Make or break - 023

3. 夢



 夜7時になると、空中でぶつけ合っていた2卓のテーブルはきちんと地面の上に置かれてテーブルクロスがかけられ、その上にウィーズリーおばさんが腕を振るったご馳走がいくつも並び、総勢12人での夕食が始まった。メインはチキンとハムのパイだ。大きな耐熱皿にチキンやハムが入ったとろとろのクリームソースが入れられ、パイで蓋をするように包まれた一品である。食事が始まるとみんなが大きなスプーンを使ってパイをどんどん自分の皿に取るので、5分後には半分以上がなくなっていた。

 12脚の椅子が並ぶテーブルのやや端の方、ウィーズリー夫妻の間が私の席だった。まだ生き残っている悪戯グッズを押しつけたかったのか、夕食前にはやけにフレッドとジョージが自分達の間に私を座らせたがったけれど、ウィーズリーおばさんがひと睨みして2人の企みは呆気なく阻止された。私がヴォルデモートに狙われていることを気にかけてくれているのか、向かいの席にはビルが座り、どうしてだかジニーがまた期待の籠った眼差しでビルを見たけれど、ビルがまた末妹に「期待するようなことは何もない」と釘を刺した。

「今日はハナがサラダを作ってくれたのよ」

 夕食が始まって早々、みんながパイを取るのに夢中になっている中、ウィーズリーおばさんがサラダを取りながら言った。調理中に散々フレッドとジョージに対する愚痴を言い続けてすっきりしたのか、今は割と機嫌がよくなっていた。

「本当に助かったわ――」
「でも、おばさんみたいに凝ったものはあまり得意ではなくて。今日だって野菜を千切っただけですし」
「それでも普段から料理しているなんて感心だわ。ビルとチャーリーとロンが褒めてましたよ。ハリーの誕生日に貴方の用意した食事がどれも美味しかったって」
「本当ですか? お口に合ってよかったです。私、料理の魔法にも興味があるんですけど、ホグワーツでは練習出来なくて……」
「大丈夫よ。貴方ならすぐにコツを掴んで上手くやれるわ」

 12人で囲む食卓は他にもあちこちでワイワイと違う話題が話され賑やかなものだった。私の隣では、ウィーズリーおじさんが向かいに座るパーシーと真面目な様子で魔法省の仕事について話している。

「火曜日までに仕上げますって、僕、クラウチさんに申し上げたんですよ」

 もったいぶった調子でパーシーが口を開いた。

「クラウチさんが思ってらしたより少し早いんですが、僕としては、何事も余裕を持ってやりたいので。クラウチさんは僕が早く仕上げたらお喜びになると思うんです。だって、僕たちの部は今ものすごく忙しいんですよ。何しろワールドカップの手配なんかがいろいろ。魔法ゲーム・スポーツ部からの協力があってしかるべきなんですが、これがないんですねぇ。ルード・バグマンが――」
「私はルードが好きだよ」

 やんわりとした口調でウィーズリーおじさんが言った。

「ワールドカップのあんなにいいチケットを取ってくれたのもあの男だよ。ちょっと恩を売ってあってね。弟のオットーが面倒を起こして――不自然な力を持つ芝刈り機のことで――私がなんとか取り繕ってやった」
「まあ、もちろん、バグマンは好かれるくらいが関の山ですよ」

 パーシーが嫌味っぽく返した。自身の上司であるバーテミウス・クラウチ以外は尊敬に値しないというような感じだった。

「でも、一体どうして部長にまでなれたのか……クラウチさんと比べたら! クラウチさんだったら、部下がいなくなったのに、どうなったのか調査もしないなんて考えられませんよ。バーサ・ジョーキンズがもう1ヶ月も行方不明なのはご存知でしょう? 休暇でアルバニアに行って、それっきりだって?」

 パーシーの言葉に私とビルはお互い意味ありげに顔を見合わせた。どうやらバーサ・ジョーキンズが行方不明になっていることや彼女の上司であるルード・バグマンが調査していないということは、魔法省の中ではそこそこ知れ渡っていることらしかった。問題は知れ渡っているのに誰もバーサを探そうとしないことだろう。バーサの行方を心底気にしているのは、今のところ私とビル、チャーリー、ウィーズリー夫妻だけに違いない。

「ああ、そのことは私もルードに訊ねた」

 ウィーズリーおじさんは眉をひそめた。

「ルードが、バーサは以前にも何度かいなくなったと言うのだ――もっとも、これが私の部下だったら、私は心配するだろうが……」
「まあ、バーサは確かに救いようがないですよ。これまで何年も、部から部へとたらい回しにされて、役に立つというより厄介者だし……しかし、それでもバグマンはバーサを探す努力をすべきですよ。クラウチさんが個人的にも関心をお持ちで――バーサは一度うちの部にいたことがあるんで。それに、僕はクラウチさんがバーサのことをなかなか気に入っていたのだと思うんですよ――それなのに、バグマンは笑うばかりで、バーサは多分地図を見間違えて、アルバニアでなくオーストラリアに行ったのだろうって言うんですよ」
「AlbaniaとAustraliaをかけてるの?」

