The ghost of Ravenclaw - 225

25. 失われた証拠



 ダンブルドア先生やファッジ大臣達に発見されてから20分後――城内にいるすべての職員が叩き起こされた。ネグリジェにガウンを引っかけた状態のマクゴナガル先生にスプラウト先生、星柄の三角のナイトキャップを被ったままのフリットウィック先生が次から次に私達の元にやってきては、倒れているシリウスを見て驚きの声を上げたり、叫び声を上げた。

 まもなく、シリウスは8階にあるフリットウィック先生の事務室に連れて行かれることに決まった。どうしてわざわざ8階まで運ぶのかといえば、そこなら窓から飛び降りて逃げ出すことも難しいし、人数が少ない中での警備も比較的やりやすいだろうとダンブルドア先生が仰ったからだ。事務室がある塔の出入口を空いている先生達で警備すれば逃げられやしないだろうと、ファッジ大臣も納得した形だ。けれどもその実、ダンブルドア先生が出来る限り私に時間を作ってくれようとしていることは明らかだった。8階に連れていくまでにはかなりの時間がかかる。

 事務室までシリウスを運ぶのはダンブルドア先生、ファッジ大臣、マクネア、フリットウィック先生の4人となった。ダンブルドア先生が念には念をと、4人で連れていこうと仰ってくれたからだ。先生達はシリウスをロープで縛り、猿ぐつわを噛ませ、魔法で創り出した担架に載せると、慎重に城内へ運び込んでいく。私はそれを黙って見送りながら、ポケットに捩じ込んだ巾着が見つからないことを祈った。もし逃げ出さなければならない状況になったとしても、あれさえあれば、シリウスはしばらく生きながらえることが出来るだろう。

「ミス・ミズマチ、貴方は他の4人と共に急いで医務室へ行かなければなりません」

 シリウスが連れていかれてしまうと、マクゴナガル先生が立ち尽くしたままの私の元にやってきて言った。青白い顔をした先生は痛ましい表情で私を見ている。そのすぐ近くでは、スプラウト先生が担架を4つ創り出して、ハリー、ロン、ハーマイオニー、スネイプ先生を載せているところだった。

「ウィーズリーやスネイプ先生も呪いを受けてひどい状態ですが、貴方も間違いなくひどい状態です。すぐに手当てしなければ――」
「あの、ロンとスネイプ先生は大丈夫でしょうか……」
「マダム・ポンフリーなら、間違いなく治してくれるでしょう。さあ、歩けますか? 私はスプラウト先生とあの4人を運ばなければ……」

 マクゴナガル先生とスプラウト先生、それに担架に載せられたハリー、ロン、ハーマイオニー、スネイプ先生と共に私は城へと戻った。医務室では、連絡を受けたマダム・ポンフリーがもうすっかり準備を整えていて、ベッドが5台、横一列に並べられていた。マダム・ポンフリーはやって来た先生達にキビキビと指示を出し、向かって右側からスネイプ先生、ロン、ハリー、ハーマイオニーと順に寝かせていくと、最後に残った一番左端のベッドの3方をぐるりと衝立で囲み、そこに私を押し込んだ。

「そのまま少しだけお待ちなさい」

 マダム・ポンフリーはそれだけ言うと、衝立の向こうに消えていった。すぐにマクゴナガル先生とスプラウト先生がこれまでの経緯を話す声が聞こえ、やがて2人が医務室を出て行くと、マダム・ポンフリーが忙しなく動く足音が聞こえ始めた。私は、血だらけのままベッドに横になる訳にもいかず、ベッドの横に突っ立ったままマダム・ポンフリーを待った。私のベッドの周りだけ衝立を置いたのは、服を脱いでから怪我の手当をしなければならないからだろう。唯一衝立の置かれていない枕元の方には窓が1つあり、満月がぽっかり浮かんでいる。

 怪我の手当てをしたら、マダム・ポンフリーはそれがどんな怪我なのか分かってしまうだろうか。これからのことを考えて、私はひどく憂鬱になった。リーマスが森の中で野放しになっていることを伝えた方がいいのだろうけれど、それによって彼がどんな扱いを受けるのか考えると、気が進まないというのが本音だった。それに、シリウスをどう助けるか考えなければならない――私は衝立の隙間からチラリとスネイプ先生の様子を確かめた。スネイプは一番向こう側のベッドに横たわったままピクリとも動かない。マダム・ポンフリーがそんなスネイプ先生の横に立ち、何やら手当てをしている。私のところに来るまでにはもう少しかかるだろう。

 私はそっと窓辺に寄ると、そっと窓を開けて辺りを見渡した。外には誰もおらず、今のところ人目もない――カメラを回収するなら今しかない。そうして、カメラが無事に回収されたら、それを持って急いで8階まで行けばどうにか接吻キスの執行を遅らせることは出来るかもしれない。カメラの現物を差し出されれば、錯乱の呪文だなどと言って無下には出来なくなる。そうすれば、現像して写真を確認するまで、時間を稼げるだろう。その間にスネイプ先生が起きてくれたら、ペティグリューをこの目で見たと言ってくれるだろう。私は杖を取り出し、一振りした。しかし、何事も起きない。

