The ghost of Ravenclaw - 209

23. レイブンクローの幽霊

――Harry――



 ハリーもロンもハーマイオニーも、やっぱりハナは頭がおかしくなってしまったのだ、と思った。ルーピン先生とブラックに長い間錯乱の呪文をかけられたせいで、こんな突拍子もないことを口走っているに違いないと、3人共がそう思った。だって、違う世界から来ただなんて、そんなこと有り得るはずがない。こんなの、バカバカしい妄言に違いない。違いないと思うのに、ハナは冗談を言うような口調ではなかった。

「貴方達、私について変だなって思ったことがない?」

 至極真面目な表情でハナがそう言って、ハリーは思わずロンとハーマイオニーを見た。確かに思い当たる節があったからだ。つい何時間か前にも、煙突飛行でハナの家に向かう時「幽霊屋敷」と言わなければならないことについて、どうしてだろうと話したばかりだった。ロンとハーマイオニーは困惑した顔でハリーを見返したが、どちらもハナの言葉に口を挟まなかった。2人共、行き着く先の見えないこの話を真剣に理解しようとしているかのようだった。これが他ならぬハナの話だからだ。

「たとえば、そうね……どうして“生き残った男の子”でもなんでもないのに、ヴォルデモートに狙われているのかとか……気になったことはない?」

 ハナがヴォルデモートに狙われていることは、1年生の時に分かったことだった。当時、ヴォルデモートの手下に成り下がっていたクィレルにハナが連れ去られかけたことで発覚したのだ。その時、クィレルはハリーに、ハナのことを「ご主人様の力をより強力にするために用意されたもの」と話した。それからこうも話した――。

『ご主人様がいなければ、彼女は今ここに存在すらしなかったというのに』

 あの時、それがどういうことなのか、ハリーはさっぱり分からなかった。ハナもダンブルドアもそのことについては詳しく教えてくれなかったからだ。だから、2年生の時、マルフォイからハナの父親がアズカバンの囚人だと聞かされ、一瞬、犯罪者の娘だからヴォルデモートに狙われているのだろうかと考えたことがあった。ハナの父親が持つ情報が強くなるために必要で、ヴォルデモートはその情報が欲しかったのだとしたら、ハナが狙われている説明がつくからだ。

 しかし、ハリー達は結局、マルフォイの話はデタラメだろうと考えた。ハナが自分のことをマグル生まれだと話していたので、ハナを信じたのだ。そして、それは正しかった。ハナが狙われているのはもっと違う理由があるのだ。しかも、ハナはそれを分かっている。おそらく、初めからずっとだ。

「その顔だと考えたことはありそうね」

 ハリー達の反応を見てハナが言った。

「答えは単純明快よ。ヴォルデモートが私をこの世界に召喚したの。より強力になるために」
「ヴォルデモートが召喚した……?」
「そうよ。だから私は自分が狙われていることを初めから分かっていたの。ただ、それを貴方達にすぐには話せなかった」

 確かに、ヴォルデモートが違う世界からハナを呼び寄せたのなら、ハナが狙われていたことも、それを初めから知っていたことも説明がつく。けれども、違う世界から人を召喚することなんて可能なのだろうか? それこそ、ロンが言ったように、フラメルという前例がある不老不死の方が遥かに現実的だ。

 けれども、もしや、と思うことがハリーには1つだけあった。占い学の学年末試験の終わりにトレローニー先生が話していた言葉だ。先生は、闇の帝王は、強力な入れ物を手に入れ損ねた、と話していた。もしあの時の先生が話していたことが本当だとするのなら、ヴォルデモートはハナに取り憑こうとしていたということになるのではないだろうか。クィレルでは物足りなかったから、ヴォルデモートはもっと強い入れ物を欲し、それを呼び寄せようとしたのだ。復活するために、自分の意のままになる体が欲しかったに違いない。でも、ダンブルドアがそれを阻止した。ヴォルデモートは賢者の石のために、クィレルに取り付くしかなくなった――。

「召喚魔法は、とても古い魔法らしいの。ヴォルデモートはその方法を知っていたに違いないわ。でも、当然ながら全盛期にはそれを実践しようなんて思わなかった。だって、死の呪文が跳ね返るその瞬間まで、彼は自分のことを世界で一番だと思っていたはずだもの。使おうと考えたのは、魂の成れの果てのような姿に成り下がってからだと思うわ。でも、使うことが出来ずに長い年月が経った。そして、とうとう3年ほど前、それを実行出来る機会がヴォルデモートに訪れた……」
「クィレルが現れた……?」
「そうよ。クィレルがのこのこ目の前に現れた。絶好のチャンスを逃す手はない。ヴォルデモートは力を欲して、古い魔法に手を出した。でも、初めは上手くいかなかった」

