The ghost of Ravenclaw - 210

23. レイブンクローの幽霊

――Harry――



 ジェームズとシリウスの目の前でハナが霧となって消え、再び戻ってきたことで、2人はハナの話は真実で、本当に2つの世界を行き来しているのだと理解した。けれども、ジェームズもシリウスもそれがヴォルデモートの魔法によるものだとは、思いもよらなかった。彼らはただ、異なる世界からやってきた友達を喜んで歓迎した。けれども、ここから少しずつハナに変化が訪れ始めた。

「5日目――私は元の世界で日本からイギリスに渡り、メアリルボーンの自宅に着いたところだった。そして、一晩明けて、母方の祖父母の墓参りに出掛けたの。すると、その帰り道、チャリング・クロス通りを歩いていると、どういうわけかジェームズと出会した。彼は寂れたパブの前にいた。私、確かに現実の世界で起きたはずなのにどうしてだろうって思った。けど、その時はあまり真剣に考えなかった。ああ、私まだ長旅で疲れて寝てるんだって思ったの。そして、その時に会ったのがリーマスよ」
「私達はその日、夏休みの最後をみんなで漏れ鍋で過ごそうと集まることになっていた。5年生になる年だ」

 ルーピン先生がどこか懐かしむような口調で言った。

「ピーターだけは都合が合わず不参加だったがね。ジェームズは私やシリウスが漏れ鍋にやってくるまで、暇を持て余してロンドンの街に繰り出そうとしているところだった。そこをちょうどハナが通りかかって、漏れ鍋からそれほど遠くないところに自宅があると知った。ジェームズは、当然行きたがった――そして、許可を取り付け、ハナを漏れ鍋に引っ張り込んだんだ。そのお陰で私は長年、話にしか聞くことしかなかったレイブンクローの幽霊に会うことが出来た」
「みんなで、ハナの家に行ったんですか?」

 興味をそそられて、ハリーは訊ねた。

「ああ、大冒険だった。ジェームズもシリウスもマグルの街を自分達だけで歩くのはほとんど初めてだったし、私も初めての経験だった。私の母はマグルだったが、小さなころに狼人間になって以来、マグルの文化に触れる機会はなかったからね。私達は初めて切符を買って地下鉄に乗ったよ。マグルのスーパーマーケットにも初めて行った。それからそう――ピザも注文したな。私達が横からいろいろ質問するものだから、ハナがかなり大変そうだった」

 当時の様子を思い出したのか、ルーピン先生が少しだけおかしそうに笑った。

「その時には既にハナは私が狼人間であることを知っていたが、ハナは私に対して少しも態度を変えなかった。ホグワーツの外でもこんなに素晴らしい経験が出来るのかと、私は心躍ったよ。私達はその日、夕方になるまでハナの家で過ごし、また漏れ鍋に送り届けて貰った。それからそう、ジェームズのお父さんが――ハリーにとってはお祖父さんに当たる人だが――写真を撮ってくれた」

 そういうとルーピン先生はローブの胸ポケットから1枚の写真を取り出した。随分ボロボロになった写真だ――折り目もついてるし、所々破れてテープで補修されている。それでも、ルーピン先生がこの写真をどれほど大事に持ち歩いていたのか、ハリーにはよく分かった。

 色褪せた写真には、男の子が3人と女の子が1人写っていた。みんながみんな、ハリーに向かって手を振っている。向かって一番左に立っているのが学生時代のルーピン先生だ。白髪もないし、傷も今より少ないけれど、他の3人よりちょっと具合が悪そうに見える。でも、顔はニコニコ笑っていた。右端にいるのはブラックだ。学生時代のブラックはかなりハンサムで、今とは比べ物にならないくらい大きな口を開けて、隣にいる男の子の肩に腕を回している。ブラックが肩に腕を回しているのは、今のハリーにそっくりな学生時代の父親だ。ブラックと一緒に大口を開け、快活に笑っている。

 そして、父親とルーピンに挟まれるようにして女の子が1人、立っていた。今のハナにそっくりだ。ニコニコ楽しそうに笑ってハリーに向かって手を振っていて、それが、先日のスリザリンとの試合の時に見た手の振り方にそっくりだった。それに、両親の結婚式の写真でブラックの胸元に入っていた写真に写っていたものとまったく同じだ。

「これ……」

 ハリーはぽつりと呟いた。

「僕、父さんと母さんの結婚式の写真で見たことがある。その時は手だけだったけど、ブラックの胸ポケットにこれが入ってた……」
「ハナがいたなら、ジェームズの結婚式には出たいだろうと思った」

 ブラックが言った。

「それで、胸ポケットに入れていた」
「これが、ハナ? 本当に?」
「ええ、そうよ。違う人に見える?」

 ハナに訊ねられると、ハリーはもう一度目の前にいるハナと写真の中のハナの顔を見比べた。そんなハリーの後ろからはハーマイオニーが写真を覗き込み、驚きのあまりハッと息を呑んでいる。

