The ghost of Ravenclaw - 250

27. 生涯の友



「本当に小さいわ。そういう種類なのかしら――」

 やってきた灰ふうろうをしげしげと見つめ、私は言った。そんな小さな灰ふくろうは、ハリーの席に手紙を落とすと、任務を果たせた達成感からか、嬉しげにコンパートメントの中を飛び回っている。ヘドウィグとロキはそれが気に入らないのか嘴をカチカチ鳴らし、伏せって寝ていたクルックシャンクスは体を起こして椅子に座り直し、ふくろうの動きを目で追った。食べられると思ったのだろう――クルックシャンクスの様子に気付いたロンが、ふくろうをさっと掴んでクルックシャンクスから遠ざけた。

 手紙はハリー宛だった。ハリーはサッと手紙を取り上げて席にずり直すと、封を破り、早速手紙を読み始めた。すると、途中まで読んだところで、差出人が分かったのか、ハリーが嬉しそうに叫んだ。

「シリウスからだ!」
「「えーっ!」」

 ロンとハーマイオニーが興奮気味に身を乗り出した。

「読んで!」



 ハリー、元気かね?
 君がおじさんやおばさんのところに着く前にこの手紙が届きますよう。おじさんたちがふくろう便に慣れているかどうか分からないしね。

 バックビークも私も無事に過ごしている。この手紙が別の人の手に渡ることも考え、どこにいるかは教えないでおこう。実を言うと私の滞在先は魔法省には秘密にしているのでね。ダンブルドアが私の身元を保証するというんで、どうにかファッジを納得させてくれた……このふくろうが信頼出来るかどうか、少し心配なところがあるが、しかし、これ以上が見つからなかったし、このふくろうは熱心にこの仕事をやりたがったのでね。

 君も知っているだろうが、私は今、魔法省の事情聴取に応じている真っ最中だ。これが思ったよりも時間がかかっている。それから、君と一緒に暮らす件だが、まだ時間がかかりそうだ。どうにかダンブルドアと話をつけようと思ってはいるが、難しそうだ――ただ、ハナがいいアイデアを思いついてくれた。少し待たせるがそれほど遠くないうちに君にいい知らせが出来ることだろう。

 短い間しか君と会っていないので、ついぞ話す機会がなかったことがある。ファイアボルトを贈ったのは私だ。ハナも言い忘れているかもしれない――。



 そう言えばそうだった。いろいろあったので、そのことをハリーに話すのをすっかり忘れてしまっていた。私がそう思っていると、横からハーマイオニーが勝ち誇ったように「ほら!」と言った。

「ね! ブラックからだって言ったとおりでしょ!」
「ああ、だけど、呪いなんかかけてなかったじゃないか。え?」

 ロンがそう切り返して、途端に「アイタッ!」と叫んだ。灰ふくろうがロンの指を一本齧ったのだ。どうやら愛情を込めたつもりらしい。



 君のニンバスに手を加える材料を買いにダイアゴン横丁に行った際、注文をふくろう事務所に届けた。君の名前で注文したが、金貨はグリンゴッツ銀行の 711番金庫――私のものだが――そこから引き出すよう業者に指示した。君の後見人から、13回分の誕生日をまとめてのプレゼントだと思ってほしい。

 去年、君がおじさんの家を出たあの夜に、君を怖がらせてしまったことも許してくれたまえ。北に向かう旅を始める前に、ひと目君を見ておきたいと思っただけなのだ。しかし、私の姿は君を驚かせてしまったことだろう。

 私が必要になったら、手紙をくれたまえ。その前にとびきりいいプレゼントを用意しておくことにしよう。近いうちにまた手紙を書くよ。

 シリウス

 追伸
 良かったら、君の友達のロンがこのふくろうを飼ってくれたまえ。ネズミがいなくなったのは私のせいだし。ハナがずっとそのことを気にしていたからね。



 手紙を読み終えると、ロンは自分が抱えている灰ふくろうを見て、それから私を見た。どうやらシリウスは私と散々話し合っていたことを覚えていたらしい。私は微笑みながらロンに頷いてみせた。

