Make or break - 028
3. 夢
――Harry――
ウィーズリー家のキッチンにハリーは躍り出た。
煙突飛行の経験はもう何度もあるのにハリーは未だに着地が上手くいかず、今回も顔から床にダイブしそうになったが、止まる直前に両手を前に突き出したお陰でなんとか床にキスする羽目にならずに済んだ。とはいえ、転がるように暖炉から吐き出されてしまった――起き上がろうとすると、両脇から手が伸びてきてハリーを助け起こした。
「やあ、ハリー」
「よお、ハリー。君の姉さんはまだか?」
ウィーズリー家の双子のフレッドとジョージだった。どうやらそろそろハリーとハナが来るというんで、暖炉の両脇に控えて待ってくれていたらしい――いや、正確にはハナを待っていたのだろうか。ハリーはフレッドの言葉にそう思いながら、双子の手を借りて立ち上がった。
「ハナはこのあと来るよ。何かあるの?」
「ちょっとな――俺達には、女王陛下の――いや、女神様のお力が必要なんだ」
ハリーは一体何のことだろうと思いながらもハナが来た時に危なくないよう、すぐに暖炉の前から移動した。9人家族にはギリギリの広さのキッチンには丁寧に使い込まれた白木の大きなテーブルがあり、そのテーブルの向こう側にロン、ジニー、そして、昨日から隠れ穴に滞在しているハーマイオニーがいた。ハリーが3人に向かってニッコリするとロンとハーマイオニーもニッコリして応えたが、ジニーは顔を真っ赤にしただけだった。
「ハリー、いよいよ明日だ!」
3人のそばに歩み寄るとロンが興奮気味にハリーの方の辺りをバンバン叩いた。
「ハナの家で予言者新聞を見たかい?」
「うん。準決勝のアイルランドは圧倒的だったみたいだね。ペルーを一切寄せつけなかった」
「ハリーはアイルランドとブルガリア、どっちを応援してる?」
「もちろん、アイルランドさ。でも、僕、クラムの飛びっぷりを見るのが今から楽しみなんだ」
「そのクラムってすごいの?」
ハーマイオニーが訊ねた。
「アイルランドの選手?」
「クラムはブルガリアのシーカーだよ、ハーマイオニー」
ハリー達がクィディッチの話で盛り上がっていると、暖炉の中から今度はハナが現れた。ハナはハリーのように着地に失敗したりしなかったが、到着早々両脇から突然フレッドとジョージに話しかけられたので、驚きのあまり危うく後ろに引っくり返るところだった。
「我らが知の女神よ!」
「遂にご降臨なされた!」
フレッドとジョージは、ハリーの時とは打って変わって何やら鬼気迫る勢いでハナに迫っていた。2人はハナが賄賂を受け取っただの、秘密を共有しているだのなんだのと訴えかけたかと思うと、まもなく、ポケットの中から見覚えのあるカラフルな包みや他にもたくさんの物を取り出し、ハナに押しつけようとした。けれども、
「ハナに一体何を渡すつもりです?」
ちょうどそこにウィーズリーおばさんがやってきて、2人の企みは未遂に終わった。ハリーのそばでは、一連の出来事を一緒に見ていたロンがあちゃーという顔をし、ハーマイオニーは呆れ返った表情をして、ジニーはクスクス笑っていたけれど、ハリーはどうしてウィーズリーおばさんがあんなに怒っているのか、さっぱり分からなかった。
「まさか、またウィーズリー・ウィザード・ウィーズじゃないでしょうね?」
怒り心頭な様子でウィーズリーおばさんが言った。
睨みつけられたフレッドとジョージはすぐにその場から逃げ出そうとしたが、あまりに慌てていたので、手にしていたものを全部落としてしまった。ダドリーに食べさせたお菓子の包みや何やらをすべてぶちまけてしまった2人は急いでそれを拾おうとしたが、時既に遅く、おばさんが杖を一振りしてそれらを自分の手元に引き寄せた。
「フレッド! ジョージ!」
ウィーズリーおばさんがお説教を始めると、素早くハーマイオニーが移動して、ハナが巻き込まれないで済むようその場から連れ出し、キッチンを出た。それを見たハリー、ロン、ジニーの3人もお互い顔を見合わせてとばっちりを受けまいとあとに続いた。しかし、ウィーズリー・ウィザード・ウィーズとはなんだろう?
