Make or break - 021

3. 夢



 煙突飛行では、身じろぎをせずにじっとして目を瞑っているに限る。この移動はマグルの電車より圧倒的に早く魔法族にとってとても便利な反面、変に動いてしまうと違う場所に出る可能性があるからだ。高速回転するので、目を開けていると酔う。とはいえ、この移動方法にも慣れたものだ。最近では、もうそろそろ着くというタイミングが分かるようになり、着地にも失敗しない。私はもう人様の家にヘッドスライディングで到着するというヘマはしないのである。

 決して短いとは言い難い煙突の旅を終え、私は隠れ穴のキッチンに降り立った。中央には磨き上げられた大きな木のテーブルと椅子があり、そのテーブルの反対側にハリーが立っていた。ハリーは、ロンと既に前の日から隠れ穴に泊まっているハーマイオニーと楽しげに話をしていて、その傍らに恥ずかしそうにしながらジニーが立っていた。ビルとチャーリーとパーシーはこの場にはいないらしい。それから――。

「我らが知の女神よ!」
「遂にご降臨なされた!」
「わっ!」

 ウィーズリー夫妻やフレッドとジョージの姿も見当たらないと辺りを見渡したところで、両脇からワッとフレッドとジョージが現れて私は仰け反った。思わずバランスを崩して倒れそうになると、ジョージが慌てて私の腕を掴んで転ぶのをすんでのところで阻止した。

「一体なんなの?」

 戸惑いながら、私はフレッドとジョージの顔を交互に見た。なんだかいつになく必死な様子だが、何かあったのだろうか? そういえば、ハリーの誕生日パーティーをした時に2人がこっぴどく怒られたことをビルとチャーリーがこっそり教えてくれたけれど、それと関係があるのだろうか? それとも2人にまだ私の秘密を教えていないことに対して察することがあったのだろうか――考えていると、2人は声を低くして続けた。

「君は俺達の賄賂を受け取った」
「僕達と秘密を共有している」

 おそらくだまし杖のことだろう。私はそう思い至ってコクリと頷いた。つまりは、先日こっぴどく怒られたことに関係があるということだ。自分達の作った悪戯グッズを使ってダドリーに悪戯を仕掛けた件で怒られた際、山ほど悪戯グッズを開発していることがバレたのかもしれない。ビルとチャーリーが面白おかしく話してくれるのでちょっと怒られて済んだのだとばかり思っていたけれど、もし私の予想が当たっているのなら、2人にとっては限りなく深刻な事態と言えた。

「俺達を助けてくれ。ほとんど捨てられちまった」
「もう君しか頼れる人がいないんだ」

 2人はそう言うと今度はポケットの中から何かを取り出し始めた。ほとんど捨てられてしまったということなので、まだ見つかっていないものまで取られまいと私に預けようとしているらしい。2人のポケットからカラフルなお菓子やおもちゃのようなものがたくさん出てきて、そして、それを私に押しつけようとした途端、彼らの背後にウィーズリーおばさんが現れた。

「ハナに一体何を渡すつもりです?」

 まるで般若の表情で息子達を睨みつけながらウィーズリーおばさんが言った。その後ろでロンがあちゃーという顔を、ハーマイオニーは呆れ返った表情を、ジニーはクスクス笑っていて、ハリーはなんのことかさっぱり分からないという顔でこちらを見ていた。

「まさか、またウィーズリー・ウィザード・ウィーズじゃないでしょうね?」

 母親に睨みつけられたフレッドとジョージはすぐさま逃げ出そうとしたが、その瞬間、2人が手にしていたものがボロボロと床に零れ落ちた。2人が「しまった!」という顔をした時にはもう既に遅く、ウィーズリーおばさんはあっという間に杖を振ってそれらを自分の手元に引き寄せると、怒鳴り声を上げた。

「フレッド! ジョージ!」

 目の前でウィーズリーおばさんがフレッドとジョージを叱り始めたのを、私は呆気に取られて眺めた。2人をフォローした方がいいだろうかと考えあぐねていると、見兼ねたハーマイオニーが横からやってきて、私の手を引きその場から連れ出した。

「ハナ、行きましょう。こっちへ――」
「でも、いいのかしら?」
「変に口を挟まない方がいいわ。行きましょ」

 私はハーマイオニーに腕を引かれ、ウィーズリーおばさんのガミガミ声が響き始めたキッチンを抜けて廊下に出た。私達のあとからは巻き込まれまいとハリー、ロン、ジニーの3人がそそくさとついて来ている。

