The ghost of Ravenclaw - 243

27. 生涯の友



 ファッジ大臣が鳥籠の中で逃げ惑うネズミの写真を捲ると、次に現れたのはそのネズミが人間に戻る瞬間の写真だった。我ながら上手く撮れている――私は紙焼きされた魔法の写真を見ながらひっそりとそう思った。目の前の写真の中では、まるで一瞬を切り取った動画のように、ネズミが人間になったりネズミに戻ったりを繰り返している。

 この写真を見てもなお、ピーター・ペティグリューが動物もどきアニメーガスではないと言う人がいるのならば、是非お目にかかりたいと考えるくらいには上出来な写真だった。欠けた指までもが綺麗に写り込んでいるので、ネズミは必死になって指を隠そうとしたが、無駄な抵抗と言えた。

 この写真の数々がシリウスにとっていいように働けばいいけれど――私は食い入るように写真を見つめたままのファッジ大臣を見た。大臣は目をこれでもかと見開き、驚愕の表情を浮かべたまま固まったままだった。

「ペティグリューが、生きている……?」

 ファッジ大臣が愕然とした声で呟いた。

「しかし……だったら…。あの指は、なんだったのだ。我々は、ペティグリューの両親に確かに彼の指を届けた……」
「コーネリウス、指をよく見てみるのじゃ」

 ダンブルドア先生が写真を指差して言った。

「ペティグリューの人差し指が欠けておる――」
「まさか、自ら切ったとでも言うのですか?」

 今度はマクゴナガル先生が青白い顔で訊ねた。

「あのペティグリューが……わたくしには、そんなことが出来るようには……とても……」
「ペティグリューは今夜、自ら自白しましたぞ。12年前のハロウィーンの1年も前から例のあの人のスパイだったと」

 スネイプ先生が何の感情も見えない声で言った。

「我輩はその一部始終を目撃しました。この男は、あたかもブラックが自分を殺したかのように見せかけて呪いを放ち、指を切り落としてネズミに変身して下水道に逃げ込んだ……未登録の動物もどきアニメーガスと知らなかった我々は全員、ペティグリューに騙されていた。あの大規模な呪いもこの男の仕業だと――すべては自らが生き残るために」
「しかし、スネイプ、ポッター家の秘密の守人はブラックだったはずだ」

 すっかり混乱しきった表情でファッジ大臣が指摘した。事情を把握しきれていないマクゴナガル先生もわけが分からないといった様子だ。学生時代、ジェームズ達の後ろをついて回るだけだったペティグリューが、まさかこんな裏切り行為を成し得るようには思えなかったのだろう。シリウスとリーマスがお互いのことをスパイだと勘違いしていたように、誰もが学生時代から天才肌で賢かったシリウスの方がスパイで当然、と思い込んでいたのだ。

「セブルス、12年前、ブラックこそが秘密の守人だったとアルバスが自らそう証言したのです――」

 困惑した表情のままマクゴナガル先生が言った。

「ペティグリューがスパイであることが真実であるとするなら、それはどう説明するのです? ブラックが秘密の守人であれば、たとえペティグリューがポッター家の隠れ家をブラックから聞き出していようと、誰にも――それこそあの人にすら秘密を明かせなかったはずです。忠誠の術とはそういうものではありませんか。まさか、忘れたわけではありませんよね、セブルス」
「当然――覚えております」

 マクゴナガル先生を一瞥して、スネイプ先生が静かに答えた。

「しかしながら、事実は“ポッター家の秘密の守人がブラックだった”という前提から異なる――ポッター家の秘密の守人は、校長の与り知らぬところで、密かにペティグリューに引き継がれていたのです」
「ペティグリューが秘密の守人だった……? スネイプ、それは本当か?」
「ブラックは誰もペティグリューを秘密の守人にしたなんて思わないだろうと。自分が囮となれば、ポッター家の秘密は確実に守られると愚かにも・・・・そう考え、ペティグリューに任せたのだそうです。実に愚かなことに・・・・・・・・

