Make or break - 030
4. マグルのキャンプ場
到着地点には、疲労感満載で不機嫌な顔の魔法使いが2人立っていた。どちらもマグルの服装をだったけれど、マグルオタクのウィーズリーおじさんの格好に比べるとひどく奇妙な着こなしだった。1人はツイードのスーツに太ももまで届くゴム長靴を履いていたし、もう1人は上はポンチョで、下はキルトというスコットランドのスカート状の伝統衣装というちょっとチグハグな組み合わせである。
スーツを着た魔法使いは大きな金時計を持ち、キルトの魔法使いは太い羊皮紙の巻紙と羽根ペンを持っていた。どれだけの人が
「すごい風だったわ」
強風でボサボサになった髪を整えながら私は言った。
「
「うん」
セドリックもあちこちに広がった髪を押さえつけながら答えた。
「だから、慣れないうちは大変なんだ」
「もし座って移動出来るなら、楽しめそうだわ」
「ハナはグリンゴッツのトロッコが大好きだからね」
「そう。あれは用がなくても乗りたいわ」
そうこうしているうちに、もつれ合うようにして地面に転がっていたハリー、ロン、ハーマイオニー、フレッド、ジョージ、ジニーもどうにかこうにかして立ち上がり、辺りを興味深そうに見渡した。
「おはよう、バージル」
落ちていた古ブーツを拾い上げ、キルトの魔法使い――バージルさんに渡しながらウィーズリーおじさんが声をかけた。
「やあ、アーサー」
バージルさんは疲れきった声で応えながら、古ブーツを自分の脇にある使用済み
「非番なのかい、え? まったく運がいいなあ……」
バージルさんがぼやいた。
「私らは夜通しここだよ……さ、早くそこをどいて。5時15分に黒い森から大集団が到着する。ちょっと待ってくれ。君のキャンプ場を探すから……ウィーズリー……ウィーズリーと……」
バージルさんが羊皮紙のリストを調べ始めた。あの羊皮紙は誰が何時にやってきて、どのキャンプ場へ向かうかが書いてあるらしい。なるほど、どおりであんなに太くなるはずである。
「ここから400メートルほどあっち。歩いていって最初に出くわすキャンプ場だ。管理人はロバーツさんという名だ。ディゴリー……2番目のキャンプ場……ペインさんを探してくれ」
あと数分で5時15分になろうかというところで、私達はその場をあとにした。バージルさんがあっちと指差した方には、荒地からくねくねとした小道があり、私達はウィーズリーおじさんを先頭に急造したのであろう荒れた小道を歩いていった。木々が生い茂り、辺りは霧がかって小道の先を見ようにもほとんど何も見えなかった。
「ハナ、僕、杖ホルダーを忘れてきちゃったんだ」
歩き始めて少しして、こちらに駆け寄ってくるとハリーが言った。見れば、いつも杖ホルダーに差してある杖は上着のポケットに差してある。ポケットはそれほど深くないのか持ち手部分が少し飛び出していたが、あの強風でよく落ちなかったものだ。
「部屋に置いてあるの?」
「うん。煙突飛行の時にもし杖を落としたらって急に心配になって外しちゃったんだ。杖はトランクに入れてたんだけど、杖ホルダーだけ部屋に忘れてきたみたいなんだ」
「なら、学用品と一緒に隠れ穴に届けるわ。夏休みの終わりごろになるけど大丈夫かしら?」
「うん。ありがとう、ハナ」
ハリーがホッとしたようにお礼を言うと、私の隣を歩いていたセドリックが声を潜めて訊ねた。
「ハリー、この夏は楽しんだかい?」
「とっても! みんなでクィディッチをしたんだ。少数でも出来るようにちょっとルールを変えて……僕、ハナが初ゴールを決めた時の瞬間を君に見せられたらなって思ってたよ」
「それは見たかったな」
「ゴールって言ってもハリーが全部お膳立てしてくれたのよ。私、箒で飛ぶのはそれほど上手くはないし――」
話をしながら20分ほど歩いていると、目の前に小さな石造りの小屋が見えてきた。その脇に門が設けられていることからあれが最初のキャンプ場の管理小屋だろう。門の向こう側を見てみると、霧深い広々とした傾斜地にいくつものテントが立ち並び、それが奥にある黒々とした森まで続いていた。
「やれやれ。私達はまだ先のようだな」
ディゴリーおじさんがフーッと息をつきながら言った。
「それじゃあ、アーサー、お互い非番だったことに感謝して楽しもうじゃないか」
「ああ、エイモスも道中気をつけて」
「なに、あとひと息だ。なあ、セド」
ディゴリーおじさんは袖口で汗を拭いながらもう片方の手でセドリックの背中を豪快に叩いた。セドリックはそんな父親に頷きながらこちらを見て「またホグワーツ特急で」と言って手を振り、私もそれに振り返した。久し振り会って最初は緊張したけれど、最後の方はいつもどおり話せたように思う。
ディゴリー
「おはよう!」
