Make or break - 031

4. マグルのキャンプ場



 終始訝しげな様子だったロバーツさんは、忘却術をかけられると穏やかになった。自分のキャンプ場に奇妙な利用者が何百人とやってきていることもすっかり忘れてしまったようである。愛想がよくなったロバーツさんにキャンプ場の地図とお釣りを貰うと、これ以上怪しまれないよう、私達は急いでその場から離れた。また忘却術をかけられるようなことになれば可哀想だ。

「あの男はなかなか厄介でね」

 先程ロバーツさんに忘却術をかけた魔法使いが、キャンプ場の入口まで付き添いながらウィーズリーおじさんにボソボソ言った。忘却術士だろうか? 彼も移動ポートキーの到着地にいた魔法使い達同様疲れきった様子で、目の下には濃い隈が出来、口許には無精髭がはえていた。

「忘却術を日に10回もかけないと機嫌が保てないんだ。しかもルード・バグマンがまた困り者で。あちこち飛び回ってはブラッジャーがどうの、クアッフルがどうの大声でしゃべっている。マグル安全対策なんてどこ吹く風だ。まったく、これが終わったら、どんなにホッとするか。それじゃアーサー、またな」

 どうやら誰かに愚痴を聞いてもらいたかったらしい。その魔法使いはウィーズリーおじさんに話すだけ話すとおじさんの返事も聞かずにその場から姿くらましした。それにしても、ルード・バグマンといえば、昨日、ビルやチャーリーが教えてくれ、夕食の時にはパーシーも話していた魔法ゲーム・スポーツ部の部長ではなかっただろうか? 行方不明になっている部下を探しもしないあのルード・バグマンだ。しかも、このワールドカップの責任者の1人ではないだろうか――先程聞いた話が俄かに信じられないでいると、同じことを思ったのかジニーが訊ねた。

「バグマンさんて、魔法ゲーム・スポーツ部の部長さんでしょ? マグルのいるところでブラッジャーとか言っちゃいけないぐらい、分かってるはずじゃないの?」
「そのはずだよ。しかし、ルードは安全対策にはいつも、少し……何と言うか……甘いんでね」

 ウィーズリーおじさんは微笑みながら答えたが、途中で自信がなくなったのか最後の方は苦笑気味になった。ルード・バグマンが本当にマグル安全対策を理解しているのかは、あの疲れきった忘却術士の顔を見れば一目瞭然だからだ。私達を引き連れてキャンプ場の門を潜りながらおじさんは続けた。

「スポーツ部の部長としちゃ、こんなに熱心な部長はいないがね。なにしろ、自分がクィディッチのイングランド代表選手だったし。それに、プロチームのウイムボーン・ワスプスじゃ最高のビーターだったんだ」

 霧が立ち込めるキャンプ場を、私達は奥へと歩き始めた。夜明け前からもう既にたくさん歩いているのでちょっと疲れていたけれど、キャンプ場の両脇に列をなして並んでいるたくさんのテントを見て回るのは興味深かった。安全対策に奔走する魔法省の職員は大変だろうが、多くの魔法族があれこれ趣向を凝らして張られたテントの数々はなかなか見応えがあった。煙突をつけてみたり、ベルを鳴らす引き紐や風見鶏をつけたり――入口から離れていくにつれどんどんそれは派手になり、中にはどう見ても魔法仕掛けと思えるテントがいくつもあった。

 キャンプ場の真ん中辺りに、縞模様のシルクで出来た、まるで小さな城のような絢爛豪華なテントもあった。そのテントの入口には、生きた孔雀が数羽繋がれている。もう少し進むと、3階建てに尖塔せんとうが数本立っているテントや前庭付きのテントがあり、鳥の水場や日時計、噴水まで揃っていた。

「毎度のことだ」

 ウィーズリーおじさんが微笑んだ。

「大勢集まると、どうしても見栄を張りたくなるらしい。ああ、ここだ。ご覧、この場所が私達のだ」

 私達がテントを張る場所は、キャンプ場の一番奥で森の際だった。そこにテント2張分の空地があり、「うーいづり」と書かれた小さな立札が打ち込まれている。どうやらこの場所は今回のワールドカップのために建設されたクィディッチ競技場に近いらしく、ウィーズリーおじさんは「最高のスポットだ!」と嬉しそうにした。

「よし、と」

 リュックサックを降ろしながらおじさんは興奮気味に言った。

「魔法は、厳密に言うと、許されない。これだけの数の魔法使いがマグルの土地に集まっているのだからな。テントは手作りでいくぞ! そんなに難しくはないだろう……マグルがいつもやっていることだし……さあ、ハリー、どこから始めればいいと思うかね?」

 おじさんに指名されたハリーは困った顔をして私とハーマイオニーを見た。ダーズリー家で育ったハリーがキャンプなどしたことがあるはずがないからだ。『賢者の石』の時にも、動物園にダドリーを連れていく際、ハリーを近所の人に預けて置き去りにしようとしたくらいだ。あの時は最終的にハリーも動物園に行くことなったものの、もしダーズリー家がキャンプに行くことになってもハリーを連れていくことだけはしなかっただろう。

「2人はテントを張ったことある?」
「私はないわ――ハナはある?」
「うーん、前学年の時、ふくろう通信販売で購入したけど、自分でやったことはないわ。でも、そうね……テレビで何度か見たことはあるわ。キャンプ・ブームだったの。たしか、テントを広げてポールを差し込んで……隅を固定して……杭みたいなものを地面に打ち込んで……」

