The ghost of Ravenclaw - 190

21. バックビークの処刑



 午後の試験が始まってまもなく、私達はマグカップを片付け、長い間周囲に掛けていた魔法を解いた。この1年近くの間魔法により隠されていた大木やその根元に出来たウロ、そしてテントが姿を現すと、いよいよ始まるのだ、と身の引き締まる思いがした。今日、私は、私の親友を取り戻すのだ。

 最後にシリウスがサッと杖を一振りしてテントを巾着袋の中に仕舞うと、私達は急いでその場をあとにした。これから向かうのは、暴れ柳の下にある叫びの屋敷に通じている地下通路である。そこで時が来るのをじっと待ち、ロンがワームテールを捕まえたら飛び出すことになっている。本来なら昨夜のうちに移動しておきたかったのだけれど、ホグズミードでは夜間に吸魂鬼ディメンターによるパトロールが行われているので、念の為、直前に移動することにしたのだ。前の晩に移動していて吸魂鬼ディメンターの餌食になったのでは、笑い事で済まされない。

 移動はもちろん動物もどきアニメーガスの姿になって行った。私とシリウスに関しては目くらまし術をかけた上で、だ。ただクルックシャンクスには目くらまし術をかけず、私達の先導をお願いした。クルックシャンクスは俊敏で、暴れ柳の前に辿り着くと、殴りかかろうとする太枝の間を瞬く間にすり抜け、その動きを止めてくれた。彼にはワームテールを叫びの屋敷に連れて行くときにも暴れ柳の動きを止めてもらう予定だ。

「見事なものだな、クルックシャンクス」

 無事に地下通路の中に入り込むと、何も見えない場所からシリウスの声が聞こえた。どうやら早速元の姿に戻ったらしい。私もポンッと元に戻り、目くらまし術を解くと、それから少しして、シリウスも姿を現した。私がいるところから2メールくらい奥に立っているシリウスの腰のベルトには、しっかりと巾着袋の紐が巻き付けられている。

「流石に私達ではああはいかないからな――さて、これから少し時間があるな。だが、一旦叫びの屋敷の様子を見に行くほどの時間はないな。往復には時間がかかる」
「その間に何か起こったら対応できないものね。私は2時になったら控訴の様子を見に行くわ。それからセドと合流ね」
「セドリックはO.W.L試験だったな。彼と合流する前に必要な済ませておこう」

 そう言うと私とシリウスは地下通路に座り込み、最後の仕上げに取り掛かった。まずは私が持ってきたロキの鳥籠で、ポシェットから取り出すとシリウスが難なく壊れないように呪文を掛けてくれた。試しに思いっきり投げつけて見たけど、鳥籠には擦り傷1つつかず、凹みも見受けられなかった。シリウス曰く、この中にワームテールを入れることが出来れば、彼は元の姿に戻れなくなるのだという。鳥籠が壊れないのに元に戻ったらどうなるか、簡単に想像がつくからだ。そうして彼がここにいる間、私達はハリー達を説得することが出来る。

 それから今度はシリウスがガリオン金貨を模したペンダントトップが揺れるペンダントを3つ取り出した。これは、私とシリウスが使っているブレスレットと同じ魔法が掛けられていて、杖で叩けばあっという間にガリオン金貨のペンダントトップが熱を持つ仕組みだ。ハリー達が城を出た時と、ロンがハグリッドの小屋でワームテールを捕まえた時に、これを使ってセドリックがシリウスに合図を送ることになっている。ブレスレットは素晴らしい出来で、ペンダントトップは小さいのにガリオン金貨そっくりだ。シリウスはかなり手先が器用らしい。

「これをセドリックに渡してくれ。メッセージを送り合うことは出来ないが、私と君は動物もどきアニメーガスの姿になっているから熱を持たせるだけで十分だろう」
「ありがとう、シリウス」
「それから、このペンダントには時間になると消滅呪文が発動するようになっている。これでセドリックが私達の協力者だとすぐにバレるようなことにはならないだろう」
「消滅呪文なんてあるの? フィニートみたいな?」
「それは呪文の効果を打ち消す呪文だ。このペンダントに掛けているのはエバネスコ――物体を消滅させる」

 シリウスはそういうと杖を取り出し目の前に一輪の花を出現させると、たちまち「エバネスコ」と唱え、花を消し去った。

「すごい。消えた物体はどうなるのかしら?」
「無になるだけさ。一応反対呪文もあるが、消したものは元には戻らないと思っておいた方が賢明だ」
「分かったわ。ここぞって時だけ使うことにする」
「念の為、君のカメラに消滅呪文が効かないようにしておこう。折角用意してくれたのにカメラごと消されては敵わない」

 カメラに呪文を掛けて貰うとちょうど2時になり、私は鷲になると一旦暴れ柳の下から出て、ハグリッドの小屋を目指した。ハグリッドの小屋には既にファッジ大臣、マクネア、危険生物処理委員会の老魔法使いの3人が訪れていて、私は慌てて窓辺に降り立つと室内を覗き込んだ。ファッジ達はハグリッドと向かい合うようにして立っていて、バックビークはハグリッドから少し離れたところに座っている。どうやら控訴が始まったようだ。私は耳をそばだてた。

「ただ今より、控訴審を始める」

 何やら羊皮紙を広げると、ファッジ大臣が朗々と述べた。すると隣に立つ危険生物処理委員会の老魔法使いがすぐさま手に取った羽根ペンを羊皮紙の上に置いた。記録を残すために作られた羽根ペンだろう。羽根ペンは老魔法使いが手に持たずとも、勝手に羊皮紙の上を動き回り、何やら書き始めた。

