった。話を聞くに彼がどうやらパーシーが敬愛してやまない国際魔法協力部のトップ、バーテミウス・クラウチらしい。

 クラウチさんは、バグマンさんとは面白いほど対照的な初老の魔法使いだった。明るく陽気だが、マグル安全対策をあまり気にしない傾向のあるバグマンさんに対し、クラウチさんはパーシーと同じかそれ以上に生真面目に見える。背筋をピンと伸ばし、マグルの中にいても一切違和感のないスーツにネクタイ姿で、靴はピカピカ、短い銀髪の分け目や口髭は、定規を当てて整えたかのように真っ直ぐだ。もし、クラウチさんが大勢のマグルの中に紛れ込んでいたとしたら、私は彼のことを魔法使いだとは気付かないだろう。なるほど、これは生真面目なパーシーが心酔するはずである――私は妙に納得した。

「ちょっと座れよ、バーティ」

 バグマンさんが自分の隣を叩きながらそう言うと、クラウチさんが少し苛立ったような声を出した。

「いや、ルード、遠慮する――随分あちこち君を探したのだ。ブルガリア側が、貴賓席をあと12席設けろと強く要求しているのだ」
「ああ、そういうことを言ってたのか」

 バグマンさんは楽観的な口調で答えた。

「私はまた、あいつが毛抜きを貸してくれと頼んでいるのかと思った。訛りがきつくて――」
「クラウチさん!」

 バグマンさんが言い終わるか終わらないかというところで、上司に挨拶したくてウズウズしていたパーシーが声を上げた。パーシーは自分の上司を熱心に見つめながらお辞儀をしようとするので、ひどく猫背になっているように見えた。

「よろしければお茶はいかがですか?」
「ああ」

 部下の勢いに少し面食らったようにしてクラウチさんがパーシーを見た。

「いただこう――ありがとう、ウェーザビー君」

 その瞬間、フレッドとジョージが飲みかけのお茶に咽せた。ウェーザビー君がクラウチさんなりのあだ名なのか、それとも発音を間違えているのかは定かではなかったが、パーシーは嫌そうな素振りは見せず、耳元をポッと赤らめ、急いでヤカンを準備した。

「ああ、それにアーサー、君とも話したかった」

 クラウチさんが今度は鋭い目でウィーズリーおじさんを見下ろして言った。

「アリ・バシールが襲撃してくるぞ。空飛ぶ絨毯の輸入禁止について君と話したいそうだ」
「そのことについては先週ふくろう便を送ったばかりだ」

 ウィーズリーおじさんは深い溜息をついた。

「何百回言われても答えは同じだよ。絨毯は、魔法をかけてはいけない物品登録簿に載っていて、マグルの製品だと定義されている。しかし、言って分かる相手かね?」
「ダメだろう」

 パーシーからお茶を受け取りながらクラウチさんが言った。

「我が国に輸出したくて必死だから」
「まあ、イギリスでは箒に取って代わることはあるまい?」

 なおも楽観的な口調でバグマンが割って入ると、クラウチさんは少しだけ眉間に皺を寄せた。

「アリは、家族用乗り物として市場に入り込む余地があると考えている。私の祖父が、12人乗りのアクスミンスター織の絨毯を持っていた――しかし、もちろん絨毯が禁止になる前だがね」

 クラウチさんは先祖が法に違反していたと疑われるのは耐えられないとばかりに最後の一言をきっちりと付け加えた。アクスミンスター織の絨毯は、イギリスのアクスミンスター市で作られたトルコスタイルの絨毯のことだが、どうやら法で定められる以前はイギリスにも空飛ぶ絨毯があったらしい。私はなんだか興味を唆られて、どの国で実用化されているのだろうかとぼんやり考えた。『千夜一夜物語アラビアン・ナイト』として最も有名な物語である『アラジンと魔法のランプ』の舞台は確か中国だし、有名なアニメの方は南アジアの雰囲気があったから、そう考えると、アジアの方だろうか? とはいえ、元の世界でそうだったからと言って、こちらでもそうだとは限らないけれど。それにしても、絨毯はどうやって方向転換するのだろう? 杖で突いて指示を出すのだろうか。

「ところで、バーティ、忙しくしてるのかね」
「かなり――」

 まるで他人事のような口調でバグマンさんが訊ねると、クラウチさんは愛想のない返事を返した。現在クィディッチ・ワールドカップの運営に関わっている魔法省の職員の中でのんびりしているのはお前だけだとでも言いたげな目だった。

「5大陸に渡って移動ポートキーを組織するのは並大抵のことではありませんぞ、ルード」
「2人共、これが終わったらホッとするだろうね」

 ウィーズリーおじさんがクラウチさんの心情を察したのか、話題を少し変えようとした。すると、バグマンさんがとんでもないことにという顔でおじさんを見た。

「ホッとだって!? こんなに楽しんだことはないのに……それに、その先も楽しいことが待ち構えているじゃないか。え? バーティ? そうだろうが? まだまなやることがたくさんある。そうだろう?」

 どうやらホグワーツで行われるというイベントのことを言っているらしい。私がそう考えていると、クラウチさんが眉を吊り上げてバグマンさんを見た。

「まだそのことは公にしないとの約束だろう。詳細がまだ――」
「ああ、詳細なんか!」

 そんなものは取るに足らないという様子でバグマンさんが言った。

「みんな署名したんだ。そうだろう? みんな合意したんだ。そうだろう? ここにいる子ども達にも、どの道まもなく分かることだ。賭けてもいい。だって、事はホグワーツで起こるんだし――」
「ルード、さあ、ブルガリア側に会わないと」

 これ以上話されては困るとばかりにクラウチさんが鋭く遮った。

「お茶をご馳走さま、ウェーザビー君」

 飲んでもいないお茶をパーシーに押しつけるようにして返すと、クラウチさんはバグマンさんが立ち上がるのを待った。バグマンさんは、お茶の残りをグイッと飲み干し、ポケットの金貨を愉しげにジャラジャラいわせると、どっこいしょ、と立ち上がった。

「じゃ、あとで! みんな、貴賓席で私と一緒になるよ――私が解説するんだ!」

 バグマンさんは私達に向けて陽気に手を振り、それを早くしろとばかりに眺めていたクラウチさんもウィーズリーおじさんに軽く頭を下げると、同時に姿くらましして消えた。