Blank Days - 012

門前払い

――Remus――



 夏が終わり、僕達はまたホグワーツに戻ってきた。
 いよいよ6年生となり、僕達は誕生日が早い順に遂に成人となる。校外で魔法が使えるようになる一方で、授業はこれまでの5年間とは異なり、O.W.L試験の結果で継続出来るか否かが大きく変わってくる。優しい先生だと「A」でも継続を許してくれるが、厳しい先生だと「O」でないと継続させてくれないので、いかにO.W.L試験が重要なものであるのか、多くの生徒が6年生になってから実感するのだ。中には成績が振るわず、必要な授業が継続出来ずに、なりたい職業を諦めざるを得ない生徒もいた。とはいえ、僕の場合は全部「O」を取ったとしてもなりたい職業にはなれないのだけれど。狼人間を雇ってくれるところなんてないのだ。

「不死鳥の騎士団に入りたい?」

 僕達がマグゴナガル先生の元を訪れたのは、6年生になって一番最初に行われた変身術の授業のあとだった。授業が終わるなり揃って押しかけてきた僕達に、マクゴナガル先生は何事かと目を白黒させていたが、やがて「進路変更して、不死鳥の騎士団に入りたい」と言うと厳しい目つきに変わった。因みに、僕達というのは、僕、ジェームズ、シリウス、そして、ピーターのことだ。夏休みに組織に入りたいと僕達が話すと、ピーターも入りたいと言ってくれたのだ。

「ポッター、ブラック、ペティグリュー――前学年の時、貴方方は闇祓いオーラーになりたいと言っていたはずですが?」
「そうです。でも、闇祓いオーラーではダメなんです。もっと例のあの人と――ヴォルデモートと戦える組織じゃないと。僕達、ヴォルデモートと戦いたいんです! 本気です!」

 とてもじゃないけれど快く「いいですよ」と認めてくれる雰囲気じゃないマクゴナガル先生にジェームズがそう言って食い下がると、先生はほんの一種、ギョッとした顔をした。けれども、すぐに真剣な表情に戻すと、鰾膠にべもなく言った。

「貴方がたが一体どうしてそのような考えに至ったのかは分かりませんが、騎士団は遊びではありません。当然、はいそうですかと認めるわけにはいきません」

 マクゴナガル先生は厳しい口調で言った。

「貴方がたのほとんどが成績優秀であることは認めましょう。グリフィンドール生らしい勇気があることも――けれども、貴方がたが本気でヴォルデモートと戦いたいなどと考えているとは思えません。なぜだか分かりますね?」
「…………」
「本気だと言うのなら、それ相応の態度というものがあります。ダンブルドア先生は問題児達の世話係ではないのです。組織は託児所ではありませんからね。貴方がたがもし本気なら、これまでの5年間の自分達の素行を見直し、ヘッドボーイを目指すくらいでないと話になりません。それにペティグリュー、貴方はもっと成績を上げる必要があります。O.W.L試験をギリギリ通過では話になりません。ダンブルドア先生に話すのもそれからです」

 いつになくキツイ口調でマクゴナガル先生は言った。先生は僕達がいつもの悪ふざけの延長でこんなことを言い出してると考えたから、組織は託児所じゃないなんて表現をしたのだろうか。そう考えると悔しくて悔しくて仕方がなかったが、本当はそうじゃないと分かったのは、マクゴナガル先生に「もう行きなさい」と言われたあとだった。先生の前から離れた直後、僕の耳には確かにこう聞こえたからだ。

「ああ、なんてこと――まだたった16歳だというのに――」


 *


 マクゴナガル先生から門前払いをされて以降、一番目に見えて変わったのは、ジェームズだった。これまでの態度――エバンズ風にいうと傲慢な態度――を改めるようになり、悪戯を仕掛けるようなこともしなくなった。ただ、スネイプに対しては例外だった。人が見ていない時にスネイプと鉢合わせようものなら、途端にジェームズもシリウスも呪いをかけようとした。スネイプが気に入らないというのも理由の1つではあったが、何もしないでいると、スネイプに呪いをかけられるのだ。

