Make or break - 005

1. 小さな大草原の家



 洗いざらい、私は話した。
 シリウスとリーマスに時折助けてもらいながら、私は順を追ってこれまでのことを話した。シリウス、リーマス、ジェームズとどうやって出会ったのか。ダンブルドアが後見人になってくれた理由。『ハリー・ポッター』の本や私がどこまでその内容を知っているかの話。どうしてスキャバーズのことを黙っていたのか。ハリーとの関係性。そして、私がヴォルデモートに呼ばれた意味と復活の予言――。

「突然、こんな話を聞かされて驚かれたでしょう」

 話を終えると私は静かに言った。テーブルの上の紅茶は手付かずのまま、既に冷めかけている。

「魔法省にも話していないことです。ただ、今回のことをことを謝るに当たり、貴方がたご家族にだけはきちんと話をしなければならないと思いました。息子さんを危険な目に遭わせてしまった以上、そうすることが私の義務なのだと……」

 7人もいるというのに、リビングは今やしんと静まり返っていた。ウィーズリーおじさんやビル、チャーリーは顔を青ざめさせているし、ウィーズリーおばさんは口許を両手で覆っている。やっぱり、話をするにはかなりヘビーな内容だったろうか――私は頭の片隅で考えた。ダンブルドア先生は力になってくれるだろうと仰ったけど、私の話は信じられない要素が多すぎるし、信じたとしても、私と関わるのが恐ろしくなるかもしれない。

 ダンブルドア先生やシリウス、リーマスも警戒しているように、復活の予言がある以上、私の身はかなりの危険に晒されている。ヴォルデモートにとって私は未だ「強力な入れ物」には変わりないし、復活に利用される可能性もあるからだ。もちろん、周りを巻き込まなくてもいいようにもっと自分の身を守れるようにするつもりだけれど、私と関わるのが恐ろしくなるのも無理はなかった。

「もちろん、今回私がお話ししたことで、関わり合いになりたくないと思うのも無理はないことです。私は、謝罪もそうですが、みなさんがいざという時のための情報をお渡ししたかった。何も分からないままよりも、少しは身を守る助けに……」
「何を言ってるの!」

 言い終わらないうちにウィーズリーおばさんが怒鳴り声にも近い声を上げて、私は驚きのあまり言葉を失って顔を上げた。見れば、ソファーから立ち上がったおばさんが目を真っ赤にさせてこちらを見ている。

「もちろん、貴方のために協力しますとも! ええ、貴方が何と言おうと協力します! 力を取り戻すためにこんな罪もない女の子の体を乗っ取って命を喰らいつくそうだなんて許せるもんですか! ましてや、予言があるのなら尚更です。どんな方法にせよ、貴方が狙われる可能性は十分ありますからね!」
「モリーの言うとおりだよ、ハナ。私達がもう二度と息子達に関わるなと言うとでも思ったかい?」

 今度はウィーズリーおじさんが穏やかな口調で話した。途端にウィーズリーおばさんが「そんなこととんでもない!」と言いたげにこちらを睨みつけたので、私は思わず「ごめんなさい」と謝りながらまた視線を膝に戻した。膝に置いてある手にリーマスの手が伸びてきて、ポンポンと私の手を叩いた。リーマスとシリウスが言う。

「復活の予言が出た以上、これから先、ハナやハリーはより多くの危険に晒されるとダンブルドアは考えています。私やシリウスも同意見です」
「そんなハナやハリーにこれからも関わるということは、家族全員が多くの危険に晒されるということだ。ひと思いに殺されるならまだマシ――ひどいと気が狂うほどの拷問にかけられ、生きているとも死んでいるとも分からない状態にされるかもしれない。ひどいプレッシャーとストレスにも晒され、精神的におかしくなることもある。それでも?」
「もちろんだとも」

