The ghost of Ravenclaw - 194

22. 叫びの屋敷

――Harry――



 グリフィンドールがクィディッチ杯を勝ち取ったというかつてないほどの素晴らしい夢見心地な期間を、ハリーは少なくとも1週間は楽しんだ。天気さえも祝ってくれているかのように、何日も晴天が続き、ホグワーツに本格的な夏が急速に近付こうとしていたが、同時に学年末試験も急速に近付いていた。ハリーはもっとクィディッチ杯の優勝の余韻に浸り、何もせずにブラブラとしていたかったけれど、5月のほとんどを机に齧り付いて過ごすことになった。

 机に齧り付いていたのはハリーだけではなかった。あのフレッドとジョージさえもO.W.L試験に向けて勉強していたし、それより更に難易度の高いN.E.W.L試験を受けるパーシーに至っては日増しに刺々しくなっていた。O.W.L試験もN.E.W.L試験もその成績により、卒業後の就職先に大きな影響を与えるもので、最終学年で受けるN.E.W.Lは特に重要な試験だった。中でも魔法省への就職を希望しているパーシーは最高の成績を収めなければならなかったので、談話室の静寂を見出す生徒がいれば、誰であれ、容赦なく厳しい罰を与えた。

 ただ、ハーマイオニーだけは、パーシー以上に刺々しくなっていた。常に気が立っていて、勉強や宿題を邪魔されようものならすぐに爆発してしまうので、ハリーもロンも、ハーマイオニーがどうやって同時に複数の授業を受けているのか聞くのを諦めていた。ハーマイオニーを宥められるのは唯一ハナだけだったが、そのハナも試験が近づくにつれ、忙しさを増しているようだった。けれども、ハナは合間を縫ってハリー達の元に現れ、その度にお菓子を差し入れてくれた。

 ハナは、セドリックと一緒にいる時間が圧倒的に増えた。2人で図書室の秘密の場所――ハーマイオニーは一時期そこで過ごしていたけれど、その場所が具体的に図書室のどの辺りなのかについて、ハリーとロンにすら口を割らなかった――で、勉強したり、夕食後にも2人でどこかに消えていくのをハリーは何度か目撃したことがあった。しかもその度にレイブンクローのテーブルでチョウ・チャンが悲しそうに2人のことを目で追っているので、ハリーは毎回どんよりした気分になった。

 しかし、5月半ばになると、チョウの視線の先について考えている場合ではなくなった。ハグリッドから手紙が届き、いよいよバックビークの控訴が6月6日に行われると分かったのだ。場所はここ、ホグワーツだ。魔法省からわざわざ危険生物処理委員会の人がやってくるらしい。それから、死刑執行人も、だ。これには誰もがカンカンになり、怒りを爆発させた。

 ハリーは危険生物処理委員会がルシウス・マルフォイの言いなりになり、もう意思を固めたのでは、と嫌な予感がしてならなかった。しかも、知らせが届いてからというもの、クィディッチ杯で優勝を逃して以降目に見えて大人しくなっていたドラコ・マルフォイが、威張りくさった態度を取り戻したのも、その裏付けのように思えてならなかった。マルフォイは、バックビークは必ず殺されると自身たっぷりなようで、自分がそのように仕向けたことが愉快でたまらないとスリザリン生の前で話しているらしかった。

 マルフォイの思惑通りにさせてたまるものかとハリーは思ったが、最悪なことに、控訴について話したくても、ハグリッドを訪ねる時間もチャンスもほとんどなかった。シリウス・ブラックに対する厳重な警戒体制はまだ解かれていなかったし、頼みの透明マントも手元にはなかったからだ。透明マントはあの泥投げ生首事件以降、隻眼の魔女像の下の通路の片隅に置かれたままだったが、地図もないのに再び誰にも見つからないように取りに戻るのは不可能だった。それに、次に見つかれば退学になるかもしれないと思うと、到底取りに行く気にはなれなかった。


 *


 6月最初の月曜日に学年末試験が始まると、城内は異様な静寂に包まれた。誰も彼もが試験が1つ終わるごとにヨレヨレになって教室から出てきて、結果を比べあったり、試験の課題が難しすぎたと嘆いたりした。ハリーは、初日の呪文学の実技試験で緊張してしまい、課題である元気の出る呪文をかけ過ぎたことが気がかりだった。課題はロンとペアで行ったのだが、ロンは呪文が効き過ぎてしまった結果、笑いの発作が止まらなくなり、止まらなくなるまで別室に隔離されることになってしまった。

