The ghost of Ravenclaw - 241

27. 生涯の友



 スネイプ先生が目覚めて数分後、私は真夜中を過ぎたホグワーツの暗い廊下を歩いていた。医務室を出る際、スネイプ先生には何も聞かされなかったけれど、ローブのポケットに入れられたカメラに気付いてから私を呼びつけたのを察するに、おそらくこれからダンブルドア先生か、もし間に合えば、魔法省へと帰ろうとするファッジ大臣に会うのだろう。シリウスが逃げ果せた今、ファッジ大臣は否応なしにでもスネイプ先生から事情を聞き、差し出されたカメラの中身を確認しなければならないはずだ。

 すべて上手くいけばいいけれど――私は隣を歩くスネイプ先生をチラリと見上げた。つい数分前に私を呼びつけた張本人であるスネイプ先生は、ほんの少し前に目覚めたばかりだというのに、先程まで気を失っていたことを微塵も感じさせずに歩いている。それもこれもマダム・ポンフリーの治療の賜物だろうが、そのマダム・ポンフリーはというと、私達が許可もなく医務室を出て行こうとするのでそれはもう憤慨していた。あの様子だと帰った時、かなり怒られそうだが、致し方ない。今はそれどころではないのだ。

「ミズマチ、これをいつ我輩のローブに入れた?」

 医務室を出てしばらくして、ローブのポケットからカメラを取り出すと、スネイプ先生が訊ねた。どうせお前の仕業だろうとでもいうかのようにジロリとこちらを見下ろすスネイプ先生の足は、玄関ホールへと向かっている。ホグワーツでは姿くらましも姿現しも出来ないので、魔法省へ帰るのならば、一度校門から出る必要があると分かっているからだろう。ダンブルドア先生を捕まえるにしてもファッジ大臣を捕まえるにしても、一度玄関ホールへ向かうのが手っ取り早いというわけだ。

「分かりません」

 足早に廊下を進むスネイプ先生の横を小走りになってついて行きながら私は答えた。もちろん、いくらスネイプ先生といえども、時を戻ってあれこれしたことは話すわけにはいかない。スネイプ先生はしらを切る私の顔をじっと見つめていたけれど、やがて、ふいっと視線を前に戻した。もしかしたら開心術を使われたのかもしれない。私は閉心術を使えるようになっていたことに内心安堵しつつ、本当に知りませんという顔を装って続けた。

「私はスネイプ先生のローブに何かする暇はまったくありませんでした。スネイプ先生が気を失われたあと、私のカメラはペティグリューに吹き飛ばされてしまいましたし、それを探す余裕もありませんでした。逃げたペティグリューを追うのでいっぱいで……」
「ペティグリューはどうなった?」
「途中で見失いました……すみません……」
「ヤツは昔から逃げ足は速かった」

 スネイプ先生が憎々しげに言った。

「いつでもポッターとブラックの陰に隠れていた――」
「ネズミの動物もどきアニメーガスというのは厄介ですね。魔法省はシリウスの時よりも探すのに苦労するでしょう」
「見失ったあとはどうなった?」
「見失ったあと……吸魂鬼ディメンターが本当にたくさんシリウスの元に集まっているのが見えました。悲鳴が聞こえて、ハリーもハーマイオニーも私もそちらに向かって……間一髪のところで、吸魂鬼ディメンターは対処出来ましたが――」
吸魂鬼ディメンターが対処出来ただと?」
「私は守護霊の呪文が使えます」

 まさかハリーも時を戻って私達を助けたなんて言えるはずもなく、私はきっぱりとした口調でそう答えた。私が吸魂鬼ディメンターを追い払ったわけではなかったけれど、私が守護霊の呪文を使えるのは嘘ではないのでバレはしないだろう。

「証拠を見ますか? 私の守護霊は鷲です」
「いらん――続きを話せ」
吸魂鬼ディメンターが立ち去ったあと、気を失っていたシリウスとハリーとハーマイオニーを連れて先生とロンのところに戻りました。そしたら、吸魂鬼ディメンターの騒ぎを見た大臣達が校庭に出てきて――」
「なるほど……しかし、我輩がポケットに入れているはずのマントもなくなっているが?」

 再びこちらに視線を戻すと、疑わしげな目をしながらスネイプ先生が言った。私は相変わらず素知らぬ顔をして答えた。

「分かりません……可能性があるとしたら……クルックシャンクスだけかと。私がみんなを連れて先生とロンのところに戻った時、クルックシャンクスはいなくなっていました。あの子はとても賢い猫なので――」
「ほう……猫がすべてやったと言うのかね?」
「あくまで可能性の話です。ですが、あの子は私達の話をしっかり理解して行動してくれます。それに、シリウスの命を体を張って守ろうとしてくれる子です。カメラが私達にとって、どれだけ重要なものか、そして、スネイプ先生の証言がどれだけ影響力があるか、しっかり理解していてもおかしくはありません」

