Make or break - 022

3. 夢





 セド、手紙をありがとう。
 それから、気遣ってくれて本当にありがとう。私の方もなかなか手紙を出さずにいてごめんなさい。でも、貴方から手紙が届いてとても嬉しかったわ。ありがとう。私も家族もみんな元気よ。

 実は私、ウィーズリーさんのご好意でクィディッチ・ワールドカップを見に行けることになったの。ウィーズリーさんは弟をロンドンにある私の家に連れてくる時にお世話になって、その時一緒に行かないかって声をかけてくださったのよ。ダンブルドア先生も行っていいって仰ってくださったの。貴方と同じ決勝戦よ! 会場の近くで泊まることになるけど、ウィーズリーさんが気遣ってくれて女の子用のテントを用意してくれたのよ。ハーマイオニーとジニーと一緒よ。

 明日の朝、競技場へ行く時に貴方に会えるかしら? もしかすると会えるかもしれないって教えてもらったの。

 ハナより



 セドリックへの返事は、そのままビルとチャーリー――元々はフレッドとジョージ――の部屋を使わせて貰うことにした。手紙が届いた時には私を揶揄からかって楽しんでいたビルとチャーリーは、いざ私が返事を書くと告げると、「そろそろ夕食の準備もあるだろうから先に下に行っているよ」と言って部屋を空けてくれた。きっと、隠れ穴の中では私がゆっくり返事を書けないだろうと気を遣ってくれたに違いない。

 私は、セドリックと正式にお付き合いもしていないし、セドリックの性格上、彼がウィーズリー家を襲撃に来るのも有り得ないことだと思ったけれど、返事にはビルとチャーリーのアドバイス通りに書いた。出会ってからというものセドリックがどんなに私に心を砕いてくれたか分かっているというのに、彼の優しさに甘えて傷つけるような不誠実な行動を取るべきではないと思ったのだ。

 返事を書くと私は手紙を持ってキッチンに向かった。ハリーの誕生日にプレゼントを運んできた時には、疲れ切って隠れ穴へ帰る旅に出るのに何日もかかったエロールだけど、短い距離なら大丈夫だとビルとチャーリーが言ってくれたので、手紙はエロールに運んでもらうことした。私の家にはリーマスとシリウスがいるし、まさか手紙を出すことになるとは思わず、今回ロキは置いてきてしまっていた。それにもう満月も近いので、そもそもロキは手紙の配達に行きたがらないだろう。

 キッチンでは、ウィーズリーおばさんが1人で夕食の支度をしているところだった。おばさんはひどくご機嫌斜めだったが、私が入ると「エロールは窓辺にいますからね」と優しい声音で言った。

「ビルとチャーリーから聞いてますよ。手紙を出したいんですって?」
「はい。ディゴリー家に出すので、それならエロールで大丈夫だとビルとチャーリーが言ってくれたんです。お借りしますね」
「出し終えたら夕食の準備を手伝ってもらってもいいかしら?」
「はい、もちろんです。それから、美味しいスイーツを持ってきたんです。食後にどうかと思って」
「まあまあ、ありがとう。貴方の爪の垢を煎じてあの2人に飲ませたいくらいだわ。それなのにあの子達ときたら……」

 ブツブツ言い始めたウィーズリーおばさんに苦笑いすると、私は窓辺にいたエロールのそばに歩み寄った。エロールはどこにも配達に行っていないはずなのに既に疲れ切った様子で、私は本当にエロールに配達してもらって大丈夫かと心配になった。途中で具合が悪くなって力尽きたりしないだろうか?

「エロール、ディゴリー家までよろしくね。あー――……無理は禁物よ。今日中に手紙が届かなくたって、私もセドも怒ったりしないから安心してね」

 脚に手紙を括りつけると私は不安に思いながらもエロールを送り出した。エロールは「やれやれ」とでも言いたげな様子でヨロヨロと立ち上がり、やがてヨロヨロ飛び立った。

 手紙を出し終えたあと、私はウィーズリーおばさんに用意してきた手土産を渡し、夕食の準決勝を手伝った。今夜は12人もいたのでとても全員はキッチンに入りきらないと、庭での食事だ。おばさん曰く、ビルとチャーリーがテーブルの準備をしているとのことで、私はテーブルクロスを持って勝手口から裏庭に出たけれど、ビルとチャーリーはまったく準備をしておらず、杖を構え、空中でテーブルをぶつけ合って遊んでいた。姿が見えなかったフレッドとジョージも庭にいて、兄達を応援して楽しんでいる。

「まったく。ちゃんと準備しなくちゃ」

 溜息混じりにそう言った途端、庭の端からクルックシャンクスが飛び出してきて私は驚いた。クルックシャンクスは何やら小さなものを追いかけている。足の生えたじゃがいものような生き物だ。身の丈せいぜい30センチほどの生き物は、ゴツゴツした小さな足をパタパタさせて庭を疾走し、クルックシャンクスを揶揄からかって楽しんでいる。あの生き物は『幻の動物とその生息地』で読んだことがある。確か、庭小人ノームだ。

 私は初めて見るその生き物をまじまじと見た。庭小人ノームは北ヨーロッパや北アメリカに生息する生き物で、魔法省分類――所謂M.O.M分類もXX無害とそれほど危険ではないけれど、一般的には害獣となっている。鋭い歯を駆除するには目を回すまで振り回し、塀の外に投げるしかない。ケナガイタチを使って追い払う方法もあるらしいけれど、これは残酷過ぎると嫌厭する魔法族が多いのだとか。