 2日目に行われた魔法生物飼育学の試験だけは簡単だった。試験の間、自分のレタス食い虫フロバーワームが生きてさえいれば合格だったのだ。レタス食い虫フロバーワームは放っておくと最高に調子がいいので、こんなに楽な試験はなかった。しかも、この試験の監督はハグリッドだったので、ハグリッドはハリーの虫がまだ生きているか調べるフリをしながら、ハリー達にこっそりバックビークの様子を教えてくれた。

「ビーキーは少し滅入ってる。長いこと狭いとこに閉じ込められてるしな。そんでもまだ……明後日にははっきりする――どっちかにな」

 その後行われた魔法薬学の試験は完璧な失敗だったが、3日目の魔法史はまあまあの出来だった。魔法史は、中世の魔女狩りについての問題だったのだ。中世の魔女狩りは、夏休みの時、フローリアン・フォーテスキュー店の店長であるフォーテスキュー氏がハリーとハナにいろいろ教えてくれたので、ハリーはよく覚えていた。ハリーはフォーテスキュー氏が教えてくれたことをすべて綴り、満足のいく答えを書き上げた。

 4日目のD.A.D.Aの試験は独特だった。戸外での障害物競走のようなもので、この1年間に授業で習ったものがみんな出てきた。ハリーはどれも完璧にこなし、最後のボガートも難なくクリアすると、ルーピン先生は「満点」とこっそり教えてくれた。

 ハリーは上機嫌のまま、ロンとハーマイオニーの様子を見ることにした。ハリーの次に挑んだロンは途中で失敗してしまったが、ハーマイオニーは途中まで完璧だった。けれども、最後のボガートは上手くいかなかった。ボガートはトランクの中に入り込んで戦うのだが、ボガートに挑んだ1分後、ハーマイオニーは倒さないうちに叫び声を上げて出てきてしまった。

「マ、マ、マクゴナガル先生が! 先生が、私、全科目落第だって!」

 ハーマイオニーは混乱してひどくショックを受けていた。授業の時、ハリーと同じようにハーマイオニーもボガートと対決しなかったので分からなかったが、ハーマイオニーが1番怖いものはマクゴナガル先生から「全科目落第!」と言われることだったのだ。きっと、あまりのショックに何かバカバカしいことを考える余裕がなかったに違いない。ルーピン先生も、一緒に試験の様子を見て待っていたハリーもロンも、「あれはただのボガートで、全科目落第なんてありえない」とハーマイオニーに分からせるのに、苦労しなければならなかった。

 ハーマイオニーをやっとの思いで落ち着かせると、ハリーはロンとハーマイオニーと共に城へと向かった。ロンはいつも完璧にこなすハーマイオニーが珍しく失敗してしまったことが嬉しいのか、ボガート騒ぎをちょいちょい揶揄ったが、口喧嘩にならずに済んだ。正面玄関前のポーチの上にコーネリウス・ファッジが立っていたからだ。

「やあ、ハリー!」

 細縞のマントを着て、暑い陽射しを浴びて汗をかいているファッジは、ハリーの姿を見つけて驚いたように声を掛けた。

「試験を受けてきたのかね? そろそろ試験も全部終わりかな? ハナ嬢は一緒じゃないようだね」
「はい。ハナは寮が違うので、僕達とは実技試験の順番が違うんです」

 ファッジの前までやってくると、ハリーが答えた。ハーマイオニーとロンは魔法大臣と親しく話すような間柄ではなかったので、ハリーの後ろで所在なさげにウロウロしていた。

「そうか――彼女はレイブンクローだったね。それにしてもいい天気だ。それなのに……」

 ファッジは納得したように頷くと、太陽の光に照らされて煌めく湖を見遣って深い溜息をついた。もしかしたらファッジもこんなにいい天気の時は何もせずブラブラしていたいのかもしれないとハリーは思った。ハリーも出来るなら、ブラブラとしてフローリアン・フォーテスキュー店でチョコサンデーをお腹いっぱい食べたかった。

「ハリー、あまり嬉しくないお役目で来たんだがね。危険生物処理委員会が私に狂暴なヒッポグリフの処刑に立ち会って・・・・・・・・ほしいと言うんだ。ブラック事件の状況を調べるのにホグワーツに来る必要もあったので、ついでに立ち会ってくれというわけだ」
「もう控訴裁判は終わったということですか?」

 後ろでウロウロしていたロンが思わず口を挟んだ。ファッジが「処刑に立ち会って」と口にしたのが引っかかったのだ。まるで初めから処刑が決まったかのような言い方だったからだ。

