The ghost of Ravenclaw - 212

23. レイブンクローの幽霊

――Harry――



 スネイプは、ハリーの父親やルーピン先生、ブラックと同期だった。ルーピン先生が闇の魔術の防衛術の教職に就くことに反対し続け、この1年間というもの、ダンブルドアにルーピン先生は信用出来ないと言い続けていたそうだ。ハリーはその話を聞いて、ブラックがホグワーツに侵入して太った婦人レディを切り裂いた日のことを思い出した。あの日、大広間にみんな集められて一夜を明かしていた時、スネイプがダンブルドアに話していたのだ。

『どうも――内部の者の手引きなしには、ブラックが本校に入るのは――ほとんど不可能かと。我輩は、しかとご忠告申し上げました。それに妙な話を耳に挟んだのですが。“彼女”について――』

 あれは、ルーピン先生のことを話していたのだ。それにスネイプはハナも疑っていた。なぜなら、ハナがルーピン先生と親しかったレイブンクローの幽霊に瓜二つだとスネイプは最初から知っていたからだ。1年生の時からハナに対してスネイプの態度が悪かったのも、それが原因だろう。スネイプはレイブンクローの幽霊がハリーの父親達の犠牲となって退学に追いやられたと話していたが、そのレイブンクローの幽霊に微塵も同情していなかったに違いない。大嫌いなジェームズ・ポッターの仲間の女生徒だったからだ。

「スネイプにはスネイプなりの理由があった……それはね、このシリウスが仕掛けた悪戯で、スネイプが危うく死にかけたんだ。その悪戯には私もかかわっていた――」
「当然の見せしめだったよ」

 ブラックがせせら笑って、ハナが怖い顔をしてブラックを睨みつけた。

「シリウス、そんな態度はダメ」
「あいつはずっと君のことを嗅ぎ回っていた」

 ブラックが唸るように反論した。

「君のことだけじゃない、リーマスのこともだ。それに対して腹が立つことの何が悪い……こそこそ嗅ぎ回って、我々のやろうとしていることを詮索して……我々を退学に追い込みたかったんだ……」
「セブルスは、突然退学になったと思っているハナが何者なのかということもそうだが、私が月に1度どこに行くのか非常に興味を持った」

 ルーピン先生は、ハナとブラックに言い争うのは辞めるよう視線で訴えると、ハリー達に向き直って話を続けた。ハリーはハナがそばにいたのにスネイプが魔法薬学の教師であることをブラックが知らなかったのは、これが原因だろうな、となんとなく思った。ブラックがスネイプに対してどんな態度を取るのか分かっていたから敢えて教えなかったに違いない。

「私達は同学年だったんだ。それに――つまり――ウム――お互いに好きになれなくてね」

 ルーピン先生はチラリとブラックを見て言った。

「セブルスは特にジェームズを嫌っていた。妬み、それだったと思う。クィディッチ競技のジェームズの才能をね……兎に角、セブルスはある晩、私が校医のマダム・ポンフリーと一緒に校庭を歩いているのを見つけた。マダム・ポンフリーは私の変身のために暴れ柳の方に引率していくところだった。シリウスが――その――からかってやろうと思って、木の幹のコブを長い棒で突つけば、あとをつけて穴に入ることが出来るよ、と教えてやった。そう、もちろん、スネイプは試してみた――もし、スネイプがこの屋敷までつけてきていたなら、完全に狼人間になりきった私に出会っていただろう――しかし、君のお父さんが、シリウスのやったことを聞くなり、自分の身の危険も顧みず、スネイプのあとを追いかけて、引き戻したんだ……しかし、スネイプは、トンネルの向こう端にいる私の姿をちらりと見てしまった。ダンブルドアが、決して人に言ってはいけないと口止めした。レイブンクローの女生徒についてダンブルドアがスネイプを注意したのもこの時だ――だが、その時から、スネイプは私が何者なのかを知ってしまった……」
「だからスネイプは貴方が嫌いなんだ。スネイプは貴方もその悪ふざけに関わっていたと思ったわけですね?」

 ハリーは妙に納得しながら言った。すると、

「そのとおり」

 ルーピン先生の背後の壁辺りから、冷たく嘲るような声が聞こえたかと思うと、次の瞬間、セブルス・スネイプが姿を現した。スネイプは、杖をピタリとルーピン先生に向け、もう片方の手に透明マントを持って立っていた。ハーマイオニーが驚いて悲鳴を上げ、ハリーはまるで電気ショックを受けたように飛び上がった。ブラックもサッと立ち上がって、ハナは杖を引き抜くとブラックとスネイプの間に躍り出て、スネイプに杖を突きつけた。

「暴れ柳の根元でこれを見つけましてね」

 ハナを一瞥して鼻で笑うと、スネイプはルーピン先生の胸に杖を突きつけたまま、透明マントを脇に投げ捨てた。

「ポッター、なかなか役に立ったよ。感謝する……」

 スネイプは先程部屋の扉が不自然に開いた時にこっそり入ってきて、透明マントに隠れて身を潜ませて潜んでいたに違いない。目の前に現れたスネイプは、少し息切れしてはいたものの、勝利の喜びを抑えきれないような表情をしていた。大嫌いな奴らを遂に一網打尽に出来る――そう思っているような、そんな顔だ。ハリー、ロン、ハーマイオニーの3人はどうしたらいいのか分からず、ただこの状況を見ていることしか出来なかった。