「僕、ハナだと……思う……」
「信じてくれてありがとう、ハリー」

 ハリーが答えるとハナが優しく微笑んで頷いた。

「その写真を撮ったあと、私は当然家に帰った。けど、その日はどういうわけかずーっと元の世界に戻れなかった。いつもは少し会話をしたらすぐ目が覚めていたというのに」

 変だなと思いつつもハナは歩き疲れてクタクタだったので、リビングの片付けもせずに眠ってしまった。そうして目が覚めた時、ハナはようやく長い夢が終わったのだと思った。けれども、リビングに下りた時、ハナは自分の夢がまだ終わっていなかったことを知った。自宅のリビングはジェームズ達が訪れた時のままになっていたのだ。

「私、恐ろしくなってベッドに飛び込んだ。眠ったら現実に戻れるんじゃないかって思ったの。でも、戻れなかった――誰かに名前を聞かれたと思った次の瞬間、私はホグワーツの廊下で目覚めたの」
「私達がハナを見つけた時、彼女はほとんどパニックになっていた」

 ルーピン先生が言った。

「5年生になってすぐ、私とシリウスとジェームズと3人で廊下を歩いてる時だった。夢から出られないと取り乱しているハナに、これはただ事ではないと感じた私達はダンブルドアの助言を求めるために校長室に向かった。そして、そこでヴォルデモートが何を行なっているか、ハナの身に何が起こっているのかを聞いた」

 ハナには奇妙且つ繊細で、禍々しい魔法が掛けられていた。まともな魔法使いや魔女だったのなら、手を出そうなどとは思わないほどに禍々しい魔法だ。それを成功させるには多くの犠牲が必要だからだ。その魔法こそ、異界から人を呼ぶことができるとされる召喚魔法だ。そして、それに躊躇うことなく手を出すであろう魔法使いが当時、1人だけ存在していた――ヴォルデモートだ。

 ただダンブルドアは、当時勢力を拡大していたヴォルデモートが召喚魔法に手を出すとは考えづらいと結論付けた。そんな古い魔法に頼るほど落ちぶれた状態ではなかったからだ。そこで、ダンブルドアは未来のヴォルデモートがそれを行なっているのではないかと考えた。何らかの原因で力を失ったヴォルデモートがその力を取り戻すために召喚魔法に手を出したと結論付けたのだ。

「だったら、どうして君は過去に現れたんだい?」

 話を聞いていたロンが不思議そうに訊ねた。

「つまり……うーん……例のあの人が召喚魔法を使ったのは僕達が1年生になる直前だろ? 僕達家族に漏れ鍋で声を掛ける前ってことになる。でも、君が最初に現れたのはそれより20年以上も前だ」
「それは、私の記憶が原因なの」

 ハナが小難しい顔をしながら答えた。ハリーにはハナのその表情が、どう説明しようか考えているように見えた。

「私がジェームズ達に連れられて校長室に行った時、事情を聞いたダンブルドア先生は、私が世界を行き来することになったのは、不完全な魔法と私の記憶が結びついたのが原因だろうって話した」
「そのハナの記憶ってなんなの?」

 ハーマイオニーが怪訝な顔をして口を挟んだ。

「それにこれまでの話を聞いてると、なんだか初めからハリーのお父さん達のことを知っていたように思えるわ。初めから狼人間だと知っていたとか……友達のために動物もどきアニメーガスになろうとするような人達がペラペラ話して教えるはずないのに、貴方はどうしてルーピン先生が狼人間だと初めから分かっていたの?」
「ハナの世界には、この世界について書かれた物語があるんだよ」

 ハナの代わりにルーピン先生が言った。

「君達には物語というより“予言書”と言えば分かりやすいかも知れないね。とある少年・・・・・の7年間を描いた物語だ」

 ロンとハーマイオニーがバッとハリーを見た。その「とある少年」のことがハリーではないかと考えたのだ。ルーピン先生はそんなハリー達を見たが、「とある少年」が誰なのかははっきりと言わず、話を先に進めた。

「ハナはすべてではないが、ある程度その知識があった。ハナはその記憶があり、且つ、魔力があったために召喚魔法に引っ張られてしまったんだ」

 ハリーは今の気持ちをどう言葉にしていいのか分からなくなった。ハナは初めからルーピン先生が狼人間だと知っていた。おそらく、出会った時からブラックがどんな運命を辿るかだって知っていたはずだ。だからこそ、2年生の時、手伝うからポリジュース薬を1人分譲ってくれと頼んだ――だとしたら、ハリーの両親のことはどうなのだろう。初めから知っていたのだとしたら――?

 ハリーは脳裏に浮かんだ疑問の答えを聞くのが恐ろしくて、人知れず震えた。