Blank Days - 010

組分け困難者

――Peter――



 ホグワーツに入学する際、新入生達の所属寮を決める組分け帽子が僕の組分けに悩み続け、危うく組分け困難者になるところだったのはもう5年も前のことだ。組分け帽子を被るその瞬間まで、僕はてっきりどの寮よりも劣等生が多いとされるハッフルパフに組分けされるものだとばかり思っていたのに、蓋を開けてみたらなんと帽子はスリザリンにするか、グリフィンドールにするかで悩んだのだ。

 どうして組分け帽子がスリザリンとグリフィンドールで悩んだのか、僕にはさっぱり分からなかった。だって僕は父親がマグルの半純血だし、そんなだからスリザリンに選ばれるような純血主義ではない。狡賢くもない――と思う。それに、グリフィンドールに選ばれるような勇気だって持ち合わせていない。僕は痛いことも嫌だし、危ないことも苦手だし、頑張ることも好きじゃない。

 だから僕は、自分がハッフルパフに選ばれるものだとばかり思っていたし、なんなら選ばれたいとすら思っていた。だって、なんの取り柄もない僕にはぴったりな寮だ。努力するのはそんなに好きじゃないけど、ハッフルパフなら他の寮より優しい人が多いし、僕は嫌な思いをせずに済む。名前を言ってはいけない例のあの人が暗躍する危険な世の中になった今、僕自身が平穏無事に過ごせる寮はハッフルパフに違いなかった。

 それなのに帽子は散々迷った挙げ句、僕をグリフィンドールにした。何の勇気も持ち合わせていないこの僕がグリフィンドールだ。こんな臆病者な僕なんて、きっとすぐに周りの笑われ者になるに違いない。あからさまないじめられコースまっしぐらなスリザリンよりマシだったけど、それでも血気盛んなグリフィンドールも僕に最適な寮とは言えなかった。

 僕は危険なことなんて嫌なのに、危険に自ら進んで突っ込んでいきそうな人達ばかりの寮なんて恐ろしくて仕方なかった。もしそういう場面に遭遇したらどうなるだろう? 上手くそこから逃れる方法はあるだろうか。誰か強い人と友達になれて、守ってもらえたらいいのに。そうしたら安心だ。でも、こんな僕に友達なんて出来るだろうか。

 グリフィンドールで同室になったのは3人だった。
 ジェームズ・ポッターは明るくてにぎやかな人だった。面白いことや冗談をいうのが好きな人で、みんなのムードメーカーだ。真面目そうな感じはまったくしないのに勉強が出来て、箒に乗るのも上手で才能にも溢れている。しかも、入学して早々ハッフルパフのマグル生まれの子をいじめていたスリザリンの上級生に突っ込んでいくという武勇伝持ちだ(ただ、その時反撃し過ぎてマクゴナガル先生に減点されていた)。

 シリウス・ブラックは話題の人だった。ホグワーツ中にいる女の子の誰もが振り返るほどのハンサムだし、家族全員スリザリンという純血主義の家庭で育ちながらグリフィンドールに組分けされた異例の人なのだから無理もない。ちょっと無愛想で怖くてとっつきにくい雰囲気があるけれど、気を許している人の前ではよく笑う人だった。ジェームズと一緒であまり真面目ではなかったけれど、勉強はなんでもそつなくこなした。

 リーマス・ルーピンは優しい人だった。誰にでも親切に接することが出来る人で、ジェームズやシリウスとは違う穏やかなユーモアのセンスを持っている。ちょっとした一言にシャレが効いていて面白いのだ。病気がちなのか具合悪そうにしていることも多くて、月に1回は母親のお見舞いだの具合が悪いだのといって授業に出なかったけれど、欠かさず授業を受けている僕よりずっと勉強が出来た。唯一張り合えそうなのは魔法薬学だけだったが、それでも彼の方が僕よりずっと成績は良かった。

 僕以外の3人はあっという間に仲良くなった。ジェームズとシリウスは元々ホグワーツ特急で同じコンパートメントになった縁で既に意気投合していたけれど、リーマスもそんな2人の中にあっという間に溶け込んで行った。どうやらジェームズとシリウスは、リーマスの誰にでも親切なところやユーモアのセンスを気に入ったらしい。

 僕もジェームズやシリウスのような強い人と友達になりたかったけれど、彼らは僕のような何の取り柄もない臆病者にはまったく関心を示さなかった。唯一僕に親切にしてくれたのはリーマスだけで、彼はひとりぼっちで勉強も上手く出来ない僕をなにかと助けてくれた。しかも最終的には僕になかなか友達が出来ないことを見兼ねて、ジェームズやシリウスに「折角同じ部屋になったんだから」と仲間に入れるよう説き伏せてくれた。これがなかったら僕はずっとひとりぼっちだっただろう。

