Blank Days - 008

真夜中の漏れ鍋

――Remus――



 ハナの家に侵入する日がやってきた。
 おじさんとおばさんがぐっすり寝静まったのを確認してから僕達は、ジェームズの透明マントを3人で被りこっそりとリビングへと向かった。1年生の時には3人でも余裕のあった透明マントは、今ではすっかり窮屈になっていて、動くたびに誰かと肩があたる始末だった。

 今回の計画のために、僕達はそれぞれ3つのものを持ち寄った。ジェームズは元々持っていた透明マントとヘアピン、シリウスは夏の前に用意していて3本の箒が入った魔法の鞄、そして僕はこの夏入手したロンドンの正確な地図だ。漏れ鍋からハナの家まではマグルの地下鉄を使っても20分はかかったので、地図を見て位置を確認しながら箒で飛んで行こうというわけだ。

 窮屈な透明マントでの移動を耐え、なんとかリビングに辿り着くと僕達は順番にマントを抜け出して暖炉の中に入り煙突飛行で漏れ鍋に向かう手筈になっていた。まず最初は僕で、次がシリウス、最後にジェームズの順だ。僕とシリウスがこっそり暖炉を使うのをジェームズが透明マントで隠すことになっている。

「さあ、ムーニー。最初は君だ」

 リビングにある暖炉の前に辿り着くと僕はジェームズに促されてこっそり暖炉の中に入り込んだ。煙突飛行は慣れたもので、僕は煙突飛行粉フルーパウダーをひと摘み暖炉に振りかけると、行き先を告げて真夜中の漏れ鍋に向かった。


 *


 真夜中の漏れ鍋は明かりが消され、暗闇に包まれていた。店員も客も誰もおらず、しんと静まり返っている。僕は次にやってくるシリウスのためにサッと暖炉の脇に避けながらジーンズのポケットに突っ込んでいた地図を取り出した。

 地図を広げてみるとサファイアブルーの輝くインクが、現在地の漏れ鍋からハナの家の辺りに向けて線を描き始めた。これは夏休み中魔法の使えない僕達がこの数日試行錯誤して作成したものだ。魔法薬の応用とかなんとかジェームズとシリウスが言っていたけれど、生憎僕は魔法薬があまり得意ではないのでこの魔法のインクはほとんど2人が作ったと言っても過言ではなかった。

「よお、ムーニー。もうすぐジェームズが来るぞ」

 しばらくすると漏れ鍋にシリウスがやってきて、それからまた更にしばらくするとジェームズも到着し、僕達はそれぞれ地図と魔法の鞄、そして透明マントを手に漏れ鍋を出てマグルの街へと繰り出した。マグルの街は真夜中でも街灯の明かりが煌めいて明るく、地図がはっきりと見て取れた。

「メアリルボーン、バルカム通りは大体北西だね」

 サファイアブルーのインクが輝く地図を見ながらジェームズが言った。

「そこの路地に隠れて箒に乗ろう。マグルに見つからないようにしないといけないからね」
「これ、バレたら予言者新聞に載るだろうね」
「そりゃいい。一躍大スターだ」

 僕達は近くにあった暗い路地に入ると、魔法の鞄から3本の箒を取り出して跨った。顔を見合わせると、誰もがホグワーツの外で行う大冒険にワクワクしていた。僕は真夜中にこっそり抜け出してこんなことを仕出かす罪悪感も多少はあったけれど、それでもワクワク感が優っているような気がした。

「さあ、行こう」

 透明マントを首にしっかりと巻きつけ半分透明になったジェームズがジェスチャーと共に上昇の合図を出すと、僕達は一斉に地面を蹴り上げて飛翔した。先頭を行くジェームズの透明マントが夜の闇に溶け、まるで星空を身に纏っているかのようになっている。

 箒の下を見下ろすとマグルの街には人っ子1人いなかった。それでも油断は出来ない――僕達は遥か上空へとどんどん上昇していき、遂にマグルから絶対見えないだろうところまで来ると、一路北西へと箒の先端を向けた。

 計画は順調だった。僕達は順調にハナの家に向かってロンドンの空を飛んでいたが、それでも寒さだけはどうにもならなかった。上空を飛んでいるからか、飛び始めて5分もすると手が悴んできて、全員がガタガタ震えていた。それでも耐えて耐えて耐えて、僕達はメアリルボーンのバルカム通りへと急いだ。

「あの辺りだ!」

 30分以上は飛んだかと思うころ、ようやく見覚えのある街並みが見えてきた。街灯の明かりだけが灯る暗がりで見ると昼間とはまた違った雰囲気があったが、確かにハナと歩いた場所だった。降り立ったマグルの駅、買い物をした店、家々が立ち並ぶ通りは今でも鮮明に思い出すことが出来て、楽しかった思い出と共に懐かしさと切なさが込み上げてくるような気がした。

「流石に家の目の前に降りるのはマズイだろうね」
「少し離れた所で降りよう」
「早く降りよう。もう寒さが限界だ」

 ハナの家から少し離れた場所に僕達は降りることにした。箒を魔法の鞄に仕舞い込むと、地図を見ながらバルカム通りへと進みハナの家へと歩いていく。バルカム通りに住む人々はみんな寝静まっているようでどの家も明かりが消え、ひっそりとしていた。

 そんな家々の中でも、ハナの家は殊更ひっそりとしていた。ここには誰も住んではいない――そんななんとも言えない空気感が辺りに漂っているようだった。分かっていたことだけれど、彼女はもうこの家にはいないのだ。

「開けるよ」

 ジェームズが2本のヘアピンを取り出して言った。それに僕とシリウスが頷くとジェームズはヘアピンの1つをL字に開き、鍵穴に1センチほど差し込むともう1つをV字に開き、また鍵穴に差し込んでカチャカチャとし出した。そうして1分後、

「ま、こんなものさ」

 カチャッと鍵が開く音がして、約1年振りに閉ざされていた玄関扉が開かれたのだった。