Make or break - 014

2. 幽霊屋敷

――Harry――



 朝食を終え、食後の紅茶も楽しんだあと、ハリーはまだ案内する場所が残っていると言われ、ハナ、シリウス、リーマスの3人に連れられて、勝手口から裏庭へと向かった。確かに昨日は家の中しか案内されておらず裏庭はまだだったが、ハリーは2階に当てがわれた部屋の窓から既に裏庭を眺めて何があるのか知っていたので、果たして案内するようなものがあるのか疑問だった。だって、裏庭には小さな物置小屋と薪置場しかないのだ。

 物置小屋は、レンガ造りの三角屋根だった。間口はハリーの身長ほどと狭く、奥行きだってハリーの身長よりちょっと長いかという感じだった。高さも全然なくて、軒先は扉の高さほどしかない。その正面にあるウォールナット材の扉はアンティークのような雰囲気があり、ふくろうのドアノッカーがついていた。ドアノッカーの下にはご丁寧に「物置小屋」と書かれたサインプレートが取りつけられている。ただ、この3人のことだ。物置小屋にハリーが喜ぶような仕掛けをしていてもおかしくはなかった。

「シリウスとリーマスが中古で買ってきたのよ」

 ハナが鍵を取り出しながら言った。扉のノブと同じ真鍮製でやっぱりアンティークのような雰囲気だ。ハナはそれを鍵穴に挿し込むと、カチャリと回し、ハリーに見えやすいように脇に避けてから物置小屋の扉を開けた。

「ただの物置小屋だよ」

 物置小屋の中はやっぱり物置小屋だった。タネも仕掛けもない、掃除道具が雑多に詰め込まれているだけの物置小屋だ。ハリーは、3人のことだからもしかしたら物置小屋にも何かあるのかもしれないと淡い期待を抱いていたが、顔を突っ込んで中を覗いてみても物置小屋には特別案内するようなものはなかった。幽霊屋敷の一員になるのなら、物置小屋にあるものも把握しておけということだろうか。

「じゃあ、ハリー、次は貴方が開ける番よ」

 ハナが扉を閉めて、再び鍵をかけると言った。

「私が言うとおりにやってみてね」
「普通に開けるんじゃダメなの?」
「ええ、ダメなの――まずは扉を4回ノックして」

 わけが分からないまま再び閉ざされた扉の前に立ち、ハリーはドアノッカーを手にすると4回ノックして、ハナを見た。物置小屋はやっぱり物置小屋だったけれど、ハナはニッコリ笑ってハリーに鍵を差し出した。

「鍵を挿して、左に1回、右に1回、回して」

 どういうことだろう? ハリーは訝りながらも言われたとおりに鍵を差しこみ、左に1回、右に1回、回した。すると、たちまちカチャッと小さな金属音がして、サインプレートが右にスライドし、別の名前が表示された。新たに現れたサインプレートには「Small Prairies」とある。

「小さな大草原?」

 ハリーはサインプレートを読み上げて首を傾げた。

「小さいのに大草原なの?」
「まあ、中に入ればその意味が分かる」

 シリウスが言った。

「ハリー、君は間違いなく気に入るだろう」

 今度はリーマスが言った。

「さあ、ハリー、開けてみて。中にヘドウィグがいるわ」

 何が何だか分からないまま、ハリーはハナに促されるままにゆっくりと扉を開いた。すると、どうだろう。先程ハリーが見た物置小屋は跡形もなく、雑多に詰め込まれた掃除道具は消え去っていた。

 扉の先にはクィディッチ競技場くらいはあろうかという広々とした草原が広がっていた。奥には小さな池と鬱蒼と木々の茂る森があり、それがずっと奥まで続いている。入口から森まで小道が続いていて、池の近くにこれまたこぢんまりとした家が建っていた。ハリーが1歩足を踏み入れると、小鳥がピチチと鳴き声を上げて数羽、羽撃はばたいた。どうやら、扉のすぐ上にいたらしい。

 呆気に取られながらもハリーはハナに優しく背中を押され、小さな大草原に2歩、3歩と足を踏み入れた。足の裏に確かな土の感触があり、上を見上げれば、そこは天井ではなく、見渡す限りの青空が広がっている。振り返ると広い草原の中にぽつんと不自然に扉だけが残されていた。