 私はしかめっ面で口を挟んだ。

「部下が行方不明なのにそんなジョークを言うなんて。パーシー、さっき、バーサ・ジョーキンズが貴方の部署にいたことがあるって話してたけど、上司のクラウチさんがバグマンさんの代わりにバーサ・ジョーキンズを探すことは出来ないの?」
「僕達の国際魔法協力部はもう手一杯で、他の部の捜索どころではないんだ」

 パーシーは大げさなため息をついてニワトコの花のワインをあおると、もったいぶったように咳払いをして、テーブルの反対側に座るハリー、ロン、ハーマイオニーを見た。

「お父さんは知っていますね、僕が言ってること」

 ここでパーシーはちょっと声を大きくした。

「あの極秘のこと」

 どうやらパーシーは何が極秘なのかと弟達に質問してもらいたくて仕方ないらしい。この夏中ずっとそうだったのか、ハリー達の方を見てみるとロンがまたかという顔でハリーとハーマイオニーに何やら囁いていたが、すぐ隣からウィーズリーおばさんの話し声が聞こえてきて私はそちらに視線を移した。なんでも、最近つけたばかりのビルのイヤリングが気に入らないらしい。

「……そんなとんでもなく大きい牙なんかつけて。まったく、ビル、銀行でみんな何と言ってるの?」
「ママ、銀行じゃ、僕がちゃんとお宝を持ち込みさえすれば、誰も僕の服装なんか気にしやしないよ」

 ビルが辛抱強く話した。

「それに、貴方、髪もおかしいわよ。私に切らせてくれるといいんだけどねぇ……」

 ウィーズリーおばさんがそう言って、今にも髪を切る呪文を唱えたそうに杖を弄ぶとビルが警戒したように椅子を引いて母親から少し離れた。

「あたし、好きよ」

 ビルの様子に見かねたジニーが言った。ジニーはビルとハーマイオニーの間に座っていた。

「ママったら古いんだから。それに、ダンブルドア先生の方が断然長いわ……ハナもそう思うでしょ?」
「どっちもビルにはとっても似合ってるわ」
「ほら! ね、ママ、ハナもそう言ってるでしょ」

 ウィーズリーおばさんの隣では、ハリー、フレッド、ジョージ、チャーリーが、ワールドカップの話で大盛り上がりだった。4人はこれまでの試合をずっとチェックしてきたらしく、アイルランドとブルガリアのどちらが優勝するか議論していた。ハリーとチャーリーはアイルランドを押していたが、フレッドとジョージはブルガリアのビクトール・クラムの名前を挙げていた。

「ハナ、明日、ダイアゴン横丁へ行って子ども達の学用品を揃えるのだけど、貴方とハリーの分は大丈夫?」

 あんなにたくさんあった料理がすっかり空になり、今度はデザートがテーブルを埋め尽くすとウィーズリーおばさんが言った。空はすっかり暗くなり、蝋燭がテーブルの周りに浮かんで辺りを照らしている。デザートは、ウィーズリーおばさんの手作りのストロベリー・アイスクリームと私が手土産に持ってきたお菓子だった。

「ええ、大丈夫です」

 私はにこやかに頷いた。

「ワールドカップの決勝戦が1週間以上続かない限りは終わってもまだ時間があるので、その時にダイアゴン横丁へ行くつもりです。もしもの時は代わりに買いに行ってくれる保護者もいるので」
「それなら安心ね。前回の試合は5日間も続いたのよ――学用品のリストがもう少し早く届いたらよかったんだけど」

 そう言って、ウィーズリーおばさんは溜息をついた。実は今回、学用品リストが届くのが例年より遅く、クィディッチ・ワールドカップ前にダイアゴン横丁へ行くことが出来なかったのだ。私はもしかしたら今年度ホグワーツで開催されるというイベントの関係もあって遅れたのかもしれないと思いながら答えた。

「何か事情があるのかもしれません。ハリーの学用品はこちらに届けますね」
「ええ、分かったわ。だけど、貴方はあの家で女の子1人なんですからね。買い物の時に困ったことがあったらいつでも頼っていいんですからね」
「ありがとうございます、ウィーズリーおばさん」