 スネイプは、スリザリンの悪い噂が絶えない生徒達とより密接に関わるようになった。エイブリーとマルシベールはその最たるもので、僕達が入学した当初監督生だったルシウス・マルフォイとも未だに交流があるらしい。どんどん闇の魔術に傾倒しているようだった。まるで、ジェームズと真逆の方法でエバンズの気を引こうとでもしているかのように、ジェームズとエバンズの距離が近づくにつれ、それはより顕著になった。

 そんなエバンズはといえば、O.W.L試験の時のスネイプ宙吊り事件以降、スネイプとの一切の関係を絶った。理由は、あの事件の日、スネイプを庇おうとしたエバンズにスネイプが「穢れた血め!」と言ったからだった。彼らは5年生の1年間の間にかなり関係が拗れていたのだが、その一言が決定打となり、エバンズはスネイプと友達でいることを辞めたのだ。スネイプはそれでも、エイブリーやマルシベール達と連むのをやめなかったし、闇の魔術もやめなかった。

 反対に、ジェームズとエバンズの関係は少しずつ変化が訪れていた。5年生のある時、シリウスが僕を探ろうとしているスネイプに腹を立てて暴れ柳の止め方を教えてしまった出来事が、ジェームズを見直す決定的なきっかけになったようにも思う。スネイプはジェームズや僕も共謀してそれを行ったと考えているようだが、実際のところはそうでなかった。シリウスは僕やハナのことを嗅ぎ回っているスネイプに嫌気がさして、つい口を滑らせたのだ。痛い目を見ればいいと考えていたことが裏目に出てしまったのだろう。とにかくシリウスは本当のことを漏らしてしまった。僕はもちろん、ジェームズも何も知らないところで、だ。どうせそんな勇気もないくせに、と皮肉と揶揄い半分、苛立ち半分というところだったのだろう。

 しかし、スネイプはシリウスが思っていたより勇気と根性があった。シリウスは、どうせ試せもしないから大丈夫だろうと僕達には話さず放置していたが、スネイプは満月の夜に教えて貰った方法を試そうと動き始めたのだ。気づいたのは、ジェームズ達が透明マントに隠れて暴れ柳のそばに行き、先に叫びの屋敷に行っていた僕と合流しようとした時だった。スネイプが入っていくのを目撃したのだ。ジェームズ曰く、その時のシリウスは顔面蒼白だったらしい。自分が何をやらかしたのか、シリウスはこの時初めて思い知ったのだ。

「俺が――言った――どうせ、そんな勇気ないだろうって――ほら、デイビィ・ガージョンが片目を失いかけたのはあいつも知ってるし――もし入り込んだとしても当然の見せしめだと――」
「それでリーマスがスネイプを襲って君は満足なのか。リーマスがそれでどれだけ傷付くか、考えなかったのか! 僕はスネイプが大嫌いだが、こんな方法は好きじゃない」

 ジェームズがシリウスに対して激怒したのは、後にも先にもこれきりだった。それから、ジェームズが血相を変えてスネイプを助けに行き、間一髪、理性を失った僕がスネイプを襲う前にホグワーツに引き戻した。スネイプは僕の正体を知ることとなったが、幸いにも怪我をさせたりしていなかったこともあって、ダンブルドアが口外しないようスネイプに約束を取り付けてくれた。話によると、その時にハナのことについても釘を刺してくれたようだった。

 因みに、シリウスはこのことについてかなり反省していた。満月が終わり傷の治療を受けて僕が戻ってくると床に這いつくばる勢いで謝り倒し、僕は結局シリウスを許した。そりゃ、僕は盛大に傷付いた。シリウスにとって、僕はスネイプに痛い目を見せるための道具に過ぎないのかと、やっぱり狼人間を誰かを傷付ける生き物としてしか見ていないのかと考えたりもした。けれども、あんなに謝るシリウスを僕は見たことがなかったし、僕は、僕のために動物もどきアニメーガスになってまで満月の夜に一緒にいようとしてくれたシリウスの友情を信じることにしたのだ。

 スネイプは、ダンブルドアに注意されたことによって、僕のことは探らなくなった。とはいえ、スネイプは一切の詳細が分からないハナについて、それからも探り続けていた。僕には散々謝ったシリウスもスネイプに対してはこれっぽっちも悪いとは思っておらず――この辺りが僕達とスネイプが分かり合えない大きな点だろう――結局、探りを辞めないことを腹に据えかねたジェームズとシリウスによるスネイプ宙吊り事件に繋がるのだが。