 そこは、ハリーが今まで見たことのあるホグワーツのどの隠し通路や隠し部屋よりも美しく、素晴らしい場所だった。ハリーがしきりに辺りを見渡していると、後ろからハナ、シリウス、リーマスも入ってきて、扉が閉まるとサインプレートが元に戻るカチャッという小さな音がした。

「シリウスとリーマスが作ったの」

 ハナがやっぱり自慢気に言った。

「素晴らしいでしょう? 複雑な魔法がいっぱい使われているの――この人達、時間があるものだから好き放題だったのよ。才能って恐ろしいわ」
「僕、こんな場所初めて見たよ。ここにバックビークもいるんだね?」
「ええ、そうよ。その前に、家を案内するわね。そうしたらちょうどバックビークの餌の時間になるから、その時にバックビークに会えるわ」

 ハリーは3人と一緒に小道をまっすぐ進み、草原と森との境に建つ家に向かって歩いた。家は、イギリスの田舎町を連想させる三角屋根の石造りだ。周りにラベンダーや白バラが植えられていて、家の外壁にはバラの蔦が張り巡らされている。すぐそばには扉のところからも見えた小さな池と大きなブナの木が1本あって、ハリーはなんだかホグワーツに似ているな、と思った。

「どうして入口から家まで遠いの?」

 歩きながらハリーは訊ねた。

「行き来するなら近い方が便利なのに」
「姿現しが出来るようになれば、距離はないも同然よ」

 ハナが答えた。

「それに、こっちの方がホグワーツみたいでしょう?」

 ハリーはホグワーツに似ているという自分の感想が間違っていなかったのだと悟った。シリウスとリーマスは、理不尽にもハグリッドの元から去らなければならなくなったバックビークのために、わざとホグワーツに似せてこの場所を作ったのだ。しかし、だからといってすぐに再現出来るはずもない――ハリーはシリウスとリーマスの実力にただただ感心した。

 小さな大草原の中に建つ家は、鍵がかけられていなかった。中は見た目と同じ広さしかなく、キッチンが備え付けられた部屋が1つと、奥にシャワー室とトイレしかなかった。自宅と違ってここは土足で入ってもよくて、戸口のすぐ右側に箒置き場があり、箒が3本並んでいる。家に誰かやってきた時のためにここにも来訪者探知機が取りつけてあった。

 家の中にはいろんな種類の椅子が置かれていた。肘掛け椅子、ロッキングチェア、スツールなどが、真ん中に置かれた大きなテーブルを囲むようにして置かれている。テーブルの上には大鍋が3つに羊皮紙の束と本が積み上げられ、壁の一面を埋め尽くすように備えつけられた棚にも本や魔法薬の材料がぎっしりと詰まっている。羊皮紙の束には細かな字でビッシリと小難しい内容が書き記されていて、真ん中の大鍋の前には、あらゆるパターンの煎じ方を試したようなメモ書きが置かれていた。どれもハナの字だ。

「これって、例の魔法薬学の課題?」

 ハリーは、スネイプに脱狼薬の作り方を教えてもらうため、ハナが魔法薬学の特別な課題に取り組んでいることを思い出して訊ねた。確かその課題がクリア出来たら、教えるかどうか考える、というものだ。レポートには形而上学けいしじょうがくがどうのと書き記されていたが、ハリーには形而上学けいしじょうがくがどんな学問なのかさえ見当がつかなかった。

「そうよ。レポートと魔法薬を3つ作る課題ね」
「なんだか難しそうだね」
「分かる? 本当に難しいの……魔法薬だって作り方どおりに作ってるのに上手くいかなくて、今、いろいろ試しているところよ。でも、向こうの大鍋はシリウスが煎じている魔法薬ね。暇だからって一緒にやってるの」

 午前中、ハナが魔法薬学の課題をするというので、ハリーはその邪魔をしないようにシリウスとリーマスと3人でバックビークのところに行くことにした。小さな大草原の家に併設された物置の中からバックビークの餌をいくつか持ち出すと小道を進み、森の奥へと入っていった。

