The ghost of Ravenclaw - 196
22. 叫びの屋敷
――Harry――
学年末試験がすべて終わったというのに、ハリーの気分はちっとも開放的にはならなかった。2時から行われたバックビークの控訴がどうなったのか気になるし、それにトレローニー先生の言葉が頭の中でグルグル渦巻いたままだった。あの先生の様子は、どう考えても普通ではなかった――ハリーは校庭へと向かう人波に逆らいグリフィンドール塔へと急ぎながらそう思った。あれが先生の演出か本物の予言だったのか、ロンに話を聞けば分かるだろう。
5分後、ハリーは太った
「トレローニー先生が――今しがた僕に言ったんだ――」
けれども、2人の表情を見て、ハリーはそのあとの言葉を続けることが出来なくなった。ロンもハーマイオニーも一言も言葉を発さず、暗い雰囲気で俯いている。まさか――ハリーはハッとしてロンとハーマイオニーの顔を交互に見た。
「バックビークが負けた」
ややあって、ロンが口を開いた。
「ハグリッドが今、これを送ってきた」
弱々しい声でそう言って、ロンが羊皮紙の切れ端をハリーに差し出した。震える手でそれを受け取って広げてみると、手紙はどこも濡れてはいなかったが、字が激しく震えてほとんど判別出来なかった。
控訴に敗れた。日没に処刑だ。お前さん達に出来るこたぁ何もねえんだから、来るなよ。
お前さん達に見せたくねえ。
「行かなきゃ」
ハリーは反射的にそう思った。ハグリッドにたった1人で死刑執行人がやって来るのを待たせるだなんて、そんなことさせたくなかった。処刑がどうにもならないのならせめて、一緒にいてあげたかった。けれど、処刑の時間は日没だ。この時期の日没時刻は夜の10時前後で、生徒は寮を出ることすら許されない時間である。仮にマクゴナガル先生に事情を話してお願いしたとしても、未だにブラックに対する厳戒態勢が解かれていない中、特別な許可が下りるとは到底思えなかった。
「透明マントさえあればなぁ……」
ハリーは透明マントをいつまでもそのままにしていたことを後悔しながら頭を抱えた。けれども、ハリーが取りに戻ったところを、もしスネイプに見られたら、かなりまずいことになるのは分かりきっていた。ハナが一緒なら、ハリー達に目くらまし術をかけてくれるもらえるかもしれないけれど、その肝心のハナとはそもそも寮が違う。それに、誰かに会う用事がいつ終わるのか、ハリーは聞いていなかった。
「透明マントは、どこにあるの?」
ハリーが頭を悩ませていると、ハーマイオニーが訊ねた。ハリーはすっかり忘れていたが、透明マントを隻眼の魔女像の下に隠すことになった経緯をハーマイオニーは何も知らなかったのだ。そこで、ハリーは事の次第を話して聞かせた。すると、どうやって魔女の背中のコブを開くのかを話したところで、ハーマイオニーがすっくと立ち上がったかと思うと、ハリーとロンに何も言わずに談話室から出て行ってしまった。
「まさか、取りに行ったんじゃ?」
突然のハーマイオニーの行動にハリーとロンは目を丸くしたが、そのまさかだった。なんと、15分後、ハーマイオニーは自分のローブの下に透明マントを隠し持って戻ってきたのだ。今年度、あんなにハリーが外に出ることに反対し続けていた、あのハーマイオニーが、だ。
「ハーマイオニー、最近、どうかしてるんじゃないのか!」
戻ってきたハーマイオニーにロンが度胆を抜かれたように言った。
「マルフォイはひっぱたくわ、トレローニー先生の授業は飛び出すわ――」
「あら、私だってやる時にはやるのよ」
ハーマイオニーはちょっと得意気な顔をした。
「それにこれって大事なことだわ。試験で満点を取るより、ずっとね」
*
夕食の時間になると、ハリー、ロン、ハーマイオニーはみんなと一緒に大広間に下りた。夕食後に談話室に戻るつもりはなかったので、ハリーはローブの下に透明マントを隠していたが、膨らみを隠すのに寮を出てから大広間に辿り着くまで、ずっと腕を組んでいなければならなかった。
大広間に入って隅の方の席を陣取ると、3人はすぐさまハナの姿を探してレイブンクローのテーブルを隅から隅々まで見て回った。もしハナに会えたらこのあと一緒にハグリッドのところへ行かないかと誘ってみるつもりだったのだ。しかし、どこを探してもハナの姿はない。レイブンクローのテーブルにはハナと仲良しのパドマ・パチルやリサ・ターピン、マンディ・ブロックルハーストなんかの姿があったが、ハナは一緒ではなかったし、もしやと思って見てみたハッフルパフのセドリックの隣にもハナはいなかった。どうやら誰かに会う用事は終わっていないらしい。
