The ghost of Ravenclaw - 242

27. 生涯の友



 大理石の階段の左側にある扉から、私達は城の地下へと下りた。暗く、夏でもひんやりと寒々しい廊下をスネイプ先生を先頭にして歩いていく。スネイプ先生の後ろには、涼しげな顔をしたダンブルドア先生、固い表情のマクゴナガル先生、噴き出す汗をしきりに拭っているファッジ大臣、それから私と続いて列をなしている。なんだか奇妙な一団だ。最後尾を歩きながら、私は思った。

 それにしても、スネイプ先生が写真の現像が出来るとは思いもよらなかった。写真を好むようには見えないけれど、写真の現像には興味があったのだろうか。それとも、誰にも見られたくない写真を現像したかったのだろうか――いや、そこまで考えるのはいくらなんでもよくないだろう。私は頭を振って考えを振り解いた。

 私の前を歩くファッジ大臣はこの状況に困惑しきりの様子だった。けれども、スネイプ先生のポケットの中に入れておくというのは、思った以上にいい案だったらしい。大臣が素直にカメラの確認に応じたのは、シリウスが逃げ果せたあとでは、その存在を無視しきれなかったというのもあるが、私が直接手渡すよりも説得力があったからに違いない。大臣はスネイプ先生が手渡したからこそ、私の証言を信じられたのだ。

 やがて、スネイプ先生の研究室まで来ると、私達はその隣にある魔法薬学の教室へと入った。写真の現像に使用する道具は研究室の方にあるらしいが、流石に5人全員が研究室に入ると現像どころではないからだ。作業は普段、生徒が使っているテーブルの1つで行うようで、スネイプ先生はテーブルの上に置かれたままの道具を杖を一振りして綺麗さっぱり片付けると、もう一振りして研究室からさまざまな道具を呼び寄せた。

 写真の現像の道具は見慣れないものばかりだった。筒状の容器もあれば、空のリール、手をすっぽり入れられるくらいの大きさの真っ黒な袋、見たこともない楕円形の道具に、液体も3種類ほどある。他にも温度計や懐中時計が用意され、それらの道具が出揃うとスネイプ先生を中心に私達はテーブルを取り囲んだ。

「ファッジ大臣」

 スネイプ先生が静かに口を開いた。

「これから行うことに一切の不正がないことの証人を」
「――よかろう」
「ダンブルドア校長とマクゴナガル先生もよろしいですかな?」
「もちろんじゃとも」
「ええ、わたくしももちろん」

 なるほど、すべてをつまびらかにし、魔法大臣自らに不正がないとする証人になってもらうのは賢いやり方だ。隅で話を聞きながら私は思った。しかも、ダンブルドア先生とマクゴナガル先生の2人がこの場に同席することによって、ファッジ大臣は後々「あの写真は細工がされていた」などとは言えなくなるのだ。そんなことないとは思いたいが、念には念を入れた方がいいだろう。因みに私は写真を撮った張本人なので証人にはなれない。恐らく、カメラの説明をするために呼ばれただけだろう。

「では、まずカメラの確認を」

 スネイプ先生はそう言うと、フィルムを取り出す前にファッジ大臣にカメラを手渡した。カメラを受け取ったファッジ大臣はそれを上から覗いてみたり、ひっくり返して裏から覗いてみたりしながら、カメラにおかしいところがないか確認している。ダンブルドア先生とマクゴナガル先生も横からそれを覗き込み、時折杖でコツコツ叩いたりして、一緒になって確かめた。

「フム――カメラに魔法がかけられた痕跡があるようじゃの」

 ダンブルドア先生がしげしげとカメラを眺めて言った。

「しかし、悪いものではないとみえる……」
「ミズマチ、カメラにはどのような魔法がかけてあるのですか?」
「このカメラは、去年の8月31日にダイアゴン横丁にある店で購入したものです。元々、手振れ補正魔法がついていて、加えて、強力な保護魔法をかけています。たとえ粉々呪文でも、このカメラはビクともしないでしょう。それから、呼び寄せ呪文の無効化もしています」
「実に上手くかけられていますね。どちらも貴方がかけたのですか?」
「いいえ、保護魔法の方は・・・・・・・シリウス・ブラックがかけました」

 私は敢えて呼び寄せ呪文の無効化の方には触れずに答えた。すると、シリウスの名前を出したからか、私が呼び寄せ呪文の無効化に言及しなかったことなんかすっかり忘れ、ファッジ大臣もマクゴナガル先生も驚いた声を上げた。

「ブラックが? どうしてブラックがカメラに呪文をかけたのかね――?」
「私がペティグリューを写真に収めたからです。シリウス・ブラックは、ペティグリューに破壊される可能性を考え、カメラを保護したのです」

 おそらく、呼び寄せ呪文の無効化は私が行ったと考えたに違いない。私自身が、なるべくそう思ってもらえるような言い方をしたからだ。なぜなら、セドリックが今回の件に関わっていると知られれば、逆転時計タイムターナーの使用を疑われるかもしれないからだ。ハーマイオニーはマダム・ポンフリーがずっと医務室にいたと証言したから疑われはしないだろうが、セドリックにはアリバイがないのである。

 なので、セドリックのことは最後まで無関係を貫くのが得策といえた。ダンブルドア先生もいるからフォローはしてくれるだろうけれど、もし時を戻ったことがバレたらすべてが台無しになってしまう。とはいえ、このカメラの最初には私とセドリックがホグズミードで撮った写真が何枚か写っているので、そのことについては話さなければならないだろうけれど。