 森の中は、禁じられた森のようなどこか怖い雰囲気とは違い、まるで童話の中に出てくるような明るい雰囲気だった。いろんな実のなる樹木がたくさん生えていて、先程ハリーが入ってきた時に見た小鳥が赤い木の実を突いていたり、別の木では、丸々と太った2匹のリスが大きな実を両手に抱えて頬袋をパンパンにしているところだった。話を聞いてみると、シリウスとリーマスは、小鳥を入れたのはシリウスだが、リスは気付いたらいたと話した。どうやら扉を開けた時にいつの間にか入ってしまったらしい。ロンドンには公園などにリスがたくさんいるので、住宅街を彷徨うろついているはぐれリスがいてもおかしくはなかった。

 小道は森の途中にある開けた場所で途切れていた。動物達がいつでも自由に水を飲めるようにここにも小さな池があり、バックビークはそのそばで丸くなっていたが、ハリー達が餌を持ってやってきたのが分かると嬉しそうに立ち上がった。元気そうだ――ハリーはニッコリ笑うと前学年の時にハグリッドに教えてもらったようにお辞儀をし、バックビークと再会の挨拶を交わした。

 バックビークに餌をやり、今度は道なき道を進んで森の中を散策してヘドウィグとロキを見つけると、ハリーは2羽に頼んで手紙を運んでもらうことにした。少なくとも来月クィディッチ・ワールドカップへ行くまではハナの家に泊まるのだとハーマイオニーとハグリッドに教えるためだ。

 手紙を出したいと言うと2羽はハリーについてきてくれ、ハリーは2羽を引き連れて小さな大草原の家に戻った。ハナは小難しい顔をして真ん中の大鍋を覗き込んでは羊皮紙に何か走り書きをしている最中で、ハリーは作業の手が止まるのを待ってからロキを借りてもいいか訊ねた。

「ハーマイオニーとハグリッドに手紙を出したいんだ。僕、2人には来月までここにいるって話してないから」
「もちろん、いいわ」
「ありがとう、ハナ」
「私の羊皮紙と羽根ペンがあるわ。使ってね」

 小さな大草原の家のテーブルの隅の方で、ハリーはハナの邪魔にならないようにしながら手紙を認めた。ハリーが手紙を書いている間、リーマスは『呪文の挑戦』という雑誌を読んでいて、シリウスはハナの大鍋とメモを覗き込んで、ハナと2人で何やら難しいことを議論していた。

「催眠豆の汁の量が足りない可能性もあるな」
「材料の下処理の仕方も検証すべきかしら」
「数も見直す必要がある。1個ずつ増やしたり……」
「じゃあ、また今度ダイアゴン横丁に行かなくちゃ。催眠豆が足りなくなるわ――もちろん、貴方は留守よ。この間、私とリーマスが反対したのに最後の1本を飲んだのは貴方自身でしょう」

 途中からシリウスが怒られ始めて、ハリーはリーマスとこっそり目を合わせて笑った。リーマスは雑誌の陰に隠れて2人を指差しながら「いつもああなんだ」となんだか楽しそうに口だけを動かしてハリーに言った。

 ハリーがハグリッドとハーマイオニーに手紙を出し終え、11時過ぎになると4人でまた紅茶を飲んだ。そのあと、ハリーはまたシリウスとリーマスと共に外に出て、今度は広々とした草原の外周に沿って作られた小道を進み、草原をぐるりと1周しながら散策した。シリウスとリーマスが言うには、ハナは毎朝早くに起きてここでランニングしたりしているらしい。

「ハナは朝5時には起きているよ」

 リーマスが言った。

「ここを走って、それから、ストレッチしたりヨガをしたりしている。1年生の時、ほとんど何も出来なかったことが相当悔しかったらしい」
「そのうち素手でヴォルデモートと戦うと言い出すかもしれない」
「ハナはそんな肉体派じゃないよ、シリウス」
「ハリー、ハナを侮るな。彼女はああ見えてじゃじゃ馬だ」
「まあ、ハナもシリウスにだけは言われたくないだろうね。私にしてみれば、どっちもどっちだ」

