The symbol of courage - 023

4. キッチンと必要の部屋



「ねえ、あの子よ。噂の」
「ダンブルドアが後見人だっていう?」
「見た?」
「見た見た。アジア系の――」

 その日の夜から私を取り巻く状況はあっという間に変化した。同室の子達からは質問攻めにあったし、ホグワーツに来た当初はハリーをジロジロ見ていた生徒達が今度は私をジロジロ見るようになったのだ。これには相当参ってしまって、私は翌日の日曜日はうんと早起きをして厨房へ向かい、バスケットにたくさんの食べ物を詰めてもらうと、8階へ直行した。

 ホグワーツにいる生徒達の誰もがまだ眠っているようだった。地下から8階にあるバカのバーナバスのタペストリーの前に辿り着いても、私は誰にも会わなかった。辺りを見渡してホッと胸を撫で下ろすと、改めてタペストリーを見上げる。

 バカのバーナバスの壁掛けタペストリーは思っていたよりも大きかった。バーナバスがトロールにバレエを教えようとしている絵が描かれているのだけれど、残念なことに生徒であるはずのトロールが先生であるはずのバーナバスを棍棒で打ち据えている。痛そう……。

 私はその様子に顔を歪めると、再び辺りを見渡した。そうして誰も来ていないことを慎重に確認すると、タペストリーの前を往復し始めた。

――私だけしか入れない部屋が欲しい。魔法が思いっきり練習出来る部屋。私だけが入れる部屋。

 どこからどこまで往復したらいいのか分からなかったので、廊下の端にある窓からその反対側にある花瓶まで往復することにした。そして、3回目に石壁を通り過ぎたとき、

「やったわ!」

 石壁にピカピカに磨き上げられた扉が現れた。扉の気が変わらないうちに真鍮製の取っ手を手に取り、扉を引いて開けると、隙間にするりと身を滑り込ませて中に入った。

 扉の向こうにあったのは、広々とした部屋だった。厨房の前の廊下のように、明々とした松明で照らされている。壁際にはたくさんの本が詰まった本棚あって、床には毛足の長い濃紺の絨毯が敷き詰められ、ふかふかとした大きなクッションやブランケットがいくつか置かれていた。

 部屋には他にも魔法薬を調合出来るスペースもあった。大鍋や様々な材料が仕舞われた棚があり、その中には貴重な材料がたくさん入っている。

 奥には絨毯の敷かれていないスペースがあり、そこでは魔法の練習が出来るようになっていた。魔法の練習相手なのか、杖を持った甲冑が一体立っていて、私が近付くと、なんと甲冑がお辞儀をした。

「グリフィンドールのタペストリーだわ」

 甲冑の後ろの壁にはタペストリーが掛けられていた。グリフィンドールの赤と金に彩られたタペストリーには、落書きがされてある。



 ムーニー
 ワームテール
 パッドフット
 プロングズ



 その文字に私はハッとした。
 ここは、彼らが使っていた部屋と同じ部屋なのだ、と。きっと彼らも私と似たようなことを願って必要の部屋を開いたのだ。例えば、「僕達以外が入れない魔法が練習出来る部屋が欲しい」とか。

「また、会えた」

 思いがけない遭遇に涙が出そうになって私はローブの袖口で涙を拭った。泣いてなどいられない。早く、彼らに追い付かなければ。

「よし!」

 私は自分の両頬をパチン! と叩くと、クッションに座り、まずは持ってきたバスケットの半分を朝食代わりに食べた。そのあとは、ひたすら魔法の練習である。武装解除呪文である「エクスペリアームス」と失神呪文である「ステューピファイ」は甲冑が良き練習相手になってくれた。

 変身術の呪文ももちろん練習したし、いくつかの呪いも練習した。呪いといっても子どもの悪戯程度のレベルのものだけれど、不思議なことに私の杖はどんな呪文よりも呪いを掛ける時に抜群の効果を発揮した。

 もっと不思議なのは、治癒系の呪文に関してもどうやら私の杖は得意としているようだということだった。これに関しては甲冑相手に試せないのではっきりとした効果が分からなかったけれど、呪文を唱えてみた感覚としては杖ととても相性がいいように思えた。

 ランチの時間になるとバスケットの残り半分を食べ、すぐに呪文の練習を再開した。午後も引き続き変身術の呪文と新たに防御系の呪文を練習した。防御系の呪文は使えて損はない。目くらまし術も使えたら完全に透明になれるかもしれないので、こっちも使えるように練習する予定だ。

 流石に夕方になるとクタクタになって、必要の部屋をあとにして大広間に夕食を食べに向かったのだけれど、1日姿を消していた私は再びあらゆる生徒達の視線の的になった。それでも私が早朝から姿を消していたせいか昨夜質問攻めをしてきた同室の子達が、今度は不躾な視線から私を守る盾になってくれた。これはとても有り難くて、マンディもリサもパドマも心強い味方だった。

 同室の子達やハリーやロン以外で唯一気遣わしげにしてくれたのはセドリックだったが、彼とは視線があっただけで話すことは出来なかった。「またあの場所で会いましょう」と口だけ動かすと、セドリックはニッコリ笑った。

「癒しがいたわ……」

 当面の私の癒しはハリーとセドリックになりそうだ。