 間髪入れずにウィーズリーおじさんが頷いた。

「ハナ、君はロンの友達だし、ジニーは君のことを姉のように慕っている。フレッドとジョージだって、君のことは妹のように――君にしたら2人の方が弟だろうが――かなり可愛がっている。君は本当の意味で子どもではないから周りに気を遣ってしまうんだろうが、私やモリーだって、君のことは大好きだ。そんな君が大変な目に遭ってるのに何もしないでいるなんて、そんなこと出来ない」
「それに、君を見捨てたって分かったら弟も妹も反乱を起こすだろうな」
「ロンなんて、何を聞いてもハナやシリウス達を責めないでくれってギリギリまで僕達に懇願してたんだ」

 ウィーズリーおじさんに続いて、ビルとチャーリーがそう言って、こちらに笑いかけた。その表情はどこまでも優しいお兄さんの顔だ。私は初めて会う私にこんな風に言葉をかけてくれることに驚きと戸惑いで、感情がごちゃ混ぜになるのが分かった。本当にいいのだろうか。だって、命に関わる問題だ。いざ、協力が得られると分かると巻き込んでしまうという恐怖の方が勝って、私は素直に状況を受け入れることが出来なかった。

 確かにヴォルデモートが復活するとなれば、志を同じくする仲間は多く必要だ。敵はヴォルデモート1人だけではないし、私、ハリー、ロン、ハーマイオニーだけでは、情報戦でも、力でも到底敵わず、とても事を成し遂げられないだろう。だからこそ私はダンブルドア先生を素直に頼るし、シリウスとリーマスにも協力を仰ぐ。シリウスとリーマスに至っては、互いが互いのために戦う戦友のような間柄だし、行動を共にしないという選択肢はなかった。

 ウィーズリー家の人達が共に戦ってくれるというのなら、こんなに心強いことはない。私はウィーズリー家の人達が大好きだし、心から信頼している――だけど、私はハリー達やシリウス、リーマス以外の人達を巻き込むのが未だに怖かった。セドリックもそうだけれど、物語に深く関係しているのかしていないのか分からない人達を不用意に巻き込むことがとても怖かった。

 だって、今までは大丈夫でも、次は大丈夫じゃないかもしれない。ふとした瞬間に死んでしまうかもしれない。もう、私は先のことは何も分からないのだ。ウィーズリー家の人達に協力してもらうことがいいことなのか悪いことなのかも判断がつかない。ありがとう。一緒に戦ってくださいなんて、とてもじゃないけど言えなかった。すると、ウィーズリーおじさんがこちらを見て訊ねた。

「怖いかい、ハナ」

 優しい声だ。私は、素直に頷いた。

「私、皆さんが大好きです。だからこそ、恐ろしい……今まではある程度未来が分かっていたので上手く行動出来ましたが、これからはそうじゃない……」
「何も分からない方がいいんですよ」

 穏やかな声でウィーズリーおばさんが言った。

「もし誰かが殺されてしまう未来を知っていて、そのとおりになってしまったのなら、貴方はその罪を一生背負おうとするでしょう。だから、知らないことを悔やむことはないんですよ」
「それに去年、君は僕達の妹を助けに行ってくれたと聞いたよ」

 今度はビルが訊ねた。

「ハナ、それはどうしてだい? 未来を知っていたから助けられると思ってそう行動したのかい?」
「いいえ、いいえ……私、2年生の時はほとんど何も知らなかった……」

 私は首を横に振って否定した。

「でも、日記の秘密に気付いて、ジニーの言動もおかしいことに気付いて、私、どうにかしたかった。私、ジニーを助けたかった……ジニーを利用していることが許せなくて」
「どうしてジニーを助けたいと思ったんだい?」

 今度はチャーリーが訊ねた。

「助けに行けば自分も危なかったかもしれないのに」
「だって、ジニーは大好きだし、可愛い妹みたいな……」
「そう、まさにそれだ」

 ウィーズリーおじさんがニッコリ微笑んで言った。

「みんな、君が好きだから助けたい。その気持ち以外に何か理由が必要かな?」

 みんなが優しい顔でこちらを見ていた。私は何だか泣いてしまいそうになって必死に自分の手を見て「ありがとうございます」と絞り出すので精一杯だった。ウィーズリーおばさんがこちらに歩み寄ってきて私の隣に腰を屈めると、優しく肩を抱き寄せて「貴方はもっと周りに甘えていいんですよ」と言った。ウィーズリーおばさんは温かいお母さんの香りがして、私は言葉に詰まってただただ頷いた。