「ハナが話してくれた魔法以外の痕跡は見られないようじゃの。どうかね、コーネリウス」
「確かにそのようだ……」
「では、カメラに怪しい点はないということでよろしいですかな」
「ああ、構わん。魔法大臣の名において、怪しい点はないと証明しよう……」

 カメラの確認が終わると、スネイプ先生は現像作業に移った。カメラからフィルムケースを取り出し、楕円形の道具を使ってフィルムを数センチ引き出すと、真っ黒な袋の中で空のリールに巻きつけ始めた。スネイプ先生はその作業を1つ進める度に手を止め、ファッジ大臣達に不正がないかをしっかりと確認させた。

 リールに巻きつけられたフィルムは、真っ黒な袋の中で筒状の容器に入れられてから取り出された。真っ黒な袋の中で作業をするのは、フィルムに光が入ると感光して真っ白な写真になってしまうからだろう。袋から取り出された容器には、一定の温度に温められた液体の1つが注がれ、またファッジ大臣の確認が入った。それからスネイプ先生は杖を飛び出すと、何やらブツブツと呪文を唱えながら杖先で容器を数度叩き、一定のリズムでくるくると杖を回し始めた。

 しばらくの間、スネイプ先生は杖をくるくる回し続けていたが、やがてその手を止めると容器に注いだ液体を捨て、今度は違う液体を注ぎ入れた。どうやら容器には専用の注ぎ口があり、蓋を全開にせずとも液体の交換が出来るようになっているらしい。そうして、2つめの液体が注がれると、スネイプ先生はまたブツブツ呪文を唱えて容器を杖先で叩き、一定のリズムでくるくると杖を回した。

 2つ目の液体は最初のものよりも早い時間で捨てられ、容器には3つ目の液体が注がれた。液体を注いだあとにやることは、これまでと変わりはなかったが、今度は杖をくるくる回す時、時計回りに回したり、反時計回りに回したりした。そして、長い時間液に浸したかと思うと、3つ目の液も捨てられて、ようやく容器の蓋が開けられた。

 リールに巻きつけられたフィルムが取り出されると、水で丁寧に洗い流され、またファッジ大臣が確認した。確認を終えると、スネイプ先生は杖をひと振りしてフィルムを乾燥させ、現像を終えたフィルムは6コマずつに切り分けられた。本来なら乾燥に時間がかかるのだろうが、魔法とはなんとも便利である。

「ここから紙焼きに入ります」

 スネイプ先生が大きな機械のようなものと印画紙を呼び寄せながら言った。バットも2つ用意され、片方には1つ目の液体を、もう片方には3つ目の液体が入れられている。どうやら、この大きな機械にフィルムやインク、印画紙をセットしてようやく私達のよく見る写真の状態となるようだ。液も2種類用意されたので、印画紙を浸す必要があるのだろう。

「部屋が暗くなるのでご注意を――」

 準備が整うと、スネイプ先生がそう言って部屋の明かりをすべて消した。魔法薬学の教室が一瞬真っ暗になり、ファッジ大臣が驚いたように声を上げたかと思うと、まもなく、通常の明かりとは異なる、ぼんやりと赤い光が1つだけ灯された。

「明かりが赤いのはなぜかね?」

 普段、写真の現像など目にしないからだろう。ファッジ大臣が少し興味をそそられたように訊ねた。

「暗くてどうにも手元が見えづらい――」
「他の明かりだと写真に影響が出るためです。大臣、ご容赦を。それから、念のため、すべての写真を紙焼きしますが、よいですかな? どうやら今夜の写真の前にもミズマチがいくつか撮っているようで――すべての写真を検めた方がこの写真が今夜撮られたものだと大臣も納得がいくかと」
「よかろう――ハナ嬢、写真を見せて貰っても構わんかね?」
「はい、構いません」

 頷きながら私は答えた。

「クリスマス休暇の前にホグズミードへ行った際、ハッフルパフの5年生のセドリック・ディゴリーと撮った写真です。ゾンコのクリスマスツリーをご覧になれば、大臣もそれが今年の飾りつけだとお分かりになるでしょう」

 まもなく、印画紙への紙焼きが始まった。
 スネイプ先生が引き伸ばし機に呪文をかけると、フィルムと印画紙が自動でセットされ、印画紙へ紙焼きされていく。紙焼きを終えた印画紙は次から次へとバットの中の2種類の液体に順番に飛び込んでいき、最後にまたスネイプ先生の元へ戻っていくと、先生がそれらにブツブツと呪文をかけた。呪文をかけられた写真はあっという間に乾燥され、よく見る魔法の写真が出来上がった。

「大臣、ここまで不正はありましたかな?」

 すべての写真が出来上がると、教室の明かりを戻しながらスネイプ先生が訊ねた。写真は1つに重ねられ、ファッジ大臣の目の前に置かれている。どうやら撮った順番で並べられているようで、1番上はホグズミードを楽しむ私とセドリックの写真だ。写真の中で、私とセドリックが不思議そうな顔をしてファッジ大臣を見返している。

「不正はないようだ……」

 ファッジ大臣が呟くように言った。

「それに、ハナ嬢の証言どおり、写真の最初はホグズミードのようだ……」
「では、コーネリウス、写真を見てみることにしようかの」

 ダンブルドア先生が言った。

「何が写っているのか分かれば、果たしてハナやハリーが本当に錯乱していたのかも、知ることが出来るじゃろう」

 遂にこの時が来たのだ――ファッジ大臣が写真の1枚目を手に取り、左側に置くのを固唾を呑んで見守った。私とセドリックが写った写真が1枚、また1枚と左側に積み重ねられていき、鳥籠の中で逃げ惑うネズミの写真になり、そして、

「これは……なんということだ……」

 ファッジ大臣の目が驚愕に見開かれたのだった。