The ghost of Ravenclaw - 186

21. バックビークの処刑



 夏学期のはじめに行われたクィディッチの最終戦で見事にグリフィンドールが優勝を決めてからしばらくが経ち、5月になった。まだ朝晩が冷え込む日も多いし、日中も肌寒い時があるけれど、空には青空が増え、暖かな日差しが降り注ぎ、ホグワーツでは、少しずつ夏の気配が近づいていた。毎年6月には暑い日が続くようになるので、これから気温も上がっていくだろう。

 グリフィンドールの優勝後、少なくとも1週間くらいはみんな大騒ぎだった。ハリーはどこか夢見心地だったし、ロンもハーマイオニーも嬉しそうで、今年度に入ってからというものバックビークのことでずっと落ち込んでいたハグリッドも上機嫌だった。もちろん、グリフィンドールOBでハリーの後見人であるシリウスも例外ではなかった。

「ハリーは凄かった! 流石ジェームズの息子だ!」

 シリウスも最終戦はクルックシャンクスと一緒に森の近くから観戦していたようだった。ところどころ見えなくなる時があったので途中かなりやきもきしていたようだけれど、ハリーがスニッチを高々と掲げて上昇したところは見えたようで、かなりご機嫌な様子が何日も続いた。春学期の間ストレスが溜まりに溜まっていたころが嘘のようにニコニコしているので、私はそんなシリウスを見るのが嬉しかった。

「ハリーはファイアボルトを乗りこなしていたわ。最後にスニッチを掴めたのも貴方が素晴らしい箒をハリーにプレゼントしたお陰ね、シリウス」
「スニッチを掴んだ瞬間が見れなかったことだけが残念だ」
「あと数ヶ月を乗り切ればきっと気兼ねなく観戦出来る機会がやってくるわ――さあ、気持ちを切り替えて。作戦会議よ」

 シリウスの上機嫌期間が終了すると、私達は毎晩飽きもせずに6月の満月に向けての話し合いに没頭した。一番重要なのはワームテールをどう捕らえるか、ということだったけれど、これを決めるのに屋敷しもべ妖精ハウス・エルフ達のメモがとても役立った。ホグワーツのありとあらゆる場所を知り尽くす屋敷しもべ妖精ハウス・エルフ達はワームテールがどこにいても必ず数日以内には発見し、私にメモを寄越した。

「ワームテールは今、地下を彷徨いているようだけど、屋敷しもべ妖精ハウス・エルフをかなり警戒しているみたい。探されているって気付いたのかもしれないわ」
「なかなか順調だ。このままいくとそのうち外に出てくれそうだ――ただ、森の奥深くへ行かれると手の打ちようがない。私とクルックシャンクスで毎晩警戒しておこう」
「くれぐれもリーマスにだけは姿を見られないようにね」

 私達の当面の目標はワームテールを城の外に追い出すことだった。それが確実にワームテールを捕まえられる一番最善な近道だと私達は知っていたし、そうでなくとも城内でワームテールを捕らえるために騒ぎを起こすわけにはいかなかった。そんな目立つことをしては真実を明らかにする前にシリウスは捕まり、弁明をする余地もなく、吸魂鬼ディメンター接吻キスされてしまうことだろう。

 そうならないためには、やはり、ワームテールを城外で捕まえるのが最善だとしか言いようがなかった。城外だとかなり捜索範囲が広がってしまい対処が難しくなるようにも思えるけれど、運のいいことに、私達は6月の満月の日、ハリー達がワームテールを発見し、捕まえてくれることを既に知っている。もし私が知っている通りなら必ずその時がやってくるに違いないのだ。

 なので、私達は当日、ハリー達から目を離さないようにするだけで良かった。もちろん、私やシリウス、クルックシャンクスがワームテールを捕まえる方法もあったけれど、ワームテールは私達をかなり警戒している。絶対に油断はしないだろうし、それに、ここぞという時に失敗すれば、ワームテールは今度こそホグワーツから逃げ出してしまうかもしれない。だから、最初にワームテールを捕まえるのは彼が油断している時に彼の正体を何も知らない人が捕まえるのが確実だった。

 当日ハリー達を見張るのは、私とそれからセドリックの役目となった。セドリックもその時にはO.W.L試験が終わるので、手伝うと言ってくれ、ハリー達のあとをこっそりつけてもらうことになったのだ。私はハリー達を見張る以外にもやることがあるのでセドリックとは別行動で、鷲になって空から見張る予定である。きっと普段の姿だとワームテールに警戒されてしまうだろうというのも、私が鷲の姿で見張る理由だった。

