The ghost of Ravenclaw - 206

23. レイブンクローの幽霊



 両手を挙げて攻撃の意思はないのだとアピールする私達に、ハリーはしばらくの間、警戒したように眉根を寄せていた。部屋の中には再び奇妙な沈黙が訪れ、そして、恐る恐るハリーが口を開いた。やや、乱暴な口調だ。

「ハナに錯乱の呪文を掛けてもないし、ブラックの手助けもしていなかったっていうなら、こいつがここにいるって、どうして分かったんだ?」

 杖をしっかりと握ったまま、ハリーはシリウスをこれでもかと睨みつけている。そんなハリーとは反対に、リーマスが落ち着いた口調で答えた。

「地図だよ。忍びの地図だ。事務所で地図を調べていたんだ――」
「忍びの地図?」

 私は思わず割って入った。まさか、リーマスが持っているとは思わなかったからだ。どうりでフィルチさんの事務所にないはずだ。けれども、リーマスはどうやって忍びの地図を取り返したのだろうか。シリウスの話だと、フィルムさんに没収されて取り返せなかったはずだ。

「貴方が持ってたの? 私、取り戻そうと思って、フィルチさんの事務所にまで忍び込んだのに」
「いや、地図はハリーが持っていた」

 リーマスが私を見て言った。

「ハリーは地図を使ってホグズミードへ行っていたんだ。私は運良くそれを没収出来たに過ぎない」
「私、知らなかった――ハリー、いつ手に入れたの?」
「僕、クリスマスの前に――」

 私が訊ねると、ハリーがモゴモゴ答えた。クリスマスの前というと、ホグズミード休暇の時にはハリーは地図を持っていたのかもしれない。私は瞬時にそう思った。おそらく、三本の箒でファッジ大臣や先生達がシリウスについて話している時にもハリーはその場にいたのだろう。私は、クリスマスツリーがロンとハーマイオニーを隠すように動いていたことを思い出した。あれはロンとハーマイオニーを隠していたのではない。ハリーを隠していたのだ。

「地図は、ハナだけに特別な印がついてて、それで僕達、ハナがそのことを知ったら、折角仲直りしたのに、またセドリックと離れようとするんじゃないかって思ったんだ。君はヴォルデモートに狙われているから、すぐに自分の居場所が分かるものがあると知ったら1人になろうとするんじゃないかって……」
「印――」

 どこかで聞いたことがあるフレーズに私は顎に手を当てて考えた。私は自分に印が付いていると誰かに言われたことがあったのだ。そう、入学したてのころに、フレッドとジョージから――。

「もしかして、彼ら・・が持ってたの?」

 そうとしか考えられず、私は言った。つまり、フレッドとジョージが忍びの地図を持っていたのだ。クリスマスまでは、彼らの手にあったということは、フィルチさんの事務所に忍び込む時、地図はまだ彼らが持っていたことになる。これぞ正に灯台下暗しだ――なんて間抜けなことをしたのだろう。手伝いを頼んだ人達が地図を持ってたなんて、とんだお笑いぐさだ。

「全然気付かなかった――」

 ハリーが頷くのが分かると私は溜息混じりに言った。

「それで、貴方にプレゼントしたのね。貴方だけがホグズミードに行けなかったから、行けるようにしてあげたかったのね……。でも、これで彼らが私に話してたことが何だったのか分かったわ。通りで入学したてのころ、頻繁に私の前に現れると思った。特別な印がついてる私が珍しかったのね」
「でも、どうしてハナは地図のことを知ってるの?それに、先生は使い方を知ってるの? だって――」

 訳が分からないとばかりにハリーは私とリーマスを見た。私は、「だって――」のあとに続く言葉を待ったが、ハリーがその先を言うことはなかった。

「もちろん、使い方は知っているよ。私もこれを書いた1人だ。私はムーニーだよ――学生時代、仲間は私のことをそういう名で呼んだ」
「先生が、書いた――? でも、先生は僕にサファイア・ブルーに名前が輝いている人を見たことがないって仰いました。4ヶ月前です。あれは、嘘だったんですか?」
「見たことはない。けれども、私はあの時“知らない”とは言わなかったはずだよ、ハリー」

 リーマスは宥めるような口調でハリーに語りかけた。

「私とシリウスとジェームズは、レイブンクローの幽霊――つまり、ハナのことだが――彼女に会えなくなってしまったあとで、彼女にだけ特別な印がつくよう地図に細工をした。彼女の名前が、サファイア・ブルーに輝くようにしたんだ。私達は彼女がホグワーツに現れたらすぐ分かるようにと思ってそうしたが、彼女は我々が在学中に再びホグワーツに姿を見せることはなかった」