 こうして僕は、 僕を守ってくれそうな強い人 ・・・・・・・・・・・・・と友達になることに成功した。これはホグワーツで過ごすにあたって、とても意味のあることだった。ジェームズとシリウスとリーマスと一緒にいれば、宿題だって助けて貰えたし、嫌な人達からも守ってもらえたし、何より自分が強くなれた気がした。僕はひとりぼっちから一転、ホグワーツで一番の人気者達の仲間入りを果たしたのだ。

 僕は、それまでのひとりぼっちでは経験出来ないようなあらゆることを経験した。ホグワーツ生のほとんどが知らないような通路や隠し部屋を見つけたり、真夜中にこっそり寮を抜け出して、夜の城を探検したりもした。そのうち、リーマスが狼人間だと分かると、僕はジェームズとシリウスに手伝って貰って動物もどきアニメーガスになる練習を始めた。僕の学校生活はとても充実したものだった。少なくとも4年間は。

「君が一緒じゃなくて残念だったよ、ピーター」

 ホグワーツに入学して5年目の9月1日の朝、キングズ・クロス駅で再会したばかりの僕に、開口一番ジェームズが言った。僕は始め、ジェームズかそう言ったのは一緒に漏れ鍋に泊まれなかったからだろうと思った。実は夏休み最後の日、みんなで漏れ鍋に泊まってからキングズ・クロス駅に行こうという話が持ち上がっていたのだけれど、僕だけどうしても参加出来なかったのだ。しかし、その考えはちょっと違っていた。

「君も一緒だったらハナを紹介出来たのに」
「ハナ?」
「ほら、レイブンクローの幽霊殿さ。僕達がいつも話してる――昨日漏れ鍋で偶然会ったんだ」
「ピーター、僕も遂に会ったんだ! 本当に瞳が金色に煌めいて、オリエンタルな雰囲気があって、話に聞いていた以上に綺麗な子だったよ。それに僕のこと少しも怖がらなかった。僕のこと知ってるはずなのに、ニコニコ普通にしてくれたんだ」

 それから3人は代わる代わる昨日起こった出来事を僕に聞かせてくれた。シリウスとリーマスが来るまでの間、ジェームズが1人でマグルの街に繰り出そうとしていたところ、偶然彼女と会ったこと。それから家が近いことが分かり、遊びに行くことになったこと。マグルの駅で切符を買って、地下鉄に乗り、マグルのお店で買い物もして、大冒険をしたこと。訪れた家はマグルの家で魔法が一切なくて、面白いことだらけだったこと。お昼には電話でピザを注文して、マグルのお菓子や飲み物も飲んだことなど、兎に角たくさんだ。

 ハナという女の子の名前は、ジェームズとシリウスから度々聞かされる名前だった。初めはジェームズだったと思う。僕が3人と仲良くなって少し経ったころにその名前を聞いた。それから1年後、2年生の時にはシリウスも彼女と知り合った。そこから「レイブンクローの幽霊」というあだ名がついて、よく2人から話を聞くようになった。本人曰く違う世界からやってきているというその幽霊は神出鬼没で、滅多に会えないレアモノだ。ジェームズとシリウスはどうやらそんなよく分からないところが気に入っているようで、リーマスは話を聞くたびに「僕も会いたいな」と言った。

 僕はそのレイブンクローの幽霊が大嫌いだった。ジェームズとシリウスが僕の知らない話題で盛り上がっているのが嫌だった。そのうち僕の居場所にその子が居座っているんじゃないかと思うと怖くて仕方なくて、レイブンクローの幽霊なんてもう二度と現れなければいいのにとずっと思っていた。だってもし居場所を奪われたら、誰が僕を守ってくれるというんだろう。けれど、もう現れないだろうと安心している時に限って彼女はジェームズとシリウスの前に現れた。

 今回は遂にリーマスもその仲間入りだ。今まではリーマスも話を聞くだけだったからまだ良かったのに、とうとうリーマスもあちら側になってしまった。これから先、僕が知らない話題で3人が盛り上がるのを聞かなくちゃならないなんて真っ平ごめんだ。それでも、僕は3人に嫌われるとやっていけなくなるから、心にもないことを言うのだ。

「そっか、よかったね。僕も会いたかったな」

 そして、この日を境に僕と3人の間に少しずつ見えない溝が出来ていったのだった。