The symbol of courage - 025

5. ハロウィーンとトロール



 ラベンダーとパーバティの話では、ハーマイオニーは3階の女子トイレにいるらしかった。私はそこに行ったことがないのだけれど、レイブンクローの監督生のペネロピーから聞いた話では、ホグワーツにいる女の子達はそのトイレをあまり利用したがらないらしい。何故、利用したがらないのかというとそこにゴーストが住み着いているからだ。

「こんにちは。ハーマイオニー?」

 3階のトイレはゴーストが住み着いていなくてもきっと誰も利用したがらないだろうと思うほど、陰気で憂鬱な雰囲気だった。ひび割れ染みだらけの大きな鏡があり、その前に並んでいる手洗い台もあちこち縁が欠けている。床は湿っぽいし、トイレの個室の木の扉はペンキが剥がれ落ちて引っ掻き傷だらけで、そのうち1つは蝶番も外れていた。フィルチの猫のミセス・ノリス辺りがここで爪研ぎでもしてるのではないかと思うほどだった。

 そのトイレの入口の反対側にある磨りガラスの窓辺に女の子のゴーストが1人腰掛けていた。彼女は私が入ってくると迷惑そうに顔を歪めてこちらを見た。普段はここに誰も寄り付かないのに、今日は何度も人が出入りするのものだから、気に入らないのかもしれない。

「はじめまして、マートル。私はレイブンクローのハナ・ミズマチっていうの」
「あら、あんた、私の後輩なの?」
「まあ、マートルもレイブンクローだったのね。お会い出来て嬉しいわ。ねえ、友達が心配なの。私もしばらくここにいてもいいかしら?」

 マートルは「フン」と不機嫌そうに鼻を鳴らしたが、一番奥の個室にスーッと入って消えていくと、そのままどこかへ行ってしまった。どうやら彼女なりに気遣ってハーマイオニーと2人きりにしてくれたらしい。今度、絶対にお礼をしようと思いながら、私はグスグスと泣き声の聞こえる個室の前に立った。

「ハーマイオニー。私よ、ハナよ」
「か――帰って!」

 「私なんか放っておいて」と涙声でハーマイオニーは言った。私は「いいえ、帰らないし貴方を1人にしたりしないわ」とはっきりした口調で告げた。

「あ、貴方は――ハナは、美人で、可愛くて、愛嬌があって――友達だって――たくさんいるじゃない。友達がいない私のことなんて――放っておいたらいいじゃない」
「私はハーマイオニーのことを友達だと思ってるわ。ハーマイオニーは違ったの?」
「いいえ――私――いいえ――」

 ハーマイオニーはそれから更にグスグスと泣き始めてしまって、話すことが出来なくなってしまった。彼女は慣れない環境に身を置くことになって、いつも以上にちゃんとしなければと思うあまり、頑張りすぎてしまったのかもしれない。

 私は彼女が落ち着くまで、ここにいようと決めて、ただ、その場で待った。お昼を食べ損ねようが、午後の授業をすっぽかそうが関係なかった。そんなことよりも大事なことがあるのだ。

 さっきはハリーとロンにちょっと大人気ない態度を取ってしまったけれど、彼らも早くハーマイオニーが素敵な女の子だって知ってくれたら嬉しい。逆にハーマイオニーもハリーとロンがとっても素敵だって気付いてくれたら嬉しい。

 そんなことを考えながら私は、手元にあった教科書を読みながらハーマイオニーを待った。どれほど時間が経ったのか分からなかったが、夕食近くになってようやくハーマイオニーは個室から出て来た。出てきた彼女にニッコリ微笑むと、逆に彼女は顔面蒼白になった。

「私――貴方はもういないと思って――ああ、ごめんなさい。誰にも会わないで済むように、私、ここで時間を潰していたの――ああ、ごめんなさい……!」
「私がここにいたかっただけよ。ハーマイオニーが謝ることはないわ」

 私がそう言うとハーマイオニーは感激したように目を潤ませて、私にぎゅっと抱き着いてきた。そんなハーマイオニーを抱き締め返しながら、「今度何か言われたら私がパンチしてあげるわ」と言うと、ハーマイオニーは「貴方って見掛けによらずお転婆ね」とクスクスと笑った。やっぱりハーマイオニーは笑顔がとっても可愛い――

「ハーマイオニー、奥の個室に入って!」
「ハナ?」
「早く!!」

 私達がクスクスと笑い合っていると、どこからともなく悪臭が漂ってきて私はハッとした。のんびりしている場合ではなかったことを私はようやく思い出したのだ。どうして、私はハーマイオニーが傷ついて泣いてしまうことは覚えていたのに、もっと重要なことを忘れていたのだろう。

 私はハーマイオニーを無理矢理奥の個室に押し込み、杖を構えた。重々しい足音が悪臭と共に近付いて来るのが分かって、ハーマイオニーがいる個室の前に立ち塞がったまま息を潜めた。

「ハナ……? 一体、何なの……?」
「静かに。トロールよ」

 私はハリーとロンがハーマイオニーを助けてくれることを知っている。3人が怪我もなく無事なことも知っている。けれど、そこに私が図々しくも関わってしまったことで誰かが怪我をしてしまったら? ハーマイオニーが襲われたら? そもそも私は戦えるの? 私はまだ、戦ったことがないのに?

 トイレの入口に鈍い灰色の足が見えた。トイレの入口は2メートルほどあるにも関わらず、足しか見えていなかった。私は恐ろしくて杖を握ったままカタカタ震えが止まらなかった。大丈夫、私は魔法をたくさん練習した。思い出すのよ。私は戦う。将来、私の大事な友達を殺した相手と戦うのよ。トロールなんかと戦えなくて、どうするの。

 トロールは少しの間トイレの前に立ち止まっていたが、やがて前屈みになるとゆっくりとした動作でトイレの中に入ってきた。ハーマイオニーが個室の中でヒッと息を呑む声が聞こえる。私は心の中で何度も大丈夫だと自分自身に言い聞かせながら、杖を構えた。そして、

「フリペンド!」

 目の前に立つトロールに魔法を放った。