 それから、シリウスがロンに対してしでかしたことについて、ウィーズリー家の人達に額を床につける勢いで謝ったり、これからの方針を話し合ったりしてあっという間に時間が過ぎた。ウィーズリーおじさんは魔法省で起こった出来事などを報告してくれることになり、シリウスとリーマスがそれを秘密裏にダンブルドア先生に伝えることで話は一致した。ウィーズリーおじさんが直接ダンブルドア先生とやり取りしてもいいだろうが、私達はまだ魔法省にも周りの人達にも復活に向けて行動を開始していることを気取られるわけにはいなかった。

 あくまで私達はいつも通り振る舞わなければならないので、子ども達にも情報を与え過ぎない方がいいだろうということで私達の考えは一致した。パーシーはもうホグワーツを卒業したし成人しているので、ウィーズリーおばさんはパーシーにも今回のことを話すべきだとしたけれど、なんでもパーシーは魔法省に入省して以降、仕事にどっぷりハマっているらしい。上司のバーテミウス・クラウチにかなり心酔しているのだとかで、ビルとチャーリーが母親を説得し、今日の話をパーシーに話すことは見送られることとなった(「ママ、僕達の全財産賭けてもいいけど、パーシーは聞いたことを必ず自分の上司に話すよ」)。

「そうそう。来月、クィディッチ・ワールドカップがあるんだがね」

 真面目な話もひと段落すると、ウィーズリーおじさんがどこかウキウキした様子で切り出した。

「去年、ガリオンくじが当選した時に聖マンゴ魔法疾患傷害病院に寄付をしたら、チケットを融通してもらえることになったんだ。私もビルもチャーリーもいるし、君とハリーもどうかと思うんだがね」

 思わぬ提案に私は驚いてウィーズリーおじさんを見た。確かにクィディッチ・ワールドカップなんて見たことがないし行けたら嬉しいけれど、この流れなら間違いなく、そういう場は危ないから控えた方がいいとなるのが普通だろう。ダンブルドア先生に相談するべきだろうか。素直に頷いていいか分からず戸惑った顔をすると、ビルが言った。

「会場には魔法省の職員も大勢いるし、そう簡単に悪さは出来ない。もちろん、事前にダンブルドアには許可を貰っているよ」
「まだどの試合かは分からないけど、これを逃す手はないぞ! イギリスで開催されるのは30年振りなんだ」

 今度はチャーリーが目をキラキラさせて興奮気味に言った。

「僕もビルも、このワールドカップでまとまった休みを取るために今まで頑張ってたんだ。どの試合のチケットが取れてもいいようにね。お陰で1ヶ月は休みだ――クィディッチは好きかい?」

 私はその勢いに若干気圧されながらも頷いた。クィディッチはやったことはないけど、観戦するのは好きだ。けれど、本当に行っていいのだろうか。だって、シリウスは今の状況じゃ絶対行けないだろうし、リーマスだってもし行けたとしても遠慮するだろう。私だけ楽しむなんて許されるのだろうか。シリウスとリーマスを見ると、行っておいでとばかりに頷いてくれた。

 本当に行ってもいいらしい――ビルが言うにはダンブルドア先生は既に許可を出してくださっているようだし、シリウスとリーマスも反対していない。連れていってくれるというウィーズリー家の人達も私が同行することに嫌な顔ひとつしていない。だったら、行ってみたい――迷いながらも「よろしくお願いします」と頭を下げると、ウィーズリー家の人達はみんな揃って微笑みながら頷いてくれた。

「それでそう――ハリーのことを忘れていた。ダンブルドアから聞いたんだが、なんでも親戚のお宅からこの家までの移動を手伝って欲しいとか」

 クィディッチ・ワールドカップのことで思い出したのか、ウィーズリーおじさんが言って、私は頷いた。このハリーをダーズリー家から私の家まで連れてくることが、この間ダンブルドア先生と話していたもう1つの例の話だった。キングズ・クロス駅で、殺人犯と狼人間がどうのとバーノン・ダーズリーを脅してしまったので、私達が連れ立ってダーズリー一家を訪れるのは悪手だろうと考え、ダンブルドア先生にウィーズリー家の人達を頼れないかと相談していたのだ。