 お昼になると、幽霊屋敷に戻って昼食を食べ、午後からはハナも交えてクィディッチをして遊ぶことになった。ハリーはファイアボルトで、3人は小さな大草原の家に置いてあった箒だ。3人の箒は競技用ではないのでファイアボルトに比べたら遅かったけれど、少なくとも前学年の時にハリーが借りていたものよりかは確実に速かった。

 ちょうど草原の外周をぐるりと囲むように小道が作られているので、その中をクィディッチ・ピッチに見立て、シリウスとリーマスが即席でゴールを作ってくれた。ゴールの高さは正式な規定より低いものの、ピッチの広さは十分で、4人は2対2で分かれ、対戦することになった。ハリーはなんとなく、フットサルのクィディッチ版みたいな感じだな、と思った。

 最初はハリー・ハナ組とシリウス・リーマス組で対決した。ハナは飛ぶのがあまり上手い方ではなかったけれど、少なくともハーマイオニーよりかは上手だった。ハリーが飛び方やプレイの仕方を教えると上手く出来るまで何度も挑戦し、成功するととても嬉しそうにはしゃいで喜んだ。ハリーはなんとかハナにゴール出来た時の喜びを味わって欲しくて、シリウスとリーマスに上手く張りつきマークするとハナのゴールを何度かお膳立てした。

「やったわ! ハリー、今の見てた? 私、ゴール決めたの初めて! 貴方のお陰ね、ありがとう!」

 ゴールを決めると、ハナはまるで子どものように大喜びした。もちろん、ハリーがあれこれお膳立てしてくれたことにハナは気付いていたけれど、それでもゴールを決められて嬉しいようだった。ハリーはそんなハナの姿を見てニッコリしながら、ここにビデオカメラがあれば撮影してセドリックに見せるのに、と考えた。セドリックはハナのこういう姿も好きだろうと思ったのだ。

 それにしても、セドリックはどうして学年末の時にコクハクしなかったのだろう。ハリーは不意に考えた。だって、ハナは弟の贔屓目で見てもとびきり可愛くて美人なのだ。確かにハナは元々大人だという割には恋愛慣れしていなくてかなり初心だからあまり強引過ぎるのは賛成出来ないけれど、いつまでもぐずぐずしていると、他にもハナにアプローチし始める人が出てくるかもしれない。恋のライバルが現れる前に自分の恋人にしてしまった方が早いのにセドリックはどうしてそうしないのだろう。

 この3年間、ハナにアプローチをする男の子はセドリック以外いなかった。なぜなら、ハナがダンブルドアのゴッドチャイルドだからだ。みんな、ハナは可愛いけどダンブルドアが後見人なので尻込みするのだ。新入生だって、ハナに好意を抱いたとしてもすぐにダンブルドアが後見人だと知って、アピールする気がなくなってしまうのが常だった。しかも隣にいるのが学校一のハンサムなのだから勝ち目はないと諦めざるを得なかった。

 でも、いつまでもセドリックがぐずぐずするならハナにアプローチをし始める人が出てきてもおかしくはない、とハリーは思っていた。だって、ハナはホグワーツの中でもトップクラスで可愛いし、昨日だって、ビルと並んでいるととてもお似合いだった。ハリーは、ジニーが常々ハナが自分の姉だったらいいのにと考えているのを知っていた――2年前の夏に隠れ穴に泊まった時、ハナがそれで大喜びしていた――ので、セドリックがコクハクしないのなら、と自分の兄の誰かをけしかけようとする可能性だって否定出来ない、と思った。ハナがウィーズリー兄弟の中の誰かと結婚すれば、ハナはジニーの義理の姉になるのだから。

 でも、ハリーはセドリックのことを応援していた。セドリックなら、頑張り屋の姉を任せても安心だと思っていたし、手放しに信頼出来る。シリウスとリーマスだって、セドリックなら安心だと言うに違いない。それになにより、セドリックが自分の義理の兄になってくれたら嬉しいとハリーは思うのだ。

 けど、セドリックは結局ハナに好きだの一言もなかった。ハリーがコクハク文化について教えたにもかかわらず、だ。一体何がセドリックを思いとどまらせているのかハリーには分からなくて、喜ぶハナの姿を見ながらしばらくの間考えていた。