 この作戦にはクルックシャンクスも協力してもらうことになっている。クルックシャンクスはシリウスと共に隠れて待機してもらうことになっていて、ワームテールが確保され次第、真っ先に飛び出すことになっている。クルックシャンクスなら、透明マントを着ていても臭いでハリー達やスキャバーズの位置を把握出来るからだ。ワームテールの確保は、確認が取れ次第、セドリックが合図を出す予定だ。シリウスがハリー達に怪我をさせないかだけがちょっと――いや、かなり心配だ。

 シリウスがワームテールを捕まえたあとは一旦叫びの屋敷に引き摺り込む予定になっている。どこにいても吸魂鬼ディメンターがやってくるので、何かするにしても叫びの屋敷くらいしか安全な場所がなかったのだ。あそこなら外とは暴れ柳からしか出入りは出来ないし、ワームテールを再び取り逃す可能性も低い。シリウスはワームテールを捕まえているので、ここで暴れ柳を大人しくさせるのがクルックシャンクスの役目だ。

 とはいえ作戦は完璧とは言えないし、他にも考えなければならないことが山ほどあった。校内で厳しい安全対策が施される中、どうやってハリー達に校庭でワームテールを見つけさせるか、というのも考えなければならなかったし、捕まえたあと、どうやって逃がさないようにするかも重要だった。逃がしてしまえば、魔法省を説得できなくなるかもしれない。そうならないためにさまざまな証拠を用意するつもりだけれど、やはり、シリウスの無罪を証明するためにはワームテールの存在は非常に重要だった。

 それに、私とシリウスはハリー達に説明責任を果たさなければならない。ジェームズとリリーに本当は何があったのか、ハリーは知る必要があるし、ロンは自分のペットが何者であったのかを知る権利がある。それに、私が本当は何者なのかも、説明しなければならない。私が異世界から来たと信じてくれるだろうか。ジェームズとリリーの死を知っていながら何も出来なかった私をハリーはどう思うだろう。この1年、ロンとハーマイオニーが喧嘩していたのは私のせいだと知ったら、幻滅するだろうか――。

 6月の満月の日が近づくにつれ、私の頭の中はどんどんそのことでいっぱいになった。上手くいくだろうか。失敗したらどうしよう。シリウスが吸魂鬼ディメンター接吻キスされてしまったら。もし、私のことを話して、ハリー達に拒絶されてしまったら――。

 日に日に不安は大きくなるばかりだったけれど、それだけを考えていればいいわけではなかった。いよいよ学年末試験が目前に迫ってきたのである。誰もが机に齧り付いて勉強し、私とセドリックも否応なしに試験勉強に集中せざるを得なかった。特にセドリックはO.W.L試験という大事な試験を控えていたので、暇さえあれば図書室の奥の席に籠るようになった。その席でないとセドリックは度々同級生に捕まってしまい、自分の勉強をする時間が取れないのだ。

 ハリー達もまたクィディッチ優勝の夢見心地な気分が終わると、試験勉強に取り掛かった。ハリーはクィディッチの練習がなくなったことで宿題をこなすにも余裕が出て、私の手伝いを必要としなくなったが、誰よりも多く科目を取っているハーマイオニーは試験勉強も一苦労で、図書室で見かける時は必ず山のような本に埋もれていた。私は時々甘いものを差し入れたり、疲れ切っていないかと時間を作ってはハーマイオニーの顔を見に行ったけれど、流石に気分転換に外を歩こうなどとは誘えなくなった。そんな余裕を持つことすら出来なくなったのだ。

 それから忘れてはならないのが、控訴の準備だった。
 2月に裁判が行われ、控訴の手続きをしてからしばらく音沙汰がなかったが、5月半ばになってようやくその知らせが届いた。控訴が行われるのは学年末試験最終日である6月6日、場所はここ、ホグワーツだ。はじめ、バックビークをロンドンまで移動させるのが大変だから今回はホグワーツで行うのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。なぜなら、その控訴には死刑執行人も同行することになっているからだ。

「ホグワーツで処刑するつもりなのよ。まだ控訴裁判も行われていないのに!」

 知らせを受けた日の夜、私はシリウスに散々怒りをぶつけていた。シリウスは私がカンカンになって文句を言い続けても嫌な顔一つせず、死刑執行人が来ると聞いた時には私と同じように怒りを露わにした。

「魔法省には元々死喰い人デス・イーターだった奴らが何人も潜んでいる。おそらく、死刑執行人達の多くもそうだろう。あいつらは、処刑したくてたまらないんだ。処刑出来るなら、喜んでルシウス・マルフォイに手を貸す、そんな奴らだ。処刑対象が善か悪かなど、奴らからすれば些末なことさ」

 冷たく、吐き捨てるようにそういうと、シリウスはどこか考え込むように顎に手を当てた。シリウスが気にしているのはきっと控訴が行われる日付のことだろう。なぜなら、

「日程が気になるのね?」
「ああ、君もそうだろう。まさか、この日とは」

 控訴が行われる6月6日は、満月なのだから――。