The ghost of Ravenclaw - 187
21. バックビークの処刑
6月6日の満月の夜、ハリー達は必ずハグリッドの元を訪れようとするだろう。それが私とシリウス、そして、セドリックの見解だった。なぜなら、危険生物処理委員会はヒッポグリフを確実に処刑しようとするからだ。その処刑が行われるのが夜、ということである。どうして夜かといえば、子ども達の目があるので、処刑をするならきっと暗くなってからのはずだと考えたからだ。それに、ダンブルドア先生が白昼に処刑するのを許さないだろう。
そしてハリー達は、その状況を放っておけるはずがない。処刑を止めようとするだなんてことは流石にないだろうけれど、1人でその時間を待つハグリッドのそばにいてあげたいとは思うはずだ。私達はその瞬間、ワームテールがハグリッドの小屋に潜んでいるよう誘導する必要がある。私やクルックシャンクスがハグリッドの小屋にはしばらくの間近付かないと上手く噂を流せれば、城内に居場所を失くしたワームテールは確実にハグリッドの小屋に向かうだろう。
ワームテールの誘導は
*
試験は、6月最初の月曜日から始まった。
変身術は、これまでの2年間より1段階問題が難しいものになっていた。筆記試験では、難解な理論に関する問題がいくつも出題され、実技試験もティーポットを陸亀に変身させるという難しい課題が出された。終わったあとはみんなげっそりとして、亀の頭がポットの注ぎ口のままだったとか、甲羅に模様が残ったままだったと嘆いた。
呪文学の実技試験では、元気の出る呪文が出た。この呪文は1人で行うのは難しいので、それぞれペアを組んでの挑戦だ。私の相手はマンディで、私達は順番に呪文を掛け合い、幸せでニコニコしながら試験が行われた教室をあとにした。ただ、中には緊張して力加減を間違い、笑いが止まらなくなり小一時間隔離されなければならない生徒もいた。
魔法薬学は、混乱薬を作るという試験だった。混乱薬とはその名のとおり、飲んだ人を混乱させる薬だ。必要な材料を選び、計量し、記憶している手順通りに薬を調合している間、スネイプ先生が何度も私の後ろを通っては大鍋を覗き込み、何度も舌打ちをした。最後に無事に濃い色の混乱薬が完成すると、スネイプ先生は憎々しげな表情でこちらをみながら、震える手で点数を書き入れていた。
古代ルーン文字学は翻訳の試験だった。しかも、これがまたかなり難しい。全文を翻訳するのに試験時間をすべて使わなければならず、見直しをする時間がまったくなかったことに私はガッカリした。けれども、終わってから周りの話を聞いてみると全文翻訳出来たのはなんと私とハーマイオニーくらいなものだった。
数占い学の試験は、まるで数学のようだった。複雑な方程式を用いて結果を導き出す課題で、問題を解いている最中、私は何度もここに電卓があったらなぁ、と嘆いた。ただ計算こそ厄介だが、数占い学は占い学とは違い、正しく導きさえすればみんな結果は同じになるので、私は好きな学問だった。
他にも、魔法史では、中世の魔女狩りに関する問題が出された。夏休みにも宿題で出されレポートを書いていたので、この問題はスラスラ解けたし、その後行われた薬草学もなかなかな出来だったと思う。真夜中に行われた天文学の試験もまあまあの出来で、最後はD.A.D.Aを残すのみとなった。
D.A.D.Aの試験はとても斬新でユニークなものだった。まるで障害物競争のようなコースが校庭に用意され、生徒達は順番にコースに入り、ゴールを目指す。入口から入るとまずは水魔のグリンデローが入った深いプールがあり、そこを渡り、次にレッドキャップが潜んでいる穴だらけの場所を横切って行く。それから、道に迷わせようと誘う、ヒンキーパンクの沼地を通り抜け、最後にボガートが閉じごられている大きなトランクに入り込んで戦う。
トランクは魔法で中を拡張されているようだった。かなり心配そうな様子のリーマスに見守られながらトランクに入ると、すかさず目の前にボガートが現れ、私は杖を構えた。ボガートは、様々な人の亡骸に変化しながら少しずつ私に近付いて来たかと思うと、最後にジェームズとリリーの姿になった。私はぎゅっと杖を握り締め、自分を鼓舞するように叫んだ。
「リディクラス!」
呪文を唱えた瞬間、ジェームズとリリーがたちまち姿を変え、私の目の前には、次々に動物が現れた。牡鹿と牝鹿、狼に鷲、それから最後に黒い犬が飛び出してくるとボガートは目の前から逃げ出して姿を隠し、トランクの中はしんと静まり返った。
