The ghost of Ravenclaw - 200

22. 叫びの屋敷

――Harry――



 ウロの中は狭い土のトンネルだった。隻眼の魔女像の下の通路に入った時のように、始まりは急な傾斜になっている。ハリーは這ったまま底まで滑り降りると、ようやく体勢を立て直した。底まで降りてもやっぱり狭い。それに、明かりもなく、杖明かりで照らしてみても先が見えないほど暗く長いトンネルだ。しかも、天井が驚くほど低い――先に入ったクルックシャンクスは当然、悠々と立っていられたが、ハリーは背中を丸めないといけなかった。

「ロンはどこ?」

 ハリーが降りた数秒後にハーマイオニーは降りてきた。ハリーの隣に並んだハーマイオニーは暗く狭いトンネルの中を恐々と見渡している。クルックシャンクスはそんな2人が歩き出すのを待つかのように、少し先をいったところで立ち止まっていた。杖明かりに照らされて、目が光っている。きっと、ロンはこの先にいるに違いない。

「こっちだ」

 ハリーは背中を丸めたまま、クルックシャンクスの方へと歩き出した。その後ろからは同じく背中を丸めた状態でハーマイオニーがついてくる。クルックシャンクスは2人がやってきているのを見ると、トンネルを奥へ奥へと歩いて行った。あの黒い犬がどこに向かったのか、知ってるのかもしれない。

「このトンネル、どこに続いているのかしら?」

 後ろからハーマイオニーが訊ねた。

「分からない……忍びの地図には書いてあるんだけど、フレッドとジョージもこの道は誰も通ったことがないって言ってた。この道の先は地図からはみ出してて、どうもホグズミードに続いてるみたいなんだ……」

 2人は、体をほとんど二つ折りにして長いトンネルを急いだ。トンネルはくねくね曲がりに曲がっていて、ハリーは先頭をいくクルックシャンクスの尻尾を見失わないよう、ついていった。しかし、歩いても歩いても出口が見えない――ハリーは延々と続く通路を進みながら、焦りを感じていた。こうしている間にも、あの巨大な犬がロンに何かしているかもしれない。自然とハリーが通路をいく速度は速まっていった。後ろでハーマイオニーが苦しそうに呼吸しながら必死でついてくる。

 やがて、トンネルが上り坂になってくると、ハリーも息遣いが荒くなり、呼吸が苦しくなってきた。それでも足を止めずに先を急ぎ、不意にクルックシャンクスの姿が見えなくなったとろこで、ハリーとハーマイオニーは小さな穴から漏れるぼんやりとした明かりがあるのを見つけた。あそこが出口に違いない。2人は呼吸を整え、杖を構えなおし、ジリジリと前進して、そっと穴の向こうを覗き見た。

 穴の先は部屋だった。雑然としていて埃っぽい部屋だ。ダーズリー家の階段下の物置よりひどい。壁紙は剥がれかけて床は染みだらけだし、家具という家具がまるで打ち壊されたかのように破損していて、窓という窓に板が打ちつけられている。でも、誰かそこにいる様子はない――ハリーはハーマイオニーと顔を見合わせ、頷き合うと穴を潜り抜けた。

 穴の向こうにはやっぱり誰もいなかった。それどころか、クルックシャンクスの姿もない。しかし、右側の扉がまるで誘い込むように開きっぱなしになっている。ハリーが扉の向こうを見てみると、どうやら廊下に繋がっているようだった。玄関ホールなのか、少し広い空間だ。

「ハリー、ここ、叫びの屋敷の中だわ」

 ハーマイオニーは大きく目を見開き、板が打ち付けられたいくつもの窓を見回していた。言われてみれば、確かにそうかもしれない――ハリーは以前、ロンと共に叫びの屋敷を見に行った時のことを思い出した。あの時外から見た叫びの屋敷も窓という窓すべてに板が打ちつけられていた。

 改めて部屋を見渡してみると叫びの屋敷の中は、荒れ果ててかなりひどい有り様だった。目につく家具はみんな壊れているし、ハリーのそばにある木製の椅子なんか大きく抉れ、脚の1本が完全にもぎ取られている。確か、叫びの屋敷はゴーストですら近付くのを恐れる屋敷だっただろうか。聞いたところによると、イギリスで1番呪われた幽霊屋敷だとか――。