「ええ、そうなんです。ここでしばらく4人で過ごせないかと思って。ただ、正直なところ私達はダーズリー家にはよく思われていません。それに復活の予言のこともあるので、なるべく安全な方法で親戚の家からここまで連れてきたいと思っています。それで、ウィーズリーおじさんに頼れないかと――」
「それなら、一時的に煙突飛行ネットワークを繋いで貰うのがいいかもしれない。煙突飛行規制委員会にはちょっとした伝手があってね。何とか出来るだろう。それに、クィディッチ・ワールドカップのことで私も挨拶がしたいと思っていたところだ……24日辺りはどうだろうね? ちょうど日曜日だ」
「ええ、大丈夫です」
「じゃあ、その辺りで日程を調整してみよう」

 必要なことをすべて話し終えると、ウィーズリーおばさんは家には部屋に籠りきりのパーシーと子ども達しかいないからとひと足先に暖炉から帰宅し、残った3人は私の家を見て回ることになった。ウィーズリーおじさんは家にあるマグル製品を見たがったので私が家の中を案内し、ビルとチャーリーは物置小屋に興味津々でそこはシリウスとリーマスが案内することにした。特にチャーリーは魔法生物が好きなので、ヒッポグリフがいると聞いてウキウキした様子で物置小屋に出掛けていった。

 私は家電を中心にウィーズリーおじさんに見せていった。冷蔵庫、オーブンレンジ、電話、洗濯機などなど、おじさんはどれもこれも嬉々として眺め、使えなくなった電池を納戸に入れていると話すと、おばさんの目がないことをいいことに、自分のコレクションにすると言って、いくつかあった使い古しの電池を全部ポケットの中に入れた。

「ウィーズリーおじさん、実は先月の事件の時、おじさんの車に助けられたんです」

 ほくほく顔でポケットを撫でているウィーズリーおじさんにそう言うと、おじさんは驚いたように目を丸くしてこちらを見た。

「なんだって? 動いていたのか!」
「まるで生きているようでした。意思があって、犬みたいに。吸魂鬼ディメンターに襲われたあと、途方に暮れていたらどこからともなく現れて助けてくれたんです。とても助かりました。ありがとうございます」
「そうか! 車がどうなったかと気になっていたんだ」
「森で過ごしてるみたいですよ」
「驚いた。いつか会ってみたいものだ。ここだけの話、もう一度車を得られないかと思ってるんだがね……前回の件で魔法省に尋問を受けたから、しばらくは厳しいだろう」

 しばらくすると、物置小屋組の人達も戻ってきて、ウィーズリーおじさん、ビル、チャーリーの3人も家に帰ることになった。ビルとチャーリーは物置小屋がとても気に入ったようで、休暇中にまた来たいなと口を揃えて言った。マグルに見られる心配もなく思う存分空を飛んでクィディッチが出来るのがとても良かったらしい。

 ウィーズリー家の人達が帰っていくと、私達は早速ハリーを迎える準備を始めた。ハリーを迎える話は、シリウスと暮らせないと分かって以降、地道にダンブルドア先生と話し合いを重ねて実現したことだった。ダンブルドア先生は何がなんでもハリーはダーズリー家に帰らなければず、私の家をハリーの家とするとこは出来ないが、泊まるだけなら大丈夫だと最終的に許可をしてくれたのだ。

 シリウスはいつになく大張り切りで家中の掃除をし、ハリーのために自分の部屋を開け渡してリーマスの部屋に移った。リーマスの部屋はベッドが2台になり、かなり狭くなったが仕方がないだろう。シリウスとハリーを同じ部屋にするという案も出たにはでたが、これから関係を築いていくのにいきなり同じ部屋というのはかなりハードルが高いのではないかとなって、今回は別の部屋にすることになった。

 ウィーズリーおじさんから24日の夕方5時にハリーを迎えに行くと連絡が来たのは、数日後のことだった。