「ハナ、一体誰に会ってるんだろう?」
ハリーは教職員テーブルの方を探しながら言った。教職員テーブルには、ダンブルドアの姿もなければ、ルーピン先生の姿もなかった。
「分からないわ。もしかしたら、用は終わったけれど、処刑の連絡を貰って塞ぎ込んでいるのかも……だって、ハナのところにも手紙は届いてるはずでしょ?」
3人は結構長い時間ハナを待って大広間で粘っていたが、それでもハナが現れなかったので、仕方なく大広間をあとにした。それに、用が終わっていないのかもしれないし、塞ぎ込んでいるの可能性もあったけど、もう既にハグリッドと一緒にいる可能性だって十分にあった。9月にバックビークのことが起こった時もハナはハリー達が訪れるより前に小屋を訪れていたし、クリスマスの時だってそうだった。
グリフィンドール塔に戻らなかった3人は、玄関ホールの隅にある誰もいない小部屋に身を隠すことにした。透明マントがあれば誰がいても見つからずに出ていくことが出来たが、前回の泥投げ生首事件のことがあったので、念には念を入れて、玄関ホールに誰もいなくなるのをじっと待った。玄関ホールは、寮の門限がやってくるまで、ひっきりなしに生徒が行き交い、足音や話し声がしていたが、やがて、最後の2人組がホールを急いで横切る足音がしたかと思うと、正面玄関の扉がバタンと閉まり、静けさが訪れた。
「オーケーよ」
足音も話し声も聞こえなくなると、小部屋から首を突き出して辺りを見渡し、ハーマイオニーが囁いた。
「誰もいないわ――マントを着て――」
3人はマントを頭からすっぽりかぶると、誰にも見えないようピッタリくっついて小部屋を出た。マントに隠れ、抜き足差し足で玄関ホールを横切り、そーっと正面玄関の扉を開いて隙間から校庭へ出ると、慎重にハグリッドの小屋を目指した。
日没が迫っているからか、太陽は既に禁じられた森の向こうに沈みかけ、辺りを金色に染めていた。ハグリッドの小屋の屋根もキラキラ輝いていて、影が色濃く校庭の芝へと落ちている。屋根に止まっている鳥も、遠くから見ると夕陽を浴びて真っ黒なシルエットに見えた。しかし、小屋の手前までやってきたところで、ハリーは屋根にいる鳥に見覚えがあることに気がついた。
「あの鷲だ」
ハリーがロンとハーマイオニーに向けて囁いた。
「去年、秘密の部屋に入る前、マートルのトイレの窓から覗いていた鷲に違いないよ。目が一緒だ――それに、もしかするとハッフルパフとの試合の時、僕を助けてくれようとしたのもこの鷲だったかもしれない……」
ハリーは立ち止まり、屋根の上にいる鷲をじっと見つめた。鷲は凛としたヘーゼル色の目をしていた。体長は50センチから60センチほどと鷲にしてはあまり大きくはないが、鉤爪は鋭く強そうでかっこいい。全身を覆う羽毛は艶やかで、そのほとんどが黒だったが、胸元は模様がある以外は汚れ1つない白だった。
「ねえ、これ、私達が見えてるんじゃないわよね? なんだかじーっとこっちを見ているみたい……」
ハリーが鷲を観察しているとハーマイオニーが怯えたように言った。確かにハーマイオニーの言う通り、鷲は先程から透明マントで姿の見えない3人がいる辺りをじーっと見つめたままピクリとも動かなかった。けれども、ハリーが気になったのはそこではなかった。
「左の羽にある青いラインはなんだろう?」
ハリーはハーマイオニーの言葉を無視して言った。
「前はあんなのなかったと思うけど……それに、あの胸元の丸い模様だって……」
そう、前に見た時と模様が違っていたのだ。見れば見るほど前に見た時と同じ鷲にしか見えないのに、模様が違うというのはどういうことだろう。ハリーが首を傾げているとロンが焦ったそうに言った。
「なんだっていいじゃないか」
まるで早く行けと言わんばかりだ。すると、ハーマイオニーも急かすように口を開いた。
「そうよ、ハリー。気にしている時間はあまりないわ。グズグズしているとすぐに日没になるわよ……」
それもそうだ――ハリーは鷲について考えるのをやめると、再び小屋へと歩き出した。まもなく、小屋の扉の前に立つと、ハリーは
「僕達だよ」
マントを被ったままハリーは声を潜めて言った。
「透明マントを着てるんだ。中に入れて。そしたらマントを脱ぐから」
「来ちゃなんねえだろうが!」
ハグリッドは咎めるようにそう言ったが、3人を追い返しはしなかった。