「ウィーズリー・ウィザード・ウィーズって、なんなの?」

 凸凹とした階段を上がり始めたところでハリーが訊ねた。途端にロンもジニーも笑い出したけれど、ハーマイオニーだけは笑わなかった。

「ほら、先月フレッドとジョージが君のいとこの舌を巨大化させただろ?」

 笑いを堪えながらロンが言った。

「それで、君がハナの家に行ったあと、怒ったママが2人の部屋に乗り込んだんだ。そしたら、注文書が束になって出てきた。2人が発明した物の価格表で、ながーいリストさ。悪戯おもちゃの。だまし杖とか、ひっかけ菓子だとか、いっぱいだ。凄いよ。僕、あの2人があんなにいろいろ発明してたなんて知らなかった……」
「昔っからずっと、2人の部屋から爆発音が聞こえてたけど、何か作ってるなんて考えもしなかったわ。あの2人はうるさい音が好きなだけだと思ってたの」

 今度はジニーが言った。

「フレッドとジョージは、ハナと秘密を共有してるって言ってたけど、ハナは2人が悪戯グッズを作ってたってもう知ってたの?」
「ええ、去年のクリスマス前に偶然ね。誰にも言わないって約束したの。その時、だまし杖を貰ったわ。面白いグッズよね」
「あれはまだいい方だよ。杖が動物のおもちゃになるだけなんだから」

 ロンが言った。

「ただ、それ以外に作った物がほとんど――っていうか、全部だな――ちょっと危険なんだ。それに、ね、あの2人、ホグワーツでそれを売って稼ごうと計画してたんだ。ママがカンカンになってさ。もう何も作っちゃいけませんって2人に言い渡して、注文書を全部焼き捨てちゃった……ママったら、その前からあの2人に散々腹を立ててたんだ。2人がO.W.L試験でママが期待してたような点を取らなかったから」
「それから大論争があったの。ママは、2人にパパみたいに堅実な仕事に就て欲しかったの。前は魔法省に入って欲しかったみたいだけど、最近意見を変えたみたい。ファッジは信用出来ないってママは言ってたわ――」

 ジニーの言葉に私、ハリー、ロン、ハーマイオニーは意味ありげに目配せした。ウィーズリーおばさんがファッジのことを信用出来ないと言い出したのはシリウスに対して理不尽な態度をとったからだと分かったからだ。

「でも2人はどうしても悪戯専門店を開きたいって、ママに言ったの」

 そこまで話した時、2つ目の踊り場の扉が開き、パーシーが顔を出した。角縁眼鏡をかけて、迷惑千万という顔をしている。パーシーに会うのは久し振りだ。私とハリーはにこやかに挨拶した。

「こんにちは、パーシー」
「やあ、パーシー」
「ああ、しばらく、ハナ、ハリー」

 不機嫌そうにパーシーが返した。
「誰がうるさく騒いでいるのかと思ってね。僕、ほら、ここで仕事中なんだ――役所の仕事で報告書を仕上げなくちゃならない――階段でドスンドスンされたんじゃ、集中しにくくってかなわない」
「ドスンドスンなんかしてないぞ」

 ロンがしかめっ面をして言い返した。イライラしているところを見るに、階段を上がり下りしている最中、頻繁にパーシーに注意されているのだろう。ビルとチャーリーは、パーシーが魔法省の仕事にどっぷりハマっていると言っていたけれど、それが家にいる時までとは思わず私は驚いた。今日は日曜日で休みだろうに、ゆっくりしないのだろうか?

「僕達、歩いてるだけだ。すみませんね。魔法省極秘のお仕事のお邪魔をいたしまして」
「何の仕事なの?」

 ハリーが訊ねると、よくぞ聞いてくれたとばかりにパーシーが答えた。

「国際魔法協力部の報告書でね。大鍋の厚さを標準化しようとしてるんだ。輸入品には僅かに薄いのがあってね――漏れ率が年間約3%増えてるんだ――」
「世界が引っ繰り返るよ。その報告書で」