 3人で顔を突き合わせてコソコソ話しながら、私はもう何年も前――前の世界にいた時に見たテレビ番組のキャンプ特集をどうにか絞り出そうとした。けれども、ぼんやりと見ていただけの内容をそう簡単に思い出せるはずもない。やがて、とりあえずやってみようという結論に達すると、ウィーズリーおじさんにテントを出してもらい、私達は3人であれこれ考えながらポールを通したり、どこをどう固定すればいいのかを解明した。

「ウィーズリーおじさん、このポールをここに通してください――そうです。それから、フレッド、ここをこれで固定して――」

 私達は適度にウィーズリーおじさん達手伝ってもらうのも忘れなかった。特におじさんはかなりの張り切りようだったので、一度も手伝うことがないままテントを張り終えてしまったらひどくガッカリするだろうと思ったのだ。この方法は途中までは上手くいき、フレッドやジョージ、ジニーも上手く手伝ってくれたけれど、杭を木槌で打ち込む段階になると、おじさんのテンションが上がり完全に興奮状態になったので、私達は大いに困らされた。

 それでもかなり時間はかかったものの、何とかみんなで小さなテントを2張り立ち上げた。みんな、自分達がやり遂げたどこからどう見てもマグルのテントにしか見えない2張りのテントに大満足だった。とはいえ、マグルのテントにしか見えないだけで、中は魔法使いのテントだろう。私はシリウスのために購入したテントの内部を思い出しながらそう考えた。あれは1人用だったけれど、これは何人用だろうか。見た目だけでいえば2人用といったところだろうが、男子用のテントは8人寝なければならないので、中はシリウスのテントよりはるかに広々としているに違いない。

「これ、全員寝れるの?」

 ハーマイオニーが心配そうにしながら小声で訊ねた。魔法使いのテントを見たことがないので、不安に思っているらしい。見れば、ハリーもこんなに小さくてどうするつもりだろうという顔で私を見ていた。

「大丈夫よ」

 私はニッコリして答えた。

「中に入れば分かるわ」

 最初にテントに入っていったのは、ウィーズリーおじさんだった。入口が狭いので四つん這いになって入っていくと、おじさんは中の様子を確かめてからみんなに呼びかけた。

「ちょっと窮屈かもしれないよ。でも、みんな何とか入れるだろう。入って、中を見てごらん」

 おじさんにそう言われると、フレッド、ジョージ、ハリー、ロン、ジニー、ハーマイオニー、私の順に身を屈めてテントの入口を潜り抜けた。このテントの中は去年私が買ったテントより遥かに広くて、4個の2段ベッド付きの寝室が1つにバスルーム、キッチンがついていた。ウィーズリーおじさんは同僚のパーキンズさんに借りたそうで、中には既に家具もある(「家具とか置物がフィッグばあさんの部屋とまったく同じ雰囲気だ――猫の臭いも」とハリーは小声で言った)。

「水がいるな……」

 ひと通りテントの中を見て回ったあと、埃のかぶったヤカンを取り上げてウィーズリーおじさんが言った。そこで、ロバーツさんに貰った地図を見てみると、ここから離れた場所に水道の印があることが分かった。ウィーズリーおじさんは少し考えると、ロン、ハリー、ハーマイオニー、私の4人で水を汲みに行くよう頼んだ。おじさんはヤカンや鍋を私達に渡しながら、私にだけ聞こえるように「魔法省の職員がたくさん歩いている。危険はないだろう」と小声で話し、私は頷いた。

「他の者は薪を集めに行こう」

 ウィーズリーおじさんは、今度はフレッド、ジョージ、ジニーを見て言った。すると、ロンが大変なことになる気配を感じ取ったのか面倒臭そうに言った。

「竃があるのに。簡単にやっちゃえば――?」
「ロン、マグル安全対策だ! 本物のマグルがキャンプする時は、外で火を熾して料理するんだ。そうやっているのを見たことがある!」

 自分の父親があまりに期待に顔を輝かせてそう訴えるので、ウィーズリー家の子ども達もハリー、ハーマイオニーもみんな、仕方ない付き合うしかないか、とばかりにマグル式キャンプ料理の準備に取りかかった。私達はみんなで男子用テントを出て、女子用テントをざっと見学してから、2組に別れた。

 ハリー、ロン、ハーマイオニー、私の4人は、地図にあった印の場所へと歩き始めた。あんなに立ち込めていた霧もテントを張っている間にすっかり晴れ、今や朝日が辺りを照らし、青空が見えている。

「到着した時は分からなかったけど、本当に何百もテントがあるのね」

 私は辺りを見渡しながら言った。霧が晴れたキャンプ場にはいつからそこにあったのか、キャンプ場に来た時の何倍ものテントがあちこちに張られていた。その何百というテントのどれもがマグルからしたら奇妙にしか見えないものだらけだったので、これはロバーツさんが仮に温厚でおっとりしていたとしても、変に思うはずだと納得した。少なくとも、ウィーズリー家のテント以外まともなテントは1つもないように見えた。

「マグルのキャンプは本当に外で火を熾すの?」

 ロンが訊ねて、私は頷いた。

「そうよ。中だってあんな風にいくつも部屋があるわけじゃないの。ベッドだってもちろんないわ。エアーベッドを使う人ももちろんいるけど――ほとんどが寝袋で寝るのよ」
「エアーベッド?」
「空気で膨らませたマットレスなの。でも、私は魔法使いのテントの方が好きだわ。バスルームもあるもの」
「ねえ、少し他のテントを見ていきましょうよ」
「賛成!」
「じゃ、ちょっとゆっくり行こうよ」

 マグル安全対策を抜きにすれば、こんなに面白いことはなかった。ハリーとハーマイオニーはもちろん目新しいものばかりで楽しそうにしていたし、魔法族の家に生まれたロンもいろんなテントを見るのは楽しいようだった。私達は水道がある場所までゆっくり進み、いろんなテントを見て回ったのだった。