「間違いなく、貴方へプレゼントよ、ロン」
「こいつを飼うって?」

 灰ふくろうはまだ興奮気味にホーホー鳴いていた。ロンは信じられないようにもう一度灰ふくろうを見て、ちょっとの間、しげしげと観察したかと思うと、やおら、ふくろうを持ち上げてクルックシャンクスの前に突き出した。

「どう思う?」

 ロンがクルックシャンクスに訊いた。

「間違いなくふくろうなの?」

 どうやら動物もどきアニメーガスではないか疑っていたらしい。しかし、クルックシャンクスが大丈夫だとばかりにゴロゴロ喉を鳴らすと、ロンはとうとう嬉しそうに笑った。

「僕にはそれで十分な答えさ。こいつは僕のものだ」

 キングズ・クロス駅までずっと、ロンはふくろうを眺めてご機嫌だったし、ハリーは何度も手紙を読み返していた。ハリーは汽車を下りても手紙をずっと握りしめていて、柵を通ってマグルの世界に戻ってきた時もやっぱり手紙はハリーの手の中にあった。

 柵の向こう側にはウィーズリー夫妻と共にバーノン・ダーズリーの姿もあった。ダーズリー氏はウィーズリー夫妻から十分に距離を取り、疑わしげに2人の様子を見ていたが、ウィーズリーおばさんがハリーを「おかえりなさい」と抱きしめた時、やっぱりこいつらは普通じゃなかった、と確信したような顔をした。因みに今回も私のお迎えはなしだ。シリウスは家から出られないし、リーマスはホグワーツを辞めた直後で生徒達と顔を合わせづらいからだ。もしこの場にリーマスが現れたのなら、途端に囲まれてしまうだろう。

 私は、ウィーズリー夫妻と挨拶を交わし、ロンとハーマイオニーに別れを告げると、ハリーと一緒にダーズリー氏の元へと歩み寄った。一言挨拶をしておくべきだ、と思ったのだ。ダーズリー氏は私が近づいてくるのが分かるとはっきりと分かりやすく嫌そうな顔をしたが、ハリーが何か握っているのが分かるとそちらち視線を移して凄んだ。

「そりゃなんだ? またわしがサインせにゃならん書類なら、お前はまた――」
「違うよ」

 ハリーは楽しげに言った。

「これ、僕の後見人からの手紙なんだ」
「後見人だと? お前に後見人なんぞおらんわい!」
「いるよ」

 生き生きとしながらハリーが言った。

「父さん、母さんの親友だった人なんだ。殺人犯だけど、魔法使いの牢を脱獄したんだ。僕といつも連絡を取りたいらしい……僕がどうしてるのか知りたいんだって」

 ダーズリー氏の顔に恐怖の色が浮かんだのを見てにっこりしながらハリーが続けた。こういうところはジェームズにそっくりだ。

「それに“幽霊”のお姉さんもいるよ。幽霊屋敷に住んでるんだ」
「幽霊だと?」

 ダーズリー氏がぎょっとしながら言い返した。

「そんなもんおらんわい!」
「いますよ、ここに」

 そう言って、私がハリーの隣に並ぶとダーズリー氏は苦虫を噛み潰したような顔でこちらを見た。どうやら私がいることを思い出してくれたらしい。私はにこやかに手を差し出して挨拶した。

「お久し振りです、ミスター・バーノン・ダーズリー。前回名前を名乗っていなかったかと――ハナ・ミズマチと申します」

 しかし、ダーズリー氏は私の手を握り返そうとはしなかった。私は肩を竦めて出し手を引っ込めると、続けた。

「その節は私の大事な弟が大変お世話になりました」
「弟だと――こいつにお前のような姉はおらん!」
「あら、ご存知ない? ジェームズとリリー・ポッターは私の後見人になるはずだった人です。つまり、ハリーは私の弟も同然です」

 きっぱりとそう言うと私は顔に笑顔を貼り付けた。しかし、にこやかな笑顔を作ったというのに、ダーズリー氏はますます顔を青くした。

「くれぐれもハリーもよろしくお願いします。さもなくば、凶悪殺人鬼と狼人間と一緒にご挨拶に伺わなくてはならなくなるでしょう」
「――話にならん! 行くぞ!」

 ダーズリー氏が逃げるようにその場をあとにすると、トランクやヘドウィグの入った鳥籠を乗せたカートをカタカタ揺らしながらハリーがそのあとを追った。脅しは大分効いたようだ。そう思いつつ、出口に向かうハリーの後ろ姿を見送っていると、ハリーが不意に振り返って、

