The ghost of Ravenclaw - 205

23. レイブンクローの幽霊



 鳥籠の中に入れられたワームテールが、ロンのローブの下でキーキー鳴き喚いている声が部屋の中に響いていた。籠の扉を引っ掻き回っているような音も聞こえていたが、ワームテールは無理矢理元の姿に戻って鳥籠を壊そうとはしなかった。壊れないように魔法を掛けてあるという話をきちんと聞いていたのだろう。そんな鳥籠の中で元に戻ろうとすればどんな目に遭うか、理解しているのだ。

「それで――先生が狼人間っていうの本当ですか?」

 ワームテールが鳥籠に入れられてまもなく、ロンの方をチラリと見遣ってからハリーが訊ねた。一時はどうなることかと思ったけれど、どうやら話を聞いてくれようとしてくれているらしい。

「ああ、本当だ」

 リーマスがロンのローブの下を気にしながら答えた。

「先ほども言ったが、私にはそれを否定出来ない。ハーマイオニー、君はいつごろから気付いていたのかね?」
「ずーっと前から」

 話を振られたハーマイオニーが緊張した面持ちで言った。その声は囁き声のようにか細い。

「スネイプ先生のレポートを書いた時から……」
「スネイプ先生がお喜びだろう」

 リーマスの口調はあくまでも穏やかだった。まるで、授業で正しい答えを言えた生徒を褒めているようなそんな雰囲気すらある。シリウスは流石に話の邪魔は出来ないと思っているのか、それともスネイプは別人のことだとでも思っているのか、しかめっ面をしたものの「スネイプ先生」が誰なのか訊ねることはなかった。

「スネイプ先生は、私の症状が何を意味するのか、誰か気付いて欲しいと思って、あの宿題を出したんだ」

 リーマスが続けた。

「月の満ち欠け図を見て、私の病気が満月と一致することに気付いたんだね? それともボガートが私の前で月に変身するのを見て気付いたのかね?」
「両方よ」
「ハーマイオニー、君は、私が今までに出会った、君と同年齢の魔女の誰よりも賢いね」

 ハーマイオニーの答えを聞くと、リーマスは無理に明るく振る舞っているかのような声で言った。その言葉にハーマイオニーが戸惑った顔をすると、チラリと私を見て小声で言った。

「違うわ――私がもう少し賢かったら、みんなに貴方のことを話してたわ! それに、私より賢い魔女は他に――」
「ハナのことを言ってるなら、正確には君達と同年齢とは言えない」

 ハーマイオニーの視線の先に気付いたリーマスがきっぱりと述べた。

「それに、狼人間であることはもう、みんな知ってることだ。少なくとも先生方は知っている」
「ダンブルドアは、狼人間と知っていて雇ったっていうのか?」

 ロンが驚きで息を呑みながら言った。これは私が答えた方がいいだろう。私は1歩前に進み出ると、口を開いた。

「去年、ロックハート先生があんなことになってしまって、ダンブルドア先生が予言者新聞に求人を出すって仰ったの。それで、私がリーマスを推薦したのよ。この数年で最も素晴らしい先生だってね。ダンブルドア先生はもちろんリーマスの事情を知ってらしたけど、賛成してくださったわ」
「正気かよ?」
「あら、正気よ」

 愕然としているロンに私は平然と述べた。

「もちろん、錯乱の呪文の影響でもないわ。私も、ダンブルドア先生も、リーマスなら大丈夫だと分かってるもの」
「ハナやダンブルドアの感覚は一般論とは大分かけ離れている。2人は私に友好的過ぎる」

 リーマスが少し困ったような顔をして私の肩に手を置いた。そうして、お礼をするように私の肩を数回ポンポンと叩いた。

「私にとってはそれがとても有り難いし、かけがえのないものだが……しかし、一般的には否定的な意見の方が多いだろう。先生の中にもそういう意見があった。ダンブルドアは、私が信用出来る者だと、何人かの先生を説得するのに随分ご苦労なさった」
「そして、ダンブルドアは間違ってたんだ! 先生はハナに錯乱の呪文をかけて、ずっとこいつの手引きをしてたんだ!」

 これまでの話にリーマスが無実だと示すものが何もなかったからだろう。ハリーが怒鳴るように叫んでシリウスを指差した。シリウスは一瞬傷付いたような顔をしたが、それを隠すように顔を伏せるとその場に座り込んだ。すると、クルックシャンクスがベッドから飛び降りてシリウスの傍らに寄り、膝に乗って慰めるようにゴロゴロ喉を鳴らした。

