The ghost of Ravenclaw - 214

24. 裏切り者



 リーマスに続いて私まで身動きが取れなくなってしまうと、シリウスが唸り声を上げて飛び出し、スネイプ先生に襲いかかろうとした。私達を助けたくて杖を取り上げようとしたのかもしれないし、私達の話に聞く耳を持たないスネイプ先生に腹が立って殴り掛かろうとしていたのかもしれないし、あるいは、そのどちらともかもしれない――ただ1つ言えるのは、この状況が最悪なものであるということだけだった。

「やれるものならやるがいい」

 しかし、シリウスは丸腰だった。杖はリーマスが持ったままになっていたのだ。スネイプ先生は嘲るように冷ややかな声を出すと、私に向けていた杖先を素早くシリウスに向けた。

「我輩にきっかけさえくれれば、確実に仕留めてやる」

 シリウスはもうほとんど掴みかかる寸前だったものの、なんとか襲い掛かる一歩手前で踏みとどまった。流石に杖を持っている相手には手も足も出ず、シリウスはスネイプ先生を憎々しげに睨みつけた。

「ハナがお前に何をした。そこで話を聞いていたんじゃないのか――スネイプ」

 ギリッと食い縛った歯の隙間からシリウスが低く唸るように言った。対するスネイプ先生もこれまでの恨みつらみがこれでもかと籠った表情でシリウスを睨みつけている。

「あの、ミズマチが知っていながら、ポッターの両親を見殺しにしたという与太話かね?」

 スネイプ先生がせせら笑った。彼が私に対してそんな態度を取るのも無理はなかった。だって、スネイプ先生も愛した人をヴォルデモートに奪われたのだ。知っていながらどうして助けられなかったのだと、私を恨みたくなるのはごく自然のことだった。しかもこの状況では、裏切り者に手を貸しているようにしか見えないから尚更だ。

「たとえそれがどうにもならなかったことだとしてもだ――逃亡犯をこれまで匿っていたのだ。こうすることの何が悪いのか、我輩には分かりかねるが……」

 どうにか事情を説明出来ればいいのだけれど、私もリーマスも口にロープを噛ませられていて、喋ろうにも喋られなかった。ハリー達も戸惑った顔のまま、どうしたらいいのか分からなくなっているようで、固まったまま動こうとはしない。この最悪の事態を好転させるためにはどうしたらいいのか――私が考えを巡らせていると、視界の端で誰かが動いた。

「スネイプ先生――あの――」

 ハーマイオニーだった。ハーマイオニーは恐々としながらもスネイプ先生の方に一歩踏み出した。

「この人達の言い分を聞いてあげても、害はないのでは、あ、ありませんか? それにハナにこんなこと……あんまりです……」

 かなり勇気を振り絞ったのだと思う。ハーマイオニーの声は震えていた。しかし、そんなハーマイオニーを前に、スネイプ先生は眉1つ動かさなかった。ハーマイオニーを一瞥もせず冷ややかに言う。

「ミス・グレンジャー。君は停学処分を待つ身ですぞ。君も、ポッターも、ウィーズリーも、許容されている境界線を越えた。しかも、お尋ね者の殺人鬼や人狼と一緒とは。君も一生に一度ぐらい、黙っていたまえ」
「でも、もし――もし、誤解だったら――」
「黙れ、このバカ娘!」

 なおも食い下がろうとするハーマイオニーにスネイプ先生が怒鳴った。感情が爆発したからだろうか――スネイプ先生の杖先から火花が数個パチパチと飛び散っている。怒鳴られたハーマイオニーはとうとう口を噤み、俯いてしまった。

「復讐は蜜より甘い」

 ハーマイオニーが再び黙り込むと、スネイプ先生が囁くようにシリウスに言った。

「お前を捕まえるのが我輩であったらと、どんなに願ったことか……」
「お生憎だな」

 シリウスが吐き捨てるように言い返した。

「しかしだ、この子がそのネズミを城まで連れていくなら――それなら私は大人しくついて行くがね……」
「城までかね?」

 ロンの方を顎で指し示したシリウスに、スネイプ先生がバカにしたように笑った。

「そんなに遠くに行く必要はないだろう。柳の木を出たらすぐに、我輩が吸魂鬼ディメンターを呼べばそれで済む。連中は、ブラック、君を見てお喜びになることだろう……喜びのあまり接吻キスをする。そんなところだろう……」
「聞け――最後まで、私の言うことを聞け。ネズミだ――ネズミを見るんだ――」

