The ghost of Ravenclaw - 215
24. 裏切り者
スネイプ先生の杖が弧を描き、宙を舞い、やがて、ベッドの上に落ちた。叫びの屋敷の2階にある一室には、ハリー達の荒い呼吸だけが聞こえ、床に崩れ落ちたスネイプ先生が動く気配は一向にない。どこかで切ってしまったのだろう。頭から血が流れている。大変なことになった――一先ず、
「こんなこと、君がしてはいけなかった」
呆然としたままシリウスが言った。
「私に任せておくべきだった……」
ハリーはシリウスの方を見なかった。自分達がやってしまったことが本当に良かったのか迷っているような、そんな表情だった。きっと、ほとんど反射的にやってしまったのだろう――ハーマイオニーもそうだったのか、自分がしてしまったことに怯えたような顔をして震えていた。
「先生を攻撃してしまった……先生を攻撃して……ああ、私達、物凄い規則破りになるわ――」
私とリーマスは未だ縛られたまま、床に転がっていた。縄目を解こうともがいていると、クルックシャンクスが歩み寄ってきて、私に巻きついているロープを解こうと爪で引っ掻いた。すると、シリウスもハッとしたようにこちらにやってきて、リーマスの手から自分の杖を引き抜くと、急いで私とリーマスを解放した。もがいていたからだろう。手首に擦り切れたような痕が残っていたけれど、首から提げたカメラは無事だった。予め壊れないよう呪文を掛けていたお陰だろう。
「ハナ、大丈夫か?」
私が立ち上がると、シリウスがひどく痛ましいものを見るような顔で私の手首を見て言った。
「大丈夫よ。これくらい、あとで自分で治せるわ。リーマス、貴方は大丈夫? 怪我はない?」
「私の方も平気だ――それから、ハリー、ありがとう」
ロープが食い込んでいた辺りを摩りながらリーマスも立ち上がって私の問い掛けに答えると、ハリーに視線を移してお礼を口にした。大変なことになったことには変わりはないけれど、私達が
「僕、ハナを助けたかっただけだ」
リーマスに厳しい視線を向けるとハリーが言った。
「僕、ハナのことは信じてるけど、貴方を信じるとは言っていません。ハナに何もしていないと、僕達、まだ完全に証明してもらっていません」
慎重になるのは至極当然のことだった。自分の両親の死に関することなのだ。きちんとした証拠がないのにすべてを信じることは出来ないだろう――しかし、それは何もハリーにだけ言えることではなかった。
「それでは、君に証拠を見せる時が来たようだ」
シリウスがそう言うのを聞きながら私は、倒れたまま動かないスネイプ先生を見た。証拠が必要なのは、ハリーに限らない。シリウスを助けるためには、シリウスの無罪を証明するためには、信用たる証人が必要だ。狼人間と4人の子どもの話とホグワーツ魔法魔術学校に勤める教師の話――果たして、魔法省が信じるのはどちらの話だろうか。
しかし、スネイプ先生にシリウスが無罪である証人になれというのは身勝手で、利己的で、最低な頼みではないだろうか。スネイプ先生はシリウスが仕掛けた悪戯によって、殺されかけた。たとえ生きていたとしても、狼人間になってしまっていたかもしれない。シリウスは、この一件でリーマスを傷つけたことに対してはきっと悪く思っているだろうが、スネイプ先生に対してそうは思っていないだろう。そんな相手を助けてくれなんて頼むのは、残酷だろうか。でも――。
「シリウス、待って」
私は話を遮るとスネイプ先生の方へと歩み寄った。スネイプ先生の頭からはまだ血が流れていて、私はどこを切ったのか見ようと腰を屈めてスネイプ先生が怪我した辺りを探った。髪に隠れて怪我した場所が見えなくなっているが、大体のあたりを付けると私は杖をスネイプ先生の頭部に向けた。
「ハナ、何をする気だ」
シリウスの苛立った声が、背中から聞こえた。
「最善を尽くすのよ」
私は素早くそう答えるとスネイプ先生に治癒呪文を掛けた。エピスキーは、骨折した鼻やつま先、裂けた唇などといった軽度の怪我を癒す呪文だが、頭をひどく切ってさえいなければ、きっとこれで治るだろう。
「ハナ、スネイプは放っておけ」
「いいえ、放っておかない。そもそも、貴方が学生時代、スネイプ先生を放っておかなかったから、こんなことになったのよ。貴方達がスネイプ先生に構わなければ、こうはならなかったのに」