 実際、スネイプ先生のポケットにカメラを入れたのも、透明マントを持ち出したのもクルックシャンクスなのだ。スネイプ先生はなおも疑わしそうに私を見ていたが、それ以上何かを言うことはなかった。やがて、私達の間に会話がなくなり、玄関ホールが近付いてくると、次第に別の誰かの話し声が聞こえるようになってきた。耳を澄ましてみると、何やらファッジ大臣が未だにブツブツと不満を漏らしているようだった。

「何かの呪いにでもかかった気分だ」

 ファッジ大臣がイライラと言った。

「ブラックには二度も逃げられるわ、吸魂鬼ディメンターは子どもに接吻キスしようとするわ、ヒッポグリフには逃げられるわ……予言者新聞になんと書かれるかと考えるとまったく気が重い……リータ・スキーター辺りに記事を書かれようものなら……」
「ブラックがどこへ逃げたのか、心当たりはあるのかね?」
むしろ私がそれを聞きたいくらいだ、ダンブルドア。しかし、しばらくホグワーツには寄りつかなくなるだろう。吸魂鬼ディメンターも今、マクネアに対応してもらっているところだ……」

 話し声が聞こえてくると、スネイプ先生は更に足を速め、廊下をズンズン進んでいった。私も遅れないよう足を速めたが、スネイプ先生とは歩幅がまったく違うので、次第に距離が離れ、その度に私は走るスピードを上げ、最後はほとんど走っていた。玄関ホールはもう目の前に迫っている。正面玄関の扉の前にファッジ大臣、ダンブルドア先生、マクゴナガル先生が立っていた。

「それと、スネイプが目覚めたら連絡をくれないか。彼には必ず事情を聞かねばならない」

 扉に手をかけて、ファッジ大臣が言った。すると、

「必要とあらば今すぐにでも」

 玄関ホールへと足を踏み入れたスネイプ先生が、真っ黒なローブを翻しながら3人のもとに歩み寄った。そんなスネイプ先生のことを、ファッジ大臣とマクゴナガル先生は驚いたように、ダンブルドア先生は心なしかキラキラとした目で振り返った。ダンブルドア先生はこれから起こる出来事の一部始終を見るのが楽しみで仕方ないといった様子だ。

「おお、スネイプ! 目覚めたのかね!」

 扉から手を離し、スネイプ先生の方へと歩み寄りながらファッジ大臣が言った。私もそのあとについて行き、スネイプ先生の1メートルほど後ろで立ち止まった。

「君の話を聞きたいと思っていたところだ……ブラックが再び逃げ果せた今、君の証言だけが頼りなんだ。今夜、本当は一体何があったのかね? ハナ嬢もハリーも錯乱の呪文にかけられてしまい、何が何だか分からんのだ……」
「それでは大臣、これからブラックが逃げたことを感謝せねばならんでしょうな」

 抑揚のない声でスネイプ先生が言った。その表情は不機嫌そのものだ。大嫌いな男の弁護をするなんてまったくもって心外だとでも思っているような表情だった。カメラを持っていない方の手が固く握り締められている。スネイプ先生とシリウスとの間にある溝は余程深いらしい。

「ブラックが逃げたことを感謝……? 何を言ってるのかね? そもそもスネイプ、君だってブラックから呪いをかけられたばかりじゃないか」
「大臣、我輩は今夜、死んだはずのペティグリューをこの目で見ました。そもそも、我輩に呪いをかけたのも、ブラックではなくペティグリューです。ペティグリューを連行する途中で杖を奪われ、呪いを……」
「スネイプ、ペティグリューは死んだのだ。まさか、君までそんな――」
「セブルス、大臣の仰るとおりです」

 マクゴナガル先生が言った。

「ペティグリューは12年も前にブラックが殺したのです」
「必要とあらば、証拠をお出ししましょう」

 戸惑いの表情を浮かべるファッジ大臣とマクゴナガル先生の前にスッとカメラを差し出しながらスネイプ先生が言った。カメラを目にしたファッジ大臣の顔に驚愕の表情が浮かび、そして、私をチラリと見遣った。

「まさか――例のカメラか? いやしかし、カメラは錯乱したハナ嬢のデマカセではないのかね……?」
「ミズマチが錯乱?」

 スネイプ先生がせせら笑った。なんだか弁護しているというよりは悪役のそれだ。

「大臣、運のいいことに、我輩の研究室に現像のための道具が揃っています。写真の中身を確認すれば、ミズマチが本当に錯乱していたかも分かるでしょうな」