 自分がシリウスを助ける発言をするのが相当我慢ならないのか「愚かにも」を強調しながらスネイプ先生が言った。スネイプ先生はシリウスに対してそう発言することで、なんとか心の均衡を平保とうとしているようだった。学生時代、シリウスに唆されて危うく殺されかけたのだ。シリウスもスネイプ先生に対しては悪びれる素振りも見せなかったので、残念ながら、今回のことで両者の溝があっさり埋まることはないだろう。

「ペティグリューは、逃走後、いつでも情報が得られるよう、ウィーズリー家に潜み、ペットとして暮らしていたそうです。ハリー・ポッターと3年ほど同室だったとか」
「まさか、ロン・ウィーズリーのペットになりすましていたのですか?」
「左様――自らの主君が力を失っている状況で事を成そうなどという気がペティグリューに起きなかったのは幸いでしたな。しかし、例のあの人の復活の知らせが届いたら、どうなっていたのやら……自身の失態を許して貰うべく、ポッターを手土産にしたかもしれませんな」
「セブルス」

 ダンブルドア先生が静かに口を挟んだ。

「わしが知りたいのは、ブラックは一体どうやってペティグリューの存在を知ることが出来たのかということじゃ。一体どうやって知ったのかね?」
「ブラックは、大臣から新聞を貰った、と。我輩もその時の記事の切り抜きを今夜見ました。ロン・ウィーズリーの肩に、この写真とまったく同じ、指の欠けたネズミが――」
「“ヤツはホグワーツにいる”とは、ハリー・ポッターではなく、ペティグリューのことだったのか!」

 ファッジ大臣がハッとしたように声を上げた。

「確かに私はアズカバンの視察の際、ブラックに新聞を譲った……クロスワードパズルが懐かしいというんで……」
「グリフィンドール寮に忍び込み、ウィーズリーを襲ったのも、まさか」
「ネズミを捕らえようとしたのかと。どうやら、グレンジャーの猫を説得して協力させ、ロングボトムが書き置きしていたメモを盗ませたようですな。ハロウィーンの日に忍び込んだのも、生徒に危害を与えないように敢えてパーティーの時間を狙ったのかと……」
「なんということだ……これが真実だとすれば、大問題になる……いや、魔法省が始まって以来の大失態やもしれん……真犯人を野放しにしていた上、無実の男を12年もアズカバンに入れていたとなると……」

 ファッジ大臣が顔を真っ青にさせながら呟いた。

「セブルス、ブラックはこの1年、どこに潜んでいたのだ? それに、ペティグリューの生存を知り得たとして、どうやってアズカバンから脱獄をしたのだ?」
「ブラックは森に潜んでいたと供述しました――おそらく、ホグワーツに吸魂鬼ディメンターが配備される前に滑り込んだのでしょうな……。アズカバンも、吸魂鬼ディメンターが食事を運び入れる際、開かれた扉の隙間から逃げたと供述していました。大臣、囚人とはいえ、食事を与えなさすぎましたな。ブラックがいうには、ガリガリに痩せ細っていたのでそれを成し得たと」

 驚いたことに、スネイプ先生はシリウスが動物もどきアニメーガスであることは一切口にしなかった。もしかしたら何か考えがあるのだろうか――ダンブルドア先生を見ると、先生の明るい水色の目がそんなスネイプ先生のことを興味深そうに見つめていて、スネイプ先生は居心地悪そうに眉間に皺を寄せた。

「コーネリウス、これは早急に対応が必要かと思うがどうかね?」

 青白い顔をしているファッジ大臣にダンブルドアが訊ねた。一聞するとひどく落ち着いた口調だったが、どこか有無を言わせない雰囲気がヒシヒシと感じられ、ファッジ大臣は額に浮かんだ脂汗を袖口で拭った。

