The ghost of Ravenclaw - 195

22. 叫びの屋敷

――Harry――



 スキャバーズが生きているかもしれないというニュースは、ハリー、ロン、ハーマイオニーの3人に少しの間バックビークの控訴のことを忘れさせた。3人はクルックシャンクスや他の猫に食べられた訳ではないと証明されたことに驚きを隠せなかったが、何よりもハナがその情報をどうやって手に入れたのか不思議でならなかった。ハナが言うには、ホグワーツ城を知り尽くした友達がたくさんいるらしいが、具体的にそれが誰なのかは教えてくれなかった。

「ハナって秘密が多過ぎると思わないか?」

 昼食を終え、大理石の階段を3人で上がっているとロンが訝りながら言った。あのあとハナは、人に会う用事があるのだと言って、早々に大広間を去ってしまっていたが、まだ半分以上は試験が残っている中、一体誰と会うのか、ハナはやっぱり教えてくれなかった。

「どうしてハナが例のあの人を強力にするのかっていうのも未だに教えて貰えてないし、それに、この間、ルーピンに地図を取られた時に話に出て思い出したんだけど、レイブンクローの幽霊についてもハナとどういう関係なのか、僕達まだ分からないままだ」
「ルーピンは、ハナはレイブンクローの幽霊の娘じゃないって話してたよ。僕、吸魂鬼ディメンター防衛術の訓練の時に教えてもらったんだ。ルーピンはレイブンクローの幽霊と親友だったんだって。多分、他人の空似みたいなものじゃないかな。だから、マルフォイ達は親子だって勘違いしたんだ」

 ハリーがそう答えると、ロンはまだ納得いかないのか、腕を組んだまま「うーん」と唸った。そして、大理石の階段の一番上までくると、再び口を開いた。

「でも、ハナの家って“幽霊屋敷”だろ?」

 突拍子もないロンの言葉に、ハリーもハーマイオニーも戸惑ったように顔を見合わせた。ハナの家が「幽霊屋敷」とは一体どういうことだろう。2人が何も言わないでいると、ロンが焦ったそうに続けた。

「ほら、煙突飛行ネットワークだよ。2年生になる前の夏、ハナが僕の家に泊まりに来た時、ハナは煙突飛行を使って行き来してたんだけど、自分の家に帰る時、“幽霊屋敷”って言ってたんだ。僕、フレッドとジョージがそれでゲラゲラ笑ってたからよく覚えてるよ。ハリー、覚えてないかい?」

 話を聞いて、ハリーは当時のことをよく思い出そうとした。あの夏、ハリーがウィーズリー家に滞在している間に、ハナが1度泊まりに来たことがあったのはよく覚えている。しかし、ハナが暖炉から出入りしている時、何と言っていたのかまではさっぱり覚えていなかった。あの時はまだ煙突飛行の存在すら知らず、ハナがいつの間にか来て、いつの間にか消えているようにしか見えなかったのだ。

「確かにそれは妙だけど、でも、ルーピン先生が娘ではないってはっきり仰ったんでしょ? だったら、それが真実だわ。それに、いつか私達に本当のことを話してくれるってハナは約束してくれたじゃない。だったら私達、ハナを信じるべきだわ」
「僕、ハナを疑ってる訳じゃない」

 ハーマイオニーの言葉にロンが気分を害したように答えた。

「ただ、不思議だなって思っただけだ」

 それから2階の廊下までやってくると、マグル学の試験を受けるハーマイオニーが去り、占い学の試験であるハリーとロンは、8階まで上がった。そうして、トレローニー先生の教室に上がる螺旋階段の下までやってくると、試験を受ける生徒達が大勢腰掛けているのが見えた。ハリーとロンは空いているところまで上がり、みんなと同じように階段の途中に腰掛けた。

「1人ひとり試験するんだって」

 2人が座ると、偶々隣に座っていたネビルが教えてくれた。ネビルの膝の上には『未来の霧を晴らす』の教科書が置かれ、水晶玉のページが開かれている。トレローニー先生が試験は玉に関するものだと以前話していたからだ。