「我輩がどうしてここを知ったのか、諸君は不思議に思っているだろうな?」

 スネイプの目がギラリと光った。獲物を狙う獣のような目だ。

「君の部屋に行ったよ、ルーピン。今夜、例の薬を飲むのを忘れたようだから、我輩がゴブレットに入れて持っていった。持っていったのは、まことに幸運だった……我輩にとってだがね。君の机に何やら地図があってね。一目見ただけで、我輩に必要なことはすべて分かった。ミズマチがこの通路を走っていき、そのあと、君が現れてまた通路に姿を消すのを見たのだ」
「セブルス――」

 ルーピン先生が何か言いかけたが、スネイプは構わず話を進めた。

「我輩は校長に繰り返し進言した。君が旧友のブラックをミズマチと共に手引きして城に入れているとね。ルーピン、これがいい証拠だ。いけ図々しくもこの古巣を隠れ家に使うとは、さすがの我輩も夢にも思いつきませんでしたよ――」
「セブルス、君は誤解している」

 ルーピン先生が慌てて言った。

「君は、話を全部聞いていないんだ――説明させてくれ――シリウスはハリーを殺しにきたのではない――」
「スネイプ先生、どうか、話を聞いてください。シリウスとリーマスが嫌いなのは分かります。彼らは貴方に対して、良くなかった――けど――」
「友情のなんと尊いことよ」

 スネイプが抑揚のない声で言った。

「今夜、また3人、アズカバン行きが出る。貴様も一緒だ、ミズマチ。心配には及ばん。我輩がきっちり、錯乱の呪文などにはかかっていないと証言することを約束しよう」

 スネイプの目は今や恐ろしいほどに狂気を帯びていた。ルーピン先生やハナの話を聞こうともしない。ハリーはハナがアズカバン行きになるかもしれないと聞いて、ゾッとした。

「ダンブルドアがどう思うか、見物ですな……ダンブルドアは君達が無害だと信じきっていた。分かるだろうね、ルーピン……飼いならされた人狼さん……」
「愚かな――学生時代の恨みで、無実の者をまたアズカバンに送り返すというのかね?」

 次の瞬間、スネイプの杖からまるで蛇のように細いロープが吹き出した。ロープは、ルーピン先生の口や手首、足首に巻きつき、バランスを保てなくなったルーピン先生は床に倒れて身動きが取れなくなった。

「お願い、やめて! リーマス!」

 ハナが叫び声を上げて、ルーピン先生の方へ駆け寄ろうとした。すると、スネイプはそれを逃すまいと今度は杖をハナに向けた。ロープがハナに向かってあっという間に飛んでいき、ハナの細い足首に巻き付くとハナは前につんのめるようにして倒れた。ロープは喋れないようにハナの口にも巻きつき、手首を雁字搦めにしていく。すると、怒りの唸り声を上げ、ブラックがスネイプに襲い掛かろうとした。しかし、ブラックの杖はルーピン先生が持ったままだ――スネイプに杖を突きつけられたブラックは憎々しげにスネイプを睨みつけながらも手も足も出ず、その場で立ち止まるしかなかった。

「やれるものならやるがいい」

 スネイプがどこか嘲るように言った。

「我輩にきっかけさえくれれば、確実に仕留めてやる」

 2人の顔に浮かんだ憎しみは、甲乙つけがたかった。ブラックはスキャバーズに飛びかかった時と同じくらい獰猛な獣のような顔をして、食い縛った歯の隙間から低い声で言った。

「ハナがお前に何をした。そこで話を聞いていたんじゃないのか――スネイプ」
「あの、ミズマチが知っていながら、ポッターの両親を見殺しにしたという与太話かね? たとえそれがどうにもならなかったことだとしてもだ――逃亡犯をこれまで匿っていたのだ。こうすることの何が悪いのか、我輩には分かりかねるが……」

 ハリーはその場から一歩も動けず、突っ立っていた。どうしたらいいのか、さっぱり分からなかった。このままスネイプに任せてブラックとルーピン先生を突き出す方がいいのだろうか。でも、それだとハナまで一緒に連れて行かれてしまう――ハリーは助けを求めるようにロンとハーマイオニーを見た。ロンはハリーと同じくらい戸惑った顔をしていて、スキャバーズが入った鳥籠を抱き抱えている。しかし、ハーマイオニーは違った。

「スネイプ先生――あの――」

 恐々としながら一歩前に出てハーマイオニーが言った。

「この人達の言い分を聞いてあげても、害はないのでは、あ、ありませんか? それにハナにこんなこと……あんまりです……」
「ミス・グレンジャー。君は停学処分を待つ身ですぞ」