 ハリーはこの突拍子もない話が少しずつ現実味を帯びてくるのを感じていた。ハナが錯乱の呪文に掛かったからこんなおかしな話をしているのではないだろうかという疑念は、もう既にハリーの頭の隅に追いやられていた。

「ヴォルデモートは召喚魔法を成功するまで、何度も試した。その間、本当は何が起こっていたのか、ヴォルデモートは知る由もなかった」
「な――何が起こっていたの――?」

 ハーマイオニーが恐る恐る訊ねた。まるで、怖い話を聞いている時の、聞くのが怖いけど先が聞きたいと思っているような、そんな雰囲気があった。

「ヴォルデモートはその失敗により、私を何度も過去に飛ばしてしまうことになったの。そうして、私が最初に飛ばされてしまった時に、私はジェームズと出会った」
「父さんと――?」
「そう、私が湖のほとりで寝ていたものだから、風邪引くよって声を掛けてくれたの。それから私は自分の世界とこちらの世界を行き来するようになった。でも、私、それが現実のことだとはちっとも思わなかった。寝てる時にこちらの世界に来るものだから、ここで起こってることは夢の中の出来事だと思ったの」

 確かにそれは、夢で起こったことなのだと思っても無理はないだろう。ハリーはそう思った。ハリーだって、夜ベッドに入って眠ったと思ったのに誰かに声を掛けられたなら、それを夢の中の出来事だと考えたに違いない。目覚めた時、自分のベッドにいたのなら尚更だ。なーんだ、夢か、と誰でもそう思うだろう。

「それから毎晩、私はこの世界の夢を見た。初めはジェームズと出会って、次はシリウスと知り合った。3回目は図書室でシリウスと会って、私、自分が違う世界から来たって彼に打ち明けた。眠るとこちらの世界に来ることが出来るんだって。自分の夢の中なんだから話したって許されるだろうって思ったの。ルシウス・マルフォイが貰った手紙は、その時の会話を盗み聞きしてた人から貰ったものよ。シリウスの弟なの」
「その人はどうして君のことを探してたの?」
「正確には分からないわ。ただ、ヴォルデモートに心酔していたそうだから、私のことを報告したかった可能性もあるわね」

 ブラックの弟は、世界を行き来する力のある人間がいることをヴォルデモートに報告すれば、仲間に入れて貰えるかもしれないと考えたのだろう。ハリーはそう思った。そんな珍しい力を持った人間を捕まえ、ヴォルデモートに差し出せば、さぞや興味を持つだろうからだ。ルシウス・マルフォイに詳しいことを話さなかったのは、手柄を独り占めしたかったからか、それとも、不確定要素が多過ぎたからか――。

「不思議だったのは、会う度にこちらの世界の時間がかなり進んでいたことね」

 ハリーが考えていると、ハナが続けた。

「1日目、ジェームズは1年生だったけれど、2日目に会った時はもう1年も過ぎてて2年生になってた。3日目はその数ヶ月後――あと、もう1つ不思議だったのは、この世界で私は10代だったということね」
「それって、どういうこと?」

 ハーマイオニーが怪訝な顔をして訊ねた。

「貴方の言い方だとまるで、10代じゃなかったみたいに聞こえるわ……」
「そうよ。私、元々子どもじゃないの」

 ハナは授業中に正解した生徒を褒めるルーピン先生のような口調で言った。

「私、元の世界では成人していたの。もちろん、就職して働いてもいたわ。だけど、召喚魔法の影響で元の年齢には戻れず、11歳になってしまったの。だからリーマスは、貴方達と私が正確には同年齢とはいえない、と言ったのよ」

 その時、ハリーは内心腑に落ちた気がした。なぜならハリーにはずっと、ハナがお姉さんのように見えていだからだ。いや、ハリーだけではない。見てみると、ロンとハーマイオニーもどこか納得したような表情をしていた。

「さて、どこまで話したかしら――そう、シリウスに打ち明けたところまでね――4日目、私が目覚めたのは、ホグワーツ特急の中だった。コンパートメントに1人きりだったけど、通路に出るとジェームズが現れてその日がいつか真っ先に教えてくれた。シリウスから私の話を聞いていて、信じてくれたの。その日、彼らは2年生が終わったばかりだった」
「私達がハナの話を真実だとはっきり分かったのは、この日だ」

 ブラックがスキャバーズを睨んだまま言った。

「この日、私とジェームズはハナが霧となって消える瞬間を目の当たりにしたんだ」