「ハリー、リーマスは何も知らなかったのよ」

 私は粘り強く説明を続けた。

「さっき聞いていなかった? 私、シリウスのこともそれ以外のことも、知っててリーマスに黙っていたの。そうしないと、リーマスの人生が滅茶苦茶になると思ったからよ。それに、シリウスの手引きをしていたのは、リーマスじゃない。私よ。私がシリウスをホグワーツに入れる手伝いをしたの。いい? 自ら、進んで、それをしたの」
「それは、ハナは錯乱の呪文にかかってるから――」

 今度はハリーが傷付いたような顔をして言った。私の言葉に混乱しているような、絶望しているような、そんな風にも見えた。私はハリーをじっと見据えて首を横に振った。

「いいえ、私は正気よ」
「だって、ハナは、ブラックのことが嫌いだった――僕、君が夏休みの間、ブラックの記事が載ってる予言者新聞を怖い顔をして暖炉に投げ入れるのを何度も見た」
「自分の親友の悪口ばかり書いてる記事を喜べるはずがないでしょう? 私はシリウスのことが嫌いなんじゃなくて、彼のことが書かれた記事が嫌いだったの。私、シリウスのことはとーっても大好きよ」
「でも、この間だって、校内に貼ってある手配写真を睨みつけて――」
「あれは、手配写真の中のシリウスが親しげに笑いかけるからやめろって睨んでただけよ」
「じゃあ、ブラックがこんなに健康そうなのは……」
「私が食事を運んだの。手配写真とは見違えるほどハンサムになったでしょ?」
「じゃあ、クリスマスの時、夜食だって言ってたのは」
「シリウスの食事よ」

 ハリーは最早何と言っていいのか分からないようだった。話を聞いていたロンもハーマイオニーも何も言わず、固まってしまっている。愕然としたまま3人が黙り込むと、今度はリーマスが私に訊ねた。

「君達はいつ再会したんだ?」
「夏休みよ。リーマスが魔法省に聴取を受けた日」

 私は素直に答えた。

「シリウスの脱獄が新聞に載る直前ね――その日、アズカバンから脱獄してきたシリウスが最後の力を振り絞って、私の家の前に姿現しした――痩せ細って、衰弱して、とてもひどい状態で、私、すぐに彼を助けた。食べ物を食べさせて、ボロボロだった服を着替えさせて、逃亡するのに必要なものを提供した。いつシリウスと再会してもいいように、私、必要なものをこっそり準備していたの」
「再会してからシリウスとどうやって連絡を取り合ってた?」
「夏休み中は手紙ね。ロキは闇に紛れやすいから苦労しなかった。ホグワーツに来てからはこのブレスレットで」

 私は左腕を持ち上げてブレスレットを見せながら言った。青い革製のブレスレットが揺れ、プレートに描かれた5本の杖が鈍く光った。

「ふくろう通信販売で買ったの。それにシリウスが魔法を掛けてくれて、一方に変化を加えれば、もう一方も変化するようにしてくれたのよ。食事を運ぶのも難しくなかったわ。私は鷲になれるから、寝室から抜け出せたもの。同室の子達は寝つきがいいの」
動物もどきアニメーガスにはいつなったんだ?」
「2年生の終わりごろよ。でも、1年生の時から必死で勉強して、練習したわ。ジェームズとシリウスが私にやり方を書いたメモを丁寧に残しておいてくれたの」
「そんな、危険だ――それに、シリウスの杖はどうした?」
「再会した日に2人でダイアゴン横丁に行って買ったわ」
「一体どうやって? 見つからなかったのか?」
「2年生の時、ハリー達がポリジュース薬を作る手伝いをした時、1回分だけ分けて貰っておいたの。シリウスと杖を買いに行くのに使おうと思ってた。監獄に入っていたのなら杖は当然取られていて持っていないでしょう?」
「ちょっと待ってくれ」

 リーマスとのやりとりを聞いていたハリーが突然割って入ると言った。私の話に違和感があることに気付いたのだろう。ハリーは混乱した顔のまま、私やシリウス、リーマスの顔を交互に見て続けた。

「ポリジュース薬を作るって決めたのは随分前だ――誰もブラックが脱獄するなんてわかりっこないじゃないか」
「いや」

 リーマスが静かに否定した。

「ハナにはそれが最初から分かっていたんだ」

 ハリーは困惑したままリーマスを見つめ返している。

「わけを話させてくれれば、説明するよ。ほら――」

 そういうと、リーマスは武装解除して奪っていたハリー、ロン、ハーマイオニーの杖をそれぞれに放り投げて手渡しした。それから、自分の杖とシリウスの杖をベルトに挟み込み両手を挙げので、私も同じように杖を杖ホルダーに仕舞って両手を挙げた。

「君達には武器がある。私達は丸腰だ。聞いてくれるかい?」

 部屋には、キーキー鳴き喚き続けるワームテールの声だけが、やけに響いていた。