 少しの間、私は庭小人ノームを観察していたが、やがて、ジョージの手にテーブルクロスを押しつけ勝手口から家の中へと戻った。テーブルクロスを渡す時「きちんと準備しておいてね」と釘を刺したにもかかわらず、私が勝手口を開けてキッチンへ入るころ、テーブルクロスは宙に靡き、応援グッズと化していた。

「ウィーズリーおばさん、セッティングがまだ少し時間がかかるそうなので、何か他にお手伝い出来ることはありますか?」
「じゃあ、サラダをお願いしようかしら。野菜はこっちにありますからね」

 流しの隅で綺麗に手を洗うと、私は野菜が置かれているところからサラダに使えそうな野菜を選んでサラダを用意し始めた。12人の大半が育ち盛りでよく食べるので、サラダも大皿を2つ使って山盛りだ。

 サラダを作り始めてしばらくすると、キッチンにハリー、ロン、ハーマイオニー、ジニーの4人が入ってきた。ウィーズリーおばさんは4人に庭で食べることにしたと伝えると、早速ハーマイオニーとジニーにお皿を持っていくよう頼んだが、フレッドとジョージに対する怒りがまだ収まらないのか、不機嫌なままだった。ハーマイオニーとジニーが「またあとでね」と私に目配せして、おばさんの怒りに触れないよう早々とお皿を抱えて勝手口から外に出た。

「そこのお2人さん、ナイフとフォークをお願い」

 今度はハリーとロンに呼びかけながら、ウィーズリーおばさんは流しに入っているじゃがいもに杖を向けた。どうやら皮を剥こうとしたらしいが、杖を振った瞬間、つるりと皮が剥けたじゃがいもが弾丸のように飛び出し、壁や天井にぶつかって落ちてきた。どうやら力任せに振りすぎたらしい。

「まあ、なんてこと!」

 今度は塵取りに杖を向けてウィーズリーおばさんが言った。おばさんが杖を振ると、食器棚にかかっていた塵取りがピョンとひとりでに動き出し、床に転がったじゃがいもを集めて回った。

「あの2人ときたら!」

 じゃがいものお陰で不機嫌度が増したのか、ウィーズリーおばさんがまたブツブツ言い始めて、私はハリーとロンと顔を見合わせた。

「あの子達がどうなるやら、私には分からないわ。まったく。志ってものがまるでないんだから。出来るだけたくさん厄介事を引き起こそうってこと以外には」

 ウィーズリーおばさんはイライラとしながら大きな銅製のソース鍋をキッチンのテーブルにドンと置くと、その中で杖を回し始めた。掻き回すにつれて、杖の先からクリームソースが流れ出し、私はこんな魔法があるなんて! と目をパチクリとさせた。

「脳みそがないってわけじゃないのに――でも頭の無駄使いをしてるのよ。今すぐ心を入れ替えないと、あの子達、本当にどうしようもなくなるわ」

 溜息をつきながら、ウィーズリーおばさんはソースで満たされた鍋を竈に載せると、杖をもう一振りして竈に火をつけた。おばさんは息子達の将来をとても案じているのだろうと思うと、私は流石に口を挟む気にはなれなかった。母親に自分達のやりたいことを分かってもらえないというのは少し可哀想ではあるけれど、やっぱり私は人様の家族のことに口出しすることは出来なかった。

「ホグワーツからあの子達のことで受け取ったふくろう便ときたら、他の子のを全部合わせた数より多いのよ。このままいったら、ゆくゆくは魔法不適正使用取締局のご厄介になることでしょうよ」

 不安を口にしながら、次にウィーズリーおばさんはナイフやフォークの入った引き出しに杖を向けると、一突きして包丁を数本取り出した。包丁は、勢いよく開いた引き出しから舞い上がり、キッチンを横切って飛んでいき、ハリーとロンは飛び退いて道を空け、私も頭を引っ込めた。包丁は、塵取りが集めて流しに戻したばかりのじゃがいもを、切り刻みはじめた。

「どこで育て方を間違えたのかしらね。もう何年も同じことの繰り返し。次から次と。あの子達、言うことを聞かないんだから――」

 ウィーズリーおばさんは杖をテーブルの上に置くとまたいくつかソース鍋を取り出しながら言った。おばさんが杖を置いたそばには別の杖が置かれたままになっている。一体誰がそんなところに杖を置いたままにしているのか――そう考えていると、おばさんが間違えてその杖を手に取り、声を荒らげた。

「ンまっ、まただわ!」

 ウィーズリーおばさんが杖を取り上げた途端、杖がチューチューと大きな声を上げて、巨大なゴム製のおもちゃのネズミになった。どうやらフレッドとジョージがだまし杖を置いたままにしていたらしい。

「また、だまし杖だわ!」

 ウィーズリーおばさんが怒鳴った。

「こんなものを置きっぱなしにしちゃいけないって、あの子達に何度言ったら分かるのかしら?」

 今度こそ自分の杖を取り上げてウィーズリーおばさんが振り向くと、竈にかけたソース鍋が煙を上げていた。

「行こう」

 引き出しからナイフやフォークをひとつかみ取り出しながら、ロンが慌てて言った。これ以上ここにいてはとばっちりを受けかねないと思ったに違いない。

「外に行ってビルとチャーリーを手伝おう――ハナ、またあとで」
「ええ、またあとで。4人に早く・・準備するよう伝えておいてね」

 どうせまだ遊んでいるに違いない。私がそう思いつつ釘を刺すと、ロンは何のことだか分からないという顔をしつつも「オーケー」と返事を返してハリーと共に勝手口から裏庭に出ていった。