「どうして?」

 私はもう一度杖を振った。けれども、どこからもカメラは飛んでくる気配がない――まさか、カメラが壊れてしまったのだろうか。ペティグリューに逃げられてしまった今、あれだけが確かな証拠だというのに。どうしよう。カメラがないとシリウスが助けられない。もう一度、今度は小声で呪文を唱えて使おうとしたところで、マダム・ポンフリーの足音が聞こえて、私は窓を閉め、杖を仕舞うと何もしていないフリを装った。

「遅くなりました。ミス・ミズマチ、怪我の具合はどうですか?」
「なんとか、大丈夫です。気を抜くと痛みが戻ってくるんですが、あまり痛みを気にするどころではなくて……」
「そうでしょうとも。あんなことがあったあとですからね。さあ、診察をして怪我の手当てをしましょう」

 マダム・ポンフリーにローブを脱ぐのを手伝って貰うと、私はスツールに腰掛け、診察を受けた。校医だから当然といえば当然だけれど、マダム・ポンフリーは驚くほど治癒呪文が上手かった。骨折していたらしい左腕は呪文一つで元通りにしてくれ、怪我も丁寧にハナハッカ・エキスを塗りこんでくれた。最後に血も呪文で綺麗さっぱりなくなり、10分もすれば、私はローブが破けていること以外は怪我1つない状態に戻った。

「ありがとうございます。もうすっかりいいです」
「よくありません。貴方は私がいいと言うまで入院です。それから、チョコレートをお食べなさい」
「私、チョコレートは食べました。えっと、持っていて」
「なら、もっとお食べなさい」

 ピシャリとそう言って、マダム・ポンフリーは私にチョコレートの大きな塊を押し付けると、忙しそうにまた衝立の向こうに消えていった。他の4人の手当があるのだろう。ハリーとハーマイオニーは目覚めるのを待つしかないが、ロンとスネイプ先生は大丈夫だろうか。それに、カメラが呼び寄せ呪文で戻ってこないなんて、一体どういうことだろう? バレないように窓から抜け出して探しに行くしかないだろうか。カメラが壊れていても、フィルムが無事なら、現像は出来る――。

「言語道断……あろうことか……誰も死ななかったのは奇跡だ……」

 貰ったチョコレートを食べながら考えていると、ファッジ大臣がブツブツ言うのが聞こえて、私は慌ててチョコレートを飲み込んだ。靴を脱ぎ捨てるとベッドに飛び込む。今は大人しくしていることを見せておいた方がいいだろう。万が一、カメラをこっそり探しに行くところを見られでもしたら、大臣は私がまだ錯乱していて、シリウスを助けに行こうとしていると考えるだろう。私は大人しくしているところを見せるため、杖を一振りしてわざと足元の衝立を少しずらした。隙間から、医務室の扉が見える。

「こんなことは前代未聞……ハナ嬢がいなければ今ごろどうなっていたか……」
「大臣はミズマチが錯乱の呪文にかかっているとお思いですか? わたくしがあの場に行った時にはそうは見えませんでした」

 どうやら大臣には、マクゴナガル先生が付き添っているらしい。足音はそれほど多くはないようだから、ダンブルドア先生はシリウスと話をしてくれているのだろうか。私はどうにかシリウスがダンブルドア先生に真実を話せていることを祈った。ダンブルドア先生ならきっとシリウスの話を信じてくださるだろう。それにしても、マクネアの声が一切しないのはどういうことだろう。もう吸魂鬼ディメンターを呼びに行ったのだろうか。

「あの場にいなかった君は知らないだろうがね、ミネルバ。あれは錯乱の呪文に違いない――ハナ嬢は、私を見るなりブラックの無罪を訴えたんだ。今夜、全員の命が助かったのもブラックのお陰だ、とね。そんなことあるはずがない。ピーター・ペティグリューの写真を撮った、とも言っていた」
「ピーター・ペティグリューの写真を? まさか」
「驚くのも無理はない――あの発言は間違いなく、錯乱の呪文の影響だろう。ハナ嬢はカメラすら持っていなかったようだからね」
「しかし、ミズマチはあの怪我でどうやって気を失っている3人を湖から暴れ柳まで連れてきたのか――確かにミズマチは非常に優秀な子ではありますが」
「私としてもそこが謎でね。呪文の影響でブラックをなんとしてでも助けなければという意思が働いたのかもしれない――校長室でダンブルドアと話している最中に窓から吸魂鬼ディメンターの大群が見え、何事かと大急ぎで外に出ると、暴れ柳の側にハナ嬢がいたわけだ……」

 私は頭からすっぽりと布団を被ると、どうやってシリウスを助けようかと思案した。やはり、シリウスを助けるためにはカメラが必要だ。こっそり探しに行ってこっそり戻ってこなければならない。いや、その前に8階まで行って、シリウスを助け出す方が先決だろうか――。

 気がつけば、ファッジ大臣とマクゴナガル先生の話し声は途切れ、足音だけが聞こえていた。