ウキウキしてウィーズリーおじさんが言った。マグルと話が出来るのが最高に嬉しいといった様子だ。
「おはよう」
男性が淡々と返した。
「ロバーツさんですか?」
「あいよ。そうだが――そんで、おめえさんは?」
「ウィーズリーです――テントを2張り、2、3日前に予約しましたよね?」
「あいよ」
ロバーツさんはそう言うと、小屋の戸口に向き直った。戸口にはキャンプ場の利用者をまとめている長いリストが貼りつけてある。ロバーツさんはそのリストを指でなぞりながらウィーズリーの名前を探し出し、答えた。
「おめえさんの場所はあそこの森の端だ。1泊だけかね?」
「そうです」
「そんじゃ、今すぐ払ってくれるんだろうな?」
キャンプ場の多くは先払いだ。ロバーツさんが管理するこのキャンプ場も当然そうだったが、こんなに早いタイミングでお金を支払うことになるとは思っていなかったのか、ウィーズリーおじさんは少し慌てたように「いいですとも」と答えた。もちろん、手持ちがないのではない。慌てたのは、マグルのお金に慣れていないからだ。
「ハナ、ハリー、手伝っておくれ」
ウィーズリーおじさんに呼ばれると、私もハリーも急いで駆け寄った。おじさんは小屋から少し移動して離れると、ポケットの中から丸めたポンド紙幣を取り出し、1枚1枚捲り始めた。
「これは――っと――」
「10ポンドですね」
紙幣を覗き込みながら私は答えた。
「なるほど、数字が小さく書いてあるようだ――すると、これは5かな?」
「20ですよ」
今度はハリーが声を低めて訂正した。おじさんは、数字を逆さまになったまま読んでいる。おじさんは紙幣を引っくり返すと、睨めっこして唸った。
「ああ、そうか……どうもよく分からんな。こんな紙切れ……」
おじさんが困るのも無理はなかった。魔法界では3種類の硬貨しかない一方、マグルのお金は硬貨も紙幣も様々あり、混乱するからだ。日本だって、硬貨は6種類、紙幣は3種類あるのだ。イギリス通貨なんて硬貨は補助通貨であるペンスも含めると8種類、紙幣は4種類もある。
「おじさん、料金はおいくらですか?」
「ああ、ここにメモを挟んである――」
「なるほど。50ポンド紙幣はありますか? えーっと、赤い紙幣です……それを何枚か……」
「20ポンド……さっきの紫のやつも2枚必要だよ、おじさん」
数分後、ようやく必要な金額が揃い、ウィーズリーおじさんはまた小屋へ近付いていった。私達が額を突き合わせてお金を数えている間、こいつら本当に金が払えるのかとばかりにこちらの様子を
「おめえさん、外国人かね?」
「外国人?」
おじさんはキョトンとして返した。まさか外国人に間違われるとは思っていなかったのだろう。ただ、ロバーツさんから見てみれば、先程のおじさんの様子はイギリス通貨に慣れていない外国人のように見えたに違いなかった。私はディゴリーおじさんとセドリックが無事に支払いを済ませられたか心底心配になった。あの2人はウィーズリーおじさん以上にマグルのお金の支払いに慣れていないだろう。
「金勘定が出来ねえのは、おめえさんが初めてじゃねえ。10分ほど前にも、2人ばっかり、車のホイールキャップぐれえのでっけえ金貨で払おうとしたな」
「ほう、そんなのがいたかね?」
おじさんはドギマギしながら答えた。けれども、運のいいことにロバーツさんは釣銭を出そうと、四角い空き缶をゴソゴソ探っていてそのことをあまり気に留めていなかった。そして、お釣りを手にすると不思議そうな様子で霧深いキャンプ場にまた目を向けた。
「今までこんなに混んだこたあねえ。何百ってぇ予約だ。客は大体ふらっと現れるもんだが……」
「そうかね?」
ウィーズリーおじさんは早くこの場を切り上げようと、手を差し出してお釣りを貰おうとしたが、キャンプ場を見ていたロバーツさんはそれに気付かず続けた。
「そうよ。あっちこっちからだ。外国人だらけだ。それもただの外国人じゃねえ。変わり者よ。なあ? キルトにポンチョ着て歩き回ってるやつもいる」
「いけないのかね?」
ウィーズリーおじさんがヒヤヒヤしながら訊いた。
「なんて言うか……その……集会か何かみてえな。お互いに知り合いみてえだし。大がかりなパーティかなんか」
どうやら何か勘づいてしまっているらしい。大丈夫だろうかと私達がウィーズリーおじさんの後ろで顔を見合わせていると、どこからともなく、ニッカーズを履いた魔法使いが戸口の脇に現れた。ロバーツさんに向けられた杖先から呪文が鋭く飛んでいく。
「オブリビエイト!」
途端、ロバーツさんの目が虚ろになり、訝しげな表情も緩んで夢見るようなとろんとしたものになった。記憶が消されるとこのような表情になるのだろう。私はロバーツさんに同情しつつも口を出して更なるトラブルを起こすわけにもいかず、黙ったままそれを見ていた。