「いいか、こいつは君とリーマスのことをコソコソ嗅ぎ回っていた。こいつが私達に構わなければ、私はこいつに何もしなかった」
激しい口調でシリウスは私に詰め寄ったが、私は構わずスネイプ先生にまた杖を向けた。再び杖を一振りすると、今度はスルスルとロープが現れて、みるみるうちにスネイプ先生の体を縛り上げた。ひどいことをしているのは重々承知しているけれど、スネイプ先生に私達の話を聞いて貰うにはこうする他なかった。
「これなら、文句はないでしょう?」
立ち上がってシリウスを見遣ると私は言った。
「貴方が私やリーマスのために怒ってくれたことはとても嬉しいわ。本当よ――だけど、うーん、やり方がまずかったわ。貴方は初対面の私にも親切にしてくれたし、友達を大事にする素晴らしい人なのに、なんていうか、もったいないわ」
「そりゃ君はスネイプとは違う」
「シリウス、ハナのいうことも一理ある」
これでは話が進まないと思ったのか、見兼ねたリーマスがシリウスを宥めるようにその肩を叩いた。
「シリウス、私達はセブルスにいい態度をとってこなかった。そのつけを今払うことになったんだ――セブルスのことを嫌いなのは分かる。だが、それが自分自身だけではなく、ハナやハリー達に影響を及ぼすことをもっと考えるべきだ……見なかったのか? セブルスはハナまで
「…………」
「それに、私はハナのやろうとしていることは一番的を射ていると思うがね。狼人間と子ども達の話は何の証拠にもならないだろう」
これには、シリウスも反論出来ないようだった。シリウスが不機嫌そうにしながらも推し黙るのが分かると、私はハリー達に向き直って口を開いた。
「ハリー、ロン、ハーマイオニー」
私が呼び掛けると、3人は恐々とこちらを見た。
「さっきは庇ってくれて本当にありがとう。お陰で、私もリーマスもシリウスも助かったわ。だけど、私達はまだ貴方達に真相のすべてを話せてはいないし、すべてを信じられないとしても無理はないと思う。だから、これから続きを話すわ。でも、その前に、スネイプ先生を起こそうと思うの。私がそうするのは、これが
すると、ハーマイオニーが迷いながらも前に進み出た。
「でも……あの……大丈夫なの……? 先生を縛ったりして、貴方まで処分を受けたり……」
「心配いらないわ。きっと、そうはならない」
安心させるように微笑むと、私はスネイプ先生に向き直って
「リナベイト」
蘇生呪文を唱えると、スネイプ先生が静かに目を開いた。顔を
「これはどういうつもりだ、ミズマチ――」
「すみません、スネイプ先生。だけど、話を進めるためにはこうするしかなかったんです」
「いよいよ本性を現したという訳か――目的のためなら手段を選ばないらしい」
「ええ、そうです。だけど、貴方も真実を知りたくはないですか?」
「真実だと?」
「12年前のハロウィーンの前後、一体何が起こったのか。ジェームズとそして、リリーを裏切ったのは一体誰だったのか。貴方はきっと知りたいと思うはずです」
「我輩が知りたいと思うと?」
スネイプ先生が嘲るように言った。しかし、
「本当にそう思うのかね? 我輩が――」
すべてを言い終わらないうちに、スネイプ先生の声が途絶えた。口を何度動かせど、声が出てこない。私はバッと後ろを振り向いた。そこには、杖先をスネイプ先生に向けたシリウスが立っている。
「シリウス!」
私は咎めるように叫んだ。
「シレンシオを掛けただけだ――これ以上、こいつの説得に時間を掛けられない」
「だけど」
「ハナ、このまま話を進めよう」
リーマスが困った顔をしながら言った。
「セブルスは話に加われないが、私達の話を聞くことは出来るし、何が起こっているのか見ることも出来る。それに、ハリー達だってそろそろ真実が知りたいはずだ。私だってそうだ」
「分かったわ……そうしましょう……」
リーマスの言葉に私は頷いた。こうしている間にも刻一刻と満月の時間が近付いている。月が完全に満月になるまで、リーマスは狼人間にはならないけれど、その完全な満月がやってくるまで、あまり時間が残されていないことは確かだった。
「それでは、話を元に戻そう」
スネイプ先生に向けていた杖を下げるとシリウスがそう言ってロンに向き直り、そして、
「君――ピーターを渡してくれ。さあ」
鳥籠の中で怯えるネズミを真っ直ぐに睨みつけたのだった。