 ハリーは理解が追いついていないのか混乱した顔をしていた。けれども、リーマスは印について話を切り上げると、話を元に戻した。

「そんなことより、私は今日の夕方、地図をしっかり見張っていたんだ。というのも、君と、ロン、ハーマイオニーが城をこっそり抜け出して、ヒッポグリフの処刑の前に、ハグリッドを訪ねるのではないかと思ったからだ。思った通りだった。そうだね?」

 リーマスは部屋を行ったり来たりしながら言った。その足下では、埃が小さな塊となって舞っている。

「君はお父さんの透明マントを着ていたかもしれないね、ハリー――」
「どうして、マントのことを?」
「ジェームズがマントに隠れるのを何度見たことか……要するに、透明マントを着ていても、忍びの地図に表れるということだよ」

 リーマスの足音がカツカツと静かに鳴り、鳥籠を引っ掻くカシャンカシャンという音がロンのローブの下でややくぐもって聞こえた。

「私は君達が校庭を横切り、ハグリッドの小屋に入るのを見ていた。ハナはその時、鷲の姿で外にいたのかもしれないね。小屋のそばにハナの名前が輝いているのを見た。それから20分後、君達はハグリッドのところを離れ、城に戻り始めた。しかし、今度は君達の他に誰かが一緒だった。もちろんハナではない」
「え?」

 一瞬、怪訝な顔をするとハリーが否定した。

「いや、僕達だけだった!」
「私は目を疑ったよ」

 ハリーの言葉を無視して、部屋の中を行ったり来たりしながらリーマスは話を続けた。

「地図がおかしくなったかと思った。あいつがどうして君達と一緒なんだ?」
「誰も一緒じゃなかった!」
「すると、もう1つの点が見えた」

 リーマスはまたハリーの言葉を無視した。

「急速に君達に近付いている。シリウス・ブラックと書いてあった……ブラックが君達にぶつかるのが見えた。君達の中から2人を暴れ柳に引きずり込むのを見た――」
「1人だろ!」

 訳がわからないことを言っているようにしか思えなかったのだろう。ロンが怒ったように言った。

「ロン、違うね。2人だ」

 リーマスはそう言うと、ロンの前で足を止め、ロン――というよりはロンが着ているローブを眺め回した。

「ネズミを見せてくれないか?」

 溢れ出る感情を押し殺しているかのような声だった。そのリーマスの声に呼応するかのように、シリウスが伏せていた顔をゆらりと上げていく。薄灰色の瞳は、獰猛な獣のような激情をはらんでいた。きっと、私も似たような目をしているに違いない。私もじっとロンのローブを見た。その下に隠れている鳥籠を――。

「なんだよ?」

 なんだか異様な雰囲気を感じ取ったのか、ロンが怯えたように言った。

「スキャバーズに何の関係があるんだい?」
「大ありだ」

 リーマスが落ち着いた風を装って答えた。

「頼む。見せてくれないか?」
「ロン、お願いよ。大事なことなの」

 ロンは躊躇っているようだった。ロンは怯えたようにリーマスを見て、それからシリウスを見て、最後に私を見るとどこか迷うような表情をしてからゆっくりとローブをめくり、鳥籠を取り出した。全員の目が鳥籠に集中すると、中にいるワームテールは必死にもがき、出来るだけ私やリーマス、シリウスから離れた場所に身を潜めようとした。

 リーマスは鳥籠にゆっくりと近付いて中で怯えて暴れ回っているネズミをじっと見た。すっかり痩せ細り、毛が抜け落ちてしまっているそのネズミは出来るだけ前脚を見られまいと隅でガタガタ震えながら縮こまった。

「なんだよ?」

 ロンが鳥籠を自分の方に引き寄せながら言った。

「僕のネズミが一体何の関係があるって言うんだ?」
「それはネズミじゃない」

 それまで黙って話を聞いていたシリウスが口を開いた。ギラついた目で、鳥籠を睨みつけている。そんなシリウスの膝の上では、クルックシャンクスが立ち上がり、尻尾をピンと立てて低く唸っていた。

「どういうこと――こいつはもちろんネズミだよ――」
「いいえ」

 今度は私が否定した。

「ロン、それはネズミじゃないわ。ただのネズミなら、私に怯える必要はなかったはずよ」
「それは、君が怖い顔をして睨むから……」
「いいえ。は最初から私が怖かった。1年生の時、貴方が私のいるコンパートメントを選んだその時から」
「それって、一体、どういう……」
「こいつは魔法使いだ」

 リーマスが言った。

動物もどきアニメーガスだ」

 シリウスが唸るように続けた。

「名前はピーター・ペティグリュー」