「ウィーズリー・ウィザード・ウィーズって、なんなの?」
キッチンからガミガミ声が聞こえる中、廊下を横切り、凸凹ジグザグとした階段を上り始めたところで疑問に思っていたことをハリーが訊ねると――ハーマイオニーは笑っていなかったが――途端にロンもジニーも笑い出し、ハリーが先月隠れ穴から幽霊屋敷に向かったあと何があったのかを話してくれた。先程顔を真っ赤にさせていたジニーは珍しくもハリーの前で普通に話してくれた。
ロンとジニーが言うには、先月フレッドとジョージがダドリーの舌を巨大化させたあと、カンカンになったウィーズリーおばさんが2人の部屋に乗り込んでいったらしい。それ以前からおばさんは2人のO.W.L試験の成績があまりよくなかったことに腹を立てていたので、とうとう堪忍袋の緒が切れた感じだ。そうして、おばさんが2人の部屋に行ってみると出るわ出るわ――。
「そしたら、注文書が束になって出てきた。2人が発明した物の価格表で、ながーいリストさ。悪戯おもちゃの。だまし杖とか、ひっかけ菓子だとか、いっぱいだ。凄いよ。僕、あの2人があんなにいろいろ発明してたなんて知らなかった……」
「昔っからずっと、2人の部屋から爆発音が聞こえてたけど、何か作ってるなんて考えもしなかったわ。あの2人はうるさい音が好きなだけだと思ってたの」
息子達がO.W.L試験の勉強をそっちのけで悪戯グッズの製作に勤しみ、長いリストや注文書の束を作ることに精を出していたことにカンカンになったおばさんは強行手段に出た。もう何も作っちゃいけませんと双子に言い渡して、注文書を全部焼き捨ててしまったのだ。
そこまで聞いて、ハリーは「なるほど」と思った。先程2人がハナを待っていたのは、まだ捨てられていなかった悪戯グッズの生き残りをハナに預けようとしていたからだと分かったからだ。去年のクリスマス前に偶然双子の秘密を知ってしまったハナは、だまし杖という名の賄賂と引き換えに誰にも言わないと約束したのだという。その約束をハナがきっちりと守ってくれていると分かっていたからこそ、フレッドとジョージはハリーに忍びの地図をプレゼントした時にあんなことを言っていたのだ。
とはいえ、2人の秘密は明るみに出てしまった。このことで、ウィーズリー家では大論争が起こり大変だったという。ウィーズリーおばさんは2人におじさんのような堅実な仕事に就いて欲しいと願っていたが、2人は悪戯専門店を開きたいと言ったからだ。その悪戯専門店の名前として2人が考えたのが、ウィーズリー・ウィザード・ウィーズということらしい。
階段を上がりながら話をしていると、2つ目の踊り場の扉が開き、イライラとした様子のパーシーが顔を出した。なんでも休日まで家に仕事を持ち帰り、報告書を仕上げているらしい。しかもこれを自ら喜んでやっているから厄介だ。以前ロンが「パーシーは魔法省にお熱」と話していたが、どうやらハリーが想像していた以上にパーシーは仕事熱心なようだった。
パーシーが今抱えている仕事は、所属している国際魔法協力部の報告書で、大鍋の厚さに関するものだという。なんでも、輸入品には僅かに薄いのがあり、漏れ率が年間約3%増えているのだとか。なので、厚さを標準化しよう、ということらしい。パーシーの部屋の前から離れる直前、ハナが「適度に休憩してね」と声をかけたが、ハリーにはパーシーが休憩をするようには思えなかった。
パーシーが部屋に戻っていくと、5人はまた階段を上がりはじめた。3つ目の踊り場にあるジニーの部屋を通り過ぎ、最上階にあるロンの部屋を目指していると、3階に差しかかったところで、今度はフレッドとジョージの部屋の中からビルとチャーリーがひょっこり顔を出した。フレッドとジョージ同様、2人もハナのことを待ち構えていたらしい。2人は「やあ」と軽く挨拶をすると、ビルが手招きしてハナを呼んだ。