「未成年魔法使いに対する傷害事件。被告魔法生物、ヒッポグリフのバックビーク。住所、ホグワーツ魔法魔術学校、禁じられた森――尋問官、コーネリウス・オズワルド・ファッジ魔法大臣。被告側証人、ルビウス・ハグリッド」

 ハグリッドはその大きな体が小さく見えてしまうほど、怯えきっていた。控訴のためにロンが必死になって用意したメモを握り締めたまま、顔を青ざめさせて震えてしまっている。だが、それも無理はないだろう。目の前に斧を持った死刑執行人が立っているのだから。

「被告魔法生物は、去る9月2日の午後、ホグワーツ魔法魔術学校の校庭で行われた魔法生物飼育学の授業において、生徒である未成年魔法使いドラコ・ルシウス・マルフォイに傷害を負わせた」

 ファッジ大臣が羊皮紙越しにハグリッドを見て続けた。

「相違はないかね?」
「は、はい」
「ドラコ・ルシウス・マルフォイはこれにより全治3ヶ月の怪我を負った。相違はないかね?」
「はい――」
「このことで魔法省に対し、ルシウス・マルフォイ氏から物言いがついている。マルフォイ氏は“ホグワーツ魔法魔術学校では生徒の安全が第一で然るべきであり、怪我をさせてしまったヒッポグリフは処刑が妥当である”と述べている。これについて貴殿の弁護を聞こう」

 ファッジ大臣に促されると、ハグリッドはメモを握りしめ、弁護を始めた。ハグリッドはバックビークの処刑は不当だと懸命に訴えたが、何度もつっかえ、途中しどろもどろになりなるので、ファッジ大臣と危険生物処理委員会の老魔法使いは困ったような顔をし、マクネアは明らかに鼻で笑っていた。

 窓の外でその様子をじっと窺いながら、私は「頑張って」と心の中で応援した。どんな結果になったとしても、バックビークを助けるつもりでいるけれど、やっぱり名実共に無罪放免となった方がいいに決まっているのだ。そうしたらハリー達はハグリッドの小屋に訪れることはないかもしれないけれど、その時は私が彼らを小屋に誘えばいいだけだ。「ねえ、ハグリッドとバックビークのお祝いに行きましょうよ」と。

「ハグリッド、一審の決定を覆すことは出来ない」

 ハグリッドの弁護が終わるとファッジ大臣は予め決められたセリフでもあるかのように羊皮紙を見つめて言った。私とシリウスが考えていた通り、バックビークは処刑されるのだ。ルシウス・マルフォイが圧力をかけてそうさせたのだ。私は予定通りことが運んでいるはずなのに喜ぶことが出来なくて、顔を覆って泣くのを堪えているハグリッドを見つめた。そばにいたバックビークがそんなハグリッドを心配そうに見上げて、慰めようと頬を擦り寄せている。

「ビーキーは、俺のビーキーはこんなにも優しいんだ」

 ハグリッドは声を震わせて言った。

「こんなに――こんなに――」
「ハグリッド、処刑は日没後、夜を待って行われる。生徒達が寝静まってからだ。ダンブルドアがそうでないと了承しなかったのでな」

 ファッジ大臣は羊皮紙から目を逸らさずに告げた。

「我々はまた時間になったらここにくる。手続きもあるんでね。ハグリッド、それまでしっかりとヒッポグリフを繋いでおくように。決して、私に君をアズカバン送りにさせる理由をつくらないでくれ――」

 控訴審が終わり、ファッジ大臣と老魔法使い、それに意地悪そうな笑みを浮かべたマクネアが最後に小屋から出ていくと、ハグリッドはとうとう堪えきれずにバックビークの首に抱きついて泣き出した。けれども、ハグリッドはしばらくすると涙を拭って立ち上がり、バックビークをかぼちゃ畑に連れ出してやると、震えながら手紙を認めはじめた。私達に結果を知らせてくれるのだろう。

 これ以上ここにいたら、ふくろうが私の元に手紙を運ぼうとするかもしれない――私はそう考えると、そっとハグリッドの小屋から飛び立った。城へ向かって飛んでいくとちょうど試験を終えたらしい生徒達が正面玄関から校庭へ次々に飛び出していくのが見えた。私はそんな彼らを見ながらスーッと城に沿って飛び、どうぞと言わんばかりに開いている3階の窓から城に戻った。

 入った先はマートルの棲む女子トイレだった。中にはセドリックだけが立っていて、ここを棲家にしているマートルは出掛けているのか今はいなかった。セドリックがマートルをどうにか出掛けさせてくれたに違いない。セドリックは私が入って来たことに気づくと急いで窓辺にやって来て言った。

「マートルは出掛けたよ。ハナ、ヒッポグリフの控訴は――」
「ダメだったわ――」

 ポンッと元に戻ると私は首を横に振った。

「ダメだった……予定通り進めるわ……予定通り……」

 そう話す声は驚くほど弱々しかった。セドリックが悲痛な面持ちでこちらを見て、そして、私をぎゅっと抱き締めた。セドリックの大きな手が励ますように私の背中を撫でて、頭上から優しい声が降ってくる。

「大丈夫、上手くいく。大丈夫」

 その声を聞くとどうにも堪えきれなくて、私はしばらくの間セドリックに抱き締められたまま、泣いていた。