 もうこのままどうにもならないのだろうか――私は何とかロープを解こうともがいた。けれども、もがけばもがくほど、ロープが体に食い込んで、一向に解けない。私はどうしたらいいか分からず、リーマスを見た。リーマスも身動きが取れず、蒼白な顔でこちらを見返している。このままでは、私達3人共が吸魂鬼ディメンターの餌食になってしまう。唯一助けを求められるのはセドリックだけだけれど、この状況に巻き込めるはずがなかった。彼を呼ぶのは、悪手だ。そもそも、手が縛られていてペンダントで合図を送ろうにも送れない――。

「来い、全員だ。我輩がこの2人を引きずっていこう。吸魂鬼ディメンターがこいつらにも接吻キスしてくれるかもしれん――」

 そうこうしているうちに、スネイプ先生が私とリーマスを縛っているロープの端を手に取った。最善を尽くしたと思ったのに、私はどこかで順番を間違えたのだろうか。このままなす術もなく、吸魂鬼ディメンターの下へ連れて行かれるしかないのだろうか――私がそう思っていたその時、

「どけ、ポッター」

 ハリーが扉の前に立ち塞がった。スネイプ先生を行かすまいと扉を背にして立っている。私は、驚きのあまり目を見開いた。反対にスネイプ先生は自分の思い通りにいかないからか、腹立たしげだ。

「お前はもう十分規則を破っているんだぞ」

 語気を強めてスネイプ先生がハリーに詰め寄った。

「我輩がここに来てお前の命を救っていなかったら――」
「ハナやルーピン先生が僕を殺す機会は、この1年に何百回もあったはずだ」

 ハリーもスネイプ先生に負けず劣らず強い口調で言い返した。

「僕はハナを何も疑ってなんかいなかったし、それに、先生とは2人きりで、何度も吸魂鬼ディメンター防衛術の訓練を受けた。もしハナと先生がブラックの手先だったら、そういう時に僕を殺してしまわなかったのはなぜなんだ?」
「狼人間とその仲間の女がどんな考え方をするか、我輩に推し量れとでも言うのか――それにポッター、この女は話によると君の両親の死を知っていなが見殺ししたそうだが……」

 不愉快極まりないという顔でスネイプ先生が言った。私達を早く吸魂鬼ディメンターに差し出して恨みを晴らしたい――そんな雰囲気に見えた。すると、

「恥を知れ!」

 スネイプ先生が言い終わらないうちにハリーが叫んだ。

「ハナをそんな風に言うのは僕が許さない! ハナは父さんの友達だった! 大好きな友達だったんだ! 僕にとってもだ! ハナがどんな思いで今まで過ごしていたのか、僕にだって分かるのに、お前は、コソコソ盗み聞きしている時に少しでも考えなかったのか! 学生時代に、からかわれたからというだけで、誰の話も聞かないなんて――」

 今の気持ちを正しく表現する言葉を私は持ち合わせていなかった。私はハリーに恨まれても仕方のないことをしたのに、それなのに、ハリーは私を信じると言ってくれて、私の想いを推し量ろうとしてくれていて、こうして身を挺して私を庇ってくれている。果たして、こんなことがあっていいのだろうか。私は目の前で起こっていることが信じられず、ただただ眺めていることしか出来ないでいた。

「黙れ! 我輩に向かってそんな口の利き方は許さん! 蛙の子は蛙だな、ポッター! 我輩は今、お前のその首を助けてやったのだ。ひれ伏して感謝するがいい! こいつらに殺されれば、自業自得だったろうに! お前の父親と同じような死に方をしたろうに。ブラックのことで、親も子も自分が判断を誤ったとは認めない高慢さよ――さあ、どくんだ。さもないと、どかせてやる。どくんだ、ポッター!」

 スネイプ先生は完全に頭に血が昇っていた。しかし、生徒相手に杖を向けるのは流石に躊躇われたようだった。その隙をハリーは逃さなかった。

「エクスペリアームス!」

 サッと杖を構え、ハリーが叫んだ。
 そのハリー声に呼応するかのように複数の声が重なったかと思うと、スネイプ先生が勢いよく後方に吹き飛び、背中から壁に激突した。途端、部屋が揺れるほどの衝撃が走り、スネイプ先生はやがてズルズルと崩れ落ち、床に倒れた。そのあまりの衝撃に慌てて周りを見てみれば、ハリーだけでなく、ロンとハーマイオニーも杖を握り締め、スネイプ先生に向けていた。3人同時に武装解除呪文を放ったのだ。

 私はハリー達を見て、それから床に倒れたままのスネイプ先生を見た。スネイプ先生は倒れたまま、ピクリとも動かなくなっていた。