 ロンがつっけんどんに言った。

「日刊予言者新聞の一面記事だ。きっと。“鍋が漏る”って」
「ロン、お前はバカにするかもしれないが、何らかの国際法を科さないと、今に市場はペラペラの底の薄い製品で溢れ、深刻な危険が――」
「はいはい、分かったよ」
「パーシー、邪魔をしてごめんなさい。それから、適度に休憩してね。頭がスッキリしてその方が仕事の効率が上がるかもしれないわよ」
「ああ、ありがとう、ハナ」

 パーシーが部屋の扉をバタンと閉めると、私達はロンのあとに続いて再び階段を上がりはじめた。すると、ジニーの部屋を通り過ぎ、3階まで来たところで、また部屋の扉が開いて私達は足を止めた。フレッドとジョージの部屋の中からビルとチャーリーがひょっこり顔を出している。

「やあ、2人共」
「やあ、ビル、チャーリー」
「お久し振りね」

 ビルとチャーリーが軽快な口調で挨拶して、ハリーも私もにこやかに挨拶を返した。この夏の間にビルとチャーリーとは何度か会っていたので、私達はもうすっかり顔見知りだった。

「ちょうどよかった。君が来るのを待ってたんだ、ハナ。ちょっといいかな」

 ビルがそう言って手招きすると、ハリー、ロン、ハーマイオニーの3人は一体何だろうかと顔を見合わせ、ジニーは何やら期待の眼差しでビルを見た。

「折り入って話があるんだ――ジニー、言っておくが君が期待するようなことは何もない」
「あたし、何も言ってないわ」
「顔に書いてあるよ。それで、ハナ、どうかな」
「ええ、いいわ。でも、少し待って。ハリーの荷物を私が持っているの――」
「ハナ、僕、ここから先は自分で運ぶよ」

 ハリーが気を遣ってくれ、私は申し訳ないと思いつつハリーのトランクとヘドウィグの鳥籠を取り出すとその場で手渡し、一旦ハリー、ロン、ハーマイオニー、ジニーの4人とは別れてビルとチャーリーが使っている部屋の中に入った。どうして2人がフレッドとジョージの部屋を使っているのかと不思議に思っていると、チャーリーが「ママがウィーズリー・ウィザード・ウィーズの件にカンカンになって、この部屋から2人を追い出したんだ」と教えてくれた。

「あの2人、とにかく部屋のあちこちにいろんなものを隠してた――それで、この部屋で2人だけにするのは危険だと判断されてロンの部屋行きさ」
「私、あの2人は商才があるって思うわ。フレッドとジョージってとっても口が上手くて商売上手なのよ。でも、上手くいくかも分からない不安定な仕事より堅実な職業を選んで欲しいっていうウィーズリーおばさんの気持ちもよく分かるわ。息子のためを思えばこそよね」
「ママは僕達に苦労して欲しくないんだ」

 今度はビルが言った。

「学用品だって新品を買ってあげたいのにそれが出来ないことを、ママはどこか申し訳なく思ってるんだと思う。ただ、フレッドとジョージは堅実に働いて新品のものを買うより、ボロを着てでも好きなことをして生きていく方が幸せだって思うだろうな」
「難しい問題ね――それで、私に話って?」

 チャーリーがフレッドかジョージのライティング・デスクの椅子を差し出してくれて、それに腰掛けながら私は訊ねた。すると、ビルとチャーリーはみんなが確かに上階に向かったことを確認してからそれぞれベッドに腰掛け、声を潜めながら答えた。

「実は魔法省の魔法ゲーム・スポーツ部に所属しているバーサ・ジョーキンズという魔女が行方不明になった」

 ビルが言った。

「1ヶ月前に休暇でアルバニアに行ったきり帰ってこない」
「アルバニアですって? 1ヶ月前ならもしかすると――」
「ああ、僕達もそれを心配している。休暇先で何かあったんじゃないかってね」

 今度はチャーリーが言った。

「パパがルード・バグマン――魔法ゲーム・スポーツ部の部長だけど――その人に訊ねてみたらしいんけど、彼は探す気がないんだ。バーサは元々ちょっと問題があって、部から部へとたらい回しにされている経歴があるし、以前にも何度かいなくなったことがあると言ってね」
「探すべきだわ。それに、バーサ・ジョーキンズはもう殺されているかもしれない……」

 ハリーが見たという夢のことを思い出して私は言った。あの時ハリーは名前は思い出せないが、ヴォルデモートがもう既に1人殺していると話していた。それが、アルバニアに行ったバーサ・ジョーキンズだとしたらどうだろう? それで彼女が帰ってこないのだとしたら?