「ありがとう、姉さん!」

 大きく手を振って、ウインクした。


 *


 キングズ・クロス駅をあとにすると、私はようやく帰路についた。電車に乗り換え、最寄駅であるベイカー・ストリート駅へと向かう。ロキはようやくご機嫌な灰ふくろうから解放され、ホグワーツ生の大群からも離れられたと思ったに、私がマグルだらけの電車に乗ったものだから、更に機嫌を悪くして電車に乗っている最中ずっと嘴をカチカチしっぱなしだった。

 メアリルボーン、バルカム通り27番地は、明かりがつき、賑やかな声が微かに漏れ聞こえていた。なんて話しているのかまでは分からないが、楽しそうだ。私が玄関を開けて中に入ると、やっぱり楽しげな様子のシリウスとリーマスがリビングから出てきて、「おかえり」と出迎えてくれた。

「ただいま。バーノン・ダーズリーに挨拶を済ませてきたわ」
「第一声がそれかい?」

 呆れたように笑って、私の手からするりとトランクを抜き取りながらリーマスが言った。反対にシリウスは面白そうにニヤッとしている。

「姉としての初仕事さ。な、ハナ」
「ハリーに何かしたら殺人鬼と狼人間と一緒に挨拶に行くって言ってやったわ」
「そりゃいい。まあ、私が殺人鬼で通るのは、無実がマグルの首相にも伝わるまで、だがな」
「まだ正式な判決は出ないの?」
「魔法省は失態続きで慎重になっている。事情聴取で何度同じことを聞かれたことか――」
「この夏は楽しいことが待ってるわ。元気を出して」

 励ますようにシリウスの背中を叩くと、私は2人と一緒にリビングへと入った。夕食の準備をしてくれていたのか、リビングには美味しそうな匂いが漂っている。機嫌の戻ったシリウスが「我らが女王のご帰還だ。今夜は豪勢だぞ」とやけに嬉しそうに教えてくれた。それを見て私は、今夜はチキンだな、と思った。

 シリウスが増えた我が家のリビングは、少しだけシリウスのものが増えていた。どこで買ってきたのかバイクの雑誌がテーブルの上に置かれ、いくつか印がつけられていたり、ヒッポグリフの飼い方にかんする本が数冊、棚に仕舞われている。けれども、暖炉の上の飾り棚は1年前に私が片付けた時のまま、空っぽになっている。私は自分のポシェットの中を探って写真立てを4枚取り出すと、それを定位置に戻した。

「さて、全員揃ったところでこの1年の君達の行動について話がある」

 私が写真立てを戻し終えると、リーマスが言った。

「2人共、そこに座って」

 これは、いつものお説教だ――私はシリウスと目配せし、肩を竦め合うと、渋々床に座った。こうなるとリーマスは長いのだ。シリウスはドカッと胡座をかいて座ろうとしたが、私が隣で正座をしたものだから、すごすごと長い足をどうにか折り畳んで正座っぽい格好で座った。

 リーマスはそんな私達の様子を腰に手を当てて見ていた。さて、一体なんのことで怒られるのだろうか。正直心当たりがありすぎる――今日は例年より更にお説教の時間が長くなるに違いない。そう思って床に視線を落とした途端、私はシリウス共々勢いよく抱き締められていた。リーマスが私とシリウスを抱き締めている――リーマスの後頭部越しにシリウスを見ると、私と同じように驚いた顔がそこにあった。

「おかえり」

 震える声でリーマスが言った。声だけでなく、その肩が震えている。私とシリウスの肩口がじんわりと濡れたような気がした。

「我が、生涯の友よ」

 私達はその夜、泣いて、笑って、この時を過ごせる喜びを分かち合った。暖炉の上では定位置に戻った4枚の写真がにこやかに手を振っていた。


第4章「The ghost of Ravenclaw / レイブンクローの幽霊」完