「いや、いや。今日の午後の予定だがね」

 ファッジは首を横に振りながら目の前にやってきたロンを興味深げに見た。その視線が、ロンの赤毛を映していたのを見て、ハリーはファッジが考えていることがなんとなく分かった。きっと、ウィーズリーおじさんの髪の色を思い浮かべているに違いない。ハーマイオニーもその視線に気付いたのか、ひどく狼狽うろたえながらこちらに駆け寄ってきた。

「それだったら、処刑に立ち会う必要なんか全然なくなるかもしれないじゃないですか! ヒッポグリフは自由になるかも知れない!」

 熱くなって言い返すロンをハーマイオニーが止めようとするのと、正面玄関が開くのはほとんど同時だった。見ると、城の中から魔法使いが2人、出てくるところだった。1人はヨボヨボで、見ている目の前で萎び果てていくような老魔法使いで、もう1人は真っ黒な細い口髭を生やした大柄の魔法使いだ。ハリーは危険生物処理委員会の委員達なのだろうとすぐに分かった。

「やーれ、やれ、わしゃ、年じゃで、こんなことはもう……ファッジ、2時じゃったかな?」

 老魔法使いが眩しさに目をしょぼしょぼさせながら言った。その隣では、黒髭の男がベルトに挟んだ何かを指でいじっている。よく見てみると、男はピカピカの斧の刃を撫で上げていた。処刑する気満々でやってきたのは一目瞭然だった。怒ったロンが口を開いて何か言いかけたが、ハーマイオニーが慌ててそんなロンの脇腹を小突き、玄関ホールの方へと顎で促した。

「なんで止めたんだ? あいつら、見たか? 斧まで用意してきてるんだぜ。どこが公正裁判だって言うんだ!」

 玄関ホールを横切り、昼食を食べに大広間に入るなり、ロンが怒って言った。

「ロン、貴方のお父様、魔法省で働いてるんでしょ?」

 カンカンになっているロンを宥めるようにハーマイオニーが言った。ハリーは、ハーマイオニーがロンを止めたのは正しかったと思った。ハリーの考えが正しいのなら、ファッジはあの時、ロンの髪を見て「ウィーズリー家の子か」と思ったに違いないからだ。

「お父様の上司に向かって、そんなこと言えないわよ! ハグリッドが今度は冷静になって、ちゃんと弁護しさえすれば、バックビークを処刑できるはずないじゃない……」

 ハーマイオニーはそう言いながらも、自分の言ったことをあまり信じていないようだった。けれども、それを指摘する気には到底なれず、3人は落ち込んだ気分のままグリフィンドールのテーブルの端の方の席に腰掛けた。ハリーとロンが並んで座り、ハーマイオニーはロンの向かいだ。

 大広間は久し振りに賑やかな雰囲気だった。運が良ければ今日の午前中でもう試験を終えた生徒もいるし、そうでなくても午後には全員がすべての試験を終えるからだ。みんなあともう少しで試験から解放されるのが楽しみなようではしゃいでいたが、3人はとてもはしゃぐ気にはなれなかった。

「こんにちは、3人共」

 黙々と食べていると、空いていたハーマイオニーの隣に、ハナがやってきた。バックビークの控訴のこともあるので図書室ではよく顔を合わせたが、ハナが大広間でグリフィンドールのテーブルにやってくるのは、クリスマス休暇以降ほとんどなく、珍しくことだった。けれども、ハナが3人の下にやってきた理由はすぐに分かった。ハナも正面玄関にいたファッジと会ったからだ。話を聞くと、ハナは危険生物処理委員会の大年寄りと死刑執行人を紹介されたらしく、憎々しげに「斧を見た? 私、粉々にしてやろうかと思った」と言った。しかし、ハナが話したいのはバックビークの控訴のことだけではなかった。

「バックビークのこともだけど、私、貴方達に報告があるの」

 ファッジとどんなことを話したのか話し終えると、ハナがハリー達の顔を順番に見て、言った。

「前に、私が手伝って貰って、スキャバーズを捜索してるって話したのを覚えてる? 実はそれらしいネズミが城の外に出ていくのを見たって言う話を聞いたの」

 そう、ハナの本題はむしろこちらの方だった。ハリーもロンもハーマイオニーも以前スキャバーズを捜索しているとハナに聞いて以降、なんの音沙汰もなかったのですっかり忘れていたが、どうやらハナはあれからもずっとスキャバーズを探していたらしい。驚きの声を上げる3人にハナは声を潜めて続けた。

「私も実際見たわけじゃないからわからないけど、もし外に行く機会があったら気を付けて見てみて――もしかするとスキャバーズは怖いこと・・・・が起こったものだから、怯えて外に逃げ出しただけだったのかもしれないわ」