「ちょうどよかった。君が来るのを待ってたんだ、ハナ。ちょっといいかな。折り入って話があるんだ――」
一体ハナに何の話があるのだろうか。ハリー、ロン、ハーマイオニーの3人は顔を見合わせた。誕生日パーティーの時もそうだったが、出会って間もないというのにビルとチャーリーはハナと親しいように思う。まさか、ビルかチャーリーがセドリックの恋のライバルになったりしないだろうな――内心ヤキモキしていると、ハリーはジニーが何やら期待の眼差しでビルを見ていることに気付いた。すると、ビルもそのことに気付いたのか末妹に釘を刺した。
「ジニー、言っておくが君が期待するようなことは何もない」
「あたし、何も言ってないわ」
ジニーは何も言っていないと話したが、ジニーが何を期待しているのかはハリーですら手に取るように分かった。ジニーはビルとハナが恋仲になればいいと密かに思っているのだ。そうすればきっとハナが自分の本当の姉になると思っているに違いない。つまり、ハリーの予想が当たったということだ。ハリーはやっぱりセドリックはグズグズするべきではない、と再認した。
しかしながら、ハナと話はさせないなんていうのは
「ビルとチャーリーは、ハナに何の話があるんだろう?」
重いトランクを持って階段を上がりながらハリーは訊ねた。
「さあ――でも、急速に仲良くなったよな。まあだけど、あれだよ。ビルとチャーリーはハナについていろいろ――」
分からないとばかりに肩を竦めてロンが答えたが、いろいろと言い出したところでジニーの方をチラリと見遣ると言葉を濁した。ジニーが「何のこと?」とばかりに3人を見るとハーマイオニーがロンの言葉を引き継いだ。
「2人はハナのことを心配してくれてるだけよ。仮にもし2人のどちらかがハナに好意を抱いたとしても、ハナはどちらにも目移りしたりはしないわ。今年度こそ、セドリックと付き合うんだから」
ハーマイオニーのその口振りには絶対そうなってもらわないと困るという願いが込められていた。ハリーは自分以上にセドリックの恋を応援している人がいるとするなら、ハーマイオニーに違いない、と思った。ジニーは自分の目論見が叶いそうにないと悟ったのか少し残念そうな顔をしていて、ハリーはセドリックを応援する一方で、ハナが本当のお姉さんだったらいいのにと願うジニーの気持ちがよく分かった。
ようやく辿り着いたロンの部屋は、2年前にハリーが泊まった時とあまり変わっていなかった。相変わらず部屋の中はロンが熱心に応援しているクィディッチ・チームであるチャドリー・キャノンズのポスターやチーム・カラーのオレンジ色に溢れている。以前ならこの部屋の隅でネズミのスキャバーズが眠っていたが、もうここにはいない。代わりに、以前ハリーに手紙を届けた灰色の豆ふくろうがいた。小さい鳥籠の中で、興奮して飛び回り、
「静かにしろ、ピッグ」
部屋に詰め込まれた4つのベッドの隙間をすり抜けながら、ロンが言った。ビルとチャーリーが帰ってきた当初、2人はここでロンと一緒に寝起きしていたそうだが、ウィーズリー・ウィザード・ウィーズが発覚して以降、双子を自室にそのまま置いておくのは危険だと判断され、部屋を強制的に交代になったのだという。だから、ビルとチャーリーは双子の部屋から顔を出したのだ。
「ねえ――どうしてこのふくろうのこと
ずっと気になっていたことをハリーは訊ねた。すると、ジニーが呆れたように答えた。
「この子がバカなんですもの。本当はピッグウィジョンっていう名前なの」
「ウン、名前はちっともバカじゃないんだけどね」
ロンが皮肉っぽく言った。
「ジニーがつけた名なんだ。かわいい名前だと思って。それで、僕は名前を変えようとしたんだけど、もう手遅れで、こいつ、他の名前だと応えないんだ。それでピッグになったわけさ。ここに置いとかないと、エロールやヘルメスがうるさがるんだ。それを言うなら僕だってうるさいんだけど」
確かにピッグウィジョンは騒がしかったが、ハリーは決してロンの言葉を間に受けてたりはしなかった。ロンはそれまでもずっとスキャバーズのことをボロクソに言っていたけれど、いざハーマイオニーの猫のクルックシャンクスに食われたかもしれないとなった時には、それはもう悲しみ、ハーマイオニーと大喧嘩までしたのだから。もし、ピッグウィジョンが静かになれば、ロンは心底心配するに違いない。
「クルックシャンクスは?」
そういえば、キッチンからここに至るまでの間にクルックシャンクスを見なかった。ハリーは部屋を見渡しながらハーマイオニーに訊ねた。
「庭だと思うわ。
なるほど、クルックシャンクスはスキャバーズに変わる新たな獲物を見つけたというわけだ。クルックシャンクスは前学年の時、シリウスに協力してハリーと同室のネビル・ロングボトムが1週間分の合言葉をメモしていた紙を盗み出したり、どうにかスキャバーズを捕まえて連れていこうとしていたくらい賢いので、勝手に食べたりはしないだろうが、やっぱり猫なので動くものを追いかけて遊んだりはしたいのだろう。
「パーシーは、それじゃ、仕事が楽しいんだね?」
ベッドに腰掛け、天井のキャノンズのポスターから選手達が出たり入ったりするのを眺めながら、ハリーが言った。
「楽しいかだって?」
ロンはうんざりしたように答えた。
「パパに帰れとでも言われなきゃ、パーシーは家に帰らないと思うな。ほとんど病気だね。パーシーのボスのことには触れるなよ。クラウチさんによれば……クラウチさんに僕が申し上げたように……クラウチさんの意見では……クラウチさんが僕に仰るには……きっとこの2人、近いうちに婚約発表するぜ」
「ハリー、貴方の方は、夏休みはどうだったの?」
ハーマイオニーが訊いた。
「ほら、ハナの家で過ごしたでしょう?」
「素晴らしかったよ。誕生日の時にもした簡易クィディッチをして遊んだり、他にも魔法使いのチェスをしたり。ハナは1日の半分くらいは大鍋の前にいたけど」
「ああ、例の――」
ここまで言ったところで、ロンは急に言葉を切って黙り込んだ。ハナが何のために魔法薬学の課題をこなしているのか、ジニーの前では言うなとハーマイオニーが物凄い顔をしてロンを睨みつけていたからだ。リーマスが狼人間であることは極一部の人しか知らなかったし、それに、ハリーが誰とクィディッチをして遊んでいたのか、ジニーの前では詳しく話すことすら出来なかった。ただでさえ魔法省のひどい裏切り行為があったばかりだ。シリウスの居場所を漏らすわけにはいかなかった。
「どうやら下での論争は終わったみたいね」
一瞬、気まずい沈黙が流れ、ハーマイオニーがそれを誤魔化すように言った。ジニーがロンからハリーへと何か聞きたそうな視線を向けていたからだ。
「下りていって、お母様が夕食の支度をするのを手伝いましょうか?」
「うん、オーケー」
いつの間にか、ウィーズリーおばさんのガミガミ声は聞こえなくなっていた。4人はまた部屋を出てキッチンへ下りていくとおばさんの夕食の準備を手伝い、その日は12人でテーブルを囲み裏庭で夕食を食べた。ハリーはフレッド、ジョージ、チャーリーと4人でクィディッチ談義に花を咲かせ、翌朝早起きするために早々と眠りについたのだった。