「やっぱりアルバニアで森に近付いたのか? ヴォルデモートが隠れている?」
「それか、ヴォルデモートのところに行く途中のペティグリューと偶然会ってしまったのかもしれない――これは、確かな情報だけど、ヴォルデモートは既にペティグリューと合流し、誰かを殺しているわ」
「まずいな」

 深刻な表情でビルが呟いた。

「もし殺されたのが本当にバーサだとしたら、洗いざらい情報を吐き出させたあとだろう。つまり、ヴォルデモートはホグワーツで大規模なイベントが行われることを知ってしまった可能性があるってことだ」
「現実的にヴォルデモートとペティグリューがイベントで何かを仕掛けることは難しいけれど、イベントに乗じてホグワーツの内部に味方を送ることは可能かもしれないわ。3年前だってヴォルデモートはクィレルに取り憑いてホグワーツにやってきたんだもの。誰かをそそのかして協力者を得ることは可能だわ。私、イベントのことが本当に心配なの。ダンブルドア先生はこのイベントで国外にも対ヴォルデモートの協力者を得ようとしているようだけど――」

 その時、窓をコツコツと叩く音が聞こえて私達は驚いて視線を移した。見れば、手紙を脚に括りつけた1羽の森ふくろうが嘴で窓ガラスを突いている。

「誰宛だ?」

 チャーリーが立ち上がって窓を開けた。すると、森ふくろうは行儀よく落ち着いた仕草で部屋の中に入ってきて、こちらに飛んできたかと思うとライティング・デスクの上に降り立ち、手紙が括りつけられている方の脚を突き出した。どうやら私宛らしい。

「配達をありがとう」

 丁寧に手紙を外しながら私は言った。

「待ってね。ポシェットの中にロキのおやつが入っていたはずだから――」

 外した手紙をライティング・デスクの上に置き、ポシェットからおやつを取り出すと私は森ふくろうに食べさせた。森ふくろうは遠慮がちにおやつを啄んで、それから、すぐに窓から飛び立ち帰っていった。きっと送り主に返事を貰わなくていいと指示を受けていたに違いない。

「おっと、秒読みだって噂のセドリック・ディゴリーからじゃないか」

 手紙に書いてある差出人の名前を覗き見たビルがニヤニヤしながら言った。「えっ!?」と声を上げて手紙を取り上げてみると、そこには確かにセドリックの名前があった。途端に、手紙からセドリックの香りがするような気がして、私はドキドキしながら手紙を開けた。ビルとチャーリーは無理矢理手紙を読むようなことはしなかったけれど、こちらを見て終始ニヤニヤしていた。



 ハナ、元気かい?
 先月の魔法省が下したひどい仕打ちを日刊予言者新聞で読んだよ。本当はその時すぐに手紙を出そうかと思ったんだけど、逆に気を遣わせないか心配になって結局出せなかったんだ。ただ、僕はこの夏、ずっと君のことを考えて過ごしてるよ。君がまた無理をしてないといいけど――。

 今回手紙を出したのは、明日、クィディッチ・ワールドカップの決勝戦に行けることになったからなんだ。父さんが魔法省で働いているお陰でどうにかチケットを2枚だけ取れたんだ。アイルランド対ブルガリアだ! ブルガリアのビクトール・クラムっていうシーカーが素晴らしいんだけど、アイルランドはそのクラムみたいな選手が7人いるんだ。アイルランドは準決勝でペルーに圧勝したし、間違いなく優勝候補だよ。君とこの試合を見れたらどんなによかったか。

 また手紙を書くよ。

 セドリックより



「明日、セドも決勝戦見に行くんですって!」

 手紙を読み終えると、私はパッと顔を上げて未だにニヤニヤしているビルとチャーリーに言った。

「私も行くって返事を書かなくちゃ。会えるかしら」
「もしかすると競技場へ行く時に会うかもしれない。それと、夜寝る時は女の子専用のテントで寝るって必ず書くように」

 ニヤニヤ笑いを引っ込めて、真剣な様子でビルが言った。

「僕がセドリックなら、好きな女の子が他の男共に囲まれて一晩過ごすって分かったら確実に襲撃するからね」

 そんなビルの隣ではチャーリーも神妙な顔で頷いていた。