 何はともあれ、ジェームズが危険を省みずにスネイプを助けに行ったことでエバンズがジェームズを見直したのは事実だった。それ以前にもエバンズは、ジェームズがハナに優しく接していたことに好意的だったので、2人の関係性は前ほど険悪ではなかった。ただ、スネイプ宙吊り事件の時だけはエバンズは僕達にカンカンだったけれど。

 時々、あの時の僕達の姿を見たら、ハナはガッカリするだろうな、と思うことがある。スネイプが大量殺人鬼とかならいざ知らず、そうでもないのに1対複数で迫るのはフェアではないからだ。止めなかった僕にもハナは幻滅してしまうに違いない――そう考えると僕は度々居た堪れない気持ちになったが、次の満月の日のことを考えると都合よくその気持ちは忘れ去った。

 そんな事件続きの5年生を経て6年生となり、ジェームズが態度を改め始めると、エバンズはジェームズをかなり見直したようだった。それだけでなく、ジェームズがエバンズの「お小言」を真摯に受け止め改善しようとするので、最近では「貴方が仮にヘッドボーイに選ばれる奇跡が起こったら、デートくらいならしてあげるわ」と言うまでになり、ジェームズとエバンズの関係はかなり好転してきていると言って良かった。

 ただ、僕から言わせてみれば、エバンズはもっと前からジェームズを意識していたのではないか、と思う。だから突っかかるし、ハナに対して優しく接していたことにヤキモチを妬いたりしてみせるのだ。エバンズと仲がいいことが気に入らなくてスネイプに突っかかっていたジェームズと同じように。そう考えると、シリウスがいう「ジェームズの初恋はハナ説」はちょっと違うようにも思う。今では「ジェームズはエバンズに一目惚れ説」が僕の中では有力だった。

 とはいえこの辺りは実はジェームズ自身にも分かっていないのではないかと僕は思っている。だって、自分がどうしてスネイプのことが気に入らなかったのかさえ、ジェームズは5年生になってから気付いたのだ。恋愛の「れ」の字も興味なかったお子様だということは、分かり切っているだろう。そんなお子様がハナに対する気持ちを正確に理解していたなんて、到底考えられなかった。ただ、初恋云々は抜きにしても、ハナがジェームズにとって特別な何かだったことには変わりはないのだろうけれど。

 さて、悪戯をやめた僕達が何をしているかといえば、ホグワーツの詳細な地図の作成、ハナの家を守るための呪文や魔法道具の開発、そして、閉心術の訓練だった。特にレギュラスのことがあったばかりなので、閉心術の訓練は僕達にとって急がなければならない課題だった。これらにはもちろん、僕達の仲間であるピーターも関わっていたが、ハナと面識のないピーターには詳しいことが一切話せないのが申し訳なくてならなかった。ピーターにも黙っているとダンブルドアと約束したからだ。なので僕達はハナのことを話す時、ピーターに隠れてコソコソする必要があった。

 閉心術は、かなり難しいものだった。そもそも閉心術を覚えるには、開心術を使えなくてはならないので、訓練は開心術の練習から始まった。これには誰もが苦労し、初めて3ヶ月くらいは誰も呪文がつかえなかった。けれども、3ヶ月が過ぎるとお粗末ながらもジェームズやシリウス、僕は呪文が成功するようになり、ここから閉心術の練習が始まった。

 閉心術の練習が始まると、意外にもジェームズとシリウスが1番出来が悪かった。これまであらゆることをそつなくこなしてきた彼らが閉心術に関してはかなり苦戦したのだ。反対に思わぬ才能を見せたのはピーターで、ピーターは動物もどきアニメーガスになるのも、ジェームズとシリウスに散々手伝って貰わなくちゃいけなかったけれど、閉心術に関しては僕達のお粗末な開心術なら最初からすべて弾き返せた。

「ピーター、凄いじゃないか!」
「閉心術の才能があるぞ!」
「ピーターが一番はじめに出来るようになったね」

 僕達はピーターをほめそやしたが、この時、僕達は気付くべきだったのだ。ピーターが僕達に見られたくない感情を隠し持ち、僕達からすっかり心が離れ始めていたことに――。