ニッコリしてトランクを出ると、そこには驚いた顔のリーマスが待っていた。もしかすると採点をするためにリーマスだけには中の様子が窺えるようになっていたのかもしれない。だとすると、最後に黒い犬が飛び出してきたことで聞きたいことが山ほど出たことだろう。しばらくの間、リーマスは何か言いたげな表情で私を見ていたが、やがて「よく乗り越えた。満点」とだけ告げて、次の生徒の採点に入った。
D.A.D.Aが終わると、あとは占い学とマグル学の試験を残すのみとなり、私はひと足先に試験が終了となった。去年は秘密の部屋の騒動で試験が免除となったので、学年末試験を受けるのは二度目だったけれど、今回もそう悪くはない成績だろう。ただ、1位ではないかもしれない。総合得点を考えると、誰より多く科目を選択しているハーマイオニーが有利だろうからだ。けれど、それが狡いとは決して思わない。その獲得した点数はハーマイオニーの努力の証だからだ。
そもそも、試験の成績よりも重要なことが私には待っている。上手く試験を終えられたことにホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、私は身を引き締めると一先ず昼食を食べに城へと向かった。そうして、もう少しで正面玄関だというところで、思わぬ人物とバッタリ鉢合わせて私は足を止めた。その人物は私がやってきていることを見とめると、親しげに声を掛けきた。
「やあ、ハナ嬢! 君も試験を受けて来たのかね? 先程、ハリーとも会ったんだ」
コーネリウス・ファッジ魔法大臣だった。細縞のマントを着て、正面玄関のポーチのところに立っている。年老いた魔法使いと大きな斧を手にしたガッチリとした体格の魔法使いが一緒だ。私は大臣の隣に立つ2人の魔法使いにサッと視線を投げると彼らが危険生物処理委員会と死刑執行人だろうと察した。
「ファッジ大臣、ご無沙汰しております。先程闇の魔術に対する防衛術の試験を受けて来たところだったんです。今までにない、とても素晴らしい試験でした」
死刑執行人の斧を粉々に砕きたくて仕方ない衝動に駆られながら私は大臣にニッコリ微笑んだ。日差しが強い中で立っていたせいか、大臣は汗をかいて暑そうにしている。
「そうかね。今年の担当は誰だったか――」
「リーマス・ジョン・ルーピン先生です」
「おお、そうだった。あの科目は毎年担当教師が変わるんでな、時々頭が混乱してしまう」
「大臣はこれから、そちらの方達とヒッポグリフの控訴ですか?」
人当たりの良さそうな表情を取り繕いながら私は、改めて老魔法使いと死刑執行人の魔法使いに顔を向けた。老魔法使いはかなりの歳なのか顔には随分たくさんの皺があった。足腰も弱いようで、城の外壁に寄りかかったまま立っている。死刑執行人は中年くらいだろうか――真っ黒な細い口髭を生やしていて、体格はガッチリとしている。ベルトに斧を挟み込んでいて、その刃を何度も撫でていた。
「実はそうなんだ。こっちが危険生物処理委員会のメンバーだ」
私の視線に気付いたファッジ大臣が老魔法使いの方を向いて言った。老魔法使いがこちらに会釈して、私は笑顔を貼り付けたまま、膝を折って彼に挨拶をした。
「それから、こっちの魔法使いが死刑執行人のミスター・ワルデン・マクネアだ。2人共、彼女はハナ・ミズマチ嬢だ。ダンブルドアの被後見人だ」
「はじめまして、お会い出来て光栄です。ハナ・ミズマチと申します」
私はまた膝を折って余所余所しい声で自己紹介した。それから再び死刑執行人――ワルデン・マクネアの顔を見た。マクネアはこちらを値踏みするように私のことをじっと見ている。ダンブルドア先生の被後見人というのが物珍しいのだろう。
マクネアという家名は少なくとも代々純血一族として知られる聖28一族ではない。前学年時、シリウスの弟であるレギュラスが出した手紙のことがあり調べたので間違いない。けれど、彼が元
「出来るなら、もっと楽しい時に君と話したかったよ。なんでも、凶暴なヒッポグリフの処刑に立ち会って欲しいと言うのでね――ブラック事件の状況を調べるのにホグワーツを訪れる必要もあったから、そのついでに立ち会うことになったんだ」
「そうなんですね。でも、大臣が立ち会ってくださるなら安心です!」
私はわざとらしく大きな声で言った。
「だって、大臣が一緒なら、必ず公正な控訴になると保障されたようなものですもの。ですよね、大臣」
キラキラと目を輝かせて大臣を見つめると、ファッジ大臣は心底困ったような表情で唸った。大臣はそのまま少しの間私を見ていたが、やがて、
「ハナ嬢、君はダンブルドアそっくりだ」
どこか気味悪げにそう言ったのだった。