 やがて時間になると、螺旋階段のてっぺんにある天井の撥ね戸からトレローニー先生があの霧のかなたのような声で1人ひとり生徒の名前を呼び、試験を行い始めた。みんな、試験を終えた生徒が梯子を降りてくる度にどうだったかと訊ねたが、全員が全員、答えを拒否した。トレローニー先生がもし試験の内容を話したらひどい事故に遭うとみんなを脅しているのだ。

 順番待ちの列はなかなか短くならなかった。なにせ1人20分くらい掛かるのだ。それでも1人減り、2人減りと少しずつ生徒が試験を終えていくと、とうとう残っているのはハリーとロンの2人だけとなった。先に呼ばれたのはロンの名前だ。ハリーは梯子を上って撥ね戸の向こうへと消えていくロンを見送ると、床に座ってハグリッドのことを考えた。時刻はもう2時をとっくに回っている。控訴が始まっている時間だった。

 ロンはきっかり20分後に降りてきた。ハリーは急いで荷物を持って立ちがりながら、試験はどうだったかと訊ねた。

「あほくさいよ」

 ロンが吐き捨てるように答えた。

「何も見えなかったからでっち上げたよ。先生が納得したとは思えないけどさ……」

 まもなく、最後の1人となったハリーの名前が呼ばれると、ハリーは「談話室で会おう」とロンに告げ、梯子を上り、塔のてっぺんにある占い学の教室に入った。教室はいつもより一層暑く、カーテンは閉め切られ、暖炉の火は燃え盛り、いつものムッとする香りが充満していた。椅子やテーブルもごった返していて、ハリーはそれらに躓きながら大きな水晶玉の前で待っているトレローニー先生のところまで向かった。

「こんにちは。いい子ね」

 ハリーが真後ろにあった椅子の上に荷物を置き、水晶玉を挟んでトレローニー先生の向かいに座ると、先生が静かに言った。

「この玉をじっと見てくださらないこと……ゆっくりでいいのよ……。それから、中に何が見えるか、教えてくださいましな……」

 言われるがままに、ハリーは水晶玉をじっと見た。しかし、水晶玉の中では白い靄が渦巻くばかりで何の変化も起こりはしなかった。それに暑いし、すぐ脇の暖炉から漂ってくる香りが鼻を強烈に刺激して咽せ返りそうだ。ハリーはロンが「あほくさい」と吐き捨てた気持ちがよく分かった。

「えーっと、黒い影……フーム……」

 ハリーは暑さと臭いに耐えつつ、何か見えたように装いながら呟いた。すると、トレローニー先生が興味深そうにハリーに訊ねた。

「何に見えますの? よーく考えて……」
「ヒッポグリフです」

 ハリーはあれこれ思考を巡らして、答えた。トレローニー先生はそれを聞くなり、膝の上にちょこんと載っている羊皮紙に何やら熱心に走り書きした。

「貴方、気の毒なハグリッドと魔法省の揉め事の行方を見ているのかもしれませんわ。よーく、ご覧なさい……ヒッポグリフの様子を……。首はついているかしら?」
「はい」
「本当に? 本当に、そう? もしかしたら、地面でのた打ち回っている姿が見えないかしら。その後ろで斧を振り上げている黒い影が見えないこと?」
「いいえ!」

 ハリーはあまりの暑さと香りにとうとう吐き気が襲ってくるのを感じながら、性急に答えた。しかし、トレローニー先生はまだ試験を終えようとはしない。どうでもいいから終わってくれ――ハリーは切実に願った。

「血は? ハグリッドが泣いていませんこと?」
「いいえ!」

 間髪容れずにハリーは答えた。気持ち悪くて仕方なくて、兎に角この教室から早く立ち去ってしまいたかった。

「元気そうです。それに――飛び去るところです……」

 早く終わらせたい一心でハリーがそう続けると、トレローニー先生はあからさまに溜息を吐いた。お気に入りの残酷な予言ではなかったからだ。きっとヒッポグリフに首はついていなくて、辺りは血みどろ、ハグリッドは大泣きだと言ったら先生は大喜びでハリーに満点をつけたかもしれないが、ハリーは嘘でもそんなことを言いたくはなかった。だったら、シリウス・ブラックが吸魂鬼ディメンター接吻キスされていると話した方が良かったかもしれないが、この咽せ返るような空間でハリーが咄嗟に思いついたのがバックビークのことだったので、どうしようもなかった。こんなところにいて、頭の回転が良くなるはずがない。