「恥の上塗りだ……魔法省は失態に失態を重ねてしまった……ペティグリューはもういない……私はもう間違いを犯せない……慎重にならねば……」
「今公表せねば、事実が知れ渡った時に自身や魔法省がどんな批判に晒されるか、よく考えるのじゃ。もし、今公表したのなら、コーネリウス、君は“イギリス中の国民を騙したペティグリューの狡猾さを暴いた賢明なる大臣”として知れ渡ることじゃろう」

 この事態に、ファッジ大臣はとうとう頭を抱え込んでしまった。最早、ファッジ大臣には事実の公表という選択肢しか残されていなかった。ダンブルドア先生とマクゴナガル先生がいる前で、私が撮った写真には何の不正もないと認めてしまったし、ダンブルドア先生が言うように、事実を隠蔽しようとすれば、大いなる批判がファッジ大臣に降り注ぐだろう。

「速やかに対処しよう……」

 ファッジ大臣が覇気のない声で言った。

「まさか本当にブラックが逃げてくれて良かったと思うことになるとは……。ハナ嬢、今夜君がカメラを持っていたのは幸運だった……」

 スネイプ先生も言及しなかったので、まさか私がシリウスと共謀したとは思いもしていないのか、ファッジ大臣がこちらを見て礼を述べた。私は持っていたのは偶々ですという表情を装いながら「お役に立てたのなら光栄です」とだけ口にした。その間、スネイプ先生は何を白々しいとでもいうかのようにこちらを睨んでいた。

「いやはや……兎にも角にも一先ず省へ帰らねば……」

 やがて、ファッジ大臣はそう言うと、写真の束の中からペティグリューが写ったものだけをローブの内ポケットに入れた。カメラ本体とホグズミードで私がセドリックと一緒に撮った写真とネガフィルムは、私がこのまま持ち帰ることになり、ペティグリューの部分のネガフィルムのみダンブルドア先生が保管することで話がまとまった。ファッジ大臣はペティグリューの部分のネガフィルムも持ち帰りたそうにしていたが、それだけはダンブルドア先生が首を縦に振らなかった。

「ダンブルドア、ブラックと連絡を取る手段はないだろうか……我々はブラックにも事情を聞かねばならない……」
「ブラックは、魔法省が誠心誠意対応すると知れば、逃げることなく喜んで魔法省へ出向くことじゃろう。その時は、わしが同伴するとしよう」
「ああ、よろしく頼むよ、ダンブルドア。しかし、これからいろいろ大きな予定があるというのに、この夏は忙しくなりそうだ……リータ・スキーター辺りが今回の記事を書かないことを祈るばかりだ」
「君にとってそう悪いことにはならんじゃろう。みんな騙されたのじゃ」
「全員、そう思ってくれたらどんなにいいことか……ダンブルドア、夜が明けぬうちにまたホグワーツに来ることになるかもしれない。まだ分からないこともある……しかし、私1人ではとても対応出来ない……」
「いつでも戻ってくるがよい。喜んで対応しようぞ、コーネリウス。さあ、一旦帰るのなら門まで送ろう――」

 先生達は魔法省へと帰るファッジ大臣を門まで見送ることになり、私もそんな先生達と大臣と共に魔法薬学の教室をあとにすると、玄関ホールまで一緒に向かうことになった。玄関ホールで先生達と大臣と別れたあとは、ひと足先に医務室へ戻ることになっている。すっかり忘れかけていたけれど、カンカンになったマダム・ポンフリーが止めるのを無視して出てきたので、戻ったあとかなり怒られるだろうな、と私は頭の片隅で考えた。

「ハナ嬢、錯乱などと話を聞かずにすまなかった……」

 玄関ホールまで来ると、ファッジ大臣が言った。その表情はどこからどう見ても疲れ切っている。

「君にも、カメラの件でまた事情を聞かねばならないかもしれない。その時は是非協力してほしい……」
「はい、大臣」

 私は背筋を正し、キビキビと答えた。

「真実を明らかにしてくださるのなら、いつでも喜んで」