「ゴーストがやったんじゃないな」

 これまで聞いた話を思い出しながら、ハリーが言った。けれども、いくら幽霊屋敷とはいえ、ハナの家はこんなところじゃないだろうな、とハリーは思った。ロンが煙突飛行ネットワークに登録されているハナの家の暖炉の名前は幽霊屋敷だと話していたが、ハリーはハナがこんなボロ屋敷に住んでいる姿がちっとも想像出来なかった。

 しばらく間、ハリーとハーマイオニーはその部屋を見渡していたが、やがて、頭上で何かが軋む音がすると、ハッと天井を見上げた。何かが上の階で動いたらしい。ハーマイオニーは恐ろしさのあまりハリーの腕を握り締めている。ハリーはそのままでもいいかと思ったが、次第に指の感覚がなくなり掛けてくると、ハーマイオニーに眉をちょっと上げて合図した。ハーマイオニーはハリーが言わんとしていることが分かったのか、それにこくりと頷いてそっと腕を放した。

 出来るだけ物音を立てないように気をつけながら、2人は右側の扉から廊下に出た。そこはやっぱり玄関ホールみたいで、ホグワーツほどではないが、少なくともダーズリー家より立派で広いホールだった。

 ホールには、今にも崩れ落ちそうな階段が1つあり、上階へと伸びている。辺りはどこもかしこも厚い埃が積もっていたけれど、その階段に向けて、誰かが何度も往復したような足跡と何かが上階に引きずり上げられた跡が導のように残っていた。2人は、そっとホールを横切り、階段を抜き足差し足で上がると、途中にある踊り場まで行ったところで「ノックス!」と小声で唱え、杖明かりを消した。

 踊り場の先――2階に上がってすぐのところには、開いている扉が1つだけあった。暗闇の中、ハリーとハーマイオニーが一段、また一段と階段の残り半分を上がって扉に近づいていくと、扉の向こうから物音がするのが分かった。低い呻き声に、それから、太く大きなゴロゴロという声だ。2人は扉のすぐ手前でまた立ち止まると、最後にもう一度見交わし、頷きあった。いよいよ乗り込むのだ――先陣を切るのはやはりハリーだ。

 ハリーは杖をしっかり手前に突き出し、中途半端に開いていた扉を蹴り開け、中に飛び込んだ。そこは寝室のようで、埃っぽいカーテンの掛かった壮大な4本柱の天蓋ベッドが目立つところに置かれてあり、その上にクルックシャンクスが寝そべっていた。飛び込んできたハリーとハーマイオニーを見て大きくゴロゴロと喉を鳴らしている。そして、

「ロン!」

 ベッドの脇の床には、ロンが座っていた。投げ出された足が奇妙な角度に曲がっている。犬の姿は見えなかった。

「ロン――大丈夫?」
「犬はどこ?」

 ハリーとハーマイオニーは矢継ぎ早きにそう訊ねながら、ロンに駆け寄った。すると、ロンが痛みで歯を食いしばりながら呻くように言った。

「犬じゃない――ハリー、罠だ――」

 ハリーもハーマイオニーも何のことだかさっぱりわからなかった。犬が犬じゃないとは一体なんだろう。あれは亡霊ではなかったから死神犬グリムではないし、狼でもない。それとも、犬のような魔法生物がいるのだろうか。

「あいつが犬なんだ……」

 ハリーが考えを巡らせていると、ロンが続けた。ロンは、ハリーの肩越しに何かを睨みつけている。

「あいつは動物もどきアニメーガスなんだ……」

 ハリーは慌てて背後を振り返った。すると、そこには男が立っていた。扉の死角に立っていて気付かなかったのだ。男はハリーと目が合うとニヤリと口許を歪め、扉をピシャリと閉めた。そうして数歩こちらに歩み寄り、扉を塞ぐようにして立ち止まると、ようやくハリーにも男の顔がはっきりと見えるようになった。

 シリウス・ブラックが確かにそこに立っていた。