「それじゃ、ね、ここでおしまいにいたしましょう。ちょっと残念でございますわ……でも、貴方はきっとベストを尽くしたのでしょう」

 すっかり興味をなくしたようにトレローニー先生が言うと、ハリーは内心ホッとして立ちがった。そうして、後ろの椅子に置いていた荷物を取ろうと先生に背を向けたところで、奇妙な出来事が起こった。太く荒々しい声が、ハリーの背後――つい先程までトレローニー先生が座っていた場所から聞こえてきたのだ。

「事は今夜起こるぞ」

 驚いてハリーが振り向くと、そこにいたのはやっぱりトレローニー先生だった。けれども、いつもの様子とはまったく違う。目は虚ろで、口はダラリと開いていて、椅子に座ったまま硬直している。ハリーは何が何だか分からず、声を掛けた。

「な、何ですか?」

 しかし、トレローニー先生にはハリーの声が聞こえていないようだった。ハリーがどうしたらいいのかと戸惑っていると、やがて、先生の目がギョロギョロと動き始めて、ハリーはその場に立ちすくんだ。先生は何か病気だろうか? 今から医務室に駆けつけて、マダム・ポンフリーを呼ぶべきだろうか? それとも、試験の内容をバラしたら事故に遭うだとかいう例の予言だろうか? 先生はこういう演出でみんなを脅したから、みんな頑なに試験の内容を話さなかったのかもしれない。ハリーが混乱しつつもそう考えていると、先生がまた口を開いた。いつもの霧の彼方の声とは違う、荒々しい声だった。

「闇の帝王は、強力な入れ物を手に入れ損ね、友もなく孤独に、朋輩に打ち棄てられて横たわっている。その召使いは12年間鎖に繋がれていた。今夜、真夜中になる前、その召使いは自由の身となり、主君の下に馳せ参ずるであろう。闇の帝王は、召使いの手を借り、再び立ち上がるであろう。以前より更に偉大に、より恐ろしく。今夜だ……真夜中前……召使いが……その主君の……下に……馳せ参ずるであろう……」

 何が起こったのか、さっぱり分からなかった。トレローニー先生が話し終えると頭がガクッと前に傾いて、胸の上に落ちた。それから何やら呻くような声が聞こえたかと思うと、先生はケロッとした様子で顔を上げた。

「あーら、ごめんあそばせ。今日のこの暑さでございましょ……あたくし、ちょっとウトウトと……」

 トレローニー先生が何事もなかったかのように言った。ハリーはそんな先生の様子に未だに混乱したままその場に突っ立っていた。

「まあ、貴方、どうかしまして?」

 ハリーの様子がおかしいことに気付いたトレローニー先生が訊ねた。けれども、ハリーの頭の中は先程、先生が荒々しい声で話したことがぐるぐるしていた。闇の帝王というのは、ヴォルデモートのことだろうか。でも、強力な入れ物を手に入れ損ねたというのはどういうことだろう。それに――。

「先生は――先生はたった今、仰いました――」

 ハリーは震える声で言った。

「闇の帝王が再び立ち上がる……その召使いが帝王の下に戻る……」
「闇の帝王?」

 トレローニー先生がギョッとして声を上げた。

「名前を言ってはいけないあの人のことですの? まあ、坊や、そんなことを、冗談にも言ってはいけませんわ……再び立ち上がる、なんて……」
「でも、先生がたった今、仰いました! 先生が、闇の帝王が――」
「坊や、きっと貴方もウトウトしたのでございましょう!」

 食い下がるハリーに痺れを切らしたのか、トレローニー先生は怒ったように声を荒らげた。

「あたくし、そこまで・・・・とてつもないことを予言するほど、厚かましくございませんことよ!」

 あまりにトレローニー先生が怒るので、これ以上聞くのは無理だと判断したハリーは渋々梯子を降りて、教室を出た。螺旋階段を下り、グリフィンドールの談話室に向かいながらもハリーはあれが何だったのか考えたが、どれだけ考えても、あれが本物の予言だったのか、それとも試験の最後を飾る、先生独特の演出だったのか、さっぱり分からないままだったのだった。