 スネイプが冷たい声音で言った。

「君も、ポッターも、ウィーズリーも、許容されている境界線を越えた。しかも、お尋ね者の殺人鬼や狼人間と一緒とは。君も一生に一度ぐらい、黙っていたまえ」
「でも、もし――もし、誤解だったら――」
「黙れ、このバカ娘!」

 なおも食い下がろうとするハーマイオニーにスネイプが喚き散らした。ブラックの顔に突きつけたままのスネイプの杖先から火花が数個パチパチと飛んでいる。ハーマイオニーは目を真っ赤にして俯いた。

「復讐は蜜より甘い」

 スネイプが囁くように言った。

「お前を捕まえるのが我輩であったらと、どんなに願ったことか……」
「お生憎だな」

 ブラックが吐き捨てるように言い返した。それからロンを顎で指し示すと続ける。

「しかしだ、この子がそのネズミを城まで連れていくなら――それなら私は大人しくついて行くがね……」
「城までかね?」

 スネイプがバカにしたように言った。

「そんなに遠くに行く必要はないだろう。柳の木を出たらすぐに、我輩が吸魂鬼ディメンターを呼べばそれで済む。連中は、ブラック、君を見てお喜びになることだろう……喜びのあまり接吻キスをする。そんなところだろう……」
「聞け――最後まで、私の言うことを聞け」

 吸魂鬼ディメンター接吻キスの言葉を聞くなり、ブラックが血の気の失せた顔で言った。

「ネズミだ――ネズミを見るんだ――」

 ハリーには、ブラックよりもスネイプの方が理性を失っているように思えた。学生時代の恨みつらみがスネイプに冷静な判断を失わせているような気がしたのだ。

「来い、全員だ」

 スネイプはブラックが襲いかかって来る気がないと分かると、そう言って指を鳴らした。すると、ルーピン先生とハナを縛っていたロープの端がスネイプの元に飛んでいき、その手に収まった。

「我輩がこの2人を引きずっていこう。吸魂鬼ディメンターがこいつらにも接吻キスしてくれるかもしれん――」

 スネイプが言うや否や、ハリーはほとんど反射的に部屋を横切り、扉の前に立ち塞がっていた。ハナまで吸魂鬼ディメンターに差し出すなんて、許されるはずがない。それに、ハリーはまだルーピン先生達の話をすべて聞いてもいない。ハリーはすべてを知りたかった。

「どけ、ポッター」

 立ち塞がったハリーにスネイプが高圧的な口調で言った。

「お前はもう十分規則を破っているんだぞ。我輩がここに来てお前の命を救っていなかったら――」
「ハナやルーピン先生が僕を殺す機会は、この1年に何百回もあったはずだ。僕はハナを何も疑ってなんかいなかったし、それに、先生とは2人きりで、何度も吸魂鬼ディメンター防衛術の訓練を受けた。もしハナと先生がブラックの手先だったら、そういう時に僕を殺してしまわなかったのはなぜなんだ?」
「狼人間とその仲間の女がどんな考え方をするか、我輩に推し量れとでも言うのか――」

 不愉快極まりないと言う顔でスネイプが言った。ハリーは聞く耳をまったく持たないスネイプの方に今や怒りが募っていた。そして、

「それにポッター、この女は話によると君の両親の死を知っていながら見殺しにしたそうだが……」
「恥を知れ!」

 スネイプの言葉にハリーは一瞬のうちに頭に血が昇って大声で叫んだ。叫びの屋敷中がビリビリ震えるくらいの声だった。

「ハナをそんな風に言うのは僕が許さない! ハナは父さんの友達だった! 大好きな友達だったんだ! 僕にとってもだ! ハナがどんな思いで今まで過ごしていたのか、僕にだって分かるのに、お前は、コソコソ盗み聞きしている時に少しでも考えなかったのか! 学生時代に、からかわれたからというだけで、誰の話も聞かないなんて――」
「黙れ! 我輩に向かってそんな口の利き方は許さん!」

 今度はスネイプが叫んだ。

「蛙の子は蛙だな、ポッター! 我輩は今、お前のその首を助けてやったのだ。ひれ伏して感謝するがいい! こいつらに殺されれば、自業自得だったろうに! お前の父親と同じような死に方をしたろうに。ブラックのことで、親も子も自分が判断を誤ったとは認めない高慢さよ――さあ、どくんだ。さもないと、どかせてやる。どくんだ、ポッター!」

 今回ばかりはハリーの方が早かった。スネイプがハリーのほうに一歩も踏み出さないうちに、ハリーは杖を構え、叫んだ。

「エクスペリアームス!」

 しかし、叫んだのはハリーだけではなかった。ロンとハーマイオニーも杖を握り締め、ハリーと同時に武装解除呪文を叫んでいたのだ。3人同士の武装解除呪文の影響は凄まじく、扉の蝶番がガタガタ鳴るほどの衝撃が走り、スネイプは足元から吹っ飛んで壁に激突し、ズルズルと床に崩れ落ちた。

 辺りは一瞬、しんと静まり返った。髪の下から血がタラタラ流れてきて、そして、スネイプは意識を失った。