 デザートも食べ終えるともうすっかり寝る時間だった。ウィーズリーおばさんが腕時計を見て「もうこんな時間だわ」と言うと、子ども達の誰もがこの楽しい時間が終わることを残念がったが、明日ワールドカップへ行くのに夜明け前に起きなければならないと言われるとすごすごと部屋に戻ってそれぞれ寝る準備を始めた。ハリー、ロン、フレッド、ジョージは最上階の部屋で、私、ハーマイオニー、ジニーの3人は2階にあるジニーの部屋だ。2台もいっぱいなのに、3台もベットが入っているジニーの部屋はいつも以上にギチギチになっていた。

「ハナ、この夏はどうだった?」

 部屋に入り、パジャマに着替えながらハーマイオニーが訊ねた。

「私、そのことをずーっと聞きたかったのに貴方と全然話せないんですもの」
「あたしも気になってたの」

 パッと顔を上げてジニーが言った。

「それに本当ならハナがハリーのお姉さんになるはずだったってパパとママから聞かされて、本当に驚いたわ。あたし、ハリーが本当に羨ましい――」
「分かるわ。ハナがお姉さんだったらって一度は思うわよね」

 私が何か言う前にハーマイオニーが言った。

「でも、だからって自分のお兄さんの誰かとハナをくっつけようなんて賛成出来ないわ。ハナにはセドリックがいるんだから」
「ハナとセドリックは付き合ってないってハーマイオニーは言ったわ。だからあたし、彼がのんびりしてるなら兄の誰かに――もちろん、本人がその気になればだけど――チャンスがあるかと思ったの。そうしたら、ハナはあたしの本当のお姉さんにもなるもの……」

 なるほど、それでジニーは何かとビルを期待の籠った目で見ていたのかと私は納得した。ジニーは前にも私が本当にお姉さんだったらよかったのにと言ってくれたことがあったので、兄の誰かと私が結ばれたら……とつい考えてしまったのだろう。

「それに、ビルならハナにお似合いだと思ったの。チャーリーは魔法生物で頭がいっぱいだし、フレッドとジョージじゃ子ども過ぎるから不釣り合いだわ。ロンは……」

 ジニーがそこでハーマイオニーをチラリと見ると、ハーマイオニーは頬をサッと赤らめて不自然な咳払いをしてジニーに大きな爆弾を落とした。

「ゴホン――ジニーがハリーを射止めたらハナは貴方の本当のお姉さんになるわ。そっちは考えなかったの?」
「む、無理よ……!」

 ハーマイオニーの言葉に顔を真っ赤にさせてジニーが狼狽うろたえた。

「今日だってみんながいたからなんとか話せたけど、一度も目を見れなかったわ。ねえ、どうしたら好きな男の子と上手く話せるの? これじゃいつまで経ってもハリーは私のことを意識なんてしないわ……」
「ハリーを目の前にすると緊張してしまうの?」

 私はパジャマに着替え終えるとベッドに腰掛けて訊ねた。ジニーがハリーと結ばれて、私の義妹になったらとても素晴らしいと思う反面、それにはまず目を見て話せるようにならなければ難しいだろうとも思った。年々ジニーは綺麗になっていくのに、今のままではハリーの目に映るジニーはいつまで経っても恥ずかしがり屋なロンの妹でしかないだろう。

「恥ずかしくって本当に上手く話せないの……」

 すっかり肩を落としてジニーが言った。

「実はね、昨日、ハーマイオニーがもっとリラックスして話したらってアドバイスくれたの。まず、話せるようにならなきゃって。それで今日頑張ってみたんだけど、目を見れなかったわ……あたし、ハリーのつむじの辺りばっかり見てた。せっかく勇気を振り絞って普段どおりを装ったのに、ハリーの目を見ると話せなくなると思って……」
「私もだけど、ジニー、貴方に足りないのは経験だわ」

 ハーマイオニーが真剣な表情で言った。

「好きな人の前で素直になれなかったり、上手く話せなかったりっていうのは、自分に自信がなかったり経験が足りなかったりするからじゃないかって私、考えたの。意識してもらうためには、経験を積んで魅力的な女性になる必要があるんじゃないかって」
「なら、まずは自分磨きからだわ」

 私は言った。

「ジニー、貴方をハリーがあっと驚くくらい素敵な女性になるよう私もハーマイオニーも応援するわ。今年からホグズミードに行けるんだもの。おしゃれして、ヘアメイクも勉強しましょ。ネイルだって少しは教えてあげられるわ」
「それ、私も知りたいわ……髪の整え方とか……私、今まで無頓着でボサボサで……」

 恥ずかしそうにハーマイオニーが言った。くせっ毛で広がりやすい髪を手でなんとか抑えつけようと撫でつけている。ハーマイオニーはこれまで、髪を気にする時間があるなら本を読む方がいいという考えだったけれど、ロンを意識し出してから少しずつおしゃれにも興味を持ち出したらしい。まさに思春期を迎えた年頃の女の子の反応に私は微笑ましくなってニッコリ笑った。